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 6,仕掛けられた罠


「ディアーナ嬢の絵ですか?」
「はい。そうなんですよう。貴族街で次々と、ディアーナ・アリシア嬢がご友人方に贈られた絵が盗まれているんですよう。新聞各紙でも騒がれているのですけれど、ご存知ありませんか?」
 小首を傾げて尋ねる少年騎士の前には、フレデリック家の兄弟が居た。
 兄のマーロンは、デニスと同じぐらいの年齢だったか。いつ見ても、落ち着いた大人という佇まいだ。ブルーグレーの地に細い縦縞の入ったスーツに身を包んでいる。
 弟のクレフは、アルマンと同じ年頃で、まだ二十を幾つか数えたばかりという感じの青年である。人当たりがよく、カラの問いに答えるのは、もっぱら弟のクレフだった。
 フレデリック家の応接室のソファに、兄弟とカラとデニスが向かい合う形で座っている。
 二人の騎士の背後に控える位置で、バートンは立っていた。現在、この場にアルマンはいない。事務所で留守番をしているという説明に兄弟は納得して頷いていた。
 治安管理官の助手という立場にアルマンは不満を抱いているが、仕事は真面目にこなしていた。この程度のことも出来ないのか、と馬鹿にされるのがプライドの高い彼のことだから許せないのだろう。だから、留守番という役も内心はともかく承知したのだろうと。
「……もしかして、怪盗ブルーバードと呼ばれている泥棒の、事件のことですか?」
 クレフが小首を傾げて問う。それに応えるのはカラだ。
 この場では、二人の年少者が会話していた。デニスもマーロンも、先ほどから一言も発していない。
「はい。そのブルーバード事件は、本来は黒色部隊が担当する事件なんですけど、こちらのフロミネルは青色部隊の担当地区なので、黒色の方に代わって僕らが来たという次第なんですよう」
「それはわかりましたけど。そのディアーナ嬢の絵というのは?」
「はい。それはそのままディアーナ嬢がお描きになった絵でして、それがなかなか評判よろしく、ご友人方にねだられてプレゼントされているんですね。その絵がブルーバードに盗まれていて、それはもう十件近くの被害が出ています。それで黒色部隊の隊長であるルシア様はこれ以上の被害を食い止めるべく、ディアーナ嬢にお会いになり絵を贈られたご友人方のリストを作られたんですよう」
「その絵が我が家に?」
 クレフは睫を揺らして、目を見開いた。
「こちらの絵なんですけど。令嬢はご友人方にプレゼントされる際に自分の手元に残しておく為に写真を撮っているんですよう。これは令嬢からお借りした物なんですけど」
 カラが差し出した写真は、治安管理官の事務所でバートンたちを前に見せた物だ。実際の絵画は、証拠物件として取り扱いにかさばるので、写真に収めているに過ぎない。
 よくもまあ、出鱈目を滑らかに喋るものだと、バートンは少年騎士の横顔を呆れ気味に見た。
「〜ですよう」とやや間延びした口調から、最初はおっとりした印象を抱いたが、副隊長という肩書きといい、物怖じしない態度といい、印象とは当てにならないものだと実感する。
 思慮深く見えたマーロンが、実の妹を殺害した犯人だなんて。第一印象からでは、とても想像がつかなかったのと同じように。
「あ、これは姉様の部屋にあった絵じゃないですかっ!」
 ビックリした様子のクレフの傍らで、マーロンは難しい顔をして写真を覗き込んだ。
 はたして、どんな反応を見せるのか?
 バートンは、ぶしつけにならないように気を配り、フレデリック家の当主の表情を視線で探る。
「確かにこれは、妹の部屋にあった絵と思われます」
 写真から、すました顔を上げるとマーロンは、淡々とした口調で言った。
 絵が盗まれていることを知っているのか、それともアルマンと同じように気づいていないだけか、これでは判別しにくい。
 知っているとしたら、何を考えているのだろう?
 主導権をこちらに預けて、傍観するつもりなのだろうか?
 二人の騎士の推理によれば、マーロンは絵の盗難を知っていて、あえて伏せているのだという。
 盗難事件で屋敷が捜査されて、メリー嬢の殺人事件に進展があっては困るのだ。今のところ、内部犯を疑っているが詰めきれていない。このまま犯人がわからないで、うやむやに終わるのをマーロンは待っているのだろう。
「お部屋に飾られているのですか?」
「ええ、姉様のお気に入りの絵なのです」
「……それは今もお部屋にありますか?」
 カラは声を潜めて問いかけた。
「えっ? どういうことですか?」
「ですから、ブルーバードに盗まれているんじゃないかと。リュック管理官にお伺いしましたところ、先日、ディアーナ嬢のご友人であったメリー嬢はお亡くなりになったと」
「はい、姉様は……」
 クレフは悲しげに目を伏せる。
「今までブルーバードは盗みの為に人を殺してはいませんが、もしかしたらこちらから絵を盗み出す際に、ご令嬢を誤って殺してしまったということはないんでしょうか?」
「でも……絵は……」
 クレフは戸惑いの色を浮かべて、バートンを見上げた。
 彼は事件前夜から姉の部屋には入っていないはずだ。事件が発覚したその日は、アルマンが現場保存のため、一階廊下から令嬢の部屋辺りを封鎖した。その後、マーロンによってメリー嬢の部屋は封印されている。
 だから、クレフは絵の紛失について、何も承知していない。故に、少年の騎士の話に答えることは出来ないので、事件捜査で部屋に入ったバートンに答えを求めているのだろう。
「生憎と、私もアルマンも絵に注視していませんでしたので、絵の所在をカラ副隊長がお尋ねになられたとき、答えられませんでした。それでこちらにお二人をお連れした次第でして」
 バートンはクレフの視線に首を振って、答えた。
「勿論、令嬢の事件とブルーバードが関係あるとは断言しませんし、絵が盗まれたのはその後かも知れませんし、いまだにお部屋に飾られているかも知れません」
 カラは写真を騎士服の胸ポケットに、大事そうにしまいながら言った。
「それで絵の所在を確認したいのですが、お許しいただけますか?」
「……兄様」
 クレフはマーロンの横顔を振り返った。
 殺人が行われた日、マーロンが持ち込んだ縁談がきっかけで、メリー嬢とアルマンが喧嘩を始め、気まずいまま食卓を去った令嬢は死んでしまった。
 そのことでフレデリック家では、マーロンに対してメリー嬢のことが一種の禁忌になってしまっているのは、アルマンからの話でも、うかがい知れたことだった。
 兄に対する気遣いを瞳に浮かべたクレフの視線を受けて、
「……わかりました」
 マーロンは静かに息を吐き出し、立ち上がった。
「皆様もご一緒に?」
「はい。よろしくお願いしますですよう」
「では、クレフ。皆様をメリーの部屋に。私は鍵を取ってきます」
「わかりました」
 部屋を出たマーロンを見送って、クレフが立ち上がった。
「こちらです、どうぞ」


                  * * *


「こちらの部屋の鍵はご当主がいつもお持ちなんですか?」
 メリー嬢の部屋の鍵を開けようとするマーロンの背中に、カラが問う。
「ええ、そうですが」
 感情を廃した抑揚のない声で、マーロンは答えた。
「他の方が持つということはないんですね? お部屋はずっと締め切った状態で……勿論、窓などの戸締りも厳重なのでしょうね」
「はい。……泥棒が易々と入れるとは思いませんが」
「でも、泥棒にとっては鍵の掛かった家に入ることが前提なわけですから、戸締りが厳重だからと入って安心してはいけません」
 生真面目な顔でカラが訴えると、マーロンは苦笑を返してきた。どこか疲れたような印象を受けるのは、こちらの思い込みだろうか。
 ガチャリと鍵が外れてドアが開く。マーロンがドアを引いて先頭に立って部屋に入った。
 カラも続いて部屋に入って、目に留まった印象に凶器の点については問題がないことを確認した。
 部屋を飾る装飾品は、応接室にあった物とあまり代わりがない。
 似たようなもので統一感をかもし出すフレデリック家において、個室にしても個性なんてものは何もない。絨毯の落ち着いた色も、カーテンの地味な色柄も、家具の配置にしても。
 令嬢の部屋も応接室も、同じような雰囲気に落ち着いていた。
 何となくではあるが、カラはメリーが社交界という華やかな世界に憧れた気持ちがわかるような気がした。
 女性であれば、壁紙やカーテンを華やかな色で飾りたいだろう。しかし、代々の家風を壊すことを厭うたのか。
 カラは黒色の瞳で、令嬢が暮らしていた室内を見回す。
 右手側には寝室に続くドア。反対側に目をやると、呆然と立ち尽くすマーロンの背中越しに暖炉が見える。その上の壁には絵が飾られていた。
 美貌の青年の肖像画。
 この絵を目にしたルシア様の顔はどんなだっただろう? カラは決して感情表現が豊かではないが、デニスほど無表情でもない黒色部隊の隊長を思う。
 そうして、現実に立ち戻って、固まったマーロンの横顔に確信を深める。
 間違いなく、ご当主が犯人だ、と。
 そっと息を吸って、何事も無いような調子で言った。
「ああ、絵は無事でしたね」


 カラの声に最初に振り返ったのはクレフだった。少し遅れてマーロンもこちらに視線を向けてきた。
「ひとまず安心しましたよう」
 にっこりと微笑むカラに、つられるようにマーロンも笑ったようだった。だが、頬の辺りが引きつっているのが離れたバートンの目にもわかった。
「まだブルーバードは、貴族街を中心に盗みを計画しているのかも知れませんね」
「そんなにディアーナ嬢は沢山の方に絵を贈られているのですか? もう十件近く被害が出ているという話ですけど」
 クリフが小首を傾げて、カラに目を向けた。
「お友達が多いんですね。リストでは二十数名のご令嬢に贈られています。現在、騎士団の方で絵の所在確認を進めていますけれど、被害届を出していらっしゃらない方もいるようで」
「そんな。絵を盗まれたのに気づかない人なんていますか?」
「興味のない人にとってみれば、そこに絵があることを認識しないものなんですよう。リュック管理官やアルマンさんも、こちらの絵に気づかれなかったわけですから」
「でも、リュック管理官は姉様の部屋に入られたことはないですし、アルマンもちょっと無茶なところはありますが、礼節を弁えて女性の部屋にみだらに入ったりしませんし」
「そうなんですか?」
 少し意外そうにカラは問い返す。
「はい。上流階級貴族であることを鼻に掛けるので、皆はアルマンを誤解しがちですけど、悪い人間じゃありません」
 キッパリと言い切るクレフに、カラは「はい」とにっこり笑う。どこか嬉しそうに見えたのは気のせいか。そうぼんやりと、バートンが思っていると、カラの声が続いた。
「そうですね。そうですよね。でないと、クレインさんが選ばれるはずないですから」
 少年騎士は、先代の副隊長の慧眼が証明されたことが嬉しかったようだ。こういうところは、子供っぽさを隠さない。
「えっ?」
「あ、いえ。それはこちらの話で。……それでしたら、クレフさんはこちらに絵がなかったら絶対に気づく自信はありますか?」
「勿論です。姉様が大事にしていた絵ですよ?」
「そうですね。大事な人の宝物は、同じくらい大切な物ですよね」
 カラは頷いて絵に視線を戻し、それからマーロンに目を向ける。
「ご当主にお願いがあるのですけど、よいでしょうか?」
「……何でしょう?」
 微かに動揺が見られる目を隠すように、マーロンは俯いて問い返す。
「そちらの絵を騎士団にお預け頂けませんか?」
「絵を?」
「ずっと、というわけではありません。ブルーバード事件が解決するまででよいので」
「絵を守って下さると言うことですか?」
 クレフが首を傾げて問う。
 バートンは無関心を装いながら、内心ではクレフが気の毒になってきた。
 姉を殺したのが兄だったなんて。
 もしかしたら、アルマンがマーロンを犯人だと認めたくなかったのは、他でもないクレフの為だったのかもしれない。
「ええ、そうですよう。宮廷騎士団の本部は、王城の敷地内にあって宮廷魔法師によって施された侵入不可の結界があります。王宮関係者以外は立ち入れませんから、盗まれることはありません。もし盗まれたとしても追跡調査で犯人を捕まえることは簡単ですよう」
 王城に入城する際、全ての人間がチェックされる。そのチェックを受けずに済むのは王家と七家、そして、宮廷魔法師と宮廷騎士の隊長、副隊長だけ。
 それ以外の人間は、チェックを受けず許可を得ないで侵入しようとすると、結界に捕まって迷いの空間を半日ばかり彷徨うことになる。
「事件もそう長引くことはないと思います。先日、フランヌの治安管理官から正式に騎士団への協力要請が入りまして、黒色部隊のルシア隊長自らが正式に捜査に乗り出されたんですよう。ルシア様の評判は皆様もご承知でしょう?」
 ルシア・サランは五つの部隊隊長の中で一番の切れ者。
 バートンは無表情で佇むデニスを横目に見やった。無表情に無口という変わりっぷりを発揮してくれたデニスだが、一瞬にしてメリー嬢の事件の真相を見抜いた。そんな彼よりさらに評価が高いのが、黒色部隊のルシア隊長。
 実際には公にされていないが、ブルーバードは既に逮捕されている。逮捕したのは他でもないルシア隊長だと、カラは教えてくれた。
 協力要請が入ったその日の午後の逮捕劇だったというから、十件近く事件を発生させて、手掛りを掴むことすら出来なかった治安管理官は面目丸潰れだっただろう、とバートンは人事ではなく思う。
「如何でしょう?」
 カラは幼さを残す面差しを、柔らかく崩して笑顔で促す。そんな笑顔を見せられたら断れないだろう、という無邪気な笑みだった。
「……では、お願いします」
 マーロンは言った。
 カラの申し出はマーロンにとっては渡りに船だっただろう。再び、盗難事件が起これば室内の捜査を拒否出来ない。ここで絵をカラに絵を手渡してしまえば部屋を閉ざして二度と開ける必要がない。
 四人が見守る中、マーロンは絵に近づいた。額縁に手を掛けて、絵を外す。そうして彼は絵を繁々と見つめた。きっと、あの日に盗まれたはずの絵がここに戻って来ていることについて考えているのだろう。
「どうしました?」
 カラが手を伸ばして絵を受け取ろうとする。
 マーロンは少年に絵を差し出そうとして、伸ばしかけた腕を途中で止めた。
「安心してください。絵は騎士団の名誉に掛けて守りますから」
「……い、いや」
 不意に躊躇を見せたマーロンに、クレフが首を傾げた。
「兄様? どうしたんですか? 絵は騎士団にお預けしましょう。泥棒が捕まったら絵をお返し頂いて、改めて姉様の形見として飾らせてもらいましょう?」
「……あ、だが」
 腕を引いて絵を隠そうとするマーロンにバートンは、一歩前に出た。
 ――出番だ。
「失礼」
 強引にマーロンの手から絵を奪う。そして、カラの方に差し出しながら言った。
「今し方、チラリと見えたのですが。……カラ副隊長、この汚れは」
「汚れですか?」
 絵を受け取ったカラは、バートンを見上げた。
「どこですか? 僕にはどこに汚れがあるのかわかりません」
 予定調和のセリフが、迫真の演技で語られる。
「額縁の端です。赤黒いハネが……何かが飛び散ったような小さな点々が見えるでしょう?」
 カラは額縁に顔を寄せた。視力が悪いわけじゃない。単なる芝居だ。
「本当だ。何なんでしょうね、この汚れ」
「その色具合から見て、血ではありませんか?」
 バートンもまた、あらかじめ決められていたセリフを吐きながら、横目でマーロンを伺う。
 青年は明らかに動揺していた。顔色が悪い。
「血? ……血がどうして」
「誰かが怪我をした手で触ったのではありませんか?」
 マーロンの言葉に、カラは真面目な顔で首を横に振った。
「このハネ具合は触った時に出来るものではないですよう」
「……じゃあ」
「一つお尋ねしますが、こちらのお部屋の掃除は誰が?」
 一同を見回したカラに、目が合ったクレフが答えた。
「召使がしています。ただ、姉様が亡くなる前までですけど」
「その人の仕事ぶりは、どうなんでしょう?」
 カラの奇妙な問いに、クレフは戸惑いを見せる。
「几帳面で、毎日、窓ガラスの汚れも丁寧に拭き取ってくれています……」
 そこまで言って、クレフはカラが何を知りたいのか理解したようだ。
「勿論、絵も埃が溜まらないように掃除しています」
 カラはコクリと頷いた。それは、アルマンからも確認していることだ。最初から全部、わかっていることだ。
 全ての小芝居は、マーロンが言い逃れ出来ないように抜け道を塞いでいる。
 追い詰めて、マーロンの方から自首するように。
 証拠が無い以上、マーロンの自白に頼らなければ、事件の真相究明はなされない。
 けれど、カラが望んでいるのは真相究明も勿論のこと、マーロンが自らの罪を認めることにあった。


『…………だって辛いじゃないですか。いつ、明らかになるとも知れない罪を抱えて生きていくということは』
 マーロンを自白に追い込む計画を立てた後、どうして、こんな回りくどい方法を取るのか? と、聞いたバートンにカラは俯きがちに言った。
 睫を伏せる少年を前に、それは同情だ、とバートンは思った。
 だから、バートンはカラに向かって、ハッキリとそれは甘さ故の同情だ、と指摘した。
 そんなことを言うのであれば、殺された側に同情すべきだろう、と。
 証拠不十分なのはこの際目を瞑って、告発すればマーロンも罪を認めるのではないか?
『リュック管理官の言われることはわかりますよう。でも、僕はご当主が妹君を殺したくて殺したとは思えません。それに妹君も兄君を殺人犯にしたかったわけじゃないと思いますよう』
 真っ直ぐにこちらを見上げてくる一点の曇りもない黒い瞳に、バートンは何も言えなかった。
『ただ、ちょっと感情の行き違いによって、今回の事件は起こっただけですよう。我慢を超えた感情の爆発と、手元に凶器があったから。無防備にメリー嬢が背中をご当主に向けてしまったから。衝動的に殺してしまったんだと思いますよう。勿論、だからって殺した罪は許されることじゃない。まして、妹君が生きているように見せかけて、自分を多人数のうちの一人とすることで罪から逃れようとした。……これは罰を受けなければいけないことですよう』
 厳しい口調にドキリとさせられる。
『それでも、ご当主と妹君の絆は殺した者、殺された者という立場を違えても変わらないと思います。だって、家族なんですもの』
 家族という言葉にどれだけの説得力があるのか、独り身のバートンにはわかりかねた。だけど、カラの力強い声にそういうものかと思ってしまう。
『僕はご当主に罪を償って頂いて、そして、保身とか、後悔とか、そんな感情とは別にして素直な気持ちで妹君の墓前に立って欲しいと思うんですよう』
 ふわりと穏やかな笑みで同意を求めるように言った。
『……でなければ、妹君も恨みを抱いたままになってしまいませんか?』
 それもまた、辛いことだと思うんですよう、とカラは締めくくった。
 死者の感情なんて、バートンは考えもしなかった。
「……ならば」
 カラの声が回想を断ち切って、バートンを現実に引き戻す。
「この汚れはいつからのものなんでしょう?」
 何も知らないような口調で、少年騎士は独り言のように呟く。
「それは……」
 クレフは考えるように俯いた。額に落ちる前髪の影で、眉間に皺が寄るのを目にし、バートンはお節介だと自覚しながら口を挟む。
 マーロンに引導を渡すのは、弟でなければならないという決まりはない。
「恐らくは、令嬢がお亡くなりになった日のものかと。捜査の為に室内をざっと調べた後はマーロン殿によってこの部屋は密閉されていたわけですから」
「では……これは令嬢の血である可能性は高いわけですね。だって、クレフさんもアルマンさんも事件当夜、この部屋には入ることが出来なかったわけでしょう?」
「…………」


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