「後日談 何番目?」 それはある日の、昼下がり。 城の書庫でルーを相手に魔法講義を展開していたそのとき、室内の空間が揺らいでグレースが現れた。 いつもは背筋を伸ばして元気溌剌といった感じの青年だが、今日は妙に表情が暗い。 「どうしたの、グレースさん?」 ルーが不審そうに問いかける。ハッと我に返ったかのように顔を上げたグレースは、レイテの姿を目視すると一直線に駆け寄ってきては、ガシッとレイテの両腕を掴んだ。 「若様っ!」 「グ、グレースさんっ?」 「……特訓スよ」 低く呻いたグレースに、レイテは目を剥いた。 「何ですか、突然」 「特訓しなければ駄目スッ! 若様、協力してくださいスッ!」 「ええっと、何を?」 グレースの勢いに気圧され、やや上体を引かせながらレイテは問い返した。 「大食いスッよ」 「…………はっ?」 「この間、初めて人に負けたスよ」 「ええっと、その大食いに?」 「はいスッ。もう何て言うか、これはオレの大食いキャラとしての存続に関わるというか」 「大食いキャラで売っていたのですか、あなたは」 レイテは己が認識と異なる事実に唸った。 ルーの非常識キャラが自分たちの物語において重要な鍵であり、ルーが常識を身につければ、それはこの物語を続けていく過程に置いて、非常に大きな損失であるとは思う。 だが、グレースの大食いキャラは、そう重要性がないような……。 レイテは客観的立場から――客観的立場なのか?――自分たちの現状を見つめ返してみた。 結論として言わせて貰えば、グレースがそこまで悲愴感に陥る心理がわからない。 「別に大食いで負けても構わないでしょう? この際だから、少し食事の量を抑えてみませんか? 今のままではあなたの食費で家計は火の車になりかねませんよ」 「それは駄目スッよ!」 グレースはバンとテーブルを叩いては、反論した。 「だって、大食いできなくなったら、新年祭や収穫祭の大食い大会で賞品が稼げないじゃないスッかっ! あの賞品が家計を助けていると言っても過言じゃないスよっ?」 「……あの、一つ言ってもよいですか?」 「何スか?」 「あなたが大食いを止めれば、そもそも家計は安泰だと思うのですが?」 レイテのその発言に、グレースは凍りついた。 そんな当たり前のことを失念していたらしい。 立ち上がった姿勢のまま、微動だにしなくなった茫然自失のグレースを指先でつついて、ルーがレイテを振り返った。 「先生、グレースさんが動かなくなっちゃったけど」 「……そっとしておいてあげましょう。グレースさんは今後、大食いキャラとして存続すべきかどうかを悩んでいるのです。……暫く、一人にしてあげましょう」 「へえ〜。何か、わからないけど大変ですね」 「ええ、そうですね。別にグレースさんは大食いキャラではなくても構わないと思うのですがね」 レイテはルーと連れ立って、書庫を出る。 「じゃあ、グレースさんって、何キャラ?」 「……僕としては、馬鹿弟子その二」 少し考えた後、レイテはポツリと呟いた。 勿論、馬鹿弟子その一が誰であるかは、言うまでもないだろう。 「何番目? 完」 |