薔薇同盟 ― 1 ― 始まりは、オレの一言だったんだろう。 「――えっ?」 オレは耳に入ってきた言葉が瞬時に理解できずに、聞き返した。 すると、目の前のローズが、 「だから、グリシーヌとディアマンのカップリングよ。どう?」 と、テーブル越しに身を乗り出して言ってくる。 どう? と聞かれても、……ええっと、話の趣旨がよくわからないんだが。 大体、カップリングって何だ? 地球の言葉をさらりと持ち込まれても、時々、わからないんだよ。 オレは答えを求めて、ローズの脇を固める二人の騎士団長を見やった。 リュンヌ騎士団に属するオレの直属の上司である「月」の騎士、ヴェール団長はいつも通り不機嫌そうな表情で、多分、この人に聞いても無駄なんだろうな――そう思ってしまうオレは、部下失格か? ――と、視線を横滑りさせる。 そうして、青い瞳と視線が合った。 「グリシーヌの婚期の遅れを、君が気にしているという話をローズから聞いたよ。それで、グリシーヌの結婚相手にディアマンはどうかという話なんだ」 「……姉さんの結婚」 ブランシュ団長はオレの目に浮かんだ戸惑いを、理解してくれたのだろう。小さく微笑んでオレの疑問を解消してくれた。 この人は、よく気がつく。 そうして聡いブランシュ団長に対して、隠し事をするのに多大な精神疲労を背負うことになるのは、過去に実感済みだ。 そのせいか、オレの中でブランシュ団長に苦手意識が根付いている。それは過分にオレの責任なんだけど。 一応、オレの昔馴染みと言うべき存在のローズは、この国の女王になったことで命を狙われた。それによって、呪いを受けたローズは十八歳から赤ん坊へと若返った。 そんなローズの失われた時間を取り戻す手段として目を向けられたのが、一方的に交流している異世界「地球」だ。 異世界の地球は、こちらの世界より時間の流れが速く、そちらで過ごすことによって、ローズは十六年を取り戻した。実際のところ、取り戻したというのは変なのかもしれないけれど……。 ローズが地球に行っていた間――その原因は他でもなく、オレが作ったようなものなんだが――ローズの母親として、オレの姉さんもまた地球に同行していた。父親役がさっき話に出てきたディアマン様だ。 地球への渡界に伴い、グリシーヌ姉さんとソレイユ騎士団の騎士であるディアマン様もまた、ローズが年を取った分だけ、年を取ってしまった。 本来ならオレより二つ年上で、二十歳である姉さんは、いまや三十六歳。 もっとも、普段の見かけは二十代後半でも十分にまかり通る美人なんだが――仕事をしている際は堅い印象を与える黒っぽい服と髪をまとめているせいか、三十代は偽れないが――年齢っていうものは文字や音になってしまうと、本人とは無関係の絵を描いてしまう。 ようするに、嫁に行き遅れた三十六歳の女、と秘かに陰口を叩かれていた。 割と保守的文化を堅持しているこの星界では、結婚は十代から二十代半ばでするものと相場が決まっていたりする。 そもそも、女だから結婚しなければならないとか。三十過ぎて結婚しないのはおかしいとか。結婚が絶対という主張をオレ自身はする気はない。 オレが姉さんの婚期を気にしていると、ローズは誤解しているみたいだが、オレが問題視しているのは、そうやって姉さんを 若くして結婚するのを前提として、それができなかった姉さんを陰で笑っていた奴らがオレには許せなかった。そんな状況に追いやったローズという存在に、オレは子供染みた八つ当たりをした。 王宮に仕える人間は大抵がいいところの出だ。 貴族令嬢が結婚前の行儀見習いをする場と化しているそんな中、孤児院出身で庶民も庶民の姉さんが、女王の専属侍女になってしまったんだから、風当たりが強くなるのは目に見えていただろう。 ローズ自身は自分も孤児院出だったから、どういう事態になるのか、あまり気にしていなかったんだろうと思う。というか、そういう事態になるなんて想像もしていなかったんじゃないかと、今は思う。何というか、真っ直ぐな性格だから人間の陰湿さを甘く見ていたんだろう。 そんなローズは「女王」になるべく、庶民が持ち得ない「魔力」を有していた。没落したとはいえ、貴族の血を引いていた。その時点で、ローズは前議長が言っていた「選ばれた人間」だった。 姉さんとローズでは、端から住む世界が違っていたんだ。なのに、ローズは姉さんを貴族の世界に引きずり込んだ。オレから、姉さんを奪って。 怒りと嫉妬。 陰湿さに晒されている姉さんの状況を訴えるつもりで、こちらに戻ってきて間もないローズに投げつけた言葉はオレの本意とはズレがある。 オレは、不幸な結婚で姉さんが泣くことになるくらいなら、一生結婚なんてしなくていいと思っている。 姉さんさえよければ、オレが面倒を見ると、心に決めているんだ。 だから、姉さんの意志とは関係のないところで、勝手に姉さんの結婚話が持ち上がるのは正直言って、ちょっと待ってくれっていう感じだ。 けれど、相手がディアマン様だと聞けば……もしかしたらと考える。 姉さんとディアマン様は、地球で夫婦役を演じていた。ひとつ屋根の下で十六年も一緒に居たら、それなりに気持ちが盛り上がるか知れない。 とはいえ、オレは十年ほどローズとひとつ屋根の下で一緒に育ったけれど、……その間抱いた感情はまったく以て、甘いものじゃなかった。憎かったし、ムカついていたし、大嫌いだった。 今現在のローズには恩義を感じている。命を狙ったオレを許したことで、警戒心がまったく皆無で、ちょっと無防備なところは保護欲をかき立てるけれど。 それは恋愛感情とは違うだろう。違うと信じる。というか、絶対に認めたくない。 ――話を元に戻そう。 何にしても、真面目なディアマン様と姉さんのことだから、一夜の過ちなんてことはなかっただろう。あったのなら、ディアマン様はちゃんと責任を取ってくれるはずだ。何というか、実直、真面目を絵にかいたような人だから。 だが、二人はいい年をした男と女だ。そういう関係になって良いような雰囲気が二人の間にまったく生れなかったとは言い難い。 ……ディアマン様か。 少し堅物なところはあるけれど、ローズの愛人にと、 「太陽」と「月」の二人に隙があると思う時点で、あの人たちはどっか抜けているんだが……。 今現在、ディアマン様は三十八歳になられ肉体的な年齢から、騎士としての肉体労働の仕事は半分に抑えられているが、それ以外の面ではブランシュ団長の片腕として頼りにされている。 オレ自身、あの一件からこちら、ちょっとばかり厳しい立場にあったのだけれど、ディアマン様は割と細かに気を配ってくださった。その背後にブランシュ団長の指示もあったのだと思えるけれど。 ……そんなディアマン様が、姉さんと結婚するのは……悪くないと思う。 あの人は真面目だから、きっと姉さんを幸せにしてくれる。 オレのことも除け者にはしないでくれるだろう。 姉さんと結婚したら、ディアマン様が義兄か。 ……義兄さんと呼んでいいだろうか? 何か、いいよな。良くないか? 義兄さんって。 孤児院では年下ばかりだったから、正直、年上の兄貴っていうのに憧れがあるんだ。 ブランシュ団長もオレより年上だが、この人はとにかく笑顔は優しいんだが……怖い。何というか、厳しくも大抵のことは許してくれる。けれど、見限られたら最後だという気がする。 そうなったら、人間的に駄目だと言われているようなもので……いつ、見捨てられるかと思うと、ビクビクしてしまう。実際、オレは見限られてもしょうがないようなことをしてしまった。 でも、ディアマン様なら、多少、出来が悪い弟だろうと、最後まで面倒を見てくれそうだ。何というか、自分が苦労を背負っても、他人に尽くすお人好しなタイプに見える。 姉さんのことも、きっと最後まで大事にしてくれるに違いない。 そういうディアマン様は、理想の兄とするのに文句はない。 などと、つらつら考えていると、ローズの声がオレの意識を引き戻す。 「それで、アメティスト。アンタはどう思う? グリシーヌとディアマンの二人をくっつける作戦、反対?」 こちらを覗き込むローズの視線に、オレが返した言葉は言うまでもない。 「――即日決行」 |