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 俺様と竜の姫・後編


「あー、もう竜使いになるのは止めようかな」
 俺は思わず呟いた。
 夜を迎え、人がはけた市場は閑散としている。テントをしまう商人たちを俺は広場の中央に築かれた噴水の淵に腰掛けながら、眺めた。
 俺の隣では手乗りドラゴンが飴玉大の瑪瑙(めのう)を口にしてはホウっと満足そうな息を吐いて、クネクネと尻尾を揺らしている。
 今日は稼ぎが多かったので餌を奮発してやったんだが、どうやら満足してくれたみたいだ。
 琥珀色の瞳をこちらに向けて「ありがとう」と言うように、睫毛を瞬かせる。それを見て、ちょっとだけ心が(いや)された。
 視線を戻すと、商人たちが次々と広場を後にしていく。これから家に帰るんだろう。
 でも、悲しいかな、俺には帰る家がない。
 竜使いは家を持たない。腰を落ち着けた先で、相棒のドラゴンと生きる。人とは違う時間の流れに置かれたときから、竜使いはもう人ではない。
 ……いや、最初から、人間じゃないけどな。
 竜使いに流れる特別な血は、ドラゴンの血だ。人に変化したドラゴンとの間に生まれた子供やその血脈が竜使いになるのだ。
 最初にこの話を聞いたとき、卵が先か鶏が先かと疑問に思ったが、何のことはない。ドラゴンは竜使いの魔法に頼らなくても人間に変化(へんげ)することは可能だ。必要がないから、変化しないだけ――竜使いの相棒となったときは生活空間の問題からやむなく人に変化するわけだ。
 そして、竜使いの一族はドラゴンの血を受け継いでいるから、魔力を受け入れる器があるわけだ。普通の人間には魔力を受け入れることはできないし、魔法も使えない。
 竜使いだけが人が使えない魔法を使える。逆に言ってしまえば、人ならざる者といったところか。
 竜使いを国で雇って守護竜神と崇められるのは、人とは違う存在を恐れるからだ。
 異端視(いたんし)して差別するには、竜使いの存在は脅威(きょうい)だ。後ろにドラゴンがついているのだからなおさらだ。
 だから、崇める。
 同時に決して、人ではないことを確定づけて輪の外へと弾き出す。
 竜使いの一族が、ドラゴンの血を継ぎ生まれてきた赤ん坊を引き取り、世間から隔離(かくり)された村で子供たちを一人前の竜使いになるまで育て上げるのは、差別を実感させないためだろう。
 異端視されていることに絶望し、悲嘆にくれてその力を悪しき方向に使えば、竜使いがこの世で生きていくのが困難になる。
 どんなに凄い破壊力を持っていたところで、荒廃(こうはい)した世界では生きていくのは難しいだろう。
 生産しなければ、人は生きていけない。それは竜使いもドラゴンも同じだ。草を()んで朴訥(ぼくとつ)と生きていくには五感が発達しすぎてしまった。難しく考える思考を持ちえてしまった。
 共存を模索して、竜使いは人の世界に【守護竜神】という安定した地位を作り上げた。
 竜使いの一族はドラゴンの血を引く子供たちが差別に傷つかなくていいように、竜使いであることを誇りにさせた。国を守護する守護竜神としての名誉を最高とし、そこへ目指すために日々研鑽(けんさん)を重ねることで、世間との温度差を感じさせないようにした。
 あの村は一種の卵の殻だったんだろう。
 親の顔も知らない俺たちの心が壊れないように、守っていた。
 竜使いになることを受け入れるよう、名前に執着させなかったのも、人として生きていくことがこの世界では難しいからだ。
 やんごとなき姫君との恋とか言ったけれど、それが幻想に近いことは頭の端ではわかっている。
 ドラゴンの血をひく人間なんて、普通の人間から見たら異形だろう。
 同じ肌の色をしていても、同じ人の形をしていても、竜使いは人ではない――そのことをゆめゆめ忘れるな。人と同じにあろうとすれば、傷つくぞ。
 聡明な俺様は、指南役が語る言葉の端々に忍ばされた忠告を聞いていた。
 だから、竜使いになった。竜使いにならなければ、俺は俺自身の名前すら得られない。
 確固たる何かが欲しかった。俺を俺として認めてくれる存在――それは竜使いにとって、相棒となるドラゴンに他ならない。
 だから俺はあの契約の場で、語った。美辞麗句で誤魔化しながら、俺は自分の寂しさを訴えていた。
 光竜に認めて欲しかったんだ。
 俺が俺でいる意味を。ここに存在する意義を。
 竜使いなることで生きていていいんだと、許して欲しかった。
 そんな甘ったれた思考を光竜は読み取って、応えなかったのかもしれない。ハッキリ言って、俺はどうしようもないガキだ。相棒として認めるには頼りなさ過ぎるだろう。
 そんな俺の声に応えたのが……。
「何だ、心配そうな顔をしているな」
 手乗りドラゴンに目をやると、そいつは首を長く伸ばして、こちらを心配そうに覗き込んでいた。
 心配していると一目でわかる。わかってしまう。
 このひと月、誰よりも傍にいた。夜眠るとき、肌寒さを覚えればすり寄ってきた生き物は、好きなものを目の前にすると瞳をキラキラと輝かせる。嬉しいことがあると尻尾をクネクネと、楽しいことがあるとフリフリと揺らす。
 琥珀色の瞳は雄弁に物を語るから、何を考えているのか、手に取るようにわかる。
 でもこいつは言葉なんて通じてないのに、どうして俺のことがわかってしまうんだろう?
 いや、わかって当然か。きっとこいつは俺の寂しさを知って、俺の呼び声に応えたんだ。
「……なあ、フォルティナ。俺は竜使いとして半人前だけど。お前の相棒にしてくれるか?」
 俺は手乗りドラゴンに問いかけていた。
 俺の相棒には光竜が相応しいと言っていたが。実際のところ、俺には相棒を選ぶ度量なんてないに等しい。
 ただ、誰かに認めて欲しかった。選んで欲しかった。それだけなんだ。
 生まれたばかりであるだろう手乗りドラゴンに縋りつくほどに、俺は寂しかったんだと、わかってしまうと情けなくても、気持ちはスッキリした。
 もう何も取り繕う必要はない。ただ言えばいい。
「そう、寂しいんだ。だから、一緒にいてくれないか?」
 手乗りドラゴンの手を指先で持ち上げて、琥珀色の瞳を覗き込もうとした瞬間、額に衝撃が走った。
 目から星が飛び出した。手乗りドラゴンに頭突きを食らわされたのだ。
 頭蓋骨に響いた激痛に俺は仰け反った刹那、唇に何かが触れたのを感じる。
 陶器のような、冷やかな――。
 それが何かを確かめる間もなく噴水へ背中から倒れる。派手な水しぶきが上がった。目に入った水で視界が曇る。よく見えなくなった向こうで、バサリと羽音が聞こえた。
 去っていく――そう思った。
 こんな俺を相棒にするのはゴメンだと、手乗りドラゴンが去ってくような気がした。
「待って……」
 半分水に溺れたようになりながら、手を伸ばした俺の指先に重量がかかる。
「この半熟卵がっ!」
 凛とした、それでいて激情をはらんだ声が俺の鼓膜(こまく)を叩く。
 水で洗われ澄み切った視界で、手乗りドラゴンの身体は夜の月さながらに、白銀に輝いていた。冴え冴えと、高貴な光をまとった手乗りドラゴンが琥珀色の瞳で俺を睥睨(へいげい)しているのを見て、呆気にとられた。
「この馬鹿者がっ! (わらわ)がお主の呼び声に応えたのを何だと思っておるのだ? 何故、今さら妾に確認をとるのだ?」
 手乗りドラゴンが喋っていた。竜語が勘気(かんき)を伝えてくる。
「……お前、喋れて?」
「違うわっ! 今、お主と唇を合わせたからようやく喋れるようになったのだ。大体、口付けは人の方から行うのが契約の手取りだというのに、いつまでもぐずぐずと――お主は放置プレイが好きなのか? 妾を焦らすサディストか?」
「……えっ?」
 ちょっと待て、頭がついていかないんだが。というか、何気に酷いことを言われた気がするんだが……気のせいか?
「よもやお主、契約の手順を知らなんだか」
「……名前を付け合うんじゃなかったのか?」
 今、ちょっとだけ講義をさぼったことを後悔した。竜語を習得していれば、それだけでいいと思っていたが――肝心な部分が抜けていたらしい。
「――このっ半熟玉子の生卵がっ!」
 手乗りドラゴンの怒気が俺を恫喝(どうかつ)する。ただ、言っている意味がわからない。
 何で、生卵なんだ?
「半熟玉子?」
「未熟者という意味だ。妾たち竜は卵から(かえ)るよってに、妾が作った造語だが。意味は通じるであろう?」
 手乗りドラゴンは俺の指先に停まり、無意味に胸を反らす。鳥が歌をうたうようにも見えるし、ただ尊大なだけのようにも見える。
 半熟玉子が未熟者なら、生卵は生みたて――何も知らない、無知って意味か?
「通じるかも知れないが……ゆでたら死んじゃうから、あんまり意味よくないんじゃないか?」
 俺のツッコミに、ドラゴンが一瞬硬直する。翼の片方を顔に寄せ、身を引きながらドラゴンは言う。
「おおっ! なんという、容赦のない揚げ足取り。やはりお主はサディストか。乙女の股を覗こうとするところから、変態要素を感じ取っていたが」
「ちょっと、待て」
 俺の方こそ文句を言いたい。口を開いたら、何だ? この幻滅感は……。
 俺の可愛い相棒はどこへ行った?
「ええっと、話を元に戻そう」
 俺の提案にドラゴンは不機嫌そうな声を吐き出す。
「お主が脱線させたのだぞ」
 いや、確実にお前が脱力させた。
「まあよい。半熟玉子のお主のために、妾が特別に講義してやろうぞ、貸しは金剛石一つで許してやろう」
「無理だ」
 一日の芸の稼ぎで金剛石など、無理に決まっている。即答すると、ドラゴンは肩を落とし、口を噤んだ。
「――――――」
「黙り込むな。お前が喋れるのは既に知れているぞ」
「さっきまで泣いておった男がなんと強気なこと。乙女を苛めて楽しむなど、やはりお主はサディストであるな」
「そういうお前はマゾヒストじゃないのか? ツッコミどころ、満載じゃないかっ!」
 まず、どこが乙女なのかと、問いたい。
 いつ俺がサドったのか、問いたい。
 多少、弱音を吐いたかもしれないが泣いてはいないっ!
「とりあえず、竜使いが契約の場でドラゴンを召喚して――それから?」
「魂を交換しあう。いわゆる口付けだ。それによって、妾たち竜は声を発することができる。お前たち人間が妾たちを呼ぶのがそちら側の決まりなら、妾たち竜は魂を交換しあうまで声を発しないのが決まりだ。呼び声に応えてしまったら、帰れなくなるからな」
「帰れなく……つまり、口付けさえしなければ、お前たちは帰れたということか? それは……もしかして、違うドラゴンを召喚することも可能だったということか?」
 できればこのドラゴンを追い返して、光竜を召喚したかった!
 もう既に、手遅れだが俺は心の底でそんなことを思った。
「妾に熱烈なプロポーズをしておいて、白紙に戻すと言うのか? やはりお主はサディスト……」
「お前、気に入った単語を無駄に繰り返して、遊んでいるだろ?」
「容赦なく、ツッコむでない。お主は遊び心のわからぬ野暮(やぼ)な男であるな」
 少しだけつまらなそうに、ドラゴンは顔を突き出してくる。その実、さっきから尻尾がフルフルと揺れていた。
 こいつ、わざとボケていやがる――そのことに気づかないほど、俺は鈍感ではない。
 ボケとツッコミは会話する相手がいてこそ成り立つものだ。手乗りドラゴンだけがボケてもしょうがないし、ツッコむ対象がなければ、俺とてどうしようもない。
 まさに相棒関係がここに成立している。
 俺の寂しさに気づいたこいつは、こいつなりのやり方で俺を(なぐさ)めようとしていたんじゃないだろうか?
 そう思うのは、俺の穿った見方だろうか?
「ツッコまれたという自覚があるってことは、図星か。……っていうか、プロポーズ? 俺はお前に結婚を申し込んだわけじゃないぞ」
「何とっ? 乙女の心をもてあそんだというのかえ?」
 ドラゴンがよろけて転げ落ちそうになったので、俺は慌てて両手で受け止めた。
「――フォルティナ」
 ドラゴンにつけた名前を口にすると、フォルティナは琥珀色の瞳をキラキラと輝かせて言った。
「その名を受け取ろう。そして妾は、お主にカリスと名付けようぞ。【カーリタース】――愛情という意味の言葉から取った名だ。良い名であるだろう? 受け取るかえ?」
「……カリス」
 俺につけられた名前を口にする。受け取る、受け取らないという問題ではない。
 それは俺がずっと欲しかったものだ。
 書物を開いて外の世界を知る度に、自分が人ではないことからくる足元の心もとなさを覚えた。
 確固たる自分が欲しくてたまらなかった焦燥感は、俺を成長させた。
 早く誰かに認めて欲しくて、村の外に出たかった。
 そして、十八で村を出て出会ったのは普通のドラゴンとは違う、手乗りドラゴンだし、かなり変な性格をしている――自らのボケにツッコんでもらって、喜んでいるような奴だけど。
「……カリス」
 俺はフォルティナがくれた名前をもう一度、口にした。
 ――愛情、それをフォルティナは俺にくれると言う。
 何だか、俺の召喚を求愛と勘違いしているらしいが、それに応えたということは、フォルティナは俺に一生付き合う覚悟をしてくれたんだろう。
 ドラゴンたちの世界がどんなものか知らない。だけど、魂の契約をしてしまったら二度とあちらに帰れないというのなら、相当の覚悟が必要だったはずだ。
 俺みたいに、契約の手順を知らなかった馬鹿者もいるかもしれない――よくよく考えれば、フォルティナは一か月も我慢強く俺に付き合ってくれたものだ。愛想を尽かして、帰ることもできただろうに。
 胸の奥にあった穴が、温かいものに満たされるのを実感せずにはいられなかった。
「魔法を。妾に人の姿を与えるがよい」
「――鏡よ、フォルティナの真実を映し、人の姿を宿せ」
 俺は請われるままに、フォルティナの姿が変化するよう念じた。身体の内側で得体の知れない大きな力が膨れ上がるのを感じる。それが喉から、声を伝ってあふれる。
 途端にドラゴンの姿がグニャリと歪んで、人影が現れる。
 俺は目の前の影に唖然と、目を見開いた。
 人の姿を与えると言ったが、俺が意図してフォルティナの姿を描きかえるわけじゃない。フォルティナの本質が人の姿をとれば――俺の目の前には、息をするのも忘れてしまうほどの麗人がいた。
 銀髪の巻き毛は緩やかに波を打ち、腰まで流れている。真珠色の肌に一点の赤を落とした唇。卵型の緩やかな頭蓋は顎へと細く、真っ直ぐに伸びた鼻梁に均等に並んだ琥珀色の瞳は、長い銀の睫毛を淵に飾っていた。細い手足に対して、豊かな胸元、くびれた腰つき。色香を漂わせる妖艶な肢体は白絹のドレスに包まれていた。
 俺の腕の中で華麗な美人はそっと微笑む。
 その微笑の(あで)やかさに、無反応でいられる心臓は既に死んでしまっているだろう。
 だが、俺の心臓は生存を主張するように高鳴った。
「フォルティナ?」
 確かめるように問えば、輝く琥珀の瞳があった。
「いまさら、何を確認するのだ。妾以外の何者であろうぞ?」
「……っていうか、お前は幾つだ? 何者なんだ?」
 どう見ても赤ん坊ではないことだけは確かだ。俺と同じぐらいか? ドラゴンの寿命は長いから一概に人と同じ尺では測れないだろうが……。
 大体、こいつの種は何だ。中身はともかく、外見は気品漂う高貴な美貌。恐らく、その辺のドラゴンとは別格な気配がするのは、俺の勘違いか?
「二百と七つだ。おなごに年を聞くのは、無粋な男のすることぞえ」
 千年以上生きるドラゴンにとって二百歳というのは、人で言うところの十代あたりだろうか? まだ年を気にするほどではないと思うが。
「二百って、ドラゴンにしては若いよな。だから小さいのか?」
「小さいのはお主に合わせてのことよ。妾の本当の大きさになれば、お主は潰れてしまうぞよ。過去に、召喚した竜使いを踏み潰して、仕方なく帰ってきた火竜の話を聞いていたのでな。だから、身体を縮めてやったが、要らぬ世話だったかえ?」
「……いや、うん。……まあ、色々……言いたいことがある気はするが」
 とりあえず、召喚して踏み潰されずに済んだ幸運を感謝しておこうか。
 俺は顔を引きつらせながら、先の質問の答えを促す。
「……それで?」
「光竜が王の第七の娘であるが。そのようなことは些細な問題であろうぞ」
 こともなげにフォルティナは言ってのけたが、些細じゃないだろうっ! 俺は目を剥く。
「竜王の娘っ?」
 ドラゴンの中のドラゴンである光竜の王? その娘?
 というか、俺は当初の目的通り光竜を召喚していたのかっ?
 ――さすが、俺様っ!
 って、素直に喜んでいい相手なのか、わからない。
 ドラゴンの世界の仕組みなんて知らないが、一応、お姫様であるらしいこいつが勝手にこちらの世界に来て、大丈夫なのか?
 いや、もうどう足掻いても帰れやしないのだろうけど……。
「竜の姫……そんなお前が、俺の相棒?」
「お前ではない、フォルティナだ。カリス、お主がくれた名前であるのだぞ、そのお主が呼んでくれなければ意味がないではないか。それに相棒ではなく、伴侶だ」
「――いや、さすがにそこまで……」
「何ぞ? 妾が不満かえ?」
 押しかけ女房はプゥと頬を膨らませて、俺を睨む。
 高貴な美人はたちまちあどけない少女のような無防備さを醸し出し、俺をドギマギさせる。これが世に言う、一目惚れってやつだろうか。
 男であるなら、美人の奥さんは諸手を挙げて歓迎するところだろう。俺自身、美人は大歓迎だが……いいのか? 中身は、多分……ボケは意図的だろうが、基本的なところはそのままのような気がする。
 まあ、このひと月のことを思い返せば、それはそれで面白いと思う自分がいる。恋と呼ぶには心もとないかもしれないけれど、愛は確かにあるのだろう。
 こいつとなら、一生付き合ってもいいかもしれない。
「フォルティナの方こそ……俺でいいのか?」
「お主の声が妾を呼んだ。寂しいと聞こえたぞ、寂しくて堪らないと、カリスの声は響いていた。だから、妾が来てやった。感謝するがよい。妾がおれば、毎日、お主を笑わせてくれようぞ。飽きることも寂しがる暇もないほどに、楽しい日々をくれてやる」
 そう言って、フォルティナは尊大に胸を反らした。
 確かに、退屈だけはしなさそうだ。
「……ホントに?」
 俺は自分よりも偉そうなフォルティナに吹き出しそうになりながらも、確認をとる。
 フォルティナは俺のどこが良かったんだろう?
 あちらの世界を飛び出すほどに、フォルティナを惹き寄せたものは何だ? 多少見栄えがいい、竜使いとしては優秀な方だ。けれど、中身はガキだぞ?
「妾はお主の声が気に入った。一心に切望するあの声は、美声であったぞ。あの声で妾の名前を呼ぶことが条件だ」
 光竜は綺麗なものを好むという。
 俺が今までの人生を全て掛けて求めた声は、多分、余計なものは一切混じっていない純粋な願いであったと言えるだろう。
 その声をフォルティナは気に入ってくれたわけだ。
「お主の性格は多少歪んでいるようだが、魂は無垢な子供のようであった。だから、妾は気に入った。そんな理由では納得しないと言われても、困るぞよ。何よりも、それが真実であるのだからな」
「……いや、多分。納得するよ」
 俺は腕の中の存在を抱きしめて、囁いた。
 水浸しになって凍えている身体に沁みてくる温もりは、俺はもう一人じゃないと教えてくれた。多分、この温もりは手放せそうにない。
 白肌の頬を包み、琥珀色の瞳を覗き込みながら、
「――フォルティナ」
 カリスという名の俺の存在を許してくれる相棒の名前を甘く口にした。
 もうこの先はお約束だろうと、赤い唇に顔を寄せた瞬間、腕の中の重量が消え、代わりに鈍い痛みが腕を刺す。
 何事かと目を見張れば、手乗りドラゴンの姿になったフォルティナが、カプリと俺の腕に噛みついていた。
「…………何をしている?」
「美声を放った今のお主の味を賞味してみたくなったのだ、許せ」
 猫のように首根っこをひっ捕まえて、フォルティナを腕から引き剥がすと、手乗りドラゴンはちょっとだけバツが悪そうに首を項垂れた。
 ボケかっ? これはこいつのボケかっ?
 そこはかとなく、本気の気配がするのは気のせいか?
「まさか、俺を喰う気じゃないよな?」
「妾は固形が好きなのでな。生肉はやはり歯ごたえが弱いことに、今気づいた。なので安心するがよい。カリスが骨となった暁に、妾の腹に収めてくれようぞ」
「冗談じゃないっ!」
「死しても一緒ぞ、これぞ(うるわ)しき夫婦の愛であろう」
 フォルティナの琥珀色の瞳がやけにキラキラと輝いて見える。
 ――本気か? 本気なのかっ?
「笑えない冗談は却下だ。俺はお前の魔力の恩恵を受けて、お前が死ぬまで生き延びてやる」
「むっ? やはりお主は、妾を焦らすサディストかえ?」
「あそこまで俺を誘っておいて、キスをお預けにしたお前が言うなっ!」
 俺は渾身の力を込めて、ツッコミを入れた。

 こんな感じで、夫婦漫才の芸人人生を――もとい、竜使い人生を歩むことになった俺様と竜の姫の珍道中は始まった。


                           「俺様と竜の姫 完」



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