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 俺様と竜の姫・前編


 ――俺の人生、どこで道を間違えた?
 道を踏み外したつもりはまったくない。迷ったつもりもありはしない。
【竜使い】の一族の人間として、エリート街道まっしぐら。一族の者たちからは一目置かれ、果ては頭領にと、輝かしい将来を約束されていた俺が……なんで今は、人いきれでむさくるしく賑わう市場で芸を披露(ひろう)しては、小銭稼ぎなんぞしているんだっ?
 一族の村を出て、【契約の場】で生涯の相棒となるドラゴンを召喚(しょうかん)し、ドラゴンと魂の契約を果たしたら、各国の偉いさん方が「ぜひ我が国の守護竜神になってください」と頭を下げては、金銀財宝を山積みするはずだった!
 竜使いの一族はそうして、村に繁栄(はんえい)をもたらして続いてきたのだ。
 俺もその道を辿るつもりだった! 史上最少年の竜使いとして俺様の名前は大陸全土に広がる予定だった! なのに、どうしてっ?
 特別な血を受け継いだ者だけが竜使いになる。そんな一族の中でも、俺は選ばれた人間だったはずだ。
 五つのときには、ドラゴンを召喚し契約する際に必要とする【竜語】を完全に理解していた。この竜語を理解できなければ、特別な血を継いでいたところで竜使いにはなれやしない。
 そしてこの竜語は大人でさえ理解するのが難しく、竜使いとして一人前になるのは三十前後が相場だ。それを俺は五つで理解したのだから、俺様に冠せられた天才の称号は必然的と言っていいだろう。
 皆が竜語習得に必死になっている頃、俺は外界の知識吸収に勤しんでは世界に名だたる竜使いになるべく努力をしていた。
 ああ、講義に出席しなかったところで、俺の実力は一族の中でピカいちだった。
「お前なら、伝説の【光竜】を召喚できるかもしれないな」
 それが村での決まり文句。
 光竜はドラゴンの種族の中でも高位に属する、ドラゴンの中のドラゴンだ。火竜、水竜、土竜、風竜、雷竜などなどといった竜族の上に君臨する最高のドラゴン。
 しかも、光竜は伝説と称されるほど稀少種だ。ゆえに召喚が難しく、多くの竜使いが光竜を召喚しようとして、失敗しては気性の荒い火竜を召喚し、苦労していた。
 無難な宮仕えを望む竜使いは大人しい水竜や土竜を召喚する。風竜や雷竜は奔放(ほんぽう)な気質なので、一定の土地に居つくことを嫌うからだ。
 俺は当然、優雅な宮仕えを企んでいた。だが、俺の相棒が水竜や土竜などでは天才の名が泣くというものだろう。
 この俺様の相棒にはまさに光竜以外は考えられない。
 こうして、十八歳になって村を出ることを許された俺は、契約の場に向かい、光竜召喚を目論んだ。
 一族の誰もが俺の成功を疑わなかっただろう。俺自身でさえ、疑っていなかった。
 結果から言ってしまえば、ドラゴンの召喚には成功した。ある意味、天才の俺に相応しい偉業を成し遂げたと言っていいだろう。
 そう、俺は光竜よりもさらに珍しいドラゴンを召喚した。
 それはデカイものになると樹齢ウン千年という巨木並みの体長があるドラゴンの中でもことさら珍しいであろう――手乗りドラゴンだった。
 耳を疑いたくなるようなことだから、繰り返そう。


 俺が召喚したのは【手乗りドラゴン】だった!


 大きさは鶏よりちょっと小さいぐらい――手乗りと言うには少し大きいか。
 腕に乗せればなかなかに重量感があるのだが、本来のドラゴンの体長から比べたら蟻みたいな大きさだ。
 薄い被膜を張ったコウモリのような翼は広げれば、雨の日の傘代わりになりそうな感じだが、俺が召喚した手乗りドラゴンは潔癖症というか、なんというか……。
 雨が降りだしたら、こそこそとマントの下に潜り込んで雨宿りしやがる。主である俺が頭から水浸しになっても知らんふりだ。
 トカゲのような(うろこ)を連ねた身体は白で、爬虫類のような生臭さはない。陶器のような滑らかさ。鱗はそれこそ真珠のようだ。
 一枚剥がして売れば、一ヵ月ぐらいは生活に困らないんじゃないかと思うが――っ、見くびるなっ!
 俺も竜使い一族の果ては頭領とならん男だ。相棒を飯の種にするほど、落ちぶれはしない。
 世にも珍しい手乗りドラゴンで人を集め、火の輪くぐりやらダンスといった芸で日銭を稼いでいようと、これは俺たち二人の労働によるものだからな! 文句を言われる筋合いはないだろう。
 優雅な線を描くドラゴンの身体は、ドラゴンを目にしたことがない人間は大抵トカゲをイメージするところだが違う。足は四本あるが、見た目は鳥のようだ。長い尻尾は尾長鳥のように長く、一つ結びにまとめた女の髪のようで、フルフルと尻尾を揺らすさまは、ちょっと可愛らしく見えてしまう。
 そして、金髪碧眼の美形男子たる見本と言っていいような俺様が奏でる横笛の音に合わせて踊るんだから、客受けは結構いい。
 短い脚を前後に上げ、ステップを踏んでは爪先立ちになってターン。
 ときに、あるんだか、ないんだかわからない肩越しに視線をチラリと流しては、左右に腰を揺らす。
 手乗りドラゴンはどうやら、一人前の妖艶(ようえん)な美人ダンサーになりきって、優雅かつ華麗に踊っているつもりらしい――。
 ハッキリ言って、色気はない。
 しかし小動物を飼ったことがある奴ならわかるだろう。動きがチマチマしていて、「精一杯生きてますっ!」と訴えるような、愛玩動物の可愛らしさを前面に押し出すのだ。
 この手の愛らしさに弱い奴には、まさしくツボだ。それ以外の人間にも、動きの面白さが受けている。
 いまや市場で一番の稼ぎを叩き出しているドラゴン兄弟とはまさに俺たちの――だ、誰だ! そんな恥ずかしい、名称を付けた奴は!
 ……話を元に戻そう。
 ドラゴンの瞳は琥珀色で、陽を受けると黄金さながらに輝く。
 それでいて好奇心旺盛(おうせい)な子供を思わせる目で、俺の一挙手一投足に注目しては、小走りについてくる姿が、子犬のようで無下にできない。
 というか、竜族は翼を持っていて、飛行能力がある。
「お前は飛べるんだから、飛べよ!」と、ツッコミたくなるのだが、俺の腕にすり寄ってきては、「乗せて」と、上目使いでパチパチと瞳を瞬き訴えられると、つい「しょうがないな、乗れよ」と、腕を出してしまう。
【魔眼】かと思う。
【魔力】を持っているドラゴンの瞳に睨まれたら、普通の人間は怖れに縮みあがってしまう。竜使いは幼い頃からドラゴンについて学んでいるので、恐怖に屈することはないが……瞳の魔力に囚われてしまうことがまったくないとは言いきれないだろう。
 竜族は人間とは比べ物にならない力を秘めている。その力を契約によって我が物にしてしまうのが、竜使いだ。
 国を守るのも滅ぼすのも簡単にできてしまう絶大な力は、【魔力】と呼ばれ、その魔力は様々な形で行使される。ドラゴンの姿のままでは人間社会では生活できないので、相棒のドラゴンを人の姿に変えること、これが竜使いの最初の仕事といっていい。
 そして、そんな変化など、魔力を使って何かを成すことを【魔法】と言う。
 本来、魔法は竜使いがドラゴンの力を借りて行う。それを可能にするのが魂の契約だ。
 ここまで話したら、俺が宮仕えをしていない理由が推測されるだろう。
 光竜を召喚するはずが手乗りドラゴンを召喚してしまった事実には、まあ、目を瞑ろう。
 天才である俺様だからこそ、稀少中の稀少種【手乗りドラゴン】を召喚できたのだ。こんなこと、誰にも真似はできない――ははははっ……!
 笑い声が乾いて聞こえるのは、喉が渇いているからだ。水をくれ。
 召喚に成功した俺は、手乗りドラゴンに驚いてしまった。当然だろう。新たに光竜を召喚しようにも、竜使いがドラゴンを召喚できるのは生涯にただ一度だ。
 だからこそ、相棒選びは慎重になるし、召喚には神経を使う。
 召喚は一種の交渉だ。竜語を使ってドラゴンたちへ呼びかける。自分が求める最良の相手に対して、自分が何をしたいのか、そのためにどんな力が欲しいのか、どういう相手を求めているのか正確に伝える必要がある。
 竜語をきちんと理解しきれていない場合、それこそ火竜を召喚してしまう。火竜は基本的に頭が悪いらしい。呼ばれてもいないのに、自分が呼ばれたと勘違いするのだ。
 そんな火竜に対して、光竜というのは、【光】に象徴(しょうちょう)されるように、綺麗なものが好きだという。
 過去、光竜召喚に成功した人間の記録を参考に、美辞麗句で語りかけてみたら――釣れたのが手乗りドラゴンだったわけだ。
 あれか、あの語りかけが拙かったのか? 素で言おうものなら、歯が浮きたち、口から砂を吐き出しかねない、あの甘ったるい呼びかけが拙かったのか。
 ……ああ、そうかなと思う。
 なんというか、この手乗りドラゴンも光竜に負けず劣らず、綺麗なものが好きらしい。
 市場で売られている豪華絢爛に咲き誇る花々を見れば、うっとりと琥珀色の瞳を細めるのだ。
「オイオイ、お前は乙女かよ?」と、思わず性別を確かめようとしたら、尻尾で頬をはたかれた。
 詫びのつもりで花を買って冠を作ってやったら、嬉しそうにくるりと一回転した。
 ……ちょっと、いや、かなり可愛かった。
 どうやら、俺の相棒は乙女のようだ。
 そんな手乗りドラゴンの餌は、宝石ときた。火竜のように肉には見向きもせず、風竜や土竜のように果実が好きとわけでもない。水竜は綺麗な水を好む。
 こいつの餌は――というか、種族は何だろうと頭をひねっていると、村を出る際に一族の皆が餞別にくれたマント留めの翡翠(ひすい)をパクッと食べやがった。
 輝石を餌にするのは光竜だ。
 お前はどこまで、光竜を気取るつもりだ。手乗りドラゴンの癖に!
 俺は歯軋りしながら、とりあえず、米粒大の屑石などを食わせてやっているが、旅芸人の日銭で買える石などたかが知れている。
 それなのに手乗りドラゴンは、宝石屋で金剛石を前に瞳をキラキラと輝かせては、「買え」と言わんばかり訴えかけてくる。
「無理だ、買えるわけがないだろ?」
 と、視線を返せば、
「甲斐性なし」と、言いたげに半眼でこちらを見据えてくれるから、それまでの可愛らしさも忘れて手乗りドラゴンの後頭部を(はた)いてやった。
 すると、ガブリと噛んでくる。犬の甘噛みみたいなもので、牙を立てられてはいないが――結構、痛い。
 まったく、魂の契約が上手くいっていたら、この手乗りドラゴンとも意思の疎通ができたところだろうが……。
 そう、契約に失敗してしまったんだ。
 何が悪かったのか、わからない。大体、呼びかけに応えて召喚されたんだから、この手乗りドラゴンも竜語を話せるはずだ。竜語は、竜たちの言語だ。
 だが、召喚してから一ヵ月が過ぎようとしているが手乗りドラゴンは一言も竜語を発しない。
 よもや、竜語が理解できない赤ん坊の竜か? だから、こんなに小さいのか?
 魂の契約はまず互いに名を付け合うことから始まる。
 竜使いはこの瞬間、今まで持っていた名前を捨てる。村で付けられた名前は番号みたいなものだった。
 新しい名前を付け合うことで、生涯の相棒の誓いとする。これが魂の契約で、人間の結婚の誓いと似ているところがあるんだが……。
 俺がつけた名前を手乗りドラゴンは受け付けなかったわけだ。
【フォルティナ】という、幸運という意味の結構いい名前を付けてやったと思う。なのに、気に食わないのか、無視された。
 ……これが赤ん坊のドラゴンで、竜語を理解していないというのなら……。
 まだ未来に希望がないわけじゃないが……先が遠くなる話だ。ため息をついてしまう。
 竜族の寿命は千年以上というほど、長寿だ。ゆえにドラゴンはデカいのかもしれない。
 一応、竜使いはドラゴンと契約した時点で【魔力】の恩恵を受ける。人より成長が遅くなって、ドラゴンほどではないが、千年近くは生きることができるようになる。
 手乗りドラゴンの成長を見守って、いずれ竜語を理解したときには契約を――待て! まだ契約を果たしていないから、俺は魔力の恩恵は受けないじゃないか!
 手乗りドラゴンが一年で竜語を理解してくれたら、御の字だが。
 ……竜語を身につけるまで、十年二十年三十年ぐらいまでは、許そう。しかし、四十年とか、五十年とかになったら?
 俺は立派なジジイじゃないか!
 夢に見た優雅な宮仕えの生活の中には、宮中でやんごとなき姫君とロマンスとか……そんな男の野望(ロマン)が秘かにあったりするんだぞ!




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