魔女の花たち
覇王の道を定められし運命の元に生まれてきた貴方は知らなかったでしょう。
貴方が率いた者たちの軍靴が踏みしだいたその大地に、息づく草花の一つ一つに言葉があり、想いが宿り、それはときに妙薬にもなり、毒にもなることを。
前だけを見据え、歩み、自らの前に立ち塞がる者を白銀の刃で斬り倒し、叩き潰して、貴方は大地を血と炎で黒く染め上げた。
そうして貴方が歩み去った道程には、肉塊に変わった無数の屍と全てを失い灰だけを握りしめる無力な者たちがいたことも。
覇道極める貴方を取り巻く栄華には、美しい花々が咲き乱れる。
赤い花は情熱を、黄色の花は献身を、白き花は純潔を、紫の花は誇りを捧げた。
平定した先々で、貴方は沢山の花を摘み、そして捨てた。
やがて花々の想いは他の者たちの様々な思惑と混じり合い、どす黒い情念を噴出させて、黒く歪んだ想いは、森の奥深くに住む私のもとに辿りつきました。
誰も訪れぬ森の深淵にまでやって来た怨念は、もはや私の手には負えやしない。
憎悪は森の木々を蝕み、緑だった葉を枯らした。枝から剥がされた枯れ葉はカサカサと重なり合って、風に渦巻き、穏やかで静かだった森を騒がせる。
枯れた森に動物たちは飢え、牙を剥き、私の生活すら脅かす。
草花を乾燥させ薬を調合して密やかに生きるだけの私に、抗える力などありはしない。
どうか我が境遇に想いを馳せてくだされば、私の罪も許されましょう?
美しい花の色からは想像もつかないケシの中毒で貴方を捉え離さず、
愛の草と呼ばわれるマンドレイクで錯乱を、
ベラドンナの実で幻覚を、
ハーブパリスで感覚を麻痺させ、
ズルカマラで貴方の舌から言葉を奪い、
トリカブトで喉を詰まらせ、
――花たちは貴方の息の根を止めました。
虚しく横たわる貴方の躯に、平和と幸福を象徴するスズランの花を私は捧げましょう。
それは貴方が覇王であるが故に世界を切り開かねばならなかったように、魔女であるが故に乞われるまま、花たちに毒を与えてしまった私が贈る――最後の毒。
「魔女の花たち 完」
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