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 3,呪いの正体


 ……ああ、やっぱり、その手の話かと納得した。
 死人が見える俺は、彼女に憑いている死人が見えていた。
 今朝、校門のところから見た宙を飛んでいた死人は、彼女に憑いていた幽霊だ。
「呪われているって?」
「何でも、昔、高宮にこっぴどく振られた男が自殺したとかで」
 ……あれは、そんな悲愴感のある死人には見えなかったが。
 俺が見た死人は俺と同じぐらいの、十七から十九ぐらいの年頃の男で、彼女の右肩あたりを少し浮くような形で憑いていた。
 人に取り憑く死人ってのは、対象にべったりとしがみつくような形で憑いているのが通例であるから、あの死人の場合は取り憑いているというより、つきまとっているっている感じなんじゃないか?
 小首を傾げる俺に気付かず、柿崎は続ける。
「それ以来、彼女に近づく人は酷い目にあっている」
「具体的な事例は?」
 俺は皮肉を込めて問いかけた。火のないところに煙は立たずと言うけれど、俺は火のないところから大火災が起こっているのを知っている。
 こうやって噂をさもあったことと語る柿崎のような存在こそが、放火魔的なものだと思う。柿崎本人は俺に対して厚意から、高宮夏月に関わるな、と言いたいのだろうが。
「彼女に無視された男がさ……先輩だったんだけど。仲間を集めて、彼女を下校中に待ち伏せたんだって」
「…………(情けない)」
 集団でないと一人の女に対して話もつけられないのか? 俺は呆れて言葉を失くした。
「で、その先輩たち、三ヶ月ぐらい入院したんだ」
「何で?」
「その一人から話を聞いたって奴からの又聞きだけど……何でも、不意に仲間同士で殴り合いが始まったんだって。一番初めが、彼女に無視されて腹を立てていた先輩が仲間を殴ったんだって。おかしいよね、彼女を一番恨んでいる先輩が彼女を守ったんだ。それで、その先輩の話によれば、突然、身体がいうこと利かなくなって、仲間を殴りかかったんだって」
「高宮さんを殴ろうとして……仲間を」
「うん。他にも彼女にその……暴行しようとした奴が、落ちてきた花瓶の直撃を受けて病院に運ばれたことがあったし……彼女のせいで男に振られた女子が、逆恨みから彼女を更衣室に閉じこめようとしたんだ。そしたら、地震があってその女子はロッカーの下敷きになって怪我をしたんだ。高宮は無傷だったんだよ」
「それ、偶然でしょ。第一にそれは高宮さんが呪われてんじゃなくて、高宮さんに近づいた奴が呪われたんじゃないか」
 きょとんとした目で柿崎は俺を見上げてきた。俺の言っていることがわからないのだろうか。
 呪われていると、呪われたでは、立場が違う。
 高宮夏月が呪われている立場なら、酷い目にあうのは高宮夏月であるべきなんだ。
 でも、彼女は危機的状況で救われている──まあ、その前の段階で既に被害を受けているとも言えるが。ただ、美人で誰にも媚びないというだけで、狙われたり妬まれたりしているのだから──状況から見て高宮夏月は守られている。
 ……なるほど、と俺は納得した。
 高宮夏月に憑いていた死人に悲愴感を感じなかったのは、悪い霊ではないからだ。あれはむしろ、高宮夏月を守っている死人だ。だとすれば、彼女に振られて自殺したという、それこそが出鱈目だ。
「……何にしても、高宮には近づかないほうがいいと思う」
 メガネの位置を直しながら、柿崎は結論付けた。
 その通りだと思う。俺がこっちに転校して来たのは、死人とは無関係の生活を送りたかったからだ。
 わざわざ好き好んで死人憑きの女に近づく必要はない。
 頭の端で理性的に頷く俺がいると同時に、柿崎に対して口を開く俺がいた。
「でも、あんな美人はそうそういないよ。お近づきになりたいと思うのは男としての本能じゃねぇ?」
「春木はああいうのが好みなの?」
「うん、まあ。何となく、制服を着崩してないところからみても、清純って感じがするよ。俺さ、こう大根丸出しっていうのは好きじゃないんだよな」
「大根?」
「足だよ。スカートをミニにして、男受けを狙ってんのか、足出している女いるじゃん。そういうの好きな男もいるにはいるけどさ、男が皆、見せられるのが好きなんだって思うなって忠告したくならね? 太い大根見せられても全然嬉しくないわけよ。それに比べたら、さっきの高宮さんってさ、校則にあったスカート丈は膝下五センチってラインを守ってんのが、何となくヒットしたって感じ」
 俺は貰ったばかりの生徒手帳を広げて言った。
「そんなの書いてあった?」
 柿崎はメガネをつまんで生徒手帳を見た。まあ、校則を律儀に守る奴なんて少ないだろうよ。現に、クラスの女子の大半はスカートをミニにしていた。こういうところは、都会の女子高生も田舎の女子高生も変わらないんだろう。
「生徒手帳……真面目に読んでいるんだ」
 少し意外そうな顔で柿崎は俺を見上げる。そもそも、生徒手帳を真面目に読んでいる奴がいないのか。
「うるさく言われるの、好きじゃないからね。許容できる、妥協できる範囲は素直に従うことにしてんの。それが馬鹿らしいことでもね」
 俺は手帳をポケットにしまいながら言った。
「春木って真面目タイプなんだ。だから、そういう子が好みなんだ?」
「真面目っていうより面倒くさがりなんだよ。……まあ、だから、自分中心で恋愛しようとする女より、奥手な感じのする子のほうが好みって言えば好みだな。高宮さんって自己主張してくるタイプじゃないでしょ、それでいいなって」
 俺は高宮夏月に気がある風を装う。そうすれば、彼女をときに熱心に見ていても不自然な行動ではないだろう。無視しようと思っても、やっぱり、視界に死人が入れば目が引き寄せられてしまうだろうから。
 これは一種の予防線だ。
「でも……高宮は。どうせなら西村さんにすれば」
「西村って?」
「クラスの副委員長、西村由香里。朝、俺と一緒に紹介されたでしょ」
 背中まである髪を三つ編みに結っていた、清楚な顔立ちの女を思い出す。高宮夏月ほど美人というわけではないが、美少女の雰囲気は感じさせた。
「……ああ」
 頷いて、俺は口元が歪むのを自覚した。何気ない仕草で、それを隠す。
「彼女、それこそ清純って感じがするじゃない」
「…………(どこが)」
 本音がこぼれそうになるのをギリギリ、喉の奥で止める。
 柿崎も、恐らくは他の誰もが西村由香里を清楚で清純というイメージで見ているだろう。だが、死人が見える俺には彼女に張り付いた水子の霊が二体も見えた。
 つまり彼女は子供を二人、堕胎したということだ。西村由香里の事情は知らないが、俺はどうあっても彼女に対して好感情を抱くことはできない。
「うーん、悪くはないと思うがね」
 俺は言葉を濁し、柿崎を促して購買に向かった。パンを買って、中庭で昼飯にする。残りの昼休みをまた校内案内に潰して、五限と六限を消化する。再び、俺の周りに集ってくる女子を俺はかわして、気がつけば隣のクラスへと向かっていた。




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