― 2 ― ローズが立てた作戦は……何というか、ベタだった。 うん。こういうのを「ベタ」と言うんだろう。 ローズが地球から帰ってきてこちら、王宮では地球の日本という国の文化が流行している。 それは他ならぬ地球帰りのローズが少女向けの「ライトノベル」や「マンガ」というものを持ち込んだせいだ。 まあ、ローズが持ち込んだというより、気を利かせたブランシュ団長が色々と手配した結果なんだけれど。 元々、地球への異文化交流は昔からなされていた。ただ保守的なところがあるので、こちらにあちらの文化を持ち込むことはあっても、一方的に干渉し楽しむだけで、根付くことはなかったんだ。どこかで、抵抗があったのかも知れない。地球のように発展しすぎること。あちらの世界が素晴らしいとは、オレの目から見ても、言い難い。便利ではあるだろうけど。 今回、持ち込まれたのは「物語」だからだろう。 現在、こちらの世界に流通している小説や絵巻とたいして変わらない。さして、問題になることなく、広がった。 ローズが割と好きだという、いわゆる異世界恋愛ファンタジーとやらは、こちらの世界に似た世界を描いている。受け入れられる下地は十分にあった。 ローズから話の概要を聞いた女官たちは興味を持って、わざわざ日本語を姉さんに習いにきた。 ローズが地球から戻ってきて女王に復帰した際、宮廷に仕える人間は能力値を問われた。つまり、身分に関係なく、仕事ができる者が選ばれたわけだ。 必然、行儀見習いに来る貴族の令嬢ではなく、貴族の下で安い賃金でこき使われ下働きをしてきた庶民が王宮に出入りするようになった。 そんな庶民にローズは屈託なく話しかける。ローズとしては、自分が女王だっていう自覚なんてなかっただろう。 ただ、働いている皆の姿を見て「がんばってね」と声を掛け、自分の世話をしてくれる侍女たちには普通に「ありがとう」と礼を言う。 多分、当人にしたら普通ことを普通にしただけなんだろう。 ローズはいつだってそうだ。 ガキの頃、オレがローズをどれだけ嫌っていても、町の連中に因縁吹っかけられていると聞くと、スカートの裾をたくしあげて、フライパン片手に助勢に来た。 真っ直ぐに、一片の いくら正義感が強いからって、 「どんだけ男前なんだよ、お前はっ!」 と、言いたくなる。 姉さんが苛められているときも、弟のオレより先に、ローズが姉さんを助けやがったっ! オレが助けたかったのにっ! 男のオレの立場を考えろよ、お前っ! ――そんな憤りが、ガキだったオレのローズ嫌いに拍車をかけたなんて……ローズは想像もしていないだろうな。 この間、ヴェール団長が言っていた『猪突猛進』とは、ローズのことを言うんだろうなと思う。 ヴェール団長はローズと話を合わせるためか、ディアマン様相手に日本文化吸収に積極的だ。ことわざや熟語から入るところが何となくディアマン様らしい。 そうして、覚えたことをヴェール団長は忘れないようにするためか、オレに向かって、ぽつりぽつりと教えてくれる。何もかもを先行くブランシュ団長は、日本語も既に習得しているという――ブランシュ団長に、抜け穴はないのか。 ヴェール団長から教えて貰った『馬子にも衣装』や『豚に真珠』、『猫に小判』という言葉はローズに向かって言ったら怒られるから、絶対に言うなよ、ということだった。 姉さんに意味を教えて貰って納得したが……というか、ヴェール団長は本当に意味がわかっているんだろうか? どっちにしろ、あのヴェール団長相手に怒るなんて、普通できないぞ。それを出来てしまうローズはやっぱり女王なんだと思う。性格の方が多大に影響しているとしても……。 でも、今までの女王は庶民の目線に降りてくることはなかったし、一般人がどれだけ厳しい生活をしているか知りもしなかった。その労をねぎらうこともなかった。 だから今までの女王と違って、ローズは何気ない一言で、王宮内の庶民の人心を掌握してしまった。 女王がこの国を守ってくれることに感謝をしていても、期待をしていなかった庶民がだ。 受け入れられたからといってローズはその態度を変えることなく、廊下ですれ違えば、やっぱり気さくに声をかける。 決して、媚を売る計算ではなかったことが、ますますローズに対する信頼を強めて、皆はローズに夢中になり、ローズが読んでいる物に興味を持ったという次第だ。 そうしてオレと姉さんが王宮の一角に貰った部屋は、女官たちの日本語教室に変わった。 ……よくわからないんだが、オレ自身も日本語を勉強することになった。 皆、それぞれ仕事を持っているから、必然、仕事がひと段落した時間帯が日本語教室の時間――つまるところ、姉弟の時間が乗っ取られたわけだ。 ここで、拗ねてしまうと……オレは全く成長していないガキだろう。 第一に、今の王宮内は庶民派で溢れているから、姉さんが前みたいに孤立することはなくなった。似たような環境で育った皆に囲まれて、日本語を教えている姉さんは楽しそうで、幸せそうだった。 それを邪魔するのは無粋だとわかっているけれど、オレだって、たった一人の姉さんとの時間は大事にしたい。 結果、オレもまた生徒の一人となったわけだ。 その日本語教室のテキストがいわゆる「少女マンガ」だ。絵が付いているから、言葉の意味が把握しやすいという理由。一つ一つの文章も短いし、同時に地球文化も学習できる。 「少年マンガ」は、ローズや姉さんの話によると、地球文化を学ぶにはぶっ飛びすぎているということだった。どんなにぶっ飛んでいるんだか、興味をそそられるところだが……。 とにかく「少女マンガ」で見た「女子高生」が友達の恋愛を影から応援しようとして計画したのが――グループデート。 ローズが、姉さんとディアマン様を近づけようと立てた計画も、グループデートと言っていいだろう。 ようするに、皆でお出掛けだ。 メンバーは、ローズと当然ながら二人の騎士団長。姉さんとディアマン様とオレの六人だ。 明らかにオレは邪魔だと思うんだが……口を開く前に、メンバーに加えられていた。 じっと結果を待っているのも別の意味で辛いので、同行することにした。 そんなグループデートの途中、頃合いを見計らって、姉さんとディアマン様を二人きりにするという……ベタベタな計画。 二人の騎士団長を巻き込んで、なんてベタな作戦なんだ! 思わず呟けば、ローズの大きな瞳に睨まれた。 「じゃあ、アメティストには何か『ステキ』な作戦があるわけ?」 ステキ――という部分を語気も強く問われて、考える。 えーと、何か策はあるか? 色々な策を浮かべては 孤児院を出て、男だらけの士官学校に入り、騎士になったオレには男女の 「お任せします、女王陛下」 「任せておいて! 大丈夫、二人の相性の良さは娘として保障するわ。シチュエーションさえ整えば、なるようになるわよ」 パンと胸を叩いて、ローズはニッコリ笑う。 なるようになるって、お前っ! 姉さんとオレの未来がかかっているんだぞ? 昔のローズとの距離感が変わったから、今のローズは俺が嫌っていた頃のローズとは、別人のように感じてしまうけれど。 何となく、前を向いたら一直線で、大雑把で後先考えていなさそうなところは、昔のままで……。 本当に任せていいんだろうか? そこはかとなく不安を抱いたことは……黙っていた方がいいだろう。 |