クリスマス・プレゼント 「――神様、天使様。 ぼく、神様や天使様のお役に立てるようにがんばるから。 だから、神様。天使様。 ぼくにお仕事をください。 神様や天使様のために、何かをしたいんです」 ☆ これはお空の上の、誰も知らない天国でのお話。 ☆ ☆ 「――というわけで」 とっても綺麗なお顔をしているのに、どこか不機嫌そうな表情で天使様は言いました。 「君の望み通りに、お仕事を与えましょう」 その言葉を受けて、男の子はペコリと身体を折り曲げ、頭を下げます。 「ありがとうございます、天使様」 そうして、顔を上げた男の子の顔には満面の笑みがありました。 嬉しさに光り輝く、その笑顔を前にすると、天使様はつり上がり気味の眉を呆れたように下げました。 「お礼を言われるようなことではないと思うのですが。……全く、君という人間はわかりませんね。せっかく、神様のお傍つきを許されて、何不自由暮らせるというのに、仕事が欲しいだなんて」 「……変ですか?」 男の子は困ったように、小首を傾げます。 人間の年齢でいうところの、十歳にも満たない小さな男の子は、大きな瞳に困惑の色を浮かべました。 天使様は、男の子を見下ろして淡々とした声で言いました。 「変ですね。大抵の人間は、お金が欲しい、遊ぶ時間が欲しい、そんな風に楽をして儲けることばかり願います。疲れることはしたくない、とかね。――君のような立場に他の人間がいたのなら、誰も仕事を欲しいなんて言わないでしょう」 相手が子供であることなど、天使様は忘れているようです。 「……でも」 「別に、君のそのあり方が間違いだとは言っていません。君の勤勉さは、誰かにも見習って欲しいものですよ」 そう天使様は言いますと、瞼を半分落として、冷たい視線を横に投げました。 夜空に輝く銀の月の色をした長い髪を一つに束ね、右肩に緩く編んで流し、純白の衣装を纏い、背中に白い翼を生やした天使様。 そんな天使様の澄み切った空のような青い瞳が向けられた先には、神々しい後光を背負った神様がおられました。 太陽の光を縒ったような金糸の髪に、紺碧の海の色をした瞳。天使様より一回り大きな身体に、がっしりとした手。堂々としたそのお姿の神様は、大きな椅子にその身を預けた姿勢から、傍らに立ちます天使様に視線を返しました。 「もしかして、その誰かっていうのは、私のことかな、天使君?」 「他の誰でもない、貴方のことです。神様」 天使様はつんと鼻を上向かせますと、素っ気ない声で言いました。 「これは、驚いたね。私は結構真面目に、神様をやっているつもりなんだけど」 「やっているつもりである時点で、不真面目ですよ。まあ、神様が真面目すぎると、俺の存在は不必要になりますので、不真面目でも別に構いはしませんけどね」 天使様は軽く肩を竦めます。すると、背中に生えた白い翼もまた、動きました。 雪のように真っ白い翼を持つ天使様の言葉に、神様は「うん?」と、唸りながら、眉を潜めました。 「ならば、天使君に嫌味を言われる筋合いはないんじゃないか?」 「嫌味も許してもらえない上司を持つ、部下の苦労を察して欲しいですね」 「……天使君と会話をしていると、何だか馬鹿にされているような気がするのは、私の思い過ごしかな」 「思い過ごして、一周してきてください」 「――どこへ?」 「お花畑へでも」 「………………天使君が苛めるよー」 「お馬鹿な神様は放っておきまして、話しを元に戻しましょう」 天使様は青い瞳を男の子へと戻しました。 男の子は、悲しそうな顔をしている神様と、知らんぷりをしている天使様の間をフラフラと視線を揺らします。 「君のお仕事ですが」 しかし、仕事を望んだのが自分であることを思い出して、男の子は天使様に向き直りました。 放ったらかしにされた神様は、膝を抱えていじけました――が、誰も構ってくれません。 「今宵は、人間界ではクリスマスというイベントの日です。クリスマスは、人間だった君も知っているでしょう?」 天使様の問いかけに、男の子はいきよいよく首を頷かせました。 「サンタさんが、良い子にプレゼントをくださる日です」 生憎と、男の子はサンタさんからプレゼントを貰ったことはありませんでした。 それはきっと、良い子ではなかったからだと、男の子は思っていました。 だから、神様のお役に立つことで良い子になれたらと、男の子は一生懸命考えたのです。 そうでないと、お優しい神様や綺麗な天使様とは、一緒にいられなくなってしまう。 (……お母さんと一緒にいられなくなったみたいに……) 寂しい暗闇に、一人取り残されるのは、もう嫌なのです。 「……それはちょっと違うのですけど。まあ、外れてもいませんから、良いでしょう」 男の子の答えに天使様が唇を緩めて、微かに笑いました。 その笑顔がとても綺麗で、男の子は嬉しくなりました。 お星様が瞬くように、キラキラと輝く天使様の笑顔が男の子は好きだったのです。 神様のお日様のように温かな手のひらが大好きなように。 「君のお仕事は、サンタさんになることです」 「ぼくが、ですか?」 男の子はパチパチと睫を瞬かせ、目を見開きました。 真っ赤なお洋服を着て、トナカイが引っ張るソリに乗って、プレゼントを良い子へと配達する――それが、ぼくのお仕事。 その話を聞くと、ちょっとだけ男の子の胸はドキドキしました。 ちゃんと、お仕事をがんばれるだろうか? という不安と。 神様のお役に立てるのだ、という期待。 「――できますか?」 天使様の問いかけに、男の子はギュッと拳を握って、頷きました。 「はいっ! がんばりますっ!」 「……そんなにがんばらなくても、良いと思うのですけどね」 そっとため息を吐くように、天使様は笑いました。 天使様の笑顔は好きですが、この寂しそうな笑顔は男の子を戸惑わせました。 「えっ?」 「いえ。何でもありません。それで、君がプレゼントを贈り届けるのはこちらの女性です」 と、天使様が差し出した右手のひらの上に、ポウッと光り輝く球体が出現しました。その光が静かにおさまりますと、球体の中に女の人の姿が浮かび上がりました。 「……この人ですか?」 男の子は首を傾げて、天使様を見上げました。 女の人は、どう見ても大人でした。多分、男の子のお母さんと同じぐらいの。 サンタさんにプレゼントを貰えるのは、子供だけなのだと思っていた男の子は、何かの間違いなのでは? と、思ってしまったのです。 「ええ、この女性です」 天使様は男の子の疑問を払うように、笑って告げました。 「本物のサンタさんは良い子を相手にするのでしょうが、君は違うでしょう?」 「あ、そうでした」 天使様の言い分に、なるほど、と男の子は納得します。 ぼくはお仕事でサンタさんをするのであって、本物のサンタさんは別にいるのだと。 「君がこの女性に贈り届けるプレゼントも、普通のオモチャなどとは違います。君はこの女性の夢の中に入り込むのです」 「……夢の中?」 「はい。ちなみに、この衣装を着ていれば夢の中に簡単に入れます」 天使様の左手にはいつの間にか、赤いお洋服がありました。 それは、男の子が知っているサンタさんの衣装でした。 サンタ帽に、黒い長靴。サンタさんがプレゼントを入れている大きな袋も。 「わー」 男の子は天使様にサンタさんの衣装を着せて貰い、興奮した声を上げました。 まるで、本物のサンタさんになったようで、嬉しかったのです。 「よく似合うよ、可愛いサンタさんだ」 いじけていた神様も、男の子の可愛らしさにニコニコと、笑みを浮かべて言いました。 「ありがとうございます、神様」 「いや、私は何もしていないのだけどね。それで、天使君。この衣装はどこから調達したの?」 「俺が夜なべして作りました」 あっさりと、天使様は言いました。その言葉を受けて、神様は驚いたように紺碧の瞳を見開きます。 「天使君が?」 神様の驚愕振りが心外だったようで、天使様は尖った視線を返しました。 「はい。それが何か?」 「いやいや、天使君がこの子のためにがんばってくれるとは、思っていなかったのでね」 「愛がありますからね」 さらりと天使様は言い、男の子の頭を優しく撫でます。 男の子は頬をピンク色に染めました。 こんな風に優しくして貰うなんてことは、この天国に来るまで男の子の日常にはなかったのです。 幸せそうに微笑む男の子を見やって、神様はポツリと呟きました。 「……その愛情の一欠けらでも、私にも与えてくれると嬉しいのだけど」 その呟きを、耳ざとく聞きつけた天使様は神様へ頬を傾けました。 「では、今度は神様にも何か縫ってあげましょうか? こう見えましても、裁縫は得意です」 「本当かい? 天使君とは長い付き合いになるけれど、プレゼントなんて貰ったことがないから、嬉しいなぁ」 神様はしみじみと呟きました。 「ええ、そうですね。神様には、心を込めて雑巾を縫わせてもらいますよ」 「…………何で、雑巾?」 「おや、神様はどうやらご存じないようですね。人間界の日本という国では、小さい子供が幼稚園や学校に持っていく雑巾を、親が夜なべして縫うのが昔ながらにある風習です。この雑巾こそ、愛情があっての代物ですよ」 「……つまり、それほど近しい愛情を感じてくれていると……いうことなのかな?」 神様は疑心暗鬼の表情を浮かべながら、天使様に問い質します。 「ええ、その通りです」 天使様は無表情に頷きました。 「何と、そんなに愛情を感じていてくれていたなんて。てっきり、天使君は私が嫌いなのかと思っていたよ」 「まさか。嫌いではありませんよ。たまに、ウザくて蹴飛ばしたくなりますが」 「……あの、本当に愛情があるのかな?」 「ありますよ。百円均一で買えてしまうような、愛がね」 「…………」 「昨今では、安売りされている雑巾を持たせる親もいるようです。安い愛情ですが、愛は愛です」 「……もう少し、高い愛が欲しいな」 「神ともあろうお方が、愛情を金銭ではかろうとするのは、如何なものかと存じますが?」 「………………天使君が苛めるよー」 神様の嘆きの声を軽く無視して、天使様は男の子に話しかけました。 「さて。お馬鹿な神様は放っておいて、君がこの女性に贈るプレゼントですが」 しくしくと泣いている神様から、男の子は天使様へと慌てて視線を戻します。 せっかく頂いたお仕事を、台無しにしては申し訳ないです。 「この女性は、少し前にお腹の赤ちゃんを亡くしました」 「……え?」 男の子は見下ろしてくる天使様の瞳が、悲しげに曇っているのを見て、言葉をなくします。 「赤ちゃんが欲しくて、欲しくて。毎晩、神様に願い事をしていました。神様も――」 天使様の青い瞳が、神様へと差し向けられます。その視線を追いかけて、男の子が神様を見ます。 二人の視線を受けて、神様は静かに微笑みました。 優しい神様は、女の人のお願いを叶えたのだということは話を聞かなくても、男の子にもわかりました。 あの寂しい場所から男の子を見つけて助けてくださったように。 神様は女の人に、赤ちゃんをプレゼントしたのでしょう。 「――願いを聞き届けて、この女性に赤ちゃんを授けました。女性はとても大切に赤ちゃんを育てました。お腹の中で、赤ちゃんはすくすくと育ちましたが……」 「……ママさんが病気にかかってしまったんだよ」 神様が天使様の言葉を繋いで、言いました。 「その病気で、女性の体力は削がれ、赤ちゃんを産むのに大変な状態になりました。それでも、女性は赤ちゃんを産もうとしましたが」 「赤ちゃんは、ママさんを傷つけたくなくて、自分からママさんにサヨナラをしてしまったんだよ」 「…………」 「女性はとても悲しみました。今も悲しみに沈んでいます。君が贈り届けるプレゼントは、この女性の夢に入り込んで、幸せな夢を見せてあげることです」 「……幸せな夢ですか?」 「ええ。もしも、赤ちゃんが生まれていたら……と、女性はそんな夢を毎夜見ています。でも、赤ちゃんが産まれなかったことを知っているから、女性の夢に赤ちゃんが現れることはありません」 「だから、君がね。ママさんの子供になって、幸せな夢を見せてあげて欲しい」 「ぼくでも……いいんですか?」 不安そうな男の子に、天使様は笑います。 「さすがに、俺や神様では子供のフリはできません。君にしか出来ないお仕事です。できますか? 嫌なら、無理にしなくても良いですよ」 男の子は、球体の中の女の人を見ました。横顔が寂しげに見えるのは、今のお話を聞いたからでしょうか。 神様のお役に立ちたいと思うと同時に、この女の人に自分が何かを出来るのなら。 「……ぼく、がんばります。がんばりたいです」 男の子は強い決心を瞳に浮かべて、言いました。 ☆ ☆ ☆ 「神様、ぼくをあの寂しい場所から連れ出してくれて、ありがとうございます。 天使様、ぼくに優しくしてくれて、ありがとうございます。 ぼくは、役立たずで、何もできなくて。 神様と天使様の優しさに甘えることしか、できなかったけれど。 それを、神様と天使様は許してくれたけれど。 やっぱり、ぼくは神様と天使様のお役に立ちたいんです。 だって、ぼくは神様と天使様が大好きだから。 神様にも天使様にも、ぼくを好きでいて欲しいんです。 役立たずのままじゃ、お母さんみたいに、神様と天使様もぼくを嫌いになってしまうかもしれない。 だから、ぼくはがんばります。 ……ねぇ、神様。天使様。 がんばって、役立たずじゃなくなったら。 お母さんは、ぼくを好きになってくれるかな?」 ☆ ☆ ☆ ☆ 男の子は地上へと降りました。 神様と天使様は天国から、球体に男の子の姿を映して、見守ります。 久しぶりに地上に降りた男の子は、不安そうに辺りを見回しながら女性の家を探します。天使様が作ってくださったサンタの衣装は、周りの人間から男の子の姿を隠してくれるという話でしたので、男の子は黒い長靴で歩道をタタタッと鳴らして走ります。 元気に駆けるその姿を見れば、男の子はどこにでもいる普通の子供のようです。 でも、地上を歩く人間たちの誰の目にも、男の子は映りません。 神様と天使様の目にだけ――死んでしまった男の子の魂は、姿を映すのです。 「健気な子ですね。神様のお役に立ちたいと訴えてきたその姿を、貴方にお見せしたかったですよ」 男の子を見つめます天使様の呟きに、神様は紺碧の瞳を上げました。 いつも神様には冷たい天使様ですが、男の子の前だと少しだけ優しくなります。 「……あの子は、誰かの役に立たないと存在しちゃいけないと思っている」 神様の声に、天使様は青い瞳をスッと細めました。 「――役立たず、ですか」 冷たい瞳で、冷たい声で、天使様はその一言を吐き捨てました。 「……子供相手に言うセリフじゃありませんね」 唇を噛んで、天使様は頭を振ります。 「しかも実の親が。人間も堕ちたものです」 「――そうだね」 「それこそ、天罰を下せば宜しいものを」 「……だけど、あの子は喜ばないだろう。どんなに殴られて、蹴飛ばされて、詰られて……最終的に殺され、押入れの奥に放置されても」 神様は男の子の魂を見つけたときのことを思い出しました。 虐待を受けて殺された男の子の魂は、遺体と共に押入れの暗闇の中で膝を抱えていました。 震えながら、泣きながら、男の子は「役に立たなくて、ごめんなさい」と、繰り返し自分を責めていました。 死んでもなお、お母さんに謝り続ける可哀相な男の子を、神様は天国へと連れて帰ることにしました。 ――男の子を救ってあげられなかった、罪滅ぼしに。 天使様は何も言わずに、男の子を受け入れました。 天国で神様と天使様に囲まれて幸せな日々を過ごす中で、男の子に次第と笑顔が戻ってきました。 それでも、どんなに諭しても、男の子は「役に立たなかった自分」が悪いのだと思っていました。 そして、役に立たなければ、また男の子のお母さんがしたように、押入れの奥に閉じ込められて独りぼっちになるのだと怯えていました。 「……天使君は、あの子が役立たずだと思うかい?」 「……神様はどう思いますか?」 「確かにあの子は無力で、何もできない。でも、あの子の前だと、天使君は笑うよね?」 「あの子がいると、放浪癖がある貴方も天国に留まっていますね」 「――役立たずなんかじゃ、ないよね」 「役立たずなんかじゃ、ありませんよ」 神様と天使様は声を揃えるように言いました。 男の子には、神様や天使様が持っているような特別な力は何もありません。 それでも、男の子の笑顔には神様も天使様も救われた気持ちになるのです。 地上には、あまりに沢山の願いが溢れすぎていて、神様や天使様の耳に届く願い事はほんの一握り。 欲深い願いに掻き消される、切なる願いが幾つあったことでしょう。 終ってしまった悲劇を知って、神様や天使様が落ち込むことも頻繁にありました。 神なのに、天使なのに、どうして自分たちはか弱き者たちを救えないのか。 後悔に落ち込む神様と天使様の前で、男の子が微笑めば、もう少しがんばってみようと思うのです。 全ての人を救うことは出来ないけれど。 それでも、それでも。 神様と天使様にしか、出来ないことがあったのです。 「――役立たずなんかじゃ、ありませんでしたね。ホラ、彼女が笑っていますよ」 天使様の言葉に、神様は球体を覗き込みました。 天使様が持つ球体は、眠りについた女の人の夢を映します。そこでは、赤ちゃんを亡くした女性は男の子を抱きしめ、幸せそうに微笑んでいました。 男の子もまた、戸惑いながらも女性の背中に手を回します。 躊躇いながら、恐る恐る伸ばされる腕。男の子は残念ながら抱きしめるということを、知らなかったのです。 男の子のお母さんはいつだって、男の子を突き放してばかりいました。 「……初めての温もりに驚いているのかな?」 「かもしれませんね」 「……もう一度、子供を望んでくれるかな、彼女は」 神様はポツリと呟きました。 この幸せな夢から覚めて、もう一度赤ちゃんが欲しいと、女の人が望むか否か――それは神様と天使様が相談した結果の賭けでした。 もしも、女の人が赤ちゃんを望んだならば――もう一度。 「望むでしょうね」 天使様は決定事項のように言いましたが、神様はそれでもまだ不安でした。 「あの子を幸せにしてくれるかな、彼女は」 「幸せにしてくれますよ。亡くした赤ちゃんを悼んで、今もなお涙を流し続けています。その情の深さは、あの子を愛し、慈しむでしょう。全く、あの子の母親だった人間に、爪の垢を煎じて飲ませたいものです」 「あの子は幸せになれるかな」 心のどこかで反論を求めている神様の声に、天使様は微笑みながら言いました。 その笑みは、しょうがない人だと呆れているようにも、見えます。 だけど、天使様の声には神様を労わるような優しさも、感じられました。 「……なりますよ。俺たちが見守っています。あの子は俺たちを幸せにしてくれたのです。今度は、俺たちがあの子を幸せにする番でしょう?」 天使様にほだされて、神様はようやく決心をつけました。 「……寂しくなるね、天使君」 神様の呟きに天使様は、秀麗な唇を歪めて苦笑しました。 天国には男の子が来るまで、神様と天使様だけしかいませんでした。 地上から届く願いを選別し、必要と思える願いを叶えてきました。けれど、地上には沢山の人間がいるのにも拘らず、その願いを叶える力は神様にだけしかありませんでした。 神様は自分ができることの少なさに、神で居続けることが嫌になり、天国を抜け出すこともありました。 だけど、地上に降りたその先で、神様は男の子を見つけました。 そうして、神様は自分にしかできないことを知ってしまったのです。 「貴方と二人きりになるのは、正直に言って、嫌ですけどね」 「……そこはもう少し言葉を選ぼうよ、天使君。仮にも、私は神だよ?」 「ならば、寂しいなんて言わないで、あの子の幸せを祝福するのですね。これは、あの子が選んだ道です。誰かの役に立ちたいと……彼女を幸せにしたいと、あの子は願った。だから、あの子はもう俺たちの手の届かないところにいるのです」 がんばらなくていい、と。 天使様が引きとめた言葉に、男の子は「がんばりたい」と返しました。 その瞬間、男の子の新たな運命は決まったのです。 役立たずと蔑まれ、沢山傷つけられながら、それでも男の子は「役に立ちたい」と願いました。 どんなに拒絶されても、「役に立つこと」で、お母さんを求め続けた男の子の気持ち。 その対象が「お母さん」から、「神様や天使様」に変わっても、男の子が心の奥底で求めていたのはやはり、「お母さん」だったのです。 その強い願いを神様は、神様であるがゆえに、無視することができませんでした。 神様と天使様は相談して、幾つもの条件を重ねて、賭けをしました。 男の子がサンタのお仕事を拒んだら。 女の人が男の子を前にして、赤ちゃんを欲しがることがなかったら。 何事もなかったように、天国で暮らそう、と。 でも、そうじゃなかったら……男の子に「新しいお母さん」を与えよう、と。 「あの子は、私たちのプレゼントを受け取ってくれるかな?」 「その答えは、もう出ていますよ」 女性に抱かれて、幸せそうに微笑む男の子の笑顔に、神様は「そうだね」と呟きました。 「クリスマスか……。人間たちが勝手に始めたイベントに、私たちがのるというのも、何とも変な話だけれど」 「別に構わないでしょう。がんばる小さなサンタさんに、ご褒美をあげるのは」 天使様の言葉に、神様は頷きました。 この新たな運命を切り開いたのは、他でもなく男の子自身のがんばりがあったからです。 不安を覚えながらも、地上へと降りて、がんばったのです。 その勇気に敬意を表して、神様は男の子に祝福の言葉を授けました。 「――君に幸あれ」 「クリスマス・プレゼント 完」 |