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 6,無口の理由


 秋良の話は単純だった。
 十年前、秋良は父方の叔父に殺された。
 ……正確に言えば、殺されたらしい。らしいというのは、殺された記憶がないから、と言う。
 どこで、どうやって殺されたのか。自分の死体がどこに捨てられたのかもわからないらしい。どうやら、眠り薬を盛られたようで、意識が朦朧とした後、気がつけば幽霊になっていたとのこと。
「殺される原因みたいなものはあるのか?」
『財産だろうね。僕らの両親は僕が殺される二年前に事故で死んでいるんだ。そのあと、僕らは叔父さんの保護下に置かれたわけ。と言っても、家を出ていた叔父さんが家に戻ってきたんだけど』
「それで……お前らの両親の財産を狙って?」
『財産は母さんの方のものなんだ。父さんのほうは、家と生命保険だけ。これも受取人は僕らだから、叔父さんには一円も入ってこない。わかる?』
「……ああ。でも、それだったら秋良を殺しても入ってこないんじゃないか?」
『うん。でも、叔父さんは僕らを養子にしたがっていたんだ。僕は十七で、その年は卒業だった。卒業したら就職して、夏月を連れて叔父さんの家を出て行こうと考えていたんだよ。殺された日も、そのことで叔父さんと話をしていた』
「……こうなること、予測していたのか?」
『……父さんと叔父さんは仲が良くなかった。それは叔父さんが他でもなく、お金遣いが荒い人で、そのことで何度もトラブルがあったから。僕らを引き取ってからも弁護士さんから何かにつけてお金を引き出そうとしていた。両親が死んで母さんのほうには親戚がいなかったから、僕らは叔父さんに引き取られることになったわけ。未成年だから、保護者が必要だったんだよ。夏月もまだ小さかったしね』
「……財産目当て」
 秋良と夏月を自分の養子にすることで、財産管理人となる。そうすれば金が自由になるという単純な発想から及んだ犯行。稚拙すぎる。そんなの直ぐにばれそうなものだ。
 ニュースなどで、脳味噌を使っていないだろうと思われる稚拙な犯行が報道されるたび、人間ってどこまでも馬鹿な存在なんだなって思わされる。
 欲に目が眩めば、頭が働かなくなるものなんだろうか。
「その叔父の犯罪を立証しろって言ったな。ということは……」
『……うん。夏月以外は誰もまだ僕が殺されていることを知らない』
「まだ、死体が見つかってないからか?」
 死体があって、事件が成立することを前提とするなら、事件は始まってもいないということだ。
 秋良は悲しげに頷いた。
「でも、お前が消えたら周りが騒ぐだろ? そうしたら、警察が動くはずだ。死体がなくても自供ないし状況証拠があれば逮捕ができるはず。そういう裏事情があるっていうのに、警察は全く、その叔父を疑わなかったのか?」
『……全然、疑わなかったというわけではないようだよ。叔父さんを警戒させるくらいには、探りを入れていたんじゃないかな。夏月に対して直ぐに養子縁組の話を持ち出してはこなかったからね。ただ、僕と叔父さんの仲の悪さは周りも知っていて、それで僕の家出という方向で捜索願が出されるだけで留まった』
 秋良はそう言って目を伏せた。
「……周りは誰もそのことについて言及しなかったのか? 家出だなんて、夏月を置いて出て行くような人間じゃねえだろ、お前は」
 知り合ってまだ一日だけど、俺には断言できた。
 秋良と夏月を見ていると、この二人の兄と妹の強い絆みたいなものを感じさせる。
『夏月は訴えたよ。でも、まだ七つだったし……それに、僕が幽霊になったことを口にしてしまった。それで夏月には空想癖があると見なされて、誰も真剣に夏月の話を聞いてくれなかった』
 秋良の横で、夏月はぎゅっとスカートの上に置いた手を握った。顔を伏せているので表情はわからない。もしかしたら……泣いているのか?
 胸の奥が何だかざわついた。
 秋良は夏月の手の上に、決して触れることのできない自分の手を重ねた。
『……僕には当時、付き合っていた彼女がいた。彼女なら僕の……夏月の話を信じてくれるんじゃないかって思った。でも……駄目だった……』
「……ああ」
 俺の場合、お袋と姉貴に霊感があったから、死人について話すことが世間的にどんな反応を示すのか、小さい頃から教えられた。だから、家族以外に死人の話をしないよう極力、心がけた。
 でも、夏月は秋良が初めて見た死人だった。まだ、自分が見ているものが世間的には否定される部類のものだと認識できないで……自分自身も理解できていないで、第三者に語ったのだろう。返ってくる反応も知らなくて。
 俺は指先が凍えるような感覚を覚えた。
 見ているものを、ただ見ているままに伝えたのに、それを嘘だと空想だと断定されたら、もう何も言えなくなるだろう。
 夏月の無口はもしかしたら、それをトラウマにしてのことかもしれない。
 ……そして、誰も受け入れられなくなったのか?
 無関心だと、柿崎は言った。誰に対しても目線を合わせることもないと。
 けど、最初に夏月を否定したのは誰だ?
 誰もが夏月を受け入れなかった。拒絶を味わった奴が周りに対して持つ感情は再び、拒絶されることに対しての恐怖しかない。
 ……放っておけない。
 もう、ミステリー好きとして事件に興味があるからとか、そんなことではなく、この二人をこのままにしておけないと、俺は思った。
 夏月がまだ叔父の下で暮らしている以上、また夏月が秋良の二の舞にならないとも限らない。秋良がついていれば、その叔父が凶行に出ても、憑依することで止めることができる。憑依して叔父をそれこそ呪い殺すこともできるのだが、叔父が秋良と同じ死人になったらそれもそれで問題だ。
 一番手っ取り早い問題解決は、叔父の犯罪を立証すること。それで刑務所にでも入れてしまえば、夏月は安全だ。成人すれば親の財産を相続して、どこにでも行ける。俺がこの田舎でやり直そうとするように、新しい土地で新しい人間関係を築けるようになるかもしれない。夏月に対する心配事がなくなれば秋良も成仏できるかもしれない。
「……犯罪の立証か」
 俺は呟いた。秋良と夏月の視線が俺に集中する。
『誠人君ならできそう?』
 部屋いっぱいのミステリー小説から、秋良は俺に期待をかけたんだろう。生憎と、俺はミステリー好きだけど推理力にはあまり自信がない。
 大体、ミステリーを読み始めたきっかけは、殺された奴の気持ちがわかれば死人に対して慰めの言葉をかけてやれるんじゃないかと、思ったからだ。
 だが、殺す側の心情は書かれてあっても、殺された奴の殺された後の気持ちなんて触れられていない。当たり前といえば当たり前か。
「……一つだけ、俺にでも犯罪を立証する方法があるかもしれない」
『本当?』
「ああ、それにはお前の協力が必要だ」
『何でも言って。僕にできることなら何でもするよ』
 真摯に訴えてくる秋良に俺は頷いた。
「じゃあ、お前が殺されたとされる日の状況と、幽霊となって夏月の前に現れたときの状況を詳しく話してくれ。そこから、お前の死体が捨てられたとされる範囲を推理する。そして、お前の死体を見つける……わかるな? お前の死体こそが犯罪の証拠なんだ」




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