トップへ  本棚へ 目次へ


 荊姫に口づけを

- 後編 -


 様々な思惑と期待をどっしり背負って、よろめきながら控室の前に来た。ごくりと息を飲んで、扉をノックする。
「姫、ヴァンベェールです、少しお時間をよろしいでしょうか」
「入れ」
 凛とした声の応答に、俺は扉を開けて室内に入る。衝立(ついたて)が進行方向を邪魔しているのでそれを避けて歩みを進めた先で、硬直した。
 脱ぎ散らかされた鎧が床に放りだされた部屋の中央にバスタブが持ち込まれ、湯が張られたその中に薔薇の花と共に身を浸しているのは他ならぬ――。
「失礼しましたっ!」
 俺は(きびす)を返して、部屋から出ようとした。しかし、それより先に声が制する。
「要件も片付けずに勝手に退出すること、まかりならぬ」
 ぴしゃりと言いきるその声に、俺の身体は凍った。まったく、か弱く見えた姫君は、いつから男を委縮させるほどの威厳を持ったのか。
 幾ら、武術を覚え、男に負けない自信がついたとはいえ、今の姫はまったくの無防備であるはずなのにっ!
「……しかし、姫」
 俺は姫に背中を向けたまま、抗弁した。薔薇の花弁が邪魔をしていたとはいえ、今ちらりと白い肌が見えたぞ。それを幾ら気心が知れている俺相手とはいえ、見せていいのか?
 ――嫁入り前の姫君がっ!
 と、俺は心の中で猛々しく叫ぶ。あくまで、心の中でだ。姫を女として意識していると思われたら、軽蔑されるだろう。それは嫌だ。
「用があるのだろう? ヴァン」
 湯を掻き混ぜたのか、微かに水音がする。それに合わせて室内に仄かに立ちあがる薔薇の香に、俺は軽く眩暈(めまい)を覚えた。やばい、一瞬、見ちゃいけないものを想像してしまった。身体の奥が本能から熱くなる。
 たまに――思う。
 俺なら姫に勝てる。あの条件に真正面から勝負して、姫の婿になれるのはある意味、俺だけだろう。
 ならば俺が姫の婿に立候補してもいいのではないかと。
 他の男に奪われるくらいなら、俺が姫を奪おうかと。
 しかし、暴走する思考は冷静な頭の一部によって制される。
 ――身分が違い過ぎるだろうっ!
 それに一瞬のことなので、姫とバスタブしか目に入らなかったが、恐らく室内には侍女たちが控えているに違いない。だから姫は男の俺と二人きりになっても――正確には、二人じゃないだろうが――余裕なのだろう。いや、端から眼中にないのかもしれない。俺という男は姫にとって武術の師匠で護衛騎士、その程度だ。
 だから俺が姫に対して無体なことをするなど、想像しやしない。
 まあ、できるわけない。そんなことをしたら、俺の将来は真っ暗だ。腕に覚えがあっても、世の中を渡っていくのはそれだけじゃ叶わない。
 盗賊にでも身を落とす? 騎士団が目を光らせるこのメイアン王国では、ちょっとした窃盗も見逃してなどくれやしない。お尋ね者になれば、陛下のためにと忠義者の臣下をはじめ、世界中が敵に回るだろう。
 どんなに俺が武術に強くても、誰よりも姫を愛していても、世界を敵に回すなんて無理です。無理無理。
 ぐっと拳のうちに爪を立てて、俺は自分を律する。欲望に負けるな、俺。騎士としての身を弁えよ。陛下に拾って貰った恩を忘れるな。
 それに俺は、姫の筆頭護衛騎士に選ばれたときから、生涯、姫のお傍にいると誓った。姫もそう望んでくれた以上、胸の内にどんな想いが隠されていようと、お傍を離れることはできない。
 例え姫が俺以外の男と結ばれようと……。
「ああ、稽古(けいこ)に誘いに来たのか?」
 エステル姫のどこか弾む様な声が背中に届いて、俺の意識を引き戻す。
 武術を覚えてから、姫は実に稽古熱心だ。強くなるのが、楽しくてしょうがないらしく、一日も稽古をさぼろうとしない。教える側としては良い生徒であるが、さすがにあそこまで無敵になられると……どうなのか。
「いえ、汗を流してしまったのでしたら、今日は止めておきましょう」
 俺は衝立を睨んで言った。つまらない試合だったといえ、あの暑いさなかで掻いた汗は疲労を伴うはずだ。
「それに、晩餐会もありますから」
 一応、一国の王子を招いているのだ。それなりの対応はしなければならない。
「相手としては妾の顔など見たくなかろうよ。晩餐会への出席は遠慮しよう。父上たちに、そう伝えておくれ」
 はい、という声が聞こえて、俺の脇をお仕着せに身を包んだ女官が通りすぎて、部屋を出ていく。やっぱり、いたか……。良かった、変な真似しないで。
「よろしいので……?」
「奴の挑戦を受けてやったことで、義理は果たしたはずだ。それよりヴァン、何か用があったのではないか」
「あ、はい。あのですね……姫」
「待て、今そちらに行く」
 ざぶんっと水音が跳ねて、ひたりと水分を含んだ足音が大理石の床で鳴った。微かな衣擦れの音とともに薔薇の芳香が濃厚に漂う。
「それで話とは?」
 耳元で声が聞こえて、俺は身体を跳ね上げた。振り返ると、ローブをまとった姫が赤い髪から水を滴らせて、小首を傾げている。
 髪からこぼれる雫がローブに染みて、水を吸った衣が既に女として完成された姿態に張り付いては身体のラインをあらわにしていた。武術稽古で鍛え抜かれた姫の身体は引き締まりしなやかで、それでいて腰のくびれや胸元は優美な線を描いている。
 ――何と嬉しい、いや、目のやり場に困ることをっ!
 俺は即座に視線を逸らした。しかし、目に焼きついた残像は直ぐには打ち消せない。胸の内側で心臓が高鳴っている。落ち着け、俺。動揺を見せるなよ。ここは泰然と、武の師匠としての貫録を見せつけろ。
 自らを叱咤激励し、しかし、視線は天井を見据えたまま告げた。
「その前に、髪を乾かし、服を着てくださいませ」
「これでは駄目か」
 着替えるのが面倒なのか、姫の声はどこか無念そうに聞こえる。
「身体が冷えてしまいます。どうか、乾いた服にお着替えを」
「ヴァンがそう申すのなら」
「はい。風邪でも召されて、寝込まれては稽古もままならなくなります」
「それは困るな」
「ええ……」
 武術の稽古よりもっと、姫君らしいことはないのかと思うも、騎士団で育った俺と、その俺をお傍に置いて武術の技能習得――要するに強くなることを趣味にしてしまった姫の日常に、武術稽古以外のものなどなかった……。
 こんな二人に、甘い感情など生まれるものか。姫を目にした瞬間、俺の中に芽吹いた感情以外は……。
「しばし、待て」
 そう言い置いた姫の声に続いて、衣擦れの音が響く。
 また、この姫はっ! 俺の目の前で着替えを始めているのかっ?
 天井に向けた視線を落とさないよう、俺は必死で堪えた。あれ以上のものを見せられたら、理性なんてぶち切れそうだ。それは拙い。姫に嫌われたくない。陛下から受けた恩を仇で返したくない。
「ヴァン、着替えたぞ」
 姫の声に視線を落とせば、そこには妖艶な色香を漂わせた一輪の薔薇が咲いていた。深紅のドレスは身体のラインを顕わにしたシルエットで、肩から胸元は肌を露出させ、豊かな胸は谷間を作っている。細く絞られた腰から引き締まった太ももに張りついたスカートは、膝の辺りからゆったりと(ひだ)を作って流れている。
 まるでお伽話の人魚のようなその姿に、俺は挫けそうになる。
 何だか、裸より色っぽいっ! 見えない部分が色々と妄想を膨らませる。これは何か? 試練か。試練なのか?
 姫は室内に据え置かれていた竹細工の揺り椅子に腰を預けて、足を組んだ。ドレスの裾から見える白いくるぶしが(なま)めかしい。
 ゆるく編んだ赤い髪、耳の下に白い大輪の薔薇を飾っている。その花の芳香に俺の意識は酩酊しそうだ。
 肘掛けに腕を預け、頬杖をついた姿勢で姫は小首を傾げた。
「それで、ヴァン?」
「はい、ええっと……今日の試合ですが」
「ああ、どうだった?」
「お見事でした」
「うむ。相手はほぼ木偶の坊であったがな」
「それでも的を外す者もいます。どのような場においても冷静に状況を見極めたからこその勝利でしょう」
 馬上で槍を操るにも相応の技術と力がいる。まして全身鎧を着込んでの勝負だ。二百年前の騎士ならいざ知らず、今の武術において本番で苦も無く槍を操れるのは、天性の才に恵まれた者だけだ。
 幾ら俺が手ほどきをしたからと言って、誰彼と強くなれるわけではない。毎日の稽古と才能、そしてどんなときにも揺るがない冷静沈着な理性があってこそと、俺は姫の才能を褒め称えた。
「ヴァンは妾を褒め殺すつもりか」
 鈴の音のように笑い声を響かせて、そう言うエステル姫の表情は無邪気な笑みに輝いていた。試合場で見せた烈火のような気性は欠片にも感じさせない。荊姫という異名は、俺の中ではあまりなじまない。
 姫は俺にとっては、無防備に咲いているようにしか見えない。それこそが姫が俺に預けてくれている信頼の証だろう。
 だからこそ、邪な妄想などして、信頼を裏切ってはならない。
 つい、胸元の谷間に向かいそうになる視線を姫の髪を飾った薔薇に据えたが――くそっ、うなじのラインも色気があって理性が揺らぐ。
「そのようなことはありません。ところで姫……」
 はて、どうやって話を婿取りへと持って行こうかと考えて、俺は肝心な姫の好みについて何も知らないことに気づいた。
 婿を取れと言ったところで、姫とて困るだろう。陛下としても姫に結婚を無理強いするつもりなどないのだ。姫の意に沿う相手を探してきた方が手っ取り早い。
「姫はどういった殿方がお好みなのでしょうか」
「藪から棒に、おかしなことを聞くな。何故、そのようなことに興味を持つ?」
 じっとこちらを見つめる視線の強さに、俺は手の内を明かす。無理です、姫には逆らえません。
「……いえ、その。……何と言いますか。見合いの申し込みを受けるより、姫の婿に相応しい男を探した方が、早いかと思いまして」
「ふむ、そうだな。しかし、父上が提示したあの条件はまんざら的外れでもないぞ。さすが、父上は妾のことをわかっていらっしゃる。何しろ妾は自分より強い男にしか興味がない」
「……それは」
 困る。今のところ、姫より強い奴は俺しかいない。勿論、身分を問わなければ、世界中にはもしかしたら姫より強い奴がいるかもしれないが、姫の結婚に身分など関係ないとするなら、俺が一番に姫に勝負を挑むところだ。
「他にはそうだな。律義で真面目な男がいいな。時に融通(ゆうずう)が利かないような男」
「融通が利かないですか……?」
「自分のことより、主を重んじる、忠義に篤い男が良いな。身を弁えて、裏方に徹しそうな男が好きだ」
 ああ、それは確かに。姫は将来、陛下の後を継いでこの国の女王となる身。夫となる男は姫を支え、この国を、姫を大事にしてくれる者でないと、俺としても譲りたくない。
 姫の言葉に俺は大きく頷いた。
「あとは、移り気な男は嫌だな。簡単に心を他人に移すような男は嫌だ」
 グッと拳を握り、「そのような男は、男の風上にも置けません!」と叫ぶ。
「なかなかなびかないというか、誘惑に屈しない男が好みと言えば好みかもしれないな」
 当然だ! 姫以外の女の誘惑に負けるような男は俺が許さんっ! 
「姫を娶って、それで他の女にうつつを抜かすような男は俺が成敗してやりますっ!」
「……なびかないというより、鈍感なのかもしれないが」
 姫はこちらの熱気に押されるように、小さく呟くのを俺は聞き逃さない。
「男は敏いより、女に飼われるくらいでちょうど良いです」
 下手に夫婦の主導権を男にとられては、姫が不幸だ。
「そういうものか?」
「そういうものです」
 うんうんと頷く。これは決して、姫に強気に出られない自分を肯定するものではないから、間違えないように!
「それでヴァン、妾の好みを聞いて誰かしら妾の婿に相応しい男は見つけられそうか?」
 姫の問いかけに、俺は言葉に詰まる。第一条件が一番の問題だ。
 こうなったら、他の条件に合いそうな、姫と身分が釣り合う王子か上流階級の貴族を探しだして、姫より強く鍛え上げるしかないのではないか? 何で俺がそこまでしなければならないんだ? という思いに囚われるが、これも陛下のため。姫の幸せのためだと自分に言い聞かせる。
「…………申し訳ありません、しばしお時間を」
 俺の答えに、姫はうんざりしたように天井を仰いだ。仰け反る首元の色の白さが半端なく色っぽい……いやいや、今はそんなことを考えている場合ではなく。
「まったく、妾はどこまで強くなればよいのだ?」
 姫の唇から出たぼやきは、どうにも脈絡がないように思える。いや、この場合はこれ以上強くなられたら困るのだが。
「あの、姫は……どうして、そんなにまで強くなりたいのですか?」
 単に趣味なのかと思っていたが、今の声の調子は疑問を抱かされるものだった。
 腕に覚えがあれば、強くなりたいと思うのは不思議ではなかった。当然だろう。だが、強くなることを嘆くような口調は、何かおかしい。
 俺の問いかけに姫は少し間を置いて、口を開く。真っ直ぐに俺を見つめて、小首を傾げる。
「そなたは? ヴァン。既に大陸一の騎士という誉れを手にしていながら、いまだに精進を続けているのは、どうしてだ?」
「それは騎士として、姫様をお守りするのに抜かりがあってはなりませんから」
「妾を守るため? それは騎士として、役目をおっての決意か?」
「俺は姫様の騎士として生涯を通すつもりです。役目云々など、知りません」
 仕事だと思われているのかと、反抗する気持ちで若干、声を尖らせた。
 姫を守る、そう心に誓ったのだ。あの日、陛下の陰に隠れるようにこちらを見つめ、やがてそっと、はにかむように微笑んだ姿を目にしたときから。例え、想いが届かなくても。
「……ヴァン、一つ我儘を聞いて貰っていいか」
「何でございましょう?」
「疲れたので、歩くのが億劫(おっくう)だ。妾を部屋へ運んでおくれ」
 姫の頼みに、俺は驚いた。毎日、稽古をしている姫の体力は男の俺でも驚かされるものだ。今日の試合はそれほど大変なものではなかっただろうと思っていたが、陽射しの強さを思い出せば、納得しないでもない。
「はい。大丈夫ですか?」
 揺り椅子に腰かけた姫の横に回って、背中と膝の裏に腕を通して、姫の身体を両腕に抱え上げる。姫は二本の腕を俺の首元に絡ませ、身を寄せてきた。やはり女性であるからか、思ったよりも軽い。どこに男たちを叩き伏せる力があるのかと、姫の実力を知っていても驚かされる。
 荊姫と男たちから恐れられようと、俺にはあの日と変わらない姫だ。小さくて、か弱く、俺が守りたいと思うその人。
 胸の内に溢れてくる想いに意識が逸れたのか、不覚をとった。よく考えれば、もう一人の護衛官――同僚のゲイルがいないのだから、両腕の動きを封じてしまうようなことはしてはならなかったというのに。
 鼻腔一杯に薔薇の香りが広がった瞬間、唇に柔らかな熱が触れた。その存在に気づいた俺の膝から力が抜けて、尻餅をつく。ぐいっと肩を押されて、背中を床に付けさせられた。
 床の上に押し倒された形で転んだ俺を上から見下ろして、姫は言った。
「どうして強くなりたいかと問うたな、ヴァン」
 俺はただ声もなく、姫を見上げる。頭のなかは真っ白で何も考えられない。ただ唇には姫の熱が残っていて、それが身体中に広がっていくようだった。
 自分の身体が自分のものではない熱に支配されて、動けない。それでも、肩に、腰に、俺を押さえつける姫の重みを感じる。
「これが答えだ。妾より強い男を押し倒すために、強くなりたかった。今のはかなりズルをしたが、見逃しておくれ。でないと、妾はいつまで経っても嫁に行けない」
「……誰に、嫁ぐのですか?」
 かすれた声で問う。俺が知らない間に、姫の婿が決まったのか? 混乱している頭はありもしない未来を勝手に描いて、慄く。
「妾の唇を奪った……いや、正確には妾が唇を奪った男か。ヴァン、幾ら鈍いからと言ってもここまで言って、わからぬわけではなかろう?」
「いや、あの……えっ?」
 まだ理解が追いついて来なくて、間抜けな声しか返せない俺に姫は言う。
「荊姫はただ一人の男の口づけを待っていたんだ。ただ、来てくれるはずの王子が一向にその気になってくれるから、荊姫の方から迎えに来た――そういうことだ」
「ですが……俺は……」
 騎士という肩書はあるものの、家など持たない人間だ。大陸一の繁栄を誇る国家の大事な後継者と釣り合いなどとれない身分だ。
 だからこそ、諦めた。我慢した。
「ヴァン、妾の結婚相手は最初から決まっていたのだ。妾に触れることができるのは、妾より強い男――ヴァンベェール、そなただけだ。それは父上も承知していること」
「……本当に?」
 半信半疑で問う俺に、姫は唇を尖らせた。
「妾がそなたに嘘をついたことなど、あったか?」
 勝気な性格ではあるが嘘をつくでも、人をからかって喜ぶわけでもない。ただ正直すぎて、ときに高みからの発言に聞こえてしまうこともあるけれど、いつだって馬鹿正直に、挑戦してくる男たちの相手をしていた。
 立ち振舞いからして、武術の心得などない相手にも、暑いさなかに鎧を着込んでまで。
「ヴァン、頼むから妾の言葉を信じて、考えてくれぬか。もうこれ以上は、無理だ。そなた以外の男との結婚話をせっつかれるのも、ヴァンの口から聞かされるのも耐えられない」
 姫の真剣な眼差しと赤く火照った頬を見やって、俺はゆっくりと手を伸ばした。
 指先が触れた肌が僅かに震える。見つめる瞳の奥にあるのは――期待と恐れが入り混じったような、初めて顔を合わせたときと同じ色。
「なあ、ヴァン。妾はこの後どうすればいい? ここでヴァンの貞操を妾が奪っても構わぬか。それとも妾はそなたを諦めねばならぬのか……」
 そっと問いかけてくる声に俺は微笑んだ。
「そうですね、俺としてはこのまま続きをしたいところですが」
 圧し掛かってくる重みと熱と、柔らかさをこのまま抱いていたい。けれど、さすがにそれは駄目だろうと理性が先立つ。
「……ヴァン?」
 そんな俺の言葉の真意を測りかねて、姫の声は震えていた。
 ああ、と思う。
 やっぱり俺の荊姫は、この手で守りたいほど愛おしく可憐だ。他の男になど、くれてやれるか。
「陛下にご報告に参りましょう。それから皆の前で勝負しましょうか。誰にも反論されないよう、俺の強さを見せて差し上げます。そうして姫は俺にすべてを預けて、守られなさい」
 ゆっくりと身体を起こしながら、俺は姫の耳元で囁いた。

 ――あなたを俺のすべてでもって、守ります。




前へ  目次へ  次へ