あなたに贈る、わたしの想い キュッと光沢のあるリボンを蝶々結びにして、包みを飾った。出来上がったプレゼントを抱えて、私は寝室を見回す。 淡いブルーのカーテンに花模様を散らした天蓋付きの寝台の下に、その荷物を押し込む。ここなら覗きこまない限り、見つからないだろう。 後は、朝になったらエスクードが目覚める前に彼の枕元に置こう。 クリスマスのサンタになった気分で、私は寝台のふかふかしたマットレスに腰かけ、一人、くすくすと笑った。 きっと誰かが私を見たら、何で笑っているのかわからないだろう。 クリスマスのイベントなんて、こちらの世界ではない。 ここは地球とは違う世界で、私はとある事情から迷い込んだ。そしてこちらで暮らすようになって一年以上の月日が過ぎた。今ではもうすっかりこちらの人間と言っていいだろう。 アスール・シエロという名前を貰って――エスクードはアリスと呼ぶけれど――皇帝陛下に直々に認めて貰い、皇太子さまお付きの竜騎士であるエスクードと結婚したのだから。 そして私自身、この世界に愛着を覚え、大切な人たちを沢山見つけた。還れと言われたって、むしろ困るくらいに、この場所が大好きになった。 ここが私が生きていく場所だ。 とはいえ、二十年近く――四捨五入すれば、三十年と言えるけれど。そこは女心的には微妙な問題なのであえて、二十年近くという表現を使わせて貰う――暮らしたあちらの世界が無意味だったとも言えない。 あちらで過ごした日々が、今の私を作ったし、辛いことも多々あった。だからこそ、大切なものに気づかせてくれたのも事実だ。 向こうでの私は元カレと別れてからは、クリスマスなんて他人事でしかなかったし、こちらの暦ではクリスマスなんてないけれど、プレゼントを贈りたいときの口実には丁度いい。 あちらに居た頃には想像もしなかったけれど、現在の私は口実を作って、贈り物をしたい人がいる。 朝、枕元にプレゼントの包みを見つけたエスクードはビックリするかしら? 驚いたら、そのときに地球文化のことを教えよう。本当はある宗教の神様の誕生日だけれど、私が暮らしていた日本では大事な人――家族や恋人といった人たちにプレゼントを贈り合う日、という説明でいいかしら? 日本のクリスマスは本来の習慣から瓦解化した風習に変わってしまったけれど、大切な人を思う日。私のなかでは、そういう日だ。 プレゼントの中身は、皇太子さまのお城で仕える女官さんたちから教えて貰って編んだマフラーが入っている。 このアールギエン帝国は比較的温暖な地方なので、身も凍るような冬というのは訪れない。それでも寒い日は来るし、毎朝、騎竜のフレチャに乗ってパトロールをしているエスクードにはマフラーがあっても困らないんじゃないかなって、思ったの。 まあ、このフシール家からお城に通う毎日で、私もエスクードと一緒にフレチャと空を飛ぶし、その際には魔法で調整されているから、寒さをあまり感じないことは承知しているけれど――気持ち、気持ちの問題だから。 私はエスクードに何かを贈りたかった。 エスクードは私に甘えてくれていいと言った。我儘を言って、もっと頼ってくれていいと。 彼がそう心配するのはちょっとだけわかる。両親を亡くした私は、早々に自立を求められた。そのことで、誰にも迷惑をかけないよう立ち回ることが身についた。 それは時に、私のことを想ってくれた人の優しさを遠ざけて、傷つけることにもなった。それを反省しているし、同じ過ちは繰り返したくないけれど、人間の習性というものはなかなか変わらない。 我儘を言っていいというけれど、エスクードとは充分過ぎるくらい、一緒の時間を過ごせている。 皇太子さまに仕える竜騎士である彼の仕事を思えば、本当なら傍に居られる時間なんてほんの少しだろう。 だけど、私は幸いに皇太子さまのお茶係としてお城に仕えることを許されて、仕事中のエスクードの傍に居られる時間は多い。これ以上、贅沢なことを言ったら罰が当たる。 我儘なんて一つも出てこない。そして、甘えてもいいと言うけれど。 ――それは……うん、だって……ねぇ。 エスクードはまるで私の気持ちを見透かしているようなタイミングで、甘やかしてくれるから、私から何かを求める必要がない。 そこで私は貰うのではなく、気持ちを贈ることにした。 感謝してるの。あなたに会えて、幸せなの。 一人暮らしが長かったので、料理は得意だ。だからエスクードが好きなものを作って食べて貰うことも考えた。 でも、食べ物は食べてしまったらなくなってしまう。美味しそうに食べてくれる彼の顔は、私を幸せな気分にしてくれるけれど、それでもそれだけじゃ物足りない。だから形があるものを贈りたかった。実用的なもので、手作りできるもの。身につけて貰えるもの。 ――あら、よく考えたら欲張りになっているわ。 我儘になることなんて何もないと言ったけれど、違うことに気がついた。 パトロールの際、傍にいない私のことを感じていて欲しい。マフラーに込めた想いはそういうことだ。 身体を冷やさないように、風邪なんか引いたりしないように、どんなときも彼には私の傍で笑っていて欲しいから。 エスクードが与えてくれる温もりが愛しくて、嬉しくて。 ――それをあなたに伝えたかった。贈りたかった。 手芸関係はあまり得意ではないけれど、レーナさんたちは教えるのが上手くて、初心者の私もがんばれた。 私はそわそわと身体を揺らす。後はプレゼントをエスクードに贈るだけなんだけれど。不意にちゃんとマフラーが編めていたのか、心配になる。レーナさんたちに出来上がりを見て貰って、編み目を落とすような失敗はしていないことは確認して貰ったけれど。 ――ああ、あの色で良かったかしら? エスクードの蒼い瞳と同じ色の毛糸で編んでみたけれど、気に入って貰えるかしら。 私としてはあの色が一番、エスクードに似合っていると思う。 どこまでも広がる蒼天を溶かした色は、空を駆ける竜騎士である彼に相応しい。 ここにいない彼の姿を思い浮かべてドキドキしている私の前で、寝室のドアが開く。顔を上げれば、会いたいと思ったその人がいる。 ――ホラね、会いたいと思った時に現われてくれるから、甘える言葉なんて要らないの。 お風呂から上がって来たエスクードは私を見て、そっと白い歯をこぼす。私は心の内の喜びを押し隠して、小さく微笑む。さすがに彼の胸に飛び込んでいくのは、もうすぐ三十路の女には度胸がいる。まだまだ難しいです、先生。 それに触れたいと思う矢先に、エスクードの手が私に触れている。その包み込む手のひらの温かさに私の心は満足してしまう。 「何かあったのか、アリス?」 「――えっ? ……な、何かって……」 「何だか、そわそわしているし。ちょっと顔が赤い。熱でもあるのか?」 私の額に、エスクードは自分のおでこをくっつけて熱を測ろうとする。 息が触れ合うその距離に、私の体温は上昇した。夫婦になってもう何カ月にもなるのに、それでもドキドキは止められない。 こんな風に優しく私を気遣ってくれる、その気持ちが堪らなく嬉しい。 「少し熱いか? ……今日はおとなしくしておくか」 ちょっとだけ残念そうに呟くエスクードに、私は慌てて首を振った。 「全然、平気! わ、私は大丈夫だからっ!」 そう言ってから、言外の意味に私は茹でた蛸のように赤くなった。ええっと、この発言は物凄く乗り気ですって、感じじゃないですか? あわあわとなる私にエスクードは一瞬目を丸くしたけれど、それでも嬉しそうに微笑んで私の腕を掴んで引き寄せた。腰に回る逞しい腕と、首筋に触れる吐息と、彼の胸についた手のひら越しに伝わって来る体温が私の鼓動を早める。 心臓が、内緒の企みと一緒に口から飛び出しそうになるのを必死にこらえて、私は果たして朝までプレゼントの秘密を守れるかどうか、心配になった。 だって、二人きりの夜はまだまだこれからなんだもの。 「あなたに贈る、私の想い 完」 |