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 クリスマス・ストーリー


 これはお空の上の、誰も知らない天国でのお話。

     ☆

 クリスマス・イブ


「天使君、明日はクリスマスだね! ベッドの枕元に、靴下は用意したかい? 靴下がないとサンタさんが困っちゃうぞ!」
 今宵、サンタさんになって、天使様にこっそりクリスマスプレゼントを贈ろうと計画している神様は、天使様に遠回しに――そう思っているのは、神様一人でしょうが――靴下がちゃんと用意されているかどうか、確認しました。
 そんな神様に、天使様は白く冷たい視線を差し向けますが、いつもなら鋭い舌鋒から繰り出される毒はなく、無言でした。
「…………」
「何だか天使君、テンションが低いね。いつもなら、「脳味噌がとうとう、干乾びましたか」とか言いそうじゃないか」
 神様はいつもと違う天使様の様子に、何故か自らの胸にぐさりと来るツッコミを入れてしまいました。
 ひりひりと痛む胸元を抑える神様を冷淡な瞳で見つめながら、天使様は言いました。
「クリスマスというのは、一年に一度のイベントです」
「うん? そうだね」
「ということは、昨年から一年の月日が経ったということです」
「その通りだね」
「一年の経過にまったく成長が見られないというのも……フッ、実に虚しいですね」
「天使君、今、鼻で笑った? 私のこと、鼻で笑った?」
 神様は半泣きになりながら天使様のツッコミを待ちますが、返って来るのは冷たい視線でした。
「――――」
「どうしたんだい、天使君。いつもなら「その通り」とか言ってそうじゃないか」
 神様は堪え切れずに、自分でツッコんでしまいます。そして、胸にぐさりと来る痛みに涙をこぼすのでした。
「どうもこうもしませんよ。俺は誰かと違って成長しただけです。ウザい相手はスルーするという、対人スキルを発動しているだけです」
「天使君、それは私がウザいってことかい?」
「――――」
「ウザいのかい? そんなに私はウザいのかいっ?」
「――――」
「天使君、お願いだから、何か言って!」
 天国のクリスマス・イブは、かようにして神様のお声が賑やかに響き渡るのでした。

                               「クリスマス・イブ 完」



 クリスマス・プレゼント/2009 


 クリスマス・イブの夜が明けてしまうと、何故か、クリスマスが終わってしまったような気がしてしまう、クリスマス本番の朝のことです。
「天使君、天使君っ! 凄いよっ! サンタさんは本当にいたよ」
 バタバタと足音を鳴らして、神様は天使様の前に走ってきました。
 もう既に、大概のことには呆れるまいと心に決めていた天使様ですが、神様のあまりのはしゃぎぶりに思わず嘆息を漏らします。
「……いまどき、小学生でさえそのような反応はしませんよ」
「だけど、天使君! 朝起きたら、私の枕元にプレゼントがあったんだよ!」
 神様は両腕では抱えきれないほど大きな箱を天使様に見せました。青いリボンでラッピングされたその箱をゴミ箱と見間違う人はいないでしょう。
「なるほど、良かったですね。きっと、サンタさんが日頃の行いに応じて、プレゼントをくださったのでしょう。俺も朝起きましたら、プレゼントがありましたよ」
 天使様のお言葉に、神様はうんうんと頷きました。
 実は天使様の枕元にプレゼントを置いたのは、神様でした。サンタさんのふりをして、天使様に喜んでもらおうと計画したことが、実は天使様の方でも同じように計画されていたようです。
 ちょっとはしゃいで見せましたが、神様はもう長く神様をやっていますから、サンタさんの正体が何者であるのか、知っています。
 だから、天使様の素知らぬふりにお付き合いして、神様も知らないふりをすることにしました。
 サンタさんの正体を言及してしまうことほど、夢のない話はありません。
「プレゼントは嬉しかったかい、天使君?」
 神様は問いかけました。
 天使様はこくりと首を頷かせ、続けました。
「ええ、温泉旅館一週間の宿泊券は大変、嬉しいですね。予約を入れたところ、年末年始に予約が取れました。ですから、早速明日から、温泉に浸ってこようと思っています」
 そういう天使様のお言葉に、神様は「あれ?」と首を傾げます。
 神様が用意したプレゼントの中身に温泉旅館の宿泊券を入れた覚えはなかったのです。
「天使君、ええっと……枕元に、赤いリボンの箱はなかったかい?」
「赤いリボンの箱ですか。ええ、ありましたが、どうやら贈り主を間違えていたようなので、熨斗をつけて、サンタさんに送り返しました」
「ええっ?」
「まあ、サンタさんも徹夜でうっかり間違えたのでしょうね。深く追求するのは止めておきましょう。それより、あなたのプレゼントは何だったのですか?」
「えっ? ……あっと」
 天使様に贈ったプレゼントの行方が気になりましたが、神様は青いリボンのプレゼントの箱をいそいそと開けました。
 天使様が選んでくれたプレゼンもまた気になったのです。箱を開きますと、白い布が一杯詰まっていました。
 神様はそれを一つ取り出して、呟きます。
「……えっと、これは…………雑巾かな?」
 神様には既に馴染み深くなった雑巾が山ほど、プレゼントの箱のなかから溢れだしてきます。
「これはまた、タイムリーなプレゼントですね。きっとサンタさんは、大掃除をする神様へのお役にたてればと贈ってくださったのでしょう」
「……お、大掃除?」
「しないのですか? 折角、サンタさんが贈ってくださったプレゼントを使わないというのは……どうかと思いますが。きっとサンタさんはがっかりなさるでしょうね。神様をお嫌いになるかもしれません」
 天使様の冷たい視線を前に、神様は慌てて言い繕いました。
「勿論、大掃除するよっ! て、天使君も一緒に大掃除しようね?」
「あなたの頭は鳥ですか。先程も言いましたように、俺は温泉旅行に出かけますので、一人でお願いします。それでは神様、良いお年を」
「ま、待ってくれ、天使君っ! ――あっ……」
 踵を返して、すたすたと立ち去っていく天使様を追いかけようとして、神様はプレゼントの箱をひっくり返してしまいました。
 そして、山のような雑巾のなかから赤いリボンの箱を見つけて、神様は叫びます。
「天使君っ! サンタさんっは、サンタさんっは……っ!」
 
 子供たちの夢を壊さないうちに、今年のクリスマスの物語はここでお終いにしましょう。
 


                       「クリスマス・プレゼント/2009 完」


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