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 終章 明日への誓い



「赤ん坊を連れての結婚式って……変じゃねえか?」
 粛々と執り行われる結婚式を見守りながら、ディードは呟いた。隣に立つロベルトが、それを受けて苦笑した。
「まあ、普通は結婚式を終えた夫婦が子供を産むわけですし……」
「いや、そんな婚前とかの問題じゃなく、俺が言いたいのは、赤ん坊を抱いて花嫁が入場するっていうのは変だろってことさ。誰か、預かったほうが良かったんじゃねぇか?」
「しょうがないですよ。ユニくん、ユーシスさんやマリーさんから引き離した途端に、泣いてしまうんですから。クレインさんが言っていたことは、あながち外れていないかもしれませんね」
「赤ん坊が親を選んだってことか?」
「自分の居場所を知っているんですね、あんなに小さい身体で。精一杯に、泣いて叫んで……愛して欲しいと訴えている……その声が届けば良いんですけど。俺は届かない声があることを知ってしまっているから」
 悲しげに呟くロベルトに、ディードはため息を吐いた。過去を吹っ切ったように笑うくせに、まだ引きずっていやがる。
「確かに不安はあるよな。嫌なことから逃げ出して、記憶を書き換えるような男だ。また、同じことを繰り返すかもしれない」
「でっ! でもっ!」
 アレフは黙って二人の後ろで会話を聞いていた。しかし、ユーシスに対して不安を隠そうとしない二人に思わず口を挟んで、振り返ったエメラルドグリーンの瞳に言葉が詰まる。
「団長が睨むから」
「だから、睨んでねぇ。何だよ、言えよ」
「……あの……確かに、ユーシスさんは色々ありましたけど。でも、マリーさんや赤ん坊を思う気持ちは、きっと、誰よりも強いと思います」
 そう言って、アレフは横に立つクレインを見た。
「クレインさんは願うこと、祈ることで望みは叶えられないと言いました。確かに、神は私たちの声に応えては下さりません。けれど、何かを願うということは、それは強い思いがあってこそ……祈るのだと思います」
「ユーシスさんが夢の中で願ったユニくんへの思いは本物だと、アレフさんは考えるわけですね?」
 ロベルトの問いかけに、アレフは頷いて三人を見回した。
「自分がどうなっても構わない、と願ったその思いは嘘じゃない。だから、きっと、これから先、どんな困難があってもユーシスさんは、マリーさんとユニくんを守れると私は信じます」
 強く訴えるアレフに、クレインが言った。
「それは管理人さんの希望だね」
「…………希望を持つことは、駄目ですか?」
「別に? いいんじゃないの? 管理人さんは一号の家族が幸せになると希望する。でも、それは望むだけじゃないよね?」
「……えっ?」
「望むだけじゃ意味がない。願いは叶えるために努力しなきゃ。一号だって、一人ではまた間違えてしまうかも知れないけれど、でも、味方してくれる人がいれば、今度は間違えずにいられるかもしれないんじゃない?」
「お前は、味方してやらねぇのかよ?」
 どこまでも他人事みたいな口調で話すクレインをディードは見上げた。
「俺は最初から、味方でしょ? でなきゃ、茶番劇に付き合ったりしなかったよ」
「面白そうだから、首を出しただけだろ?」
「鋭いね、坊ちゃん」
 クレインは薄く笑った。だから、ここに戻って来れなくても退屈はしない。
「坊ちゃんじゃねえっ!」
 ブチリと神経をぶち切って、ディードは叫んだ。そこへ、結婚式に集まった者たちの非難の視線が集中する。
「うっ!」
「団長、ここは一発、サービスしましょう」
 そっとロベルトが耳元で囁いて、ディードは「畜生っ」と心の中で罵りながら、指を鳴らした。自分が率先して、こんなことをやらかしていれば、老人たちの嫌味の舌鋒は止まることを知らないだろう。
 それでも、幸せを祝福するという建前で、今回のことは大目に見てやる。
 ディードの指先から放たれた魔法は、七色の光を放ち、この式の主役たちへと降り注ぐ。観客たちからは感嘆の声が漏れ、きらめく光は最高の演出を見せた。
 祭壇立つユーシスとマリーは、星のように降り注ぐ光の乱舞を見上げた。
 なんて、綺麗な光だろう。これを自分たちの為に……。そう思うとマリーの胸は熱くなった。誰にも祝福されることなどないと思っていたのに。
 ユーシスは、歓喜の涙を流す花嫁の横顔に囁いた。
「マリー、私にもう一度、チャンスを与えてくれるだろうか」
「えっ?」
 振り仰いだマリーの瞳に、懐かしい笑顔が映る。もう二度と、自分に笑いかけてくれることはないと思っていた笑顔だ。
 優しく、それでいて暖かく、愛しさを込めて見つめてくる視線を、どうして、信じられなかったのか。彼が家を出るため、自分を利用しただなんて、そんなことありえないことは、その笑顔を見ればわかりきったことなのに。
「君を守ると約束しながら、私は君がユニを生む決意をする際に、側についていてやることもできずにいた。それどころか、一人で辛いことから逃げ出した、情けない男だ」
「……ユーシス」
「だから、もう一度、チャンスを与えてくれ。二度と約束は破らない。私の全てで、君とユニを守ってみせるから……側にいて欲しい」
「わたしも……もう二度とあなたから、離れない」
 赤ん坊を抱いた花嫁は、花婿の胸に飛び込んだ。
 光と共に沸きあがった拍手が三人の明るい未来を祝福する。





 神様、どうかお許しください。
 私は己を顧みず、あなた様に願いをかなえて欲しいと祈るばかり。
 でも、もう一度、この声が星におられます神様の元に届きますのなら、どうか聞いてください。
 私は、私の全てを持って、今ここに誓います。
 私たちの元に生まれてきて、そして、私たちを選んでくれたこの子の未来を明るく照らしていける光になることを。




                            「願いが星に届くなら 完」

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