七夕
藍色の夜闇を流した川面に、星屑が散っていた。
そのすき間をたゆたうは月影の小舟。
風に揺れる水面を月の舟があちらで、ゆらゆら。こちらで、ゆらゆら。
波の狭間で踊っている。
天の河原で一年に一日だけ。
七月七日の夏の短い夜にだけ、玉響の逢瀬が僕たちに許されていた。
可哀相な恋人たち――と。
人々は、僕たち二人を哀れむけれど。
本当に可哀相なのかな?
どれだけ温もりを共にしても、心すれ違う恋人たちより。
どれだけ同じ時間を過ごしても、理解し合えない恋人たちより。
僕たちの心が変わらずに在り続けるなら……。
* * *
「また、逢えたね」
一年ぶりの君の姿に、僕は嬉しくて笑う。
――君に逢えた、それだけで僕の胸は幸せに満たされる。
「逢いに来てくれたのね」
ゆっくりと唇を解いて、君も微笑んでくれた。
「うん。僕はやっぱり、君が好きだよ」
* * *
逢えない時間、想うのは君のこと。
春の花々の香りを嗅ぎながら、君が見ている光景はどんなものだろうと、心巡らせる。
薄紅の花弁が宙に舞う美しさとか、風に頭を揺らす小花の愛らしさとか。
見上げた空の優しく淡い水色だとか、雨あがりに空を跨いだ虹の橋だとか。
――君に見せたい。
美しいと思うもの。可愛らしいと思うもの。
――君に教えたい。
逢えない時間、考えるのは君のこと。
移ろいゆく季節に君は今どんな気持ちでいるだろうと、考える。
散っていく春花に、晩夏に枯れていく蝉時雨に、侘しさに揺れるススキの穂に、寒さに凍えるため息に、寂しさを感じれば。
君の隣にいられない我が身を不甲斐なく思う。
孤独に泣いているだろう君を思い、二度と会わないと決意して、誰かに君の幸せをゆだねようとすれば。
涙がこぼれ、切なさに胸をかきむしる。
そうして、僕は夏の夜の、短い逢瀬に心焦がす。
君に逢いたいと、ひたすら願う。
* * *
逢えるのはただ一夜限り。
だから、共に過ごせない時間、三百六十五日。
春も夏も秋も冬も、君のことを想う。
この想いを君に伝えようとする言葉を探せば、限られた時間に言葉を飾る暇さえ惜しくて、いつだって語る言葉は一つしか、見つからない。
「君が好きだよ」
「貴方が好きよ」
君に教えたいことは山ほどあって。
君に届けたい思いも溢れんばかり。
だけど、どうしても伝えたいことを厳選すれば。
ありふれた「好き」という一言が、僕の言葉になる。君の言葉になる。
素っ気ない気もするけれど、偽りもなく、ただ真っ直ぐに心へと向かうから。
――信じられる。
白々と明けていく夜に、別れのときが迫る。
「もう行かなきゃ」
「――さようなら」
「さようなら――」
来年の約束はしない。
どちらかの心が変わったのなら、七月七日のこの河原で、僕と君が出逢うことはないだろう。
だけど、三百六十五日、君を想えば。
僕は、きっと。君に逢いたいと――願うから。
七夕に託した願いは、二人の想いを繋いで――僕らは来年もまた、ここで出逢うだろう。
何故なら。
どれだけ温もりを共にしても、心すれ違う恋人たちより。
どれだけ同じ時間を過ごしても、理解し合えない恋人たちより。
僕と君は、変わらない絆に結ばれた幸せな恋人たちなのだから。
「七夕 完」
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