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 クリスマス・プレゼント/2007 


 これはお空の上の、誰も知らない天国でのお話。


      ☆      

 シャリシャリシャリン――鈴の音を打ち鳴らす軽快なメロディー。
 この季節にはもう定番となった音色が赤、青、黄色の電飾に煌く街並みに、賑やかに響いていました。
 その音楽を聴くと、その気もないのにクリスマスを意識してしまうようです。
 紺碧の海の色をした瞳を、地上の様子を映し出す球体に差し向けていた神様は、ポツリと呟きました。
「また、クリスマスがやって来たね、天使君。今年はどんなクリスマスになるだろうね?」
 瞳を横にずらしますと、神様の声に振り返る天使様の姿がありました。
 銀の月色の髪をゆるく編み込み右肩に垂らし、純白の衣装を纏った天使様の背中には、雪のように真っ白な翼。その羽は、肩を竦める天使様の動きに合わせてパサリと乾いた音を立てました。
「何ですか、その期待に満ちた、物欲しそうな声音は。仮にも、奇跡を施す立場にあるでしょうに」
 澄み切った空色の瞳は、冬の外気のように冷たく神様を見つめました。
「いや、別にクリスマスだから奇跡を与えなきゃならないという、決まりはなかったと思うんだけど」
 後光を背負い悠然と大きな椅子に座っていた神様は、天使様の視線の前に僅かばかり、大きな身体を縮めました。
「おや、そうでしたか」
 無感動に、天使様は応えます。
「それに、私がクリスマスプレゼントをねだっちゃいけないという、決まりもなかったように思うんだが」
「そうでしたか。それは失礼しました。浅学な俺をどうぞ、お許しください」
 淡々と告げられる声を耳にして、神様はますます身を縮めました。
「……何故だろうね、天使君。君の声には、ものすごぉぉぉく冷やかな空気を感じるのだけど。これは私の気のせいかな」
「おや、貴方にしては珍しく察しがよろしいですね」
 天使様は、無表情に神様を見つめていた目を、軽く眇めました。
「……気づかなかったふりをしてもいいかな」
 神様はそっと、天使様の尖った視線から目を逸らしながら、言いました。
「了承を取るのでしたら、初めから気づかないふりをしていて欲しかったですね」
 神様は針で突かれたかのような、チクチクとした痛みを覚えました。
「前から思っていたけれど、天使君は私のことが嫌いかい?」
「前にも言いましたけど、嫌いではありませんよ。ウザくて、蹴り飛ばしたくなるだけです」
 グサリ、今度はナイフに突き刺されたかのような痛みが、神様の心を襲います。
「――あ、愛はあるんだよね」
 神様は痛くなった自分の胸を撫でつつ、天使様に尋ねました。
「ええ、一応は。ああ、クリスマスで思い出しました。前に、神様に雑巾を縫ってあげると約束していましたよね」
 天使様がふと思い出したように、言いだしました。神様は一年前に天使様がしてくださった約束を思い出します。
「えっ? ああ、そうだったね。私としては、雑巾より愛のこもった手編みのマフラーが欲しかったりするな。セーターでも、良いけどね」
 神様の希望を天使様は一刀両断で叩き切りました。
「何で俺が貴方のために、そんなものを作らなければならないんですか?」
 バッサリと勢いよく切りつけられ、神様の心はあまりの痛さに血の涙を流します。それでも諦めきれない神様は、再度、天使様に確認しました。
「――あ、愛はあるんだよね?」
「ええ、こんなに」
 天使様はそう言いますと、神様の前に雑巾を山のように積み上げました。
「昨晩、夜なべして作りました。俺の愛の証です」
 その数は百枚ほどあるでしょうか。
 山積みされた雑巾の束に、神様は紺碧色の瞳を見開きました。
「こんなにっ! ……すべてが雑巾だってところに引っ掛かりを覚えるけれど、天使君が私のために徹夜して作ってくれたなんて、嬉しいよ。ありがとう、天使君」
 神様は歓喜の色を身体中から発しました。背負う後光が輝きを増します。長い間、この天国で神様は天使様と暮らしていましたが、天使様からプレゼントを貰うのは今回が初めてでした。
 嬉しくて、涙が出そうです。
 喜びに打ち震える神様を前に、天使様はどこまでも冷静に続けました。
「いえいえ、なんてことはありませんよ。俺はこう見えて、裁縫は得意ですしね。それに必要品ですから」
「……必要品?」
 天使様の言葉に、神様は首を傾げました。
 どういう意味だろうと考えようとした瞬間、天使様の声が思考に割り込みます。
「それで、神様。こんなことをねだるのは、俗物のようで俺としても言い出しにくいんですが」
 上目遣いに尋ねて来る天使様に、神様は身を乗り出しました。思えば、天使様に甘えられるのも初めてのような気がします。
「何だい、天使君が私におねだりをするなんて珍しいね?」
「プレゼントのお返しを頂けないでしょうか」
「え? ああ、この雑巾のお礼だね。勿論、構わないよ。天使君が私のために作ってくれたなんて感激だよ。私に出来ることがあるなら言ってごらん」
「では、年末の大掃除は、その雑巾で掃除をお願いします」
「……掃除?」
「これが水拭き用の雑巾で、これが空拭き用です。こっちのものはワックスがけに使用すると良いでしょう。ああ、床拭き用と窓ガラス用も分けて使ってくださいね」
「ええっと……」
「ちなみに俺は、明日から正月三が日にかけて実家に里帰りする予定ですので、よろしくお願いしますね」
 天使様はそう言って、くるりと神様に背中を向けて去って行ってしまいました。
 一人取り残された神様は、やがて我に返りました。
「――私、一人でっ? っていうか、天使君っ! 君に実家なんてあったのかっ?」
 遠くなる背中に問いかけた神様の声は、天使様に届くことなく……。
 地上を映す球体からは、クリスマスソングが流れてきます。
 心が浮足立つ軽快なメロディーも、一人身には寒々しく響くのは…………きっと、神様の気のせいでしょう。


                       「クリスマス・プレゼント/2007 完」


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