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 愚者 〜青色寓話〜


 青い夏を映した水底に、深く沈んで()く。


                   * * *


 じりと、肌を焦がす暑い日差しに、(こお)りづけにされた記憶が溶けていく。
 凍らされ封じられた記憶の雫は涙となり、頬を転がり落ちた。
 自覚のないままの涙は、国王の秀麗な面差しを飾った微笑とは結びつかずに、見ている者たちを困惑させるに十分だった。
 最初に気がついたのは、向かい合って談笑していた国王の弟だ。
 腹違いなれど、三つ年下の王弟は、兄王を慕っていた。
 まだ二十歳という年若い国王を補佐し支えて行けたらと、十七歳の彼は考えていた。
 王宮内で、貴族たちは国王と王弟の二人の母親の血筋に、国王派と王弟派に二分される形で、水面下で利権を巡る攻防を繰り広げていた。
 王弟派は国王の失脚を狙い色々と画策したり、国王派はそれを未然に防がんがために王弟派に密偵を送り込んだり。
 狸と狐の化かし合いに似て、互いの腹の内を探りながら、この国は平穏を演出していた。
 そんな見せ掛けの平和を頭から信じているのが、渦中の王弟殿下だというのだから――存外、この国の中身も平和なのかもしれない。
 少なくとも、この一瞬前までは私が先見した平穏な未来がここにはあったのだが……。
 王弟は、国王の青い瞳から零れ落ちた涙に、目を見開いた。
「――兄上様っ?」
 かたんと、椅子の足を鳴らして立ち上がった王弟に、周りの者も異変に気づいた。
 夏のべたつく空気をかき混ぜ、ざわつかせる者たちの中で、ただ一人、すべてを知る私だけは揺るがなかった。
「未来」は「時」の流れによって動く。
 それを知っている私は傍観者(ぼうかんしゃ)の瞳で、事態を見つめる。それが私に唯一許された在り方だから。
 ほろほろと、止め処なく零れる真珠のような涙。
 国王自身、自らの内側からあふれ出す雫に、目を瞬かせた。
 碧玉の周りを飾った金の睫が、透明な珠を弾いて転がした。陶器のように滑らかな肌を流れた雫は床に落ちる寸前、夏に消えた。
 痕跡すら残すことを(いと)うように、熱波は涙を焼いた。
「……あっ」
 微かに呟き漏らして、国王は青い瞳を細めた。
 夏の陽炎に何かを見たのか、遠い目で空を眺める。
「兄上様……どこか、お加減が?」
 王弟の声には不安が宿り、唇が震えていた。
 そんな弟を振り返って、国王の青い瞳は正気に立ち返る。茫洋(ぼうよう)とした遠い記憶から、現実に戻ってくる。
 溶け出した記憶は、夏の熱が蒸発させた。
 彼の恋を許さなかった太陽が、溶けかけた甘い記憶を片端から消し去って行く。
『――こうするより他にないでしょう』
 切なさを湛えた過去の声が、私の耳元に蘇った。
 〔冬の姫神〕――氷翠(ひすい)が施した封印の魔法に、すべての者が一年前の夏を、記憶の奥底に閉じ込めた。
 誰もが彼女を忘れ去った今、私だけが涼やかな響きを持った氷翠の声を思い出す。凍りついた夏を知っていた。
 全ての罪を背負い、己が命を(つぐな)いの証として、冷たい水底に泡と消えた彼女の声を、姿を、思い出を。
 愛しい者の記憶を封じ、己を(のこ)すことをよしとしなかった彼女を、私だけが憶えているのは傍観者であるが故の運命。
 この世の全ての(ことわり)を紡ぐ〔太陽神〕に私は罪を問われた結果、〔時の神〕としての能力を奪われ、地上へと放り出された。
 未来を知りながら、止めることが出来ない私は、いつの「時」も傍観者と成り果てる。
 それが私に与えられた罰なのか。
「……少し気晴らしに、水辺で涼んでこよう」
 心配ないと、王弟に笑いかけて、国王は席を立つ。
 王宮敷地内の広大な庭園の片隅に置かれたこの東屋(あずまや)から、じりと、肌を焦がす日差しの中へ。
 手で小さな影を作りながら、国王は緑の芝生を踏んで歩き出す。職務に忠実な護衛官が二人、無粋(ぶすい)を承知で彼に続いた。
 私は静かに国王の背を見送った。
 〔太陽神〕の怒りが今もなお続いているのなら――国王の中に凍らされ封じられた記憶の全ては、溶けた端から消えて行くだろう。
 彼女が沈んだ湖の岸辺に辿り着く頃、国王は泣いたことすら忘れてしまうだろうか。
 そんなことを考えていると、一瞬、私の視界が歪んだ。刹那(せつな)に垣間見た未来の絵に、私は思わず唇を開きかけた。
 しかし、迷いが口を閉ざす。
 私が関わることで、どのように「時」が動くのか、私にはわからない。
 私が動くことが予定通りであったのなら、動かないことで運命に(あらが)おうか。動くべきか、動かざるべきか。迷いのうちに「時」は確実に流れていく。
 どちらにしても、今の私には思うように「未来」を見通せない。
 そのとき、かつんと床を蹴る靴音が、私を現実に引き戻した。
「――兄上様が……どこか遠くに行ってしまいそうな、そんな気がします。久遠(くおん)様」
 久遠という、私の名を口にしながらこちらへ近づいて来ると、王弟は堪えきれない不安を吐露(とろ)した。
 吟遊詩人(ぎんゆうしじん)を自称する、身元を保証するものなど何もない私は、人々にそこに私が存在することの奇妙さを気づかせることがなかった。
 これもまた傍観者であるからか。
 それとも、神ではなく人でもない曖昧(あいまい)さが、認識をぼかすのか。
 視線を返す私に、王弟は遠い眼差しで続けた。
「いえ、もう……ずっと前から、兄上様は僕の知らない遠いところにおられるような……そんな気がしてなりません」
 国王を誰よりも慕う王弟は、それ故に心を攫われた兄を知りえたのだろうか。
 凍らされ、封印された記憶。面影一つ、涙の意味すら思い出せぬというのに、それでも、国王の心は常に誰かを求めていた。
 見えない姿を探して、曖昧にぼやけた過去を手繰り、どこにもいない彼女を求めた。
 それが自分にとって、この国にとって、どんな存在であったかを知らずに。
「滅びを(いと)わず姫神を愛した――(おろ)かな王の話を知っていますか?」
 私は王弟に語りかけた。
 声を掛けて引き止めるには、あまりにも遠くなった国王の背中から視線を動かし、こちらを見上げた王弟はゆるりと、首を横に振った。
「それは昔話か、何かですか?」
 兄王に似た秀麗な顔を傾けて、問う。
「実際にあったお話です。冬を司る美しき〔冬の姫神〕が(たわむ)れに降りた地上で、姫神と偶然出会ってしまった青年国王がいたのです。彼らは互いの姿に、刹那に恋に落ちました。神の姿は本来なら、人の目に映ることはありません。その存在はあまりにも高貴であり(けが)れがない故に、人の歪んだ心の目には映ることはないのです」
 冬の静謐(せいひつ)で深い夜色をした長い髪。優美な線を描く肢体に薄紅の衣を纏い、白雪の肌に、艶やかに映えるは椿の唇。翡翠(ひすい)色の瞳を二つ並べた〔冬の姫神・氷翠〕の美貌は、神々の世界においても、指折り数えるほどに美しく――人の目に映ることなど、まずあり得ないと思われていた。
「……でも、その青年は……」
「ええ、〔冬の姫神〕の姿を捉えるほどに――清麗とした心の主でありました。国のために身を粉にして尽くそうとする志し、陰謀や猜疑(さいぎ)渦巻く宮廷で真っ直ぐに在り続けた清い魂の主であったのです。だから、青年の瞳は〔冬の姫神〕を映し――姫神は青年の清く美しい魂に心惹かれた。出会ってしまったら、恋に落ちるのは必然だったといえるでしょう。しかし、姫神は神であり、若者は一国を担うとはいえ、人間。神は神の領域から出ては世の理を崩す。実際、青年が姫神を王宮へと連れ帰ったが矢先、その国は夏を凍らせてしまった」
「……夏が凍る?」
「季節の理が崩れ、その国は来る日も来る日も雪に見舞われた」
 何かを思い出すように、王弟の眉間に皺が寄る。
 冷たい夏に震えたことは、記憶が凍らされても身体が覚えているのかもしれない。そうして、封じられた記憶が揺さぶられるのは、夏の暑さのせいか。
 しかし、溶けた記憶は夏の日差しが焼いて消し去る。
 微かに残る違和感を前にしても、答えを見つけたせずに、王弟は(あきら)めたように首を振った。話の続きを促すように、私を見上げてくる。
 私はその視線に応えて、語る。
「雪は水を凍らせ、動物を震えさせ、食物を雪の下に埋めました。たちまち、国は混乱に陥った。冬は理にそってやって来るから、備えをして越せる。だけど、夏場に冬への備えはなく、人々は一人ひとりと寒さに凍え、餓えに死んでいった。〔冬の姫神〕と青年国王の恋の犠牲となって」
「……滅びたのですか、その国は?」
「――いいえ」
 王弟の問いに私は頭を振って、否定した。
 現在、この国が在り続けているのが、何よりもその証だ。己の身を(あがな)いとして、〔冬の姫神〕は〔太陽神〕に許しを求めた。
〔冬の姫神・氷翠〕の消滅によって、凍りついた国に夏が戻ってきた。但し、二度と冬が来ない土地になって、雪解けの水に(うるお)う大地は枯れた。
 〔太陽神〕の最後の情けによって、氷翠が溶けた湖だけは深い青を湛えている。その水源がこの国を支えていた。
「〔冬の姫神〕が太陽神に許しを請うたのです。〔太陽神〕としても、理の崩壊(ほうかい)において一国が滅んで行くのを見過ごすつもりもなかった。ただ、理を正すためには、それ相応の対価が必要でした」
「それは……?」
「国王の死です。――滅びる国を救おうとすること、それはすなわち、新しい国を作るということに似ています。〔太陽神〕は国王の命で、歪んだ理を正常に戻そうとした。だから、〔太陽神〕は〔冬の姫神〕に国王を殺すように命じました……でも」
「でも……?」
「〔冬の姫神〕は国王を殺せなかった……代わりに、自らの命を差し出しました。そして、〔冬の姫神〕は消滅し――凍りついた夏は忘れ去られた。その国の人々の記憶から」
 記憶を消し去ったのは他ならぬ、氷翠だった。
 贖罪(しょくざい)に命を絶とうとした彼女を国王が止めようとしたからだ。彼は死へ向うのなら、自分も連れて逝くようにと、氷翠に迫った。
『――この恋が罪だというのなら、私も同罪でしょう。貴女一人を逝かせはしないっ!』
 だが、氷翠はそれを許さなかった。
 何故なら、〔太陽神〕が最初に贖罪として求めたのが青年国王だったからだ。
 理を正すための犠牲――神を堕落(だらく)させた罪として、国王の命を求めようとしたのを、氷翠が泣いて拒んだ。
『わたくしが地上へ降りたことがそもそもの過ち。罪はすべて、わたくしにあります。どうか、わたくしの命で贖わせてください』
 〔太陽神〕は〔冬の姫神〕の心を買い、彼女の命ひとつで国を救う約束をしてくれた。滅びは免れるはずなのに、国王が共に死を選ぶという。では、何のために己は死ぬのか。
 二人が命を落す必要はない、と。
 氷翠は国王を説得したが、国王は頑なに譲らなかった。
『私だけに生きろというのなら、氷翠――貴女も共に生きてください』
『それでは、この国が滅びてしまうわ』
『ならば、滅びればいい。貴女を犠牲にしたこの国を、私はもう愛せやしない』
 国のために生きてきた国王が、今までの己が人生すべてを否定した。
 それほどに彼は〔冬の姫神〕を愛していた。
 氷翠が、彼の存在すべてに変わっていた。
 国が滅んでも厭わないほど、真っ直ぐに。愚かに。彼は姫神を愛した。
 だから、氷翠は自分に纏わる記憶を凍らせた。国王だけではなく、国の人々すべての、記憶を封じた。
 忘却の魔法を旋律(せんりつ)にのせて、彼女は(うた)った。

『――この想いは、わが身と共に、泡と消えましょう。
 貴方には何一つ、残してはあげません。
 貴方は失ったことすら、気付くことはないでしょう。
 全ては、わたくしだけのもの――』

 紡がれる詩が、音となって人間たちの身体の内側に染み入る。
 記憶が一つ一つ凍らされて、国王は意識を凍結させられた衝撃にその場に崩れた。
 雪の(しとね)に横たわる国王の金糸の髪に密やかな口付けを落として、氷翠はそれまでの成り行きを、ただただ見つめるだけにあった傍観者の私に声を掛けて来た。
『――後のことを頼みます、久遠』
『……氷翠』
 私は彼女の名を口にした。
『貴女一人が犠牲になるのか。共に連れて逝けばいい――』
 それを国王は望んでいる。共に死んでも構わないと愚直なまでの一途さ。
 そこまで覚悟している想いを拒否する氷翠を残酷(ざんこく)だと思った。そう考えるのは、私が一人取り残された過去を持つが故か。
『愛しているのです。生きて欲しいと、願うから……連れては行けないわ』
『忘れ去られても構わないと?』
『――こうするより他にないでしょう』
 氷翠は切ない吐息をこぼして、諦めにも似た微笑を浮かべた。
『……元、時の神であった――久遠。貴方の目に映る「未来」に、この国は存在して?』
『…………はい』
 私の口からは、偽りのない言葉が吐き出された。
 偽りを吐けば、「時」が狂う。
〔時の神〕と呼ばれていた私には、「未来」に関して偽りを口にすることは出来なかった。昔と違って、能力を失った現在、未来透視も満足に行えず、「時」に干渉することなど出来やしないのに……。
 私の目は、望みもしない「未来」を見つめ……。
 私の口は、偽りなくそれを語り……。
 私の存在は、訪れる「未来」を傍観する――すべては過去に犯した過ちの罰として。
 氷翠は私の言葉を受けると満足そうに微笑んだ。
『ならば、それが答えよ。〔太陽神〕がこの国をお救い下さるのなら、わたくしは泡と消えましょう』
 彼女は潔いまでに決然と言い放って、私に背を向けた。
 薄紅の衣を纏った凛とした背中が、雪に覆われた王宮の庭園を、進んでいく。
 青く澄んだ湖を抱え、美しく整えられた庭園もすべては雪の下に埋まっている。
 彼女は、溶ければ消える白雪の上に微かな痕跡だけを残して、湖へと歩んでいく。
 死へと向うことになる足取りに迷いがないのは、愛の確かさか。守るべきものを知っている者は、死も恐れない。
 湖もまた突然の冬の到来に、銀色に凍っていた。銀盤のその中央に、彼女が立ったとき天空から一筋の閃光が落ちてきた。
〔太陽神〕の無慈悲(むじひ)な裁きの一矢が、氷翠の胸を貫く。そうして、光りは弾けた。
 波状に放射された熱が私の頬を叩く。雪に凍りついた白い大地を熱波が撫でれば、瞬く間に緑の大地へと塗り替える。
 銀の氷が割れる。青い水柱が立ち上がり、氷翠の身体を飲み込んだ。
 水面が揺らぎ、深い水底へと沈む――沈む。
 湖面に立ち上る水泡が――彼女の最期の姿。
 誰にも知られずに消え去った彼女を知る者は、私以外にいないはずだった……少なくとも、私が彼女を見送ったあの瞬間(とき)まで見ていた「未来」には。
「……その後、その国王は?」
 予定調和の王弟の問いかけに、私が答える必要はなかった。
 新たな未来は、現在進行形で紡がれている。
 騒々しく駆け込んでくるのは、国王に就いていた護衛官の一人だ。精悍な顔から血の気が失せていた。焦りと混乱にしわがれた声で、その者は叫ぶ。
「――殿下っ! 陛下がっ!」
 ゆっくりと(まぶた)を閉じて、私は視界を閉ざした。
 記憶を染めた青い湖。
 そこへと沈んで逝く――氷翠。
 そして――国王の背中を見送ったそのときに、新たに映し出した未来の絵にあったのは……青い水底へと堕ちていく、国王の姿。
 ゆらりと、水の流れにたゆたう金糸の髪が、深い青に飲み込まれていく光景。
 凍りついた記憶が夏の日に焼かれ、溶けて完全に消え去る寸前に――彼は氷翠が消えた湖に辿り着き、すべてを思い出したのだろう。
 愛した〔冬の姫神〕を求める心のままに足を踏み出し、彼女の元へと――旅立ったのだ。
「湖に身を投げられてっ!」
 護衛官の叫喚(きょうかん)に、私の脇から弾かれるように駆け出していく王弟。
 その気配を追うように、私は目を開けた。
 しかし、私の瞳に映るは、国王の突然の崩御に混迷(きゅう)する王宮の――未来の姿。
 氷翠に、この国は滅びないと――語ったのは、偽りではない。
 彼女に問われた瞬間、私が見たこの国の「未来」は、国王が王弟と談笑している幸せな光景だった。
 だから私は、氷翠の問いかけに「はい」と応えた。未来透視に対して、偽りの言葉は口に出来ない故に――私が語る「未来」は絶対だった。
 氷翠はそれが永遠と続くと信じた。
 私も国王の背中に新たな「未来」を見るまで、信じていた。
 だが――私が見た未来より先の「時」が動けば、新たな「未来」が構築されていた。
 それは恐らく、〔太陽神〕すら、予測しなかっただろう「未来」だろう。
〔太陽神〕は夏の熱がすべての思い出を蒸発させて、消してしまうと思っていたに違いない。
 だが、しかし。
 国王の内側に微かに残った記憶が、私たちの考えを超えた未来を築いてしまった。
 凍りついた夏の傷がまた完治しないまま、国王を失ったこの国はこれから暗い時を刻む。
 国王派と王弟派に二分されている王宮で、国王の突然の死は、猜疑を呼ぶだろう。
 王弟の無垢で純粋な兄王への思慕も、疑りだせば歪んで見える。
 狸と狐の腹の探りあいは、牙を剥いて爪をとぎ、(みにく)い骨肉の争いに変わる。
 国王が亡き後、後継は王弟しかいないが――しかし、国王の血に連なる貴族たちは新たな王を認めない。
 恋に殉じた国王の死も、勘ぐられて陰謀だと噂される。
 (けが)される純情、(よご)される信頼。
 王宮の混乱は病のようにこの国を(むしば)み、民人の心は荒れる。
 信じる者を亡くし、拠り所を失った壊れた心が作り出す暗澹(あんたん)たる未来は――滅びを誘う。
 己の死によって訪れる混沌を、聡明であった国王が見越していなかったとは思えない。
 国のために身を尽くしていた清い魂の主であったから、かの国王は氷翠と出会ったのだから。
 それでも最期の瞬間、彼が求めたのは、国の安寧でも、自らを慕ってくる王弟でもなく、もう二度と出逢えることはない〔冬の姫神〕――ただ一人。
 すべては、愚直なまでに一途だった国王が紡いだ運命であり、この「未来」は来るべくして訪れた未来だったのだろうか。
 私はまたしても、何も出来ない傍観者であった。
 だからせめて、物語を詠おうか。
 青い水底に沈んだ恋人たちへ、最後の餞別(せんべつ)として。


                  * * *


 これは、滅びを厭わず〔冬の姫神〕を愛した一国の王の物語。
 その恋を愚かだと(わら)いたければ、嗤うがいい。
 

                      「愚者の詩 〜青色寓話〜 完」 

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