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 6,俺の決心


「汚い家やけんど……」
 俺はそう言い訳してカスターとライディンの二人を自分の家に招きいれた。
 パーレンさんを無事、バルスコア国内に連れ帰った俺は残りの仕事料を貰った。その場で、ライディンやカスターたちと別れるのかと思っていたら、ライディンが今日はここで一泊して、明日帰ると言い出した。ついでだから、お前の家に泊めろと言われて、結果、俺は小さな家に二人を招くことになった。
 この家は、元々、母さんと俺が住んでいた家だ。俺の唯一の財産だ。汚いけんど、小さいけんど、俺には十分すぎる環境だ。でも、さすがにカスターとライディンを泊めるのはどうなんやろうね? 見るからに貴族然とした二人にはあまりに不釣合いな家だもん。
「ふーん、案外、小奇麗にしてるんだな」
 室内を見回したライディンはそう言った。馬鹿にされると思っていた俺はちょっと驚いた。小奇麗にしてるっていうより、何もないだけ。それがちょっと寂しいから鉢植えに緑を植えて部屋を飾ったり、カーテンを明るい色合いにしたりと、ちょっと手を加えているだけだ。それなのに……。
「素敵なお部屋ですね」
 カスターが目をキラキラさせて言ってきた。
「素敵っていうか、……カスターやライディンのお城の部屋に比べたら家畜小屋みたいなもんでしょ?」
 自虐的な言葉が口をついて出る。そんな俺をライディンは馬鹿にしたように見据えた。
「確かに俺たちの部屋は見栄えもするし、豪華だが。それとこれと関係あるのか?」
「だって……」
「豪華なのが良いのか? 見栄えがすれば良いのか? そんな部屋に住んでいる奴は世の中の一握りだ。他の奴はお前が言う家畜小屋に住んでることになるぞ」
「……あ」
「自分自身を卑下したり哀れんだりするのは勝手だけどな、他人を自分と同一化するのは止めろ」
 ライディンの言葉に俺は恥ずかしくなった。この小さい家の生活はライディンが言うように、世間一般の家庭の大半を占める環境だ。それを貶めるということは同じ環境の人たちを貶めるということだ。俺、馬鹿だ。
 俯いた俺にカスターが優しい笑みで覗き込んできた。
「とても、素敵なお部屋です。植物を育てられているのは兄様なのでしょう?」
「あ、うん」
「土が乾かないように工夫されているのですね」
 カスターが言うように、こんな風に仕事で家を空ける時は緑が枯れてしまわないように工夫していた。それを目ざとく見つけたカスターに俺は驚く。
「カーテンも素敵です。外の光を受けて、とても柔らかな色をしていますね。それも兄様のご計算のうちなのでしょう?」
「ま、まあね」
「心地よいお部屋です。素敵なお部屋です。兄様のお人柄を感じさせます」
「あんがとね、そう言ってくれると嬉しいよ」
 俺は素直に世辞を受けることにした。カスターやライディンと、俺は住む世界が違う。それはわかりきったこと。今さら、それを恥じ入るのはおかしい。
「えっと、お茶……ないんよ。水だけど、飲む? あ、でも、水はね、湧き水で凄くおいしいんよっ!」
 貧乏な俺には茶葉を買う余裕もない。んなわけで、飲み物といえば、家の裏に湧いた湧き水だ。でも、これがポンプで汲んだ水よりおいしいのはホントなんで、俺は勢い込んで言った。カスターがそっと微笑んで頷く。
「はい、頂きます」
 水を汲んできて戻ってくると、居間のテーブルでカスターは席に腰掛けて待っていた。ライディンはというと、他の部屋を覗きまわっている。他の部屋といっても、台所と、寝室に風呂場だ。
「何してんのよ」
「風呂、あるんだな」
「うん。小さい風呂だけど」
 外のかまどで火を焚いて湯を沸かす風呂だ。もっとも、自分一人の為に風呂を沸かすのも面倒なんで、俺はタライに湯を張っての行水で済ませている。そういえば、カルディアからこっち、身体を拭く程度で汗を洗い落としてなかったね。俺なんかは、それでも平気だけんど、カスターたちは気持ち良くないよね。
「風呂、沸かす?」
「ああ、そうしてくれ。さすがに、汗臭いしな」
 ライディンは鼻に皺を寄せて言った。俺は吹き出して笑う。何に対しても泰然としてそうな男だと思ってたけんどね。
「ちょっと、待ってて」と俺は風呂の用意を始めた。そうして沸いた風呂をカスターを勧める。
「いえ、僕は後で構いませんよ」
 そう言うけんど、夕食の準備は俺がするしかないわけで、だとしたらライディンとカスターのどちらかが入って、どちらかに火の番をしてもらうしかない。
「先に入れ」
 ライディンの一言で遠慮していたカスターが一番風呂に入ることに決まった。その間に、俺は夕食を作る。っても、俺のレパートリーは少ない。まあ、仕事料が入ったからいつもはジャガイモだけのスープに他の野菜もたっぷり入れる。肉も入れる。卵も焼こう。パンケーキは特大だ。今日は特別だよ。
 あれから……あれからっていうのは俺たちが盗賊に襲われてからのこと……ライディンは暗殺者と交わした会話なんて、なかったみたいに普通だった。ライディン特有の冗談だったのかも。暗殺者相手に堂々とハッタリをかます、ライディンの性格から考えればありそうじゃない? そう自分を納得させる反面、俺はまだ不安をぬぐいきれない。
 ……やっぱり、ライディンの考えることはわかんないんよ。
「あ、と。身体を拭くもん、用意してなかった」
 俺は焼いたパンケーキを皿に移して、タオルを手に風呂場に飛び込んだ。丁度、湯船から上がったカスターが身体を拭くものがなくてどうしようかと、途方に暮れたように素っ裸で立っていた。
「ごめん、これで身体を拭いて」
「お手数をおかけしました」
 礼を言ってタオルを受け取るカスターに、俺は次の瞬間、絶句した。平らな胸板には薄いながらも筋肉がある。鍛えられている証拠のその身体、問題なんは……。
「うわぁぁぁぁっ!」
 俺は慌ててカスターに飛びついた。手っ取り早く、俺の視界からカスターの裸体を隠すのはそれが一番だった。
「ど、どうされたのですか、ローレン兄様」
 戸惑いを見せるカスターに、俺は言った。
「早く、タオルを巻いて。身体に」
「……はあ」
 密着した状態で、動きにくそうだけんど、カスターは言われるままに身体にタオルを巻いた。そうして、隠された裸体にホッと息をついて俺は離れた。そこへ、ライディンが外からやって来た。
「どうした?」
 俺の悲鳴を聞いても全然慌てた様子はない。暗殺者に襲撃されているなんて可能性はこの男の頭にないんだろうか。万が一に、ホントに襲われてても見殺しにされそうやね。これじゃあ。……って、今はそんなこと、問題じゃなくって。
「どうしたって、アンタっ。カ、カスターってば女の子じゃん」
 俺の言葉に衝撃を受けたのは他でもないカスターだった。
「ええっ? 僕、女の子だったんですか?」
 自分自身のことに、何を驚いているわけ? っていうか、何でカスターなんて男名なんよ。格好も男の子のそれだし……。「僕」なんて、いかにも男の子な一人称じゃん。
「何だ、お前、自分を男だと思ってたのか」
 呆れた様子でライディンはカスターを振り返る。動揺の見られない姿から、ライディンはカスターが女の子だって知っていたらしい。
「で、ですが、女の子というのは胸が膨らんでいて……僕には胸がなくて……」
「初潮も迎えてないガキの胸がデカかったら異常だろう」
 ライディンは淡々と返す。初潮って……アンタ……。
 仰天して、言葉も出ない俺。カスターはまだ納得できないらしく言い募る。
「ですが……皆、僕を男の子と」
「お前が生まれた際、間違って男と発表されたんだ。名前もその際、カスターと男名でつけられた。その後、城内ではお前が実は女だとわかったわけだが、お前の両親が死んだだろう。ドタバタして、間違いを撤回するの……そういえば、忘れてやがるな」
「忘れるなっての、そういうこと」
「俺の責任じゃねぇだろうが」
「…………僕のお世話をしてくださっていた方々は僕が男の子のように振舞うことに何も言われませんでしたが」
「上が間違いを撤回してないからな。何かの考えがあってのことと自己判断したんだろ。大体、自分の身体を見れば男か女かなんてわかるだろう?」
 カスターは泣きそうな顔で首を振った。
「全然、わかりませんでした。女の人は胸があって、男の人は胸がないのが性別判断の基準だと……」
「世間知らずもここまで来ると、馬鹿だな」
「……ライディンが教えてやれば良かったでしょうが」
 カスターに同情した俺にライディンはキッパリと言い切った。
「俺にとっちゃ、こいつが男だろうが女だろうが、教えることには変わりない。第一に、こいつ自身が男として振舞うのに何か、問題があるのか? 世の中には男が好きだって言う男もいるんだぞ。だが、それはそいつらの個性や自由であって俺の感知することではないし、カスターの問題にしてもそうだ」
「…………いや、でもね。王子様とお姫様じゃ待遇は変わってこない?」
 カスターがお姫様なら、王位継承権はない。ここいらの国ではそれが普通だ。だとしたら、カスターが叔父さんに命を狙われる可能性は……ないはずだよね? あれ、でも、それは叔父さんも知ってることじゃないん?
「あん? 何でだ」
「王様って男の子がなるもんじゃないの?」
「別に関係ないだろう。男も女も。少なくとも、カルディアには女が王位に就いてはならんという決まりはないからな」
「そう……なんだ」
 カスターが命を狙われるのは必然だってことか。
「ビックリしました。僕……女の子だったのですか」
 しみじみと呟くカスター。ビックリしたのは俺もおんなじだけんどね。
「ま、根本的にお前が男であれ女であれ、関係ないだろうよ」
「ローレン兄様もそう思ってくださいますか? 結果的に僕は兄様を騙してしまいました」
「いや、それはカスターのせいじゃないでしょ。俺が勝手に男の子だって思ってて……」
 男の子にしておくのは勿体ないとは思っていたけんど。……まさか、ホントに女の子だったなんて。
「さっさと、服を着ろよ。湯冷めするだろう」
 ライディンが指摘して、俺はカスターがまだタオル一枚の格好でいることに気付いた。
「ご、ごめん。俺、出てくね」
 ライディンを引っ張って俺は風呂場を出る。
「びっ、ビックリした」
 今さらながらにドキドキしてくる。
 うわっー、女の子だって。どうしよう、女の子だよ。
「ラ、ライディン……どうしよう。俺、女の子にどう接したらいいんか、わかんないよ」
 仕事で大人の女の人を相手したことはあるけんど。そん時の対応は大人の人っていうので、特別、女の人って意識してなかったから……ああ、どうしたらいいんかな?
「……お前も馬鹿か」
 呆れ顔でライディンはため息を吐いた。
「カスターがカスターであることには変わらんだろうが」
「……でも、女の子だよ」
「だが、カスターだろう、あのガキは」
 断定するように言い切ったライディンに俺は目を見張る。
「……そうなんよね。うん、女の子でも……カスターだよね」
 自分が女の子だったってことに気付いていなかった天然さも、女の子と知ってから俺を騙してしまったと謝るカスターの生真面目さも、それは俺が知っているカスター、その人だ。
 俺はライディンを見上げて問う。
「ライディンはカスターが女の子でも関係ないんよね? カスターがカスターなら」
「そんなこと、わかりきったことだろう」
 当然だと言いたげだ。でも、その口でライディンはカスターを殺すって言うんよね。俺は何を信じればいいんだろう?
「次、お前が風呂に入るか? もう、飯の用意はできたんだろう?」
「ご馳走じゃないけんどね。ライディンが先に入っていいよ。俺は一番後で、ぬるい湯でも構わんし」
「そうさせてもらおう」
 ライディンが風呂場に入ってく。ちょっと、待って。まだ、カスターが着替え中でしょうが。幾ら、男も女も関係ないって、それはないでしょ、アンタ。
 慌てて引きとめようとしたけれど、ライディンは風呂場に入った。入れ違いに、カスターが出てきた。
 用意していた着替えは道中で買ったものだ。最初に着ていた服よりは質が落ちるけれど、見た感じは良家のお坊ちゃんだよ。うーん、女の子とわかった以上、スカートをはかせてみたいね。きっと、かわいいよ。髪も少し伸ばしたら、もう完全に女の子になるだろうな。でも、スカート姿じゃ戦闘には向かないよね。命を狙われている以上はそういう格好はできないよね。やっぱ。
「……どうかしましたか?」
 カスターを見据えたまま黙りこくった俺を、不思議そうに少年は……もとい、少女は見返してきた。
「あ、うん。髪、ちゃんと乾かそうね。風邪をひいたら困るでしょ」
 俺はカスターの淡い金髪にタオルを乗せて照れ隠しに言った。クシャクシャとかき乱す俺の手がくすぐったいのか、カスターは笑い声をこぼした。柔らかくって甘ったるい、そう感じてしまうのは女の子だって知ったからなんかね。
 現金すぎるね、俺も。

「お前、カスターと一緒に寝ろ」
 夜遅くなって、そろそろ寝ようかとなった時にライディンに命令口調で言われた。
「はぁ?」
「しょうがねぇだろ。ここんち、ベッドが二つしかないじゃないか」
 寝室の両側の壁には寝台が一つずつ。一つは母さんが使っていたもので、もう一つは父さんが使っていたものだろう。今は俺が使っている。
「でも……」
「俺のこの図体で、お前らのうちの一人と添い寝するにはこのベッドは小さすぎるだろうが。その点、お前らなら、二人で寝ても大丈夫だろう」
「それは……そうだけんど」
 相手が女の子とわかった以上、一緒に寝るってのは駄目でしょ? 慌てる俺にライディンは冷たい視線をくれた。
「ガキだぞ、相手は。それとも何か? お前、何かやらかすつもりか?」
「するわけないでしょうがっ!」
「なら、構わんだろう。明日は早くに出発するんだ。ゴネてないで、黙って寝ろ」
 抵抗むなしく、俺はカスターとおんなじ寝台に放り込まれた。
「僕、床で寝ましょうか?」
 カスターが渋る俺を見かねて言ってきた。
「だ、駄目だよ、そんなん。カスターは一応、お客様なんだから。床で寝るなら俺だし」
「それは駄目です。ここはローレン兄様のお屋敷ですのに」
 どっちが床で寝るかと言い争いになると、反対側の寝台から枕が飛んできた。
「だから、二人で寝ろって言ってんだろうが」
 俺はカスターに一緒に寝てもいいかと問う。俺の常識的判断もそっちのけでカスターは嬉しそうに頷いた。
「勿論です」
 いや、まあ、男として意識されても困るけんどね。でも、カスターはもう少し、女の子としての自覚を持ったほうが良いよ。今はまだ、男の子でも通る外見だけど、もう二、三年したら誰の目にもハッキリと女の子に見えてくる。そうなってから、女の子をしようとしても難しいよ。十二年、男の子と信じてきたわけだから、簡単に意識転換もできないだろうけんどね。
 明かりを消して暫くすると、カスターから微かな寝息が聞こえてきた。なんだかんだ言って、疲れてたんやろうね。幾ら、鍛錬で鍛えてるって言っても、二日間歩きっぱなしだったかんね。
 ちょっと首を捻って、カスターのほうを見るとカーテン越しの月明かりに青白く光る寝顔が目に入ってくる。
 今日は満月やったんね。ちょっとだけ、神様に感謝。別に下心はないんよ。……うん、だってこんな無垢な寝顔に邪な心を抱いたら罰が当たりそうじゃない。
 ……ああ、そういえば、こんな風に誰かの側で眠るのって何年ぶりだろね。覚えているのは母さんが小さかった俺の側で添い寝をしてくれてた記憶。それが最初で最後だ。二歳の子供の記憶なんてその程度だし。
 ……母さんか。今頃、どうしてるだろうね? 幸せになっててくれたらいいな、と思うよ。そうしたら、俺だって捨てられた甲斐もあったってもんじゃない?
 俺の記憶には母さんの姿はない。添い寝してくれてたという記憶だけだから、今の母さんの姿なんて想像もできないけんどね。
 ……カスターはどうなんだろ? 全然、両親の記憶がないんよね。
 生まれてすぐのところを殺された……夕食が終わっての雑談で、ライディンがカスターが男の子と間違われることになった過程を話してくれた。
 産み月に入ったカスターのお母さんは実家に帰った。お父さんである王子様も付き添って、カルディアの外れの実家についた途端、産気づいてカスターは生まれた。この時、難産でカスターもお母さんも少し危ぶまれたらしい。それで容態が落ち着くまで実家に留まっていた。その際、お城にはカスターが生まれたことの知らせが入った。ただ、この使者はカスターが生まれたことだけを告げて、性別を報告せずに帰った。……これがカスターが男の子と間違えられたそもそもの要因。お城のほうでは「姫様誕生」という報告ではなかったので、王子だろうと判断した。そして、王様はカスターと名づけて公式発表した。
 家族三人がお城に戻ってきた時は、もう誰もが男の子だと思っていたので、カスターが女の子だと知った時の衝撃は凄かったらしい。
 初めは、子供の入れ替わりを疑われたけど、両親が揃って初めから女の子であることを証言したわけだから、カスターは王族として認められた。こうなったら、早急に間違いを撤回しなければならない……そこへ、カスターのお母さんのお父さんが亡くなったという知らせが入った。お父さんとお母さんは葬儀に出席するために、カスターを王様に預けて再びお母さんの実家へと出掛けて行き、そして……そのまま、帰ってこなかった。
 谷底に転落した馬車から事故だと思われた。けんど、遺体を回収してみると二人の身体には刃物で切られた傷が何箇所もあったらしい。王位継承第一位の王子様が暗殺されたということで、お城は大騒ぎ。そのドタバタでカスターが男の子だって間違いは撤回されないまま今に至っているという。
 淡々と語るライディンの話を、カスターは黙って聞いていた。
 カスターの両親が殺されていたことは、カルディアの人間じゃない俺だって知ってるから、カスターが知らないわけない。でも、わざわざ、聞かせる話でもなかったかもしれない。ちょっとだけ、後悔に似た気持ちが湧く。
 カスターの寝顔を見つめると、長い睫のふちに涙が溜まっているのに気付いた。そっと、手を伸ばして指先でぬぐってやると、カスターはくすぐったそうに顔を震わせて、それから俺の手を取った。
 起きてんの? やましいことをしたわけじゃないけど、ギクリとする。カスターは俺の手を握り返すと、その手を自分のほうへ引き寄せる。人肌が恋しいって感じだ。
「……父様……母様……」
 小さな唇からもれた寝言に俺はハッとなる。記憶がなくても、その存在を求めて面影を描くことはあるだろう。そうして、恋しさを募らせる……十二歳なんだから、まだ両親が恋しくても当然なんだ。特に、あんな話を聞かされた後じゃ……。
「ずっと……一緒にいれたらいいのに」
 俺は唐突だけんど、そう思った。一緒にいられたら、カスターが寂しい時、なぐさめてあげられるのに。カスターを守ってあげるなんて、俺には無理。でも、支えてあげることはできる。ライディンが教えないような、面白いこと、楽しいこと、いっぱい教えて笑わせてあげることは俺にもできる。
 笑って欲しい。カスターが笑ってくれると幸せな気分になれるから。
 けんど、一緒にいるなんて無理だ。俺とカスターは住む世界が違う。出会ったことから間違ってるし。でも、出会わないほうが良かったなんて、もう思えない。
 ……だから、だから。


「お世話になりました」
 丁寧に頭を下げてくるカスターに俺は頷く。
「また、お会いできますよね?」
 そう尋ねてくるカスターに俺は曖昧な笑みを返して、ライディンに目を向けた。カスターの斜め後ろで、ライディンは俺たちの別れの儀式を眺めてる。
 何を思ってんだろうね。……あの、暗殺者とのやり取りが本気だったなら、カルディアに帰った途端、カスターは殺されることになる。もう、二度と俺たちは会えない。ライディンはその現実をどう見てる? 心の中で笑ってんの?
「……うん、会えたらいいね」
 俺は希望を口に乗せて、ライディンの表情を探る。いつもと変わらず、口の端に嘲笑じみた笑みを浮かべてるだけ。わかんない。この男の考えてることだけはわかんない。
「カルディアにお越しの際はご連絡ください。何をおいても会いに行きますので」
「えっ? ……でも」
「国境越えの時、マリアにでも声をかけりゃ、あの女が城に取り次いでくれるさ」
 あっけらかんとライディンが言う。この言を信じるなら、俺はまたカスターと会えるってことで、それはつまりカスターが殺されることはないってこと?
 期待を込めて見上げた俺にライディンは指を突きつけてきた。
「ああ、その時は宝石を返して謝礼金を貰うのを忘れるなよ。そんで、俺が立て替えた金と利子を寄越せ」
 アンタの目的はそれか。俺はもう絶望で目の前が暗くなる。この男の考えることを理解しようなんて、無理だ。そんでもって、この男ほど、信用できない奴はいない。
 俺は昨日の夜、眠る前に固めた決心を再確認した。
「行くぞ、カスター」
 さっさと歩き出すライディンに、カスターは俺に対して今一度、頭を下げてから身を翻した。
 二人の姿が通りの端に消えるまで見送って、俺は家の中に戻る。
 鉢植えの緑に水をやって家の戸締りを確認する。手荷物のなかの汚れ物を風呂場の洗濯籠の中に放り込んで、タンスの中から新しい着替えを出しては詰める。その際に、青い宝石をなくしたりしないように荷物の底に仕舞った。
 火の始末をして、朝食の残りで弁当を作る。それを荷物の一番上にして、背中に背負う。上着に通行手形が入ってるのを確認して、俺は家を出た。
 ライディンたちが通る道を追いかけることはできない。少し遠回りになるけれど、徹夜で歩けば二人より先にカルディアに入れるはずだ。頭の中で単純計算して、俺は歩き出した。
 マリア隊長さんに会おう、俺はそう決めた。隊長さんならライディンの本気かもしれない計画を何とか、止めてくれるかもしれない。むざむざとカスターを殺させるわけにはいかない、それが俺が昨日の夜にくだした決心だ。
 俺とカスターは住む世界が違う。だからって俺の中で芽生えた気持ちを諦めて、カスターが死ぬかもしれない未来を待つなんて俺にはできそうにない。
 俺は俺のやり方で、カスターを見守っていこうと決めた。カスターが女王様になって、その隣には俺の知らない男がいるなんて想像するのも嫌だけんど、でもね、カスターがこの世にいないという現実よりはずっとましだ。
 俺の手の届かないところでも構わない。幸せに笑ってくれていたら、それでいい。
 それが、俺が大好きな人たちに望むこと。


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