北極星
手なんて、届かないと思っていた。
だってさ、お前は二つ年上で。
俺より頭一つ分、背だって高くて。
すらりと伸びた手足も綺麗で。
中学のときは生徒会役員に選ばれるほど、頭だってよくって。
学校のみんなが、お前の名前を知っていた。
そんなお前にとっては、背だって低くて、声変わりしたかどうかも微妙な中二生なんてさ。相手にできないだろ?
高校生にしてみれば中坊なんて、ガキ相手にしているみたいな感じで、きっと眼中にないだろ?
……でも、時々、もしかしたら手が届くんじゃないかって、錯覚を起こすときがある。
多分、それは隣人で、幼馴染みという縁が、俺とお前の間にあって。
腐れ縁の俺に屈託もなく、お前が笑いかけて来るから。
その笑顔が自分だけに向けられた特別なもんだなんて、勘違いしそうになる。
……それこそ、馬鹿なガキの妄想だ。
どうして、俺に笑いかけるんだよ?
こんなに不機嫌な面で、愛想も何も返さないガキなんて。
「生意気だ」って、言って。
「可愛くない」って、怒って。
プイッとそっぽを向いて、振り向きもせず去っていけばいいじゃん。
戸惑ったように、困ったように、俺を見るなよ。
何か、俺が悪いことした気になるだろ?
頼むから、手が届かない存在でいてくれよ。
遠く離れて、俺だけがお前に憧れてさ。
それでいいじゃん?
手に入ったら、きっと俺はお前を今以上に困らせて、傷付けて、泣かしてしまう。
わかっているんだ。
二つの年の差は、どうあがいたって縮められないってこと。
ガキの頃、お前が教えてくれた星の話。夜に輝いている星の光は何万年も昔の輝きなんだって。
それと同じなんだ。
俺が想うお前は、いつだって二年先を行っていて。
側にいろなんて、言う方が間違ってる。
だから、頼むからお前の名を呼ぶ俺の声に振り返ってくれるなよ。
本当に手が届きそうな気になってしまうだろ?
優しい声で、俺の名前を呼んでくれるなよ。
手を伸ばしてしまいたくなるだろ?
だって、お前は俺なんかが手に入れちゃ駄目なくらい、綺麗で。特別で。
……ホントは、わかってる。
これは言い訳なんだって。
馬鹿げた妄想を一蹴されるのが怖くて。
仮に、手に入ったとして守り続けていく自信がなくって。
一番、自分が傷つかない距離を保っていたかったんだ。
でも……。
諦められない気持ちがあって……。
お前が別の奴を見ているのを、悔しいと思う自分を知っている。
……ホント、ガキなんだぜ?
それでも、俺の声に振り返って、笑ってくれるなら。
時間は縮められないけれど。
お前に相応しいと言われるくらいの男になれるよう、努力する。
距離を縮めてみせる。
いまや、人間が宇宙に飛び出す時代なんだ。
それくらい、できるだろ。
……だから、お前はそこで輝いていろ。俺の世界の中心で、目印の北極星みたいに。
きっと、必ず追いつくから。
「北極星 完」
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