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 いつか、夜が明けるまで


 0,夜の涙


『ずっと、ずっと。夜が明けなければいいのにね。
 だったら、ずっと、夢を見ていられるから……。
 そうしたら、絶対にサヨナラなんて悲しい言葉を言わないですむもの』

 泣き出しそうな声が囁くように言った。
 凍える夜気に吸い込まれていくその声を、切ないと私は感じた。
 恐らく、私自身がそういう気分だったのだろう。
 フッと支えを失い、沈みかける私の心を救い上げるような力強い声が、しんみりとした空気を振り払うように言った。

『でも、夜は終わるさ。俺はそれでいいんだと思う。
 永遠に夜が続いて、夢だけしか見ていられなかったら、現実の価値がなくなってしまうだろう?』

『現実が辛くても?』

『辛いことがあるからこそ、幸せを幸せと感じられるんじゃないか?』

 そうして、強い声の主は私の頭にポンと手の平を乗せた。凍った髪越しにじんわりと他人の温もりが伝わってきて、私は泣きたくなった。
 それを必死に堪えようとしていると、彼の声が耳元で囁いた。

『泣くことを我慢するんじゃない。泣きたいなら泣いていいんだ。誰もお前の涙を止める権利なんてないんだから』

 でも、私が泣くとお母さんは困った顔をする。お父さんは苛立ったように顔を顰める。
 私はそんな二人の顔を見たくないの。
 そう、震える声で訴えた。

『じゃあ、ここで泣いてしまえ。泣くだけ泣いて、もう笑うしかないようなところまで泣いてしまえばいい。俺たちはお前が泣いても、嫌いにはならないからさ』

 ……本当に?
 問いかけるように二人を仰ぎ見ると、彼らは私を見つめ小さく笑う。

『……泣いて、いいんだよ』

 寂しげだった声の主は、穏やかに微笑んで許してくれた。
 私は張り詰めていた糸が切れたように、声を上げて泣いた。


 思えば、私の中にあった涙というものは、あの瞬間に枯れ果ててしまったようだ。
 あの日から四年近く。
 悲しいこと、辛いことは多々あったけれど、私が涙を流すことはなかった。
 ……それは、きっと。私の中で、何かが変わったから。


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