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 5,引き出された答え


「もしかして、もしかしなくても」
「もしかするだろう」
 謎掛けのような言葉を交わすのは、宮廷騎士団黒色部隊隊長ルシアと、副隊長カズだ。
 彼らは現在、貴族街の、とある貴族の屋敷に出向いていた。
 主が面会に応じてくれるということで、待合室から案内されたのは屋敷の奥まった所にある半地下の部屋。一応室内の装飾は、客を迎えるに相応しいものではあるけれど、窓がなく、入り口に鍵を掛けられたとあっては、どう考えても穏便な会見場とは言いがたい。
「何、考えてんだか」
 応接セットのソファに背中を預けながら、カズは両腕を天井に突き出して伸びをした。
 かれこれ、一時間は待たされている。人並み以上に長身であるカズがくつろぐには少しばかり、ソファは狭すぎるようだ。
「俺たちを閉じ込めてりゃ、それで一件解決だなんて考えてやしないだろうな。それじゃあ、あまりに短絡過ぎるだろ」
「何も考えていないのかもしれない」
 ルシアは長い足を組み直して、失笑した。
「そりゃ、何が何でも」
 赤銅色の瞳を僅かに眇めて、カズの表情は凶悪に歪んだ。彼としては、呆れているだけだが。
「カズ、後先をよく考える者なら、そもそも罪なんて犯しはしないだろう。守るものが何も無いと言うのならともかく、地位も名誉もありながら」
「頭が悪すぎるか、余程、罪が露見しないという確信があったか。結局、俺らの訪問に慌ててこんな地下に閉じ込めてりゃ、馬鹿丸出しってな感じだよな」
 フン、と鼻を鳴らし軽く肩を竦めると、室内を見回しカズは立ち上がった。
「なあ、この部屋って人を閉じ込めるのにも適しているが……」
「内緒話をするのにも良い場所だ。地下だから外からの盗み聞きは心配ない。入り口のドアにさえ注意していれば、秘密の話には最適の場だろう」
「じゃあ、ここは一連の奴らの溜り場か」
「そう考えて間違いないだろう」
 主語をあえてぼかして、ルシアとカズは会話を重ねる。何についての話か、説明しなくても通じ合えるのが、この相棒である。
「フレデリック家はハズレってわけか」
 細やかな模様を描く絨毯の上を、カズのブーツが踊るように動き回る。
「恐らく。貴族街からただ一軒、外れていたので、そちらが本命かと思っていたが。よくよく考えれば逆に目立ち過ぎる」
「だな。それにしても、ブルーバードさんは何をお考えなのかね? ただの絵画泥棒と思いきや、ルシアの熱狂的な信者で、世間知らずの令嬢の暴走かと思ってさらに調べてみると、ビックリ箱よろしく、出てくる出てくる驚愕の事実」
 室内の装飾品を眺め回し、カズは高価そうな品にペタペタと指紋をつけまくっては品を吟味していく。
 飾り壷に、絵皿のコレクション。クリスタルの置物を手にとっては、その大きさを確認して、首を捻る。爪で弾いては、その音を確かめたり、息を吹きかけ曇り具合に眉をひそめたり。
 ルシアはカズの動きを濃紺色の瞳で追いながら、ここ数日に明らかになった情報を今一度、頭の中で吟味してみた。
 ブルーバードと自称するディアーナ。彼女の証言から判明した事実。
 それはブルーバードが盗んだ絵画が、公になっている事件よりさらにルシアの予想を超えて多かったということだった。
 そうして、被害届を出していないそれらの貴族をリストアップすると、意外な名前があることに気づく。
 そこでルシアとカズは、王弟ジズリーズの執務室を訪ねた。
 ルシアが思うに、ジズリーズはこの情報が欲しかったのだろう。案の定、王弟は情報を前にし、少しだけ手の内を明かしてきた。
 それは王弟が告発した――事実は少し違うかも知れないが――教育局局長の横領に始まっていた。
『局長が横領した事実は間違いのないことなのですが、少しお金の流れが不明なのです』
 局長の給料に見合わぬ散財もあるのだが、その額は横領された全額にすれば一部だと、ジズリーズが言う。
『そのとき、ブルーバード事件が相次いでいました。最初は大して興味をひかれることは無かったのですが、幾つか気になる名前が出てきたのです。それはルシア隊長ももう既にお気づきかと思いますが』
 ルシアは王弟の視線の前に、首肯した。
 彼がジズリーズの元を訪れるきっかけになった名前の数々と共通するのは。
『十年前の謀反事件に関与が疑われながら、証拠不十分で処罰されなかった貴族ですね』
 そして、確認するように問い質す。王弟もまた、先のルシアに習うかのように首肯した。
『はい。叔父上が犯したこの事件は、一応の決着がついているように見えていますが、追求の手を逃れた者もいます。彼らは総じて、事件には無関係という立場を貫き、王宮に出入りしている人間もいました。教育局長もその一人でした』
『……そうだったんですか』
『当事者でいらっしゃらないのですから、ご存じないことは恥ではありません。むしろ、私たちはあの事件を無かったことにしたいのですから』
『団長殿の為にですか?』
 問いかけたカズに、ジズリーズは頬に睫の影を柔らかく落として、優しく微笑む。
『あの日まで、私たちとディード兄上は家族でした。今でも私たちはそう思っているのですが、兄上には違う』
『真面目すぎるんですよ。団長殿は。どこかの国王兄弟にも見習って欲しいですね』
 カズは思いっきり皮肉を込めて、言ってやった。
『兄上のあの性格は、叔母上似の性格でしょう。生憎と叔母上と私たちには血の繋がりがありませんので、生まれ着いての習性はなかなかに直らないものです』
『そんな言い訳しないでくださいよ』
 ディードの母親は先々代の宮廷魔法師団団長だ。彼の魔法師としての能力値の高さは母親譲りだろう。性格もジズリーズが言うように母親によく似ている。
 生真面目で、己に与えられた仕事に殉じようとするところは。
 ディードの母親は謀反事件の時、夫の企みに従うのではなく、国王の盾として夫と向かい合い、そして全てを終わらせた。
 その功績があったから、ディードを処刑しようとした老人たちも、彼を保護しようとする先代国王のゼノビアに反対し続けることが出来なかった。
『命の恩人の子なのだ』と、頑固に国王ゼノビアは言い募ったらしい。
『恩を仇で返すような真似をして、王として私の名を汚すのか?』と、言われてしまえば反論出来ない。
『兄上が居なくなった王宮は、少し寂れたような感じがしました。私たちは兄上が戻ってこられる日を待ちました。父上は兄上が帰って来られるその日の為に、謀反事件を早急に解決し、人々の記憶から事件を忘れさせることが必要だと考え、疑惑があった者を追求しませんでした。そうして、あの事件を誰も口にすることはなくなりました。記憶から消えることはなく、古参の方々の兄上に対する心象はあまり良くない形で残ることになりましたが、父上も私たちも兄上がお戻りになったことが素直に嬉しく、後はどうでもよいことだと』
『だけど……遺恨は』
『ご老人たちが心配していた通りに』
 ルシアとカズはそれぞれ、声に苦さを滲ませた。
『彼らの企みを把握するには、今はまだ証拠がありません。けれど、今度は兄上を盟主として謀反を企むつもりかもしれません。ブルーバードの侵入を黙秘するのは、治安管理官の、しいては騎士団の介入に不都合があるからでしょう。最も、私が怪しいと思うようになったきっかけの貴族に対しては黒白の判別はつきかねますが、絵の所有者である令嬢と当主の意向が別であったに過ぎない、そう思います』
『何で団長殿が自分らの盟主になるなんて考えているんですかね、奴らは』
『冷遇されていると見えるのでしょう。王族であった兄上が今では宮廷魔法師として下僕の立場にある』
『そりゃ、確かに団長殿に対するご老人たちの態度は冷たいですけどね』
 老人たちのそれは、謀反事件に直接係わっていない者たちからすれば、大人気ないものに見える。ディードが事件に加担していたのならともかく、十一歳の子供だった彼に恨みを向けるなんて。
 でも、ディードはそれらの老人の感情を真正面から受け止めていた。自分の存在の重みを知っていた。
 確かに、ジルビアとディードは犬猿の仲と言ってよいほど、顔を付き合わせれば喧嘩をしている。だが、それはジルビアの不真面目な態度を怒っているのであって、統治者として資質を否定するものではない。
 ジルビアが国民の為に良い統治者である限り、彼は国民の為にジルビアを守るだろう。
 だから、ディードを知っている人間は確信出来る。魔法師団団長は決して、父親のように王を裏切ったりしない、と。
 ルシアとカズもまた、同じようにディードを信頼していた。
『何にしても、私はディード兄上を愚弄する人達を認めたくはないのです』
 ジズリーズは、エメラルドグリーンの瞳に強い決意を宿して、キッパリと言い切った。
『そして、このことにより、ディード兄上が私たちから離れてしまうのも嫌なのです』
 王弟の企みの一端が、ここに来てようやくルシアにも掴めた。
 ジズリーズはブルーバード事件に便乗して、謀反を企む者たちを片付けようとしていた。ディードの名が前面に出されてしまったら、彼がいかに無関係であっても、老人たちは今度こそディードを処刑しようとするだろう。
 そうさせない為には、疑惑の芽が表に出ないうちに、摘み取ってしまわなければならない。
 ――ディードの名誉のために。


「なあ」
 カズが声をかければ、ルシアは物思いにふけっていた姿勢から濃紺の瞳を上げた。
「どれがこの部屋の中で、一番高価だ?」
 横目に問いかけるカズに、ルシアは部屋の片隅に置かれた木製の椅子を指差した。
「あれは東区クレスで、生産されるクイーン家具と呼ばれる高級品だよ。第一級品とはいかないが、この部屋の中では一番の値打ち品で、壊し甲斐もあるだろう」
 カズは大股に部屋を横切って椅子に手を掛けた。
 細く優美な脚の線に、繊細な彫刻がクイーン家具の特徴で、質の良い物だったなら椅子一脚で宮廷騎士の高額の給料もあっさりとぶっ飛ぶ。
 彼は躊躇することなく椅子を肩に担ぎ上げると、唯一の出入り口に向かった。軽く振り上げては、重厚なドアに木製の椅子を叩きつける。
 結果は椅子が無残に壊れた。ドアの方には多少の傷がついたに過ぎない。手応えからするになかなか分厚いドアのようだ。
「ま、これで簡単に開くとは思ってないけどな」
 言い訳するように言って、カズは耳を澄ます。
 部屋の外には見張りがいるだろう。今のカズの行動は見張りを驚かすには、それなりに効果があったようだ。ドアの外で人の気配が動く。
「二人か?」
「そのようだな」
 ルシアはそこでソファから立ち上がった。
「そろそろ、帰らせて貰おうか」
「ああ、少しばかり小腹が空いてきたんだ。茶ぐらい出してくれりゃ、もう少し我慢も出来たんだが」
「毒入りかもしれない」
 そう呟くルシアに場所を譲りながら、カズはおどけたように舌を出した。
「それはごめんこうむる。こう見えても美食家なんだ、俺は」
「それは初耳だ」
 腹がふくれるものなら何でも好きで、マナーを必要とする高級料理店では食べた気がしないと、文句を言うカズが美食家を語るのが笑えたのだろう。
 一瞬、口元を緩めたルシアは、ドアに向き直るとキッと唇を結んだ。
 腰の剣に手を伸ばす。抜いた瞬間にドアを斜めに切り下げ、今度は逆手に今描いた線に垂直の線を刻む。
 仕上げに縦横へと剣を払うと、八分割されたドアが剣圧に押されてぶっ飛んだ。
「相変わらず、無茶苦茶な芸当だな。幾ら、その剣に魔法が施されてあるからって、普通は出来ないぞ?」
 騎士の剣は国王から贈られた物で、それは最高の鍛冶師によって造られ、魔法師によって硬化の魔法が施されている。絶対に折れない切れ味抜群の剣ではあるが、何でも切れるかと問われれば、それは否である。
 カズも同じように国王から贈られた剣を持っているが、ルシアのような芸当は出来ない。せいぜい、斧のように扱ってドアを割るぐらいだ。
 呆れるカズは、呆然とする見張りの前に出て行った。
 そうして、拳を脳天に振り下ろす。
「少し寝てろ」
 既に意識を失った見張りにそう吐き捨てて、もう一人の見張りに目をやるとルシアが同じように強制的に寝かしつけていた。
「行こう」
 ルシアは短く言って、案内された道を逆さに辿り始めた。
 この一時間の間に、この屋敷の主が謀反の協力者と共に、雇った私兵が集められていれば、それはそれで好都合だった。
 カズは久々に暴れるのに備えてグルリと肩を回した。そして、ルシアの後に続いた。


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