散華
茜色の空に、夕陽は炎のように揺らいで燃えていた。その熱に焼かれたかのような荒れた大地を、赤く染め上げる血は私が刃で傷つけた者たちの命の欠片。
冷たい銀の刃に削り取られた命は、紅い花を咲かせては散った。断たれた首から滴る流血が大地に染みて、赤い世界を蝕むように黒く侵食していく。
あちらこちらで聞かれていた剣戟が鳴り止んで久しく、静寂が辺りを占めていた。もう息を吐く者は、私一人。
風さえ凪いだ無音の世界に、ただ一人取り残された私の耳は、闇へと暮れ行く僅かな狭間に、貴女の歌を聴きました。
祈りを湛えるその歌声は、この血塗られた戦場には清すぎて。
汚れた自らを省みず、願わずにはいられない。
もう一度、白い花が咲き乱れる花園で、鈴の音のように声を響かせ笑う貴女を抱きしめられたらと――この想いはもう、許されないでしょうか?
* * *
白い花弁が散って、それは雪のように風に舞う。
冷たく凍えるわたくしの上に、争いなどなかったように穏やかに降りそそいで。
わたくしから流れていく赤い命を、白く染めていく。
貴方が戦場から帰り着くその頃には、まるで何事もなかったように白い花を咲かせて、この花園は貴方を迎えることでしょう。
風が花を揺らせば、わたくしの代わりに歌を歌って。
貴方の傷ついた心を癒しましょう。
* * *
戦場へと赴く私は、貴女に与えられる未来などなくて。
この胸を占める絶望は、貴女を傷つけ、遠ざけた。
踏みにじった、白い花園。世界に残された、最後の楽園。
帰る場所すら自ら、放棄して。
旅立つ私の背は、貴女の最後の姿を見届けることすらしなかった。
もしもあの時、振り返っていたならば貴女は、愚かな私に優しい微笑を差し向けてくださったでしょうか?
* * *
わたくしを傷つけて、遠ざけることしか出来なかった不器用な貴方は、争うことの愚かしさを知らぬわけではなかった。
渦巻く世相に抗えず、愛しき人を守るためと、掲げられた大義名分を胸に、剣を取った。
自らの命を代償に、誰かの命を奪う。
許されざる罪を覚悟して旅立つ貴方は、もうこの場所には相応しくないと、一度も振り返りはしなかった。
それでもわたくしは、貴方の帰りを願って、歌ったわ。
わたくしの歌は、貴方へと届いたかしら?
* * *
緩やかに染まっていく闇が、私の体温を奪っていく。
刃は他人の命を喰らって、同時に私の命も喰らった。
人の命を奪うということは、己の命を奪われることと同義で。
彼らが逝った旅路もまた、私が歩む罪深き道。
敵も味方も、関係なく。
零れ落ちる我が血も、重なる屍と共に、大地を黒く染めていく。
争いの果てに、一体何が生まれるのだろう、と。
今さら問うたところで、奪った命が生き返るはずもなく。奪われたものも、取り返せはしない。
争うことを拒む勇気すらなかった私は、やがて冷たい闇に屍をさらして、朽ちていくだけ。
この胸に抱いた痛みも、もう直ぐ消えるでしょう。私の命の灯火も。
血に汚れた手が、天にある月へと届くはずもなく。
貴女に愛を語る声も、もう私にはありません。
ただ、この戦場で殺した命を背負って、私は闇へと堕ちていく。
これが愚かな私に相応しい罰なのでしょう?
* * *
命を賭して戦う人々に、わたくしの反戦の歌は侮辱に等しく。
罪は命で贖うもの。
この身に食い込む冷たい銀の刃が、わたくしが罪を犯したことへの罰だと言うのなら。
――神よ、あの人の罪をどうか罰しないで。
命を奪い合う争いを、正当化するのなら。
――神よ、あの人に罪はないのでしょう?
* * *
それでも貴女の歌が聴こえてくる。
それはきっと、死に逝く私への最後のはなむけ。
争い渦巻くこの世界で、それでも貴女の優しさは本物だった。真実だった。
変わらなく、揺るがなく。
どうか、そのままで。
平和を祈り歌う、その歌を導にして、私は黄泉へと旅立ちますから。
貴女は変わらず、歌い続けて。
* * *
命が枯れる最後のときまで、わたくしは歌を歌いましょう。
貴方が命を賭して守ろうとしたものが、偽りではなかったことを証明するために。
世界がどれだけ争いにまみれ、血に汚れても。
貴方は愛する者のために戦った。わたくしたちは愛し合った。
それだけは揺るぎのない真実だから。
どうか、お願い。
黄泉路の果てで、貴方を想い歌い続けるから。
貴方だけでも、笑っていて。
* * *
あの、白い花が枯れることのない楽園で――。
「散華 完」
イメージソングは「forbidden lover/L'Arc〜en〜Ciel」です。