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 0,俺の言い分


「いいね、田舎っ! 行こう、行こう」
 俺がパンと手を叩いて喜ぶと、テーブルの向かいの席から、お袋と姉貴が睨みつけてきた。
 アンタは黙ってなさいと、一言。
「何だよ、それ。俺だって家族の一員だろ? 発言権を許されてしかるべきだ。まあ、別にいいけどね。どういう結論に至ろうが、俺は行くからさ」
 俺は頭の後ろで手を組み、返す。
「アンタ、本気? この冬は受験だっていうのに、転校することになるのよ」
「別に構わねぇよ。だって、俺、こっちの大学に行く気なんて元からなかったからな」
 あっけらかんと吐き捨てる俺に、お袋は目を丸くした。
「何で? 誠人の頭ならどこの大学だっていけるでしょ」
 そうして、指折々に有名大学の名前を上げる。
「まあね」
 俺も謙遜しない。要領がいい俺は、その能力を勉強にも発揮した。だもんだから、少し努力すればお袋が言う大学に合格するのはまあ、難しくない。さすがに努力なしでは無理だろうが。
「でも、行かない。行くなら、地方の……できれは田舎にあるようなとこがいい」
「何でわざわざそんな辺鄙なところを選ぶのよ、馬鹿じゃない」
 呆れたような姉貴に、馬鹿はお前だ、と毒づく。
「辺鄙なところだから選ぶんだろ? 聞くまでもないことを聞いてんじゃねぇよ」
「何よ、それがお姉さまに対する口の訊き方なの?」
「お姉さまね。そう呼びたくなるような代物になってから言え。何にしても、俺は行くから、親父と」
 俺はそう言って家長席に座った親父を見た。親父は目をパチパチさせて俺を見つめ返す。
 我の強いお袋と姉貴がはばを利かせている我が家で、親父の威厳などあるはずもない。
 少々、気後れした様子で親父が口を開いた。
「で、でも……私は別に単身赴任でも」
 俺たちが話し合っていたのは他でもない親父の転勤に対して、家族全員でついて行くか、それとも親父一人での単身赴任か、というもの。
 行き先が地方の田舎と聞いて、お袋と姉貴は揃って行かない、と言った。それぞれ、仕事を持っている身だから、まあ予想通りの答え。
 親父は「だと、思った」と苦笑し、「単身赴任するよ」と告げたところで、さっきの俺のセリフだった。
「どうして。田舎なのよ? 聞くところによれば、バスも一時間に一本。コンビニだって、そうそうお目にかかれないって言うじゃない。何で、わざわざそんな不便なところに行きたがるわけ? その神経、わっかんない」
「……何が不便なわけ? 今だって一時間も掛けて学校に行ってんだぜ。バスが一時間に一本だろうが、乗ってしまえばバスはバスじゃん。コンビニだって、俺、あんま利用しねぇから、関係ないし。そんなの姉貴だって知ってんだろ」
 元々、俺には食欲、物欲といった──今では唯一の趣味である読書に対して以外──ものがない。
 服だって、姉貴が買ってきてくれたものを素直に着ている。
 何でも俺の見てくれは相当に良いらしく、他人に自慢するがために時々、俺を連れまわすくらいだ。それで見かけを整える費用は姉貴もちで、俺には不平はない。
 服も髪も靴も、自分からああしたいだとか、欲しいと思ったことはないんだ。
 大体さ、高校生ってのは制服を着ていれば、どこに出かけて行ってもさして不都合はない──ああ、深夜は出られないけど。それは俺の生活習慣では外に出る必然性のない時間だ──だから、俺の服はファッション誌に出てくるようなものと、後は制服。んでもって当たり外れのないジーンズにTシャツといったところ。
 そんなものは田舎のスーパーでも売っているだろう。店がなくて困るということもない。姉貴がこっちに残るってんなら俺が飾る必要なんてないからな。
「で、でも、本屋っ! アンタ、本好きじゃない。本屋もきっと少ないわよ。置いてある種類も少ないし、新刊だってなかなか手に入らないかも」
 姉貴は俺の行く気を挫くつもりなのか──アクセサリーとしての俺を手放したくないってのか──そう言ってきた。
「別に、ネットで買えるだろ? どんなに田舎でも最低、電話線は繋がっているぜ」
 それに携帯のサイトでも本は買えるだろ? 携帯は一応、持っている──俺自身はいらないとつっぱねたが、皆が仕事の都合で二、三日、家を空けたとき、飯を作るのが面倒で食べずにいて、体育の授業の際(十キロマラソンはさすがにきつかった。中学卒業と同時に運動には縁がなかったから)に倒れたのをきっかけに強引に持たされた──けど、殆ど使わないので詳しくはないが。
「レンタルビデオ屋もないわよ、きっと」
 どんな田舎を想像しているんだと、呆れる反面、俺は言った。
「最近じゃ、ネットでDVDをレンタルしてくれるってよ」
「……何で、そんな田舎に行きたがるわけ?」
「だって、この街は死人が多すぎる」
 俺は顔を顰めて言った。
 それだけで、お袋と姉貴を納得させるには十分だった。




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