星屑断章・目次へトップへ本棚へ



 鎖 ―くさり―


 しんしんと降り積もる白雪が、蒼闇の中でも銀色に輝いていた。
 まるで夢を見ているようで、現実感なんてなかったわ。
 凍える寒さに震える私の身体も、頬に流れる雫の軌跡も。
 どこか他人事のようで。
 雪が雨に変わるのを眺めていた。
 貴方が差し出した傘の影で、私の世界は暗闇に包まれる。
「ねぇ、あの人が逝った世界は、こんな風に闇に包まれて、何もないところなのかしら」
「そんなことは、ないよ」
 私を慰めるように、貴方は笑った。
 大事な人を亡くした人間を慰める言葉なんて、決まっている。
 決まっているから、こんなにも安心するのね。
 繰り返された言葉の分だけ、私だけが不幸ではないと。
 安堵して、自らを慰める。
「君の幸せを、きっとアイツも願っているよ」
 貴方の言葉に耳を傾けて、私はそっと目を瞑った。
 あの人がいないこの世界を。
 瞼を閉じて、暗闇の底に閉じ込めた。
「時間が経てば、傷はきっと癒えるだろう」
 と、貴方は囁く。
 雲が流れ、種が芽を吹いて、花を咲かせるように。
 季節が巡ればきっと、また笑えるようになる、と。
 その言葉を信じてみようと思ったわ。
 私の鼓動は脈を打って、熱を持った赤い血は身体を廻るから。
 貴方が差し出してくれた手をとって、生きてみようと思ったの。


                * * *


 でもね、あの人が消えたときから、私の魂は私の中にはなかったのよ。
 空っぽの私の手首を、貴方が握って、私を躍らせた。
 操り人形だったのね。
 貴方の為に笑って、貴方の為に髪を伸ばした私を見て。
 貴方と私は、幸せなふりをした。
 気づけば、空っぽの私の中で降り続けた涙の雨は、澱んで濁って。
 私を内側から蝕んでいく。
 季節を重ねるごとに、腐食し朽ちていく私を。
 貴方は愛し続けてくれたけれど。
 気づいていたでしょう?
 目を瞑ったあの日から、私には貴方すらも見えなくっていたのよ。


                 * * *


 悲しまないで。
 貴方を偽り続けた私のことなんて。
 捨て置いて。
 振り返らないで。
 目を瞑って。
 貴方の記憶から、私を消して。
 星を隠した曇天から、降ってくる冷たい雨にさらされて。
 血も肉も髪も――闇に溶かして。
 私は堕ちて逝くから。
 この世の底へ。
 あの人がいる場所へ。


                  * * *


 そうして私は、貴方を解放するわ。
 貴方の幸せを願うから。


                              「鎖 ―くさり― 完」

イメージソングは「どしゃ降り夜空/Cocco」です。