恋星目次へ トップへ 本棚へ



 まこと星


 ――嘘か本当かなんて、わたしに聞かないで。
 あなた自身で見極めてよ。
「真実」という名前に、わたしが嘘をつかないなんて保証は、どこにもないのよ?
 四月一日の今日は、エイプリルフール。公然と嘘をつくことが許される日。
 そんな日を選んで、別れを切り出したのは、わたしの弱さ? 狡さ?
 そのどちらでもいい――あなたが「真実」を決めて。
「――じゃあね、バイバイ」
 わたしは一方的に言い放った。プラスチックのボディ越しに、あなたの声がわたしの名を呼ぶ。
『――マミっ』
 それを無視して、通話を切った。二つ折りのケイタイをたたんで、電源を切る。もう二度と繋がらない。
 ――さようなら、と。
 心の中で呟いて、バッグの底にケイタイを沈める。
 そっと見上げた眺め空。淡い水色の絵の具を一面に溶かした天空から降り注ぐ、うららかな日差し。春の陽気は、別れの物悲しさを緩和するように、どこまでも柔らかく穏やかで、優しい風がわたしを慰めるように春花の香りを運んできた。
 ホッと一息ついて、わたしは背後にある壁に、服が汚れるのも構わずに背中を預けると、 陽に照らされたコンクリートの壁は、温かくわたしを支えてくれた。
 これからのわたしを案じてくれているかのような、優しい温度。ありがとう。
 強張っていた緊張がゆるりと溶け出すのを実感する。
 街路樹の桜が薄紅の花弁をはらりと落す。雫形の花びらは涙みたいね。
 わたしの代わりに泣いてくれているのかしら?
 どこかで諦めているわたしがいるの。だからね、悲しくないわ。本当よ。強がりに聞こえるかしら?
 駅前広場の名物である時計台が、午後一時の鐘を一つ鳴らす。
 わたしが新しい地へと、旅立つまであと一時間。響く鐘の音に耳を傾けて、わたしは考える。
 ――あなたはどんな答えを出すのかしら?
 エイプリルフールの冗談だと思って、そのまま放置? あり得そうで笑えるわ。
『――両親が離婚しそうなの。どうしようか?』
 深刻にならないように明るくこぼした愚痴を、あなたは軽く笑った。
『――それがどうした?』
 自分には関係ないと思っていた? 
 そうね。あなたには関係のないこと。
 わたしが遠くへ行くことになっても、冗談で終らせるのでしょう。
 繋がらない電話も、そのうちどうでもよくなる。
 わたしが好きだと告白して、成り行きで付き合うことになっただけの関係だから。
 あなたにとって、わたしの存在はオマケみたいなもの。あってもなくても構わない。そういうものなんでしょう? だから、笑ったのよね。
 少しくらい、あなたにとってわたしが価値のある存在だったと――期待するだけ無駄かしら。
 どちらにしても、あなたが出した答えはこれから一時間後に決まる。あなたの家から駅前まで三十分は掛かるから、猶予は三十分だけ。残された時間で、あなたは答えを出して。
 わたしの存在を少しでも思ってくれるのなら、ここに来て。
 わたしが口にした別れの言葉の真実をあなたが見極めて、決めてよ。
 あなたに全てを預けているわたしって、やっぱり狡いかしら。
 でもね、わたしには選択権なんてないのだから、しょうがないじゃない?
 勝手に離婚して、勝手に親権を決めて。
 新しい家庭を持ちたい父は、わたしなんて要らなかった。父に捨てられた以上、母しかわたしを引き取る人はいない。
 母にしてみれば、わたしの養育費を法外に請求することで、父に意趣返しが出来る。それだけの理由でわたしを引き取った。
 父に対する母の恨みは相当なものよ。離婚届を前に父の不貞を批難した母は、その口で今までの全ての生活を否定した。
『――結婚したこと自体が間違いだったのよっ!』
 激昂した感情から出た言葉であっても、それだけは言って欲しくなかったと、わたしは思う。
 だって、二人が結婚したから、わたしは生まれたのよ?
 まるで、わたし自身を否定された気がした。
 まだ修復可能ではないかと期待していた心に冷たい水をかぶせられて、わたしは現実に醒めていく。
 父に裏切られた母を、その瞬間まで可哀相だと同情していたけれど。
 父にも母にも、どちらにも捨てられたわたしが一番可哀相じゃない?
 もっとも、自分自身を哀れんで悲劇のヒロインという役どころに酔いしれるような、殊勝な性格じゃない。
 親に養われている身分で、文句なんて言える義理もないし。母が実家に帰るということで、転校を余儀なくされても、当然の結果だと受け止める。
 一言くらい、わたしの意見を聞いてくれても――なんて言ったって、どうしようもないもの。
 本当にあってもなくても構わない、オマケみたいな存在なのよ。
 両親にとってのわたしがそうであるように、あなたにとってのわたしの存在も。
 だから、わたしは何も望まないわ。
 あなたがわたしを必要としてくれるなら、「真実」を望んでよ。
 そして、あと一時間。少しだけ期待させて?
 心のどこかで、あなたは来ないと思う。そんなわたし自身に、嘘をつくから。
 小さく苦笑しながら、空から視線を下ろす。
 完全に冷めてしまっている自分を自覚するわ。でも、仕方ないでしょう? 永遠を誓い合った夫婦が仲違いしていく様を、この目で見てしまったのよ。
 いつまでも変わらない気持ちがあるなんて、信じられなくなっている。
 誤魔化さなければ、今ここにいることさえ、無意味に思う。
 ねぇ、「真実」は……もう要らないの?
 駅前広場は、春休みに入っているせいか、人通りが多い。そんな中、わたしと同じように待ち合わせなのか、駅ビル入り口の柱の前に女の子が立っているのが目に入った。
 ――可愛い子。
 可愛いというより、美人という表現の方があっているかもしれない。
 年頃はわたしと同じくらいの高校生だと思うその子は、花柄を散らしたスカートと、パールピンクのアンサンブルが華やかだった。デザイン自体はシンプルで、色味もおとなしい感じなのに、目を惹かせる。
 綺麗な髪に、すらりと伸びた肢体。スタイルは抜群。まるでモデルみたい。
 その子は大事そうにケイタイを両手のひらで包んでいた。誰かからの連絡が来るのを待っているのかしら。
 ボンヤリとその子を見ていると、思い立ったように女の子はケイタイを開く。やがて、小さく首を振った。
 連絡しようとして、それを駄目だと諌めるように、女の子は黙ってケイタイを閉じた。
 胸にケイタイを抱きながら、身だしなみを整えるように髪を撫でる。服の皺を気にするように、アンサンブルの裾を引っ張った。
 きっと、待っているのは、彼氏ね。初めてのデートかしら?
 女の子の仕草を見ていると、微笑ましくなってくる。
 わたしも始めの頃は、あんな感じだった。好きだと告白した気持ちを受け取ってもらえたことが、すごく幸せで。
 最初のデートのときは、はりきってお洒落して。待ち合わせの時刻より、三十分も早く出かけた。
 我ながら、初々しかったと思うわ。
 彼が三十分も遅刻して、結局、わたしは一時間も待たされた。その一時間のドキドキは、今でも思い出せる。
 遅刻したあなたが、どこかで事故にでも遭ったんじゃないかって。本当に心配したのよ?
 付き合ってから知ったことは、あなたは遅刻の常習犯だってこと。
 デートではいつもわたしが待ちぼうけ。約束の時間を過ぎるたびに、忘れ去られているような気がして、不安だった。
 遅れてきたあなたはいつだって、わたしの不安なんか余所に、「じゃあ、行こうか」って、素っ気なく先を促す。
 謝罪の言葉は一切なし。まったく、あなたが愛想のない人だって知っていたけれど。少しガッカリしたものよ?
 言葉だって少なめで、会話はいつもわたしばっかり。沈黙が怖くて、つまらないと言われるのが嫌で、必死になって話をしていたの、気づいていた?
 あなたは考えたことなんてなかったでしょうね。待たされているわたしの気持ちなんて。
 女の子の姿に、わたしは自分を重ねた。
 十分が過ぎて、手持ち無沙汰になって。俯いた横顔。靴の爪先で地面を蹴りながら、それでもケイタイは大事そうに抱いている。
 ――いじらしい。
 相手がどんな男なのかわからないけれど、あんな可愛い子を待たせるなんて、最低ね。
 世の中には、男なんて五万といるのよ。本当に大事なら、ちゃんと捕まえておかないと。
 ホラ、こんなことを言っている間に、一人の男が彼女に近づいていく。
 ナンパ目的なのは、ミエミエよ。だって、少し前からわたしの視界に入っていたの、知っているんだから。
 女の子は男に声を掛けられて、戸惑ったような表情を見せた。首を横に振るけれど、男は引かない。
 あのね、シツコイ男は嫌われるわよ?
 気がつけば、わたしの足は女の子へと向かっていた。
「ゴメンね、ここにいるの。気づかなかったわ」
 女の子へ知り合いのように装って、声を掛ける。男を無視して、彼女の腕を掴んだ。
「あっちに、彼が待っているわ。行きましょう」
 チッという舌打ちが聞こえた。「男つきかよ」と、負け惜しみに呟く声が遠くに去っていくのを見送って、わたしは掴んでいた手を放した。
「余計なお世話だった?」
 上目遣いで見上げると、彼女は小さくはにかむように微笑んだ。
「いえ、ありがとうございます」
 ぺこりとお辞儀をして、顔を上げる。ふわりとそよぐ春風のような笑顔。何だか、癒されるわ。
 最近は、顔を付き合わせるたびに険悪な顔をする両親しか見ていない。こんな風に裏表のない笑顔って、久しぶり。
「待ち合わせ?」
「あ、はい」
「わたしも待ち合わせなの。と言っても、わたしの方は来てくれるのかどうか、わからないんだけど」
「えっ?」
「ううん、何でもない。ねぇ、少しだけ暇潰しにお喋りしない?」
「私で良かったら」
 女の子はニッコリと笑った。ちょっと無防備すぎる気がするけれど。今は、その無防備さに甘えてもいいかしら?
 両親のゴタゴタを誰かに相談することはなかったわ。そんなことを愚痴ったって、どうしようもないんだもの。あなただって、鼻先で笑った。
 でもね、本当は誰かに話を聞いてもらいたかった。けど、こんな重たい話題を気軽に話せるわけない。自然と、友達とも距離を取った。
 友達だから相談できることと、友達だから相談できないことがある。
 思えば、春休みに入ってから、誰かと会話らしい会話をした記憶がないわ。
 あなたと電話するのは、わたしが掛けた時だけだもの。
 そうして、最後の電話は――別れの言葉を述べたのみ。
 わたし、人恋しかったのかもしれない。
 こんな風に見ず知らずの女の子に声を掛けるなんて。あのナンパ男のことを、とやかく言えないわよね。
「待ち合わせしているのは、彼氏?」
 だからって、目の前の女の子にわたしの事情なんて話せないけどね。
 今は、少しだけ。他意のない話をさせて。これからのこととか、忘れていたいの。
「あ、……はい」
 女の子は頬をばら色に染めて、恥ずかしそうに頷いた。
「初めてのデート?」
「初めてっていうわけじゃないんですけど。こうして、外で待ち合わせるのは、初めてだから……あ、やっぱり初めてですかね」
 今までは、放課後デートってところ?
 身を乗り出して、首を傾げる。そんな自分をちょっとだけ省みる。何だか、詮索好きなオバサンみたいじゃないかしら、わたし。
 眉間に皺を寄せたわたしを見て、女の子は慌てて説明してくれた。
 通りすがりの相手に話すことじゃないと思うんだけど、この女の子は真面目な性格みたい。
「彼はお隣さんなんです。いつも、二人で出掛けるときは、どちらかが迎えに行って。家からだから……何だか、ちょっと緊張しています」
「お隣さん……幼馴染み?」
 問いかけるわたしに、頷くように笑みを見せる。
「そう、何だか素敵ね」
「でも、近くに居過ぎたから、なかなか好きだって言えなくて。彼氏とか言えるような関係になったのは、今年のバレンタインからなんです」
 幸せなのね。だから、誰にでもいい、話をしたいのかもしれない。
 わたしが人恋しくて、見ず知らずの女の子に癒しを求めているように。
 需要と供給。
 今のわたしは、少なくともこの女の子にとっては必要な存在だと、信じてもいいわよね?
「それなのに、今日はどうして?」
「彼が二時ぐらいまで、どうしても空けられない用事があって」
「えっ? もしかして、待ち合わせって、二時?」
 目を見開くわたしに、女の子は苦笑した。
「何だか、浮かれているみたいです、私。一時間も早く来ちゃうなんて、可笑しいですよね。でも……用事が早く終わるようだったらと考えたら」
「その用事っていうのは、わかっているの?」
「担任だった先生が今日、結婚式をされるそうで。急遽、花束贈呈の役が回ってきたんです、彼に」
「……結婚式?」
 離婚に結婚。エイプリルフールに、冗談みたいな組み合わせだわ。
 本当に嘘だったらいいのだけれど、わたしの両親の離婚届けは今日、正式に受理された。
「花束を贈呈するだけだから、もしかしたら早く終わるかもしれないって、言っていたから……」
 だから、待ち合わせの場所に早く来たらしい。彼を待たせるのが忍びない、そんな感じなのかしら。
 この女の子は、尽くすタイプよね。わたしや母と一緒。
 でも、どんなに尽くしても報われない現実を知っているわたしは、女の子の思いが彼氏にちゃんと通じていることを願うわ。
 誰だって、初めから終わりを望んだわけじゃない。
 壊れてしまった関係も、最初は永遠に続くものだと信じていた。
 ねぇ、そうでしょう?
「真実」は、望まれたから生まれたのよね?
 今は要らない存在だとしても――わたしは二人の間に愛情があったから、ここに居るのよね?
 全てが嘘に変わっても、過去に「想い」があったことを否定しないで。
「――好きなのね?」
 わたしは確認するように、問いかけていた。
 やけに熱のこもった真摯な声が、わたしの唇からこぼれる。
 この声にどんな意味合いが込められているのか、わたし自身にもわからない。
 今、ここで彼女が肯定したところで、わたしの存在が変わるわけでも、両親の離婚の現実がかわるわけでもないけれど。
 それでも、「想い」があったと、信じられる何かが欲しいの。
「はい。何だか、私が好き過ぎて、空回りしているような気もしますけど」
 女の子は笑って答えてくれた。その笑顔にわたしが救われたなんて、考えもしないでしょうけど。
 わたしもね――好きなの。
 何だか一方的に、わたしがあなたを好きだったように思うわ。
 あなたがわたしを振り返るのは、わたしがあなたの名前を呼んだときだけ。
 それ以外は、いつだって前を見ていて、後ろをついて歩くわたしのことなんて、忘れていたでしょう。
 だから、あなたに何かを期待しても駄目なんだと思う。
 あなたはここには来てくれないでしょう?
『わたし、これから電車で遠くへ行くの。もうあなたとは会えないから、別れましょう』
 電話口で告げた別れの言葉。――来てなんて、一言も言わなかった。
 だって、あなたはわたしの言葉にはいつだって頷いてくれた。『好きだ』って告白にも、デートの約束にも。
 嬉しくて勘違いしていたけれど、あなたはわたしに合わせていた方が楽だったから、そうしただけ。どうでも良かったのよ、わたしのことなんて。
 まるで、壁に投げつけたボールみたいに、わたしが望んだ答えを返してくれるけれど。そこにあなたの想いは存在した?
 あなたの中に「真実」は必要なの?
 その答えをわたしは知っているつもり。知っていて、わたしはわたしに嘘をついていた。気づかないふりをしていた。
 それでもね、わたしはあなたが好きだったの。
 わたしの中にあるこの「想い」は、「真実」よ。
 空回りしていても――それでも、わたしはあなたが好きなの。「過去」も「現在」も。だから、あなたに「未来」を決めて欲しかった。あなたに選択権をあげたのよ。
「真実」が必要なら、あなたからわたしを求めて。
「――あ」
 女の子の声に我に返れば、優しいメロディが耳をくすぐる。ケイタイの着信に、女の子はわたしを見た。
 わたしは手のひらで、いいわよ、と了解した。表情を見れば、きっと彼氏からの電話ね。
 女の子は小さく頷くと、ケイタイを開く。
 彼女が口を開く前に、向こうの声が先に響いた。かなりのボリュームで、わたしの耳にも入ってきた。
『――セイカっ、お前どこにいるわけ?』
「えっ?」
『早く終わったから、お前の家に行ったら、居ないって、オバサンが言うじゃん。まだ約束の時間には早いだろうが。どこにいるんだ? コンビニか?』
「あ、もう駅にいる……」
 一拍の間をおいて、電話口の向こうで絶叫が轟いた。
『――――オ・マ・エはっ! どうしてそう、先回りしたがるんだっ?』
 何だか、一方的に怒っているように聞こえるのは、わたしの勘違いじゃないわよね?
『いいか、セイカ。速攻で、そっちに行くから、誰かが話しかけてきても無視してろよっ!』
 ――あら?
「えっ、ツキヤ君?」
 戸惑った女の子は――「セイカ」ちゃんと呼ばれていた――電話の相手に「ツキヤ」君と呼びかけた。
 セイカちゃんは、ツキヤ君の言葉の意味がわからないらしく、目を瞬かせている。
「あの、私は平気だから、そんなに急がなくても大丈夫だよ?」
『平気じゃねぇのは、俺の方だ。……頼むから、もうちょっと俺の身になってくれよ』
 疲れたような声が、返ってきた。
 ――ああ、何だ。
 ホッと、わたしの唇から笑みがこぼれた。
 ツキヤ君は、ちゃんとセイカちゃんの魅力に気がついているらしい。他の男が放っておかないだろうことも知っている。
 余計な虫が寄り付くのを心配しているのね。そして、それに鈍感なセイカちゃんに怒っているんだわ。
 セイカちゃんは、『私が好き過ぎて、空回りしているような気もしますけど』と、言っていたけれど。
 一方通行じゃない「想い」がちゃんと、ここには存在している。
 どうやら、当人は気づいていないようで、電話を切ったセイカちゃんはわたしを見ると、切なそうに眉頭を寄せて苦笑した。そんな表情すら、可愛らしい。
「怒られちゃいました」
 ――ツキヤ君の苦労が忍ばれるわ。
 わたしから見ても、セイカちゃんはちょっと無防備な感じだもの。
 でも、そんな苦労も可愛い彼女を一人占めできるからこそだと思えば、そう悪いものじゃないんじゃない?
「心配しているのよ、彼は。あなたが大切だから」
「――あ」
 セイカちゃんは口元に手を当てて、呟いた。
「心当たり、あるのね?」
「ツキヤ君はいつだって、私を見守ってくれているんです」
 そう言うと、見ているこっちが幸せな気分になる笑顔が、セイカちゃんの表情を飾る。
 それを目にして、わたしは本音をこぼした。
「――羨ましいな……」
 セイカちゃんの無防備さは、わたしにも影響して心の垣根を取り除く。
 さっきまで、名前も知らなかった女の子相手に、わたしは何を言っているのかしらね?
 だけど、もう嘘はつけないの。
 期待したら駄目だと思うのに。わかっているのに。
 あなたに来て欲しいという本音が、嘘偽りのない「真実」が唇から溢れる。
「……別れたくない」
 わたしの呟きに、背後から声が被さった。
「――マミっ!」
 緊迫感漂う声が口にしたのはわたしの名前で。この場でわたしの名前を口にできるのは、恐らく一人。
 驚いてわたしが振り返ると、そこには息を切らしたあなたがいた。
 寝癖がついたボサボサの髪。部屋着だと思われるジャージのズボンに、皺くちゃのTシャツ。素足に履いたスニーカーは左右別々だった。
 ――えっ?
 思わず目を見張る。あなたが現れたことも驚きだったけれど、あなたの格好にはびっくりだわ。
 今まで一度だって、あなたのこんなだらしない格好なんて見たことがない。
「……どうしたの……その格好」
 どう考えても、わたしのセリフは場違いだった。
 だって、あなたに来て欲しいと思っていたのよ? そうして、来てくれたあなたに対して、「どうしたの?」って、あんまりじゃない?
 でも、頭が回らないの。
 これはエイプリルフールの冗談?
「しょうがないだろ、時間がなかったんだからっ」
 怒ったように、あなたは言った。大声を出さないと、息が切れて声にならないといった感じ。
 そして、わたしの手首を強い力で握った。大きな手。熱い体温。手首を絞めつける、痺れるような痛みにわたしは驚愕から立ち直った。
 ねぇ、もしかして……あなたがいつも遅刻してきたのは……。
 わたしのために、身だしなみを気にしてくれたから?
 今、わたしの目の前にいるあなたが、本当のあなただとしたら……。
 ねぇ、わたしはちゃんと、あなたの「真実」を見ていたのかしら?
 真相を確かめようと見上げれば、わたしはあなたの胸に抱きすくめられた。
 はねる鼓動があなたの胸の奥で響いている。
 偽れないリズムにのせて、
「これだけは言っておく。お前の両親が離婚して、お前が転校しようが、オレはお前と別れる気なんてないから」
 耳に降ってきたあなたの言葉に、わたしは涙を流して祈るわ。
 ――神様、お願いよ。
 今、この瞬間だけは嘘にしないで。


                             「まこと星 完」



恋星目次へ トップへ 本棚へ


ご感想など頂けましたら、幸いです。掲示板・メールまたは→   から。
ポチっと押してくださるだけでも、嬉しいです。

 Copyright(C) 松原冬夜 All Rights Reserved.