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 7,推理タイム


 その日の晩、秋良は叔父に卒業後の進路について語ったそうだ。
 夏月を連れてこの家を出て行くこと、そう秋良が断言すると思ったとおり、叔父は難色を示した、と言う。
 だが、秋良はもう担任の協力得て、就職もほぼ内定していることを告げると、叔父はため息を吐いて、わかったと頷いたらしい。
 その後、叔父が「お茶でも飲もうか」と台所に立ち、秋良の分も淹れて戻ってきた。その茶を飲んだ後、秋良は少しして意識が朦朧としてきたんだ、と言った。
 目が覚めたら、日付は次の日の朝。そして秋良は、夏月にしか見えない幽霊になっていた。
 ――それが、秋良が殺された顛末だった。
 話を聞かされた俺は開口一番、叫んだ。
「お前、身の危険を感じていたから家を出ようと思っていたんだろ? 何ゆえ、その場で茶を飲むんだよ!」
 呆れた俺に、秋良は慌てて言いつくろった。
『だってだって、睡眠薬とかそんなもの直ぐに用意できると思ってなかったんだよ〜』
「それは一理あるな。前々から用意していたとしたら、計画的な犯行とも言えなくない」
 死体を見つけて犯罪を立証する、とは言ったが、秋良の死体だけではその叔父の犯行を追求するのは難しい。
 ただ、十年の月日が経過した今も秋良の死体が見つかっていないということは、もしかしたら、秋良の死体はその叔父の監視下にあるのかもしれない。これなら死体を見つければ、警察のほうが叔父の犯罪を立証してくれるだろう。
『どういうこと?』
 俺の推理に秋良は首を傾げる。夏月はといえば表面上は無表情だが、膝に置いた手はギュッと拳を作っている。
「その叔父にとって、秋良の死体が見つかることが一番まずいわけだろう? 行方不明という状況が必要なわけだから。だとしたら、捨てるというわけにはいかない。見つかってしまえば自分がお終いだ、ということは馬鹿でもわかることだ」
『それは……そうだけど』
 現状を見れば犯罪の隠蔽は巧くいっている。
「今現在も、秋良の死体が見つかっていないことから、その叔父は絶対に見つからないところに死体を隠した。そう考えれば無理がない。それはあらかじめ用意されていた場所」
『絶対に見つからないところ……』
「見つからないという点で言えば、山に埋めるのが一番だ」
『そうなの? 海は駄目? あと、焼却したり、バラバラにしたり……ふぇぇ』
 言って、秋良は自分の身体がバラバラにされたところを想像したのか、顔をゆがめた。
「海はダイバーとかいるだろ。バラバラは……死体が一つあるのと、部位が五つあるの、見つかる可能性が高いのはどっちだ?」
『五つの方……?』
「容量は小さくなったわけだが、分断した分、見つかる可能性が大きい。猟奇殺人である場合を除いて、死体をバラバラにするなんて……無駄なんだよ」
『でも、小説だけじゃなくても現実でも何件かあったよね。どうして犯罪者は死体をバラバラにするんだろうね?』
「それは死体を持ち運びやすくするための手段だ。あと、身元を隠すのにも有効ではないとは言わない。でも、部分的な組織でも結構、わかることがある。髪の毛一本からでもDNA鑑定すれば身元がわかる時代だぜ。この場合は、比較対照するデータが必要だけどな。ただ、身体の一部が見つかった時点で犯罪は露見する。犯罪自体を隠蔽する完全犯罪としては稚拙だ」
 俺は少し間を置いて、秋良の身体をバラバラにして遺棄された可能性を考えてみた。
 目の前の秋良は五体満足だ。空中に浮遊している、触ったら透けてしまうという点を除けば生きている人間と変わらなく見える。
 俺が今まで見た死人たちは大抵、死んだ姿だった。交通事故で頭を潰された死人、首をかき切って自殺したOL……そう考えれば秋良はバラバラにされたとは考えられない。
 まあ、自分の死を認識していなかったから、この姿で現れたという可能性もあるが。
「やっぱり、バラバラはないだろうな」
 結論付ける俺に、秋良はホッとしたような安堵の表情を浮かべた。
「死体をバラバラに解体するなんて、気持ちのいい仕事じゃねぇだろ。目的は金だ。そこまでするとは思えねぇよ。だとすれば、死体は埋められた、燃やされた……燃やすってのはないだろうな。異臭に、炎、目立ちすぎる。埋めるのもまた同じ異臭って理由で人が用意に近づけない場所が必要となる。……なあ、その叔父個人が所有する土地をもっているか?」
 俺は屋上から見える風景に、ため息をつきながら問う。
 都会と違ってのどかな田園風景がどこまでも広がっている。きっと、この辺りでは農業者が多いだろう。だとすれば、土地を持っていてもおかしくない。
『個人の土地……叔父さん自身の土地ではないけど……母さんの実家が代々所有していた土地なら』
 フェンスに近づいた秋良が遠くに見える小山を指差した。
『あの辺りの山一帯はそうだよ。一応、私有地ってことで立ち入り禁止になっている』
「山を持っているのか……」
『……ビックリしているね。でも、この辺りの土地は地代が安いから。母さんの実家は果樹園農家だったんだ。それでね。今は手付かずで荒れ放題なんだけど』
「あの山にお前の死体が埋められている可能性は大きいな」
『あ、でもね、お祖母ちゃんの弟さんがやっていた果樹園が隣の県にあるんだ。その人の家族は皆、火事で亡くなっちゃっているから、そこも一応、母さんが受け継いで』
「ああ、でも、……そのお前が殺された次の日の朝、家にはその叔父もいたんだろ?」
『え、うん……いたよね?』
 秋良は夏月を振り返り、彼女が頷くのを確認した。
「だとしたら、そこじゃない。考えてみろ。お前の死体を隣県まで運んで隠して、戻ってくるなんて一晩でできることか?」
『……ああ、ちょっと大変かな?』
 微かに小首を傾げる。そののん気そうな態度に俺は脱力した。
 オイ、お前の死体の話をしているんだぞ。もっと、殺された被害者っぽく、悲愴な感じがあっていいんじゃないか?
 とはいえ、そんな感じを前面に押して来られたら、俺としてはひくが。
 秋良は明らかに死人ではあるが、死人という感じがしない。そのせいか、死人を嫌ってこの田舎までやってきたというのに、本末転倒な展開にも別に抵抗を覚えない。
 むしろ、教室にいるときのほうが苦痛だった。西村由香里、彼女に憑いている水子の霊が嫌でも目に入ってくるからだ。
 そんなことを思っていると、予鈴が鳴った。
「教室に戻るか。……ああ、もう少し、詳しい話を聞きたいから秋良は俺の教室に来てくれないか?」
『授業があるんじゃないの? 周りに皆がいるよ、誠人君が僕に喋りかけたら目立つよ。僕はいいけど、誠人君は困らない?』
「質問はノートに書く。それについて、お前は答えればいい。夏月、秋良を借りていいか?」
 問いかけた俺に夏月は兄に目線を向けた。
『僕が少し側を離れても大丈夫? 次の授業はなんだったけ。ああ、現国だね。それなら大丈夫だよね』
 夏月に対するいじめを警戒しているのか、そう尋ねる秋良にコクンと夏月は頷いた。




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