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 ガラスの靴はお断り!


 ― 前編 ―

 クリスマスっていうのは本来、家族で過ごすものだろう。いつから、恋人同士が過ごす日だと認知されてしまったのか、世間に問い質したいと思う。
 いや、今も昔も海外では家族と過ごす日であるはすだ。ただ、信仰しているわけでもないのにイベントが好きな日本人の間に限って、クリスマスイブの日は恋人と過ごすのが当たり前というような風習を根付かせた。
 何だかね、と。
 窓の外に流れる、すっかり日が沈み夜に染まる街並み、色とりどりの華やかな電飾できらびやかに飾り付けられたクリスマスの光景を見やって、私は小さく鼻を鳴らす。
 曇り一つなく磨きこまれた車のウィンドウは鏡のように反射して、仏頂面の私の肩越しに、運転席の男の横顔を映す。
 ハンドルに軽く手をかけ、前面を見据える横顔の輪郭は整い過ぎて、テレビで見る美形俳優顔負けだ。名前も(あらし)と言って、何ですか、そのアイドルグループみたいな名前は! って、突っ込みたいような名だ。家も結構有名どころの企業を経営している金持ちで、大学時代から高級車を乗り回していた。ハッキリ言って、私とは住む世界が違う気がするんですけど。
 そんな嵐は、家柄や顔立ちがいいせいで、周りからちやほやされて育ったに違いない。他人に配慮するなどといった繊細さを持ち合わせず、性格はかなり歪んでいると断言する。だって、私は一度もこいつに優しくされた覚えはないから。
 義兄の友人として、奴が私の前に現われてから、約三年になるだろうか。
 五つも年下の女子中学生の秘密を、こいつは初対面で暴いてしまった。
花純(かすみ)さん、だっけ。――アンタさ、(はる)のこと好きだろう?』
 晴というのは五つ年上の義兄だ。血の繋がりは私と晴兄の間にはない。父親の再婚で、私が十歳のときに家族になった人だ。
 十歳となれば、もう一人前に大人のつもりである。父親の再婚を快く受け入れた気になっていても、やっぱり血の繋がりがないことに意識せざるを得なかった。
 五年間、上手く妹のふりをしていても、どこかでそのことを常に考えている自分がいた。それが晴兄を兄弟としてではなく異性として見ている結果だと、気がついたのは嵐に図星を突かれる少し前だった。
 だけど、幾ら事実だからと言って、出会い頭に赤の他人からいきなりそんなことを言われたら、誰だって絶句するだろう。
 目を丸くして茫然と視線を返すしかない私に、嵐は秀麗な唇の片端を持ち上げるようにして笑うと、一言。
『――ご愁傷様(しゅうしょうさま)
 その声が実に楽しげに聞こえた瞬間、私は晴兄の友人が大っ嫌いになった。
 二十歳になる大人が、十五歳の禁断の初恋を笑うか? いや、笑う奴はいるかもしれない。デリカシーのない馬鹿なら、笑うだろう。
 私はそんな馬鹿は大っ嫌いだけれど。
 そういうわけで、出会いからこの三年、嵐とは顔を突き合わせる度に私の眉間に皺が寄る。「美人が台無しよ」と、お母さんが苦言するほどの仏頂面を見せれば、奴は訳知り顔でそっと笑う。こちらの神経を逆撫でしているとしか思えない笑顔は、傍から見れば顔立ちが整っているだけに、愛想よく見えるらしい。
 両親も気に入って、奴が家に入り浸ることが一つも不自然ではなくなっていた。
 性格が悪い人間は、ときに人心掌握に長けているのかもしれない。そのマイナス面を突出させていたら、さぞかし生き辛い人生のはずだ。故に、巧妙に性格の悪さを隠し、腹の内で騙されている人たちを笑っているに違いない。
 その犠牲者が他ならぬ、晴兄なのだろう。
 晴兄は嵐とは対照的と言っていいくらい、穏やかな人柄だ。突然、兄が出来た私の戸惑いを少しでも軽減しようと、細かい心配りをしてくれた。
 その優しさに私は妹として無邪気に甘えられていたら良かったのだと、後悔した。
 私は年上の男性の優しさに、嬉しさと恥ずかしさを覚えて、それを恋と認識してしまった。自分の心に気づいてしまってからは、後ろめたさが胸を占めた。
 晴兄は私を妹としているのに、私は兄として見ていない。それは家族として受け入れていないということだろう。その事実が知られたら、晴兄はどれほど傷つくか。
 優しい兄を傷つけたくないと、純情だった十五歳の私は胸の奥に初恋を秘めた。
 なのに、嵐はその秘密を暴いた。暴きやがったっ!
 それが晴兄の前でなかったことを喜ぶべきだったのか、否か。今の私にはよくわからない。
 晴兄の隣で、何食わぬ顔をして嵐がいて、私が晴兄に話しかければ切れ長の瞳が物言いたげな色を見せる。私は余計なことを言ってくれぬなよ! と、視線で釘を刺して、心臓をバクバクさせる。
 新しい家族関係を作って八年、平和な一般家庭に波風など必要ない。だから、胸の奥の爆弾は眠らせたままでいい。
 静かに眠らせようと思っている爆弾の導火線に一人だけ、私の意思とは関係なしに火をつけられる人間が嵐だ。
 私は嵐に、弱みを握られているといっていい。できるだけ遠ざかりたい、距離を置きたい、そんな相手と、なにが楽しくて、私はクリスマスデートなどしているんでしょうか?
 自分が置かれている現状に、自分で問いかけ答える。
 答えは簡単、今日は晴兄が家に婚約者を連れて来るからだ。
 年が明けたら、晴兄は幼馴染みの彼女と結婚する。
 私が晴兄を知る前から、晴兄のことを知っていて、晴兄の心を独占していた人を前に、私はまだどういう顔をしていいのかわからずにいた。
 彼女のことはずっと前から女友達として紹介されていたけれど、その人が晴兄のお嫁さんになって、私の姉にもなるのだという現実は受け入れ辛かった。
 初恋は実らないと言うそれを実感する私の前に、初恋を実らせた晴兄とその彼女を素直に祝福できるほどには、私は大人になりきれていなかったらしい。
 十歳の頃は一人前の大人になれていると自負していたけれど、錯覚だった。まあ、所詮十歳の子供ですから――って、そんなオチをつけたところで、決まってしまった婚約も私の失恋もどうしようもないんだけど。
 それでも大っ嫌いな嵐と、この状況には些か納得しかねる。
 深いため息が肺の奥から込み上げてきて、唇から漏れた。
 多分、明日には私は車を運転しているこの男と公認のカップルになっているのだろう。
 冗談じゃないと思う反面、嵐の誘いにあっさりと乗ってしまったのは自分だから、誰を責めていいものか。
 家族でのクリスマス会に、晴兄の婚約者の到着を待っていたところ、呼ばれてもいないのに嵐がやって来た。
『今日、うちの会社の親族や取引先とか集めて、クリスマスパーティーがあるんだけど。パートナー頼んでいた従妹が熱出して、出られなくなったから、花純さんをお借りしていいですか?』
 と、言って来た。
 取引先とクリスマスパーティーって、何ですか、そんな世界。
『服はこちらで用意しますし、遅くなっても十二時前にはお返ししますんで』
 私の意向などそっちのけで、両親相手に説得する。
 親族相手とか、そんななかに私を連れて行ってどうする気だ? 下手したら、勘ぐられるだろう。一応、嵐は御曹司と呼ばれる立場だ。信じられないことにセレブだ。マンガや小説では色々と交友関係にも利害が発生するような世界が描かれている。現実がどうなのかはわからないけれど、イメージとしては一般人の私には想像できないような問題がありそうで、怖い。
 嵐本人は、私の弱みを握っているから、動かしやすいと踏んでのことで他意はないのだろう。だけど、私の秘密を知らない人間からすれば、誤解が生まれてもしょうがない。
 そして両親や晴兄の目が、私と嵐の関係を確実に誤解して驚いているのがわかった。
 ああ、冗談じゃない。私が好きなのは嵐じゃないというのに。
 お断りよ――という言葉は、そのとき現われた晴兄の婚約者を前に、私の喉の奥で掻き消えた。
 クリスマスケーキは彼女が用意するという話で、片手に四角い箱を持って、もう片方の手を落とさないよう箱の底に添えて、「こんばんは」と淡く微笑む。ふわりと柔らかな栗色の髪が穏やかそうな面立ちの小顔を包んでいた。
 可愛い女の人というイメージをそのまま形に表したような彼女は、私とはタイプが真逆だ。背丈ばかりがすらりと伸びた私に対して、彼女は小動物のように小柄で保護欲を掻き立てる。私はよく「一人でも大丈夫そう」と言われるタイプだった。
 似ても似つかない彼女との差に、密かに傷つく。
 凍りつきそうになる頬を無理やり持ち上げて、私は両親や晴兄に嵐とパーティーに出席することを告げた。
『何だか、困っているみたいだし?』
 そう言って笑った私の顔が引きつっていないことを祈りながら、慌ただしく嵐と連れだって家を出て――現在に至るわけだ。
 数十分前の自分の判断は、はてさて。吉と出るか、凶と出るか。たんに晴兄の結婚問題を先延ばしにして、厄介事を一つ抱え込んだだけのような気がするけれど。
 それでも、あの場ではあれ以上、表情を取り繕う自信はなかった。だから、間違ってもいなかったと思いたい。
 さて、家に帰ったらどう言い訳しようか。
 コツンと窓に額をぶつけて、私は考える。
「……ああ、そっか」
 私は頭の中に浮かんだ考えに、声を出す。車に乗ってからずっと黙りっぱなしだった私が初めて声を出して、運転席の嵐が僅かに動いた。
 ウィンドウの横顔が、チラリと私に視線を投げてくる。それを無視して、私は考えをまとめる。
 ――恐らく、嵐との付き合いもそう長くはないはずだ。
 年が明けて、晴兄が結婚したら、晴兄は彼女と新居で暮らし始める。だから嵐は今までみたいに家に遊びに来ること自体、なくなるだろう。
 私と嵐の関係は、晴兄の妹とその友人というもの以外の何者でもなければ、自然と誤解も消滅する。
「ふむ、二週間ばかり我慢すればいいだけね」
 下手に言い訳したりすれば、余計に誤解を強くしそうだ。ここは知らぬ、存ぜぬで通したほうがいいだろう。
 そう答えを出した私に、嵐が問う。
「何が?」
「アンタとの縁の切れ目」
「――あ?」
 セレブであるはずなのに、嵐の言動からはあまり高貴な感じは受けない。第一に、一般人の晴兄とつるんでいるところからして、イメージが違う。
 上流階級の人が、そもそも五つも下の女をからかうほど暇じゃないだろう。
 何でこの人、晴兄の友人やってんの? まあ、晴兄は清涼飲料水みたいに清らかで爽やかだから、腹黒い嵐には癒し的な存在だろうと思うけど。
 そんな晴兄と穏やかで柔らかそうなイメージの彼女はお似合い過ぎて、ホント、私が入り込む余地なんて見つけられない。
 その事実を思い出すと胸の奥がチクリと痛む。それを無視しながら、私は言った。
「晴兄が新居に移ったら、アンタも家に来る理由がなくなって、その憎たらしい面を見なくなって済むわね、っていう話」
 晴兄との距離が遠のくのは、寂しい。でも、今の私にはそれぐらいの距離がある方がいい。晴兄の結婚を受け入れて、初恋の終わりを自分に納得させるには。
 そして天敵と称しても過言ではないような嵐と繋がりが消える。うん、あれ、晴兄の結婚もこうして考えてみると――良いこともあるんじゃない?
 なんて、無理やりにポジティブに考えようとする矢先に、
「お前ね、俺がそう簡単に解放すると思ってんの?」
 嵐が呆れたような声を吐く。
「はあ? 何よ、それ」
 私は驚いて首を嵐の方に捻じ曲げた。あまりの勢いに、首がありえないくらいの角度で回った気がする。私の頭は、ネジかっ!
 引きつる首筋を正すために、身体の方も嵐の方に向ける。
「アンタが私に執着する理由はっ!」
 私が晴兄への恋心を持て余しているのを見ていて、面白がっているからでしょ? ――とは、さすがに自分からは言いにくい。
 嵐が余計なことを言わないよう、晴兄の前であたふたとしている様を見て、心の内側で笑っている。それが楽しいから、嵐は私に構ってくるんだろう。
 無言で嵐に抗議した。
 信号待ちで止まった車内で、嵐が初めて正面から私を見据えた。無駄に顔立ちだけはいいから、静かな視線にも迫力がある。
「お前、俺が今まで助けてやった恩を返さずにいるつもりか」
「……恩?」
 何を言い出すんだ、こいつは。
 思わず眉を持ち上げる私に、嵐は言う。
「お前、いつも俺を見ながら目で訴えていただろ。お願い、言わないでって」
「――はあ?」
 あんぐりと口が開いてしまった。なんて誤解だろう。
 私の視線は「余計なことは、喋んなよ」という脅しであって、それ以外に受け取り用がないだろう。というか、私は懇願(こんがん)していることになっていたわけか。そして恩返しをしないことには、私はこいつから解放されないということ?
 大体、どこをどう間違ったら、あの刺すような視線を前にして、懇願なんてそんな解釈が生まれるのか。
 …………私、こいつに感謝しなきゃいけない理由なんてないわよね?
 嵐が私の秘密に気づかなければ――私は多分、嵐を嫌う理由もなくなるわけだけど。
 でも、あの日、私の秘密を暴いた嵐が悪いと思う。黙って、気づかないふりだってできたはずなのに、「ご愁傷様」だなんて。
 あの言葉にどれだけ私が傷ついたか、思い出しただけで腸が煮える。
 家族に――。兄妹になってしまった以上、晴兄に恋をしたってしょうがないと理性でわかっていても、それでも止められなかった想いの、息の根を止められた気がした。
 私が嵐を嫌って相応の理由になるだろう。
 でも、いつまでも嵐とのこの関係を引きずりたくない。晴兄のことも、嵐とのことも、早々にけりをつけて、気持ちを切り替えたい。
 年が明けたら色々なことが変わる。今日はクリスマスで、今年はもう数えるほどしか残されていないんだから。
「今日、人助けをしてあげるんだから、それでチャラにしない?」
 私は下手に出て言った。
「何を言ってんだ。今日、助けてやったのは、俺のほうだろ?」
 またおかしなことを言い出す嵐は、信号が青色に変わったので車をスタートさせる。道路を見据える横顔には安易に話しかけられなくて、私はどういうことなのか? と、頭の中を疑問で一杯にした。
 助けて貰った? 確かに晴兄の婚約者である彼女との対面は気不味くて、あの場から私を解放してくれたのは、助かったと思う。
 でも、あの場に嵐がいたのは、そもそも嵐が私に助けを求めてきたからだ。
 やっぱり色々と間違っている。嵐の思考回路は、配線が間違っているんじゃないかと思わざるを得ない。
「あそこでいいか」
 嵐が一人呟いて、車をパーキングに停める。運転席を降りた嵐が助手席のドアを開けて、私を引っ張りだす。エアコンが利いていた車内から引っ張り出されて、夜の外気が私を冷ややかに包み込む。火照った頬にひたりと張り付いた何かに目線を上げれば、夜空からはらりと、雪の欠片が降って来た。
「あ、雪……」
「濡れるだろ、行くぞ」
 私の手首を掴んだ嵐はそう言って歩き出す。手を離して欲しいけれど、行き先が何処なのかわからないので、そのままにした。
 でも、パーティー会場になりそうな場所なんて、この辺りにあったかしら。
 今は裸木になった銀杏(いちょう)並木の通りは、ちょっと高級なイメージがある服飾関係の店が並んでいる。ショーウィンドウに飾られた服は女子高生のお小遣いでは買えない代物だ。
 そんな店の一軒へ、嵐は躊躇もなく入ってく。服は用意するって、ここで買うってこと? レンタルじゃなく?
 店に入って目を瞬かせる私に、嵐がこともなげに言う。
「ホラ、服を選べよ。一応、靴も売ってるけど、気に入ったのがないようなら、別のところで買ってもいいぞ」
「……買うの? 誰がお金、出すの?」
 企業のパーティーっていうから、それ相応の服装はしなきゃいけないと思うけど。
 そうして嵐を見れば、いつもと変わらないスーツ姿だ。嵐や晴兄が社会人になってから何度か見ているけれど、タイは緩く結ばれ、それほどかっちりと決め込んでいるという感じではない。その格好でパーティーに出るの? 割とラフな印象なんだけど。こいつもどこかで着替えるとか?
「買うんだよ。金は心配するな、俺が出す。クリスマスプレゼントだと思え」
「偉そう。アンタに買って貰うって、怖いんだけど」
 だって、恩返しを要求するような奴だから、ここでの買い物も後でどう請求させられるか、わかったものじゃないだろう。
「貢いでやるって言ってんだろ?」
「貢ぐって何よっ?」
 私は思わず声を荒げかけ、それから場違いのテンションに唇を引き結んだ。女子高生がキャッキャッとはしゃぎながら、服選びをするようなお店の雰囲気ではない。
 声をひそめながら、私は嵐に問う。
「どういう感じの服を選べばいいわけ? パーティーの感じによって、色々とあるでしょ?」
 年相応にすべきか、それとも大人っぽく? 私は背丈がある分、どちらかと言うと年齢より上に見られがちだ。パンツスーツだったら、それこそ嵐と同い年に見られるかもしれない。まだ女子高生なのに、社会人に間違えられるっていうのも、どうかと思うけど。
「そうだな、結婚式の披露宴に出るような?」
 嵐は唇の端を持ち上げて、笑った。からかうような、そんな笑みを前に私の神経がプチンと切れる。
「ホント、無神経っ!」
 私は嵐に背を向けて、飾られている洋服たちに目を向ける。
 助けてやったという嵐は、いまだに私が晴兄の婚約者にわだかまりを抱えていることを知っている。それでいて、結婚式の話を持ち出すなんて、優しくない。
 逃げ出せたと思っても、現実はいつだって追いついて来る。
 ……わかっている。けりをつけるには、ちゃんと向き合わなきゃいけないこと。
 うやむやに誤魔化せる問題じゃないんだってこと、わかっている。だけど……。
 簡単に切り替えられる問題なら、とっくの昔に私はこの問題から解放されていただろう。
 ぐるぐるする思考を無理やり、眼前の服たちに向けた。ふと、淡いパールピンクのワンピースドレスが目に入って来た。スカート部分にたっぷりと布地を使って、ふわりと広がる裾にはフリル風の飾りがついている。腰の部分に幅広のリボンをベルトのように結んでいる。流れるリボンの端はひらひらとスカートが揺れる際、アクセントとなって目を惹く仕様だ。
 晴兄の婚約者の彼女が着たら物凄く似合いそう。だけど、私が着たら……。
「それはお前のキャラじゃないだろ?」
 私の真後ろに立って、嵐が言う。背中に嵐の存在を感じて硬直するこちらに構わず、伸びてきた腕が私の肩越しに服を探す。幾つかの服をより分けて、一つの服が私の前に踊りだしてくる。
「こっちだろ?」
 嵐が私の前に提示した服はドレープ風ワンピース。身体のラインがそのまま出そうな上半身から腰までの細身のラインを布を巻きつけたような感じになっている。腰の位置で切り替わるスカートは斜めに裁断されたイレギュラーヘムで、その丈は短めだ。足の露出が目立つけど、こういうデザインは嫌いじゃない。カラーもラベンダー色で私は一目で気に入った。ノースリーブだけど、同色のボレロタイプの上着も付いているから、この季節でも大丈夫そうだ。
「……それでいいの?」
 私は目の前の服を気に入ったことを隠して、素っ気なく問いかけた。嵐に自分の好みを見抜かれているなんて、認めたくない。
「これを着たいんだろ?」
 背後に立っている嵐の声が耳の後ろから聞こえ、息が耳朶に触れる。
 この男、接近しすぎだ。肘鉄を食らわせてやろうかと思うも、この場に置いてかれたら困る。慌ただしく出てきたし、この辺りの地理には詳しくないんだから、ここは大人しくしていよう。
 突発的に沸き起こった暴力衝動を私は理性でねじ伏せた。
「スポンサーのご意向に添ってあげようってだけよ。別に私はさっきの服だって良かったんだから」
 それでも嵐に対しては従順になれない口が棘を含んだ声を吐く。
「あれを着て、晴の結婚式に?」
「何で結婚式の話なのよ。私がこれから出席するのは、クリスマスパーティーでしょ?」
 肩越しに振り返って、嵐を睨みつける。
「ああ、それな。嘘だから」




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