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 1,新しい学園生活?


 俺には小さい頃から死人が見えた。死人、つまりは幽霊だ。
 この体質は母方の血族に多く現れるもので、お袋から姉貴、俺へと受け継がれた。
 でも、お袋も姉貴も霊感──あくまで霊を感じる能力だけで、俺のように霊視──死人をハッキリ見ることはない。
 そして、俺は困ったことに見えすぎて、時に人間と死人の区別がつかないことがままあった。
 頭から血を流した奴はどう見ても死人だろう。
 でも、病死だったり、首吊りだったりとか、比較的外傷が目立たない奴は、普通にそこに立っている分には生きている人間に見える。
 けど、宙を浮いて浮遊などしていれば、それは人ならざるものであることは馬鹿でもわかる。
 俺は転校初日に校門を跨いだところで、ヒラヒラと宙を泳いでいく影を見つけて、げんなりした。
 ……いるじゃん、ここ。
 田舎なら都心に比べて人口が少ない。だから、死人も少ないはずだと決め付けて、俺は親父にくっついて来たってのに。
「どこの馬鹿だ? 死んだ後も彷徨いやがって……」
 俺は思わず、小声で毒づいた。
 死んだ奴にもそれなりの事情があるだろう。それは俺だって理解している。誰だって死にたくて死んだわけじゃない。自殺にしても、幽霊となってこの世に居残ってしまうのは生きることに執着していたからだと思う。
 だって、この世に残りたいという未練がなかったら、成仏しているはずだ。それができないということは、自殺する際も心のどこかに生きることに対して未練を持っていたに他ならない。もしくは己の死を認識していないのか。
 だから、幽霊は言ってしまえば可哀想な死人だ。恨み、憎しみ、未練などなどを抱えて死んだ後も彷徨わなければならないのだから。同情はしないでもない。
 けど、俺は今までの十八年の人生を──誕生日が四月二日なので、新学期が始まって二週間というこの時期でも俺は十八歳なわけ。実は春休みの間に車の免許も取っていたりする。ただ、春休みの日数が足りなくて、新学期初日にこちらに来るはずが今日に至ってしまったが──死人が見えるという、それだけでかなり普通の高校生としては悲惨な形で送ってしまった。
 第一希望だった高校の門前に──前の通りが交通事故多発地域だった──頭を潰した死人がいて、小さな子供ぐらいの死人がえんえんと泣きながら母親を捜していて、中学生のときのクラスメイトだった奴の顔も見えれば、気丈な俺でも足が竦む。それが毎日続くと思えば、それまでの努力も無駄にして逃げ帰った。
 この日を境に俺はサッカーを止めた。第一希望の高校はサッカーが強くて、サッカー選手になるというまだ子供だった俺には夢への足がかりだった。
 しかし、死人たちを前に逃げ出した俺は、自分が夢に対して本気でなかったことを悟った。
 そうして、俺は通学時間一時間掛けて通った第二希望の高校でただただ時間を無意味に食いつぶしていった。
 その学校でも問題がなかったわけじゃない。見えすぎる俺はときに居ないはずの人間まで数えてしまう。だから、友達には奇妙がられた。それを誤魔化すために、俺はお調子者を演じることもあった。
 そういう本来、自分にないキャラを演じることは、友達にとっては面白い奴、気さくな奴、楽しい奴と見えていたようだが、俺には正直言ってキツかった。愛想なんてものは俺にとって努力と同意義。だから、好きなことに対してならその努力も苦にならないが──サッカー部のメンバーとは普通に愛想で応えられたが──好きで入ったわけでもない高校で、サッカー以外に集団生活なるものをことごとく嫌っていた俺は、懐いてきたクラスメイトたちに心の内でうんざりしていた。
 何故なら、その友人関係で求められるのは俺本来のキャラではなかったわけだから。
 だったら、最初から友達を作らなければよいのだが、それは敵を作ることだった。何しろ、見てくれが良い俺は何かと男に敵視された。トラブルを回避するには味方を増やしておくに限る。そうすれば大抵、間に誰かが入って大事には至らない。
 だから、親父の転勤話は、高校生活に食傷気味だった俺にとっては渡りに船だった。しかも、田舎。人口が少なければそれだけ不遇な死に方をした奴も少ないだろう。死人も少ないはずだ、と勝手に決め付けた。これじゃあ、田舎をかなり偏った偏見で見ていた姉貴のことをとやかく言えない。
 遠くに見える宙を飛ぶ影は、やがて校舎に消えていった。
 誰かに憑いているものなのか、この学校に憑いているものなのか。この段階では、判別がつかない。
 しかし。
 どっちにしても、無視すればいい。思えば、ラッキーだ。ここで死人の存在を見つけられたのは。心の準備ができる。突然、目の前に現れた死人に驚いて突飛な行動をとることもないだろう。
「……うん」
 俺は一つ頷いて、自分を無理矢理、納得させた。ここまで来て、今さら転校を取り止めることなんて、できやしないだろ?
 そして、俺は職員室に向かった。




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