言の葉
――ねぇ、感じる?
貴方の髪を撫でる優しい春風の存在に目を見開いて。
青い空から降る薄紅の花弁の涙を見つけて。
そして、貴方に降り注ぐ日差しに気付いて。
今、私は貴方に最後のキスを贈っているのよ。
貴方が私に与えてくれた幸せに、最大級の感謝を込めて。
ありがとう、私はとっても幸せだったわ。
本当よ、嘘じゃない。
だから、お願いよ。
泣かないで。
悲しまないで。
私の新たな旅立ちに、明るい未来を祈って。
夜が明けた今日から――昨日になんて戻れないの。
そんなこと、知っているでしょう?
星を逆回転させてみる?
神様にだって出来っこないわ。
――逝かないで、って。
貴方が涙を流して声高に叫んだところで、止まってしまった私の鼓動は、もう貴方と同じ時を刻めないのよ。
貴方が離そうとしなかった私の腕も、いずれ朽ちていく。そして、灰へと変わったわ。
もう違う世界に、私たちは別たれてしまったの。
貴方の目には、私の姿が見えないでしょう?
――でもね、私はこの春の日差しに溶けて、貴方のそばにいるのよ?
貴方を包む優しい温度に気がついた?
風に舞う言の葉に、私の声が聞こえるでしょう?
だったら、ホラね。
貴方が悲しむ必要なんて、どこにもないの。
貴方の悲しみが癒えるまで、私は貴方の傍にいる。貴方の心で生きるから。
…………だから貴方は、ゆっくりと私を忘れればいい。
* * *
――ねぇ、覚えている?
萌える緑の狭間に咲いている、あの黄色い花。
誰も見向きなんてしない、その小さな花が私は大好きだった。
貴方にだけ、教えた秘密だったわ。
時が巡るたびに、貴方は私のために花を選ぶ。
そう、とびっきり綺麗な花を選んでね。
道端に咲いた花なんて、思い出さないで。
あの花は、誰にも知られずにひっそりと朽ちていくの。枯れていくの。
貴方の中で、消えていく私のように。
そっと、そっと。
永遠だなんて――そんな言葉を重ねても。
愛しているなんて――繰り返しても。
貴方はもう、私を感じることはない。貴方の声の冷めていく温度を知れば、私が傍にいる理由もないの。
もう、大丈夫。貴方は私に縛られることはない。
冷たい墓石に背を向けて、歩き出した貴方を私はもう、追わないわ。
貴方はこれから、新しい幸せを掴む。
私が悲しむ必要なんて、どこにもないの。ねぇ、そうでしょう?
だって、貴方は幸せになるのだから。
…………後は、私が貴方を忘れればいい。
* * *
逝かないで――。
そう言った、貴方の声を覚えているわ。
――行かないで。
そう呟く、私の声は貴方に聞こえる?
忘れて――。
――忘れないで。
風に託したこの言の葉に。
どうか、お願い……。
――振り返って。
振り返らないで――。
「言の葉 完」
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