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 10,死体を捜せ!


 週末、俺は教えられた家の前に車を止めた。
 今日は秋良が埋められている可能性のある山に行ってみようということになっていた。
 正直、車の免許を取っていて、良かったと思う。
 交通の便が不便な田舎では、山へ行くにも幾つかのバスを乗り継いでいかなければならない。乗り継ぎを手間取ると片道だけで三時間を費やしてしまうという。
 俺は親父から車を借りて、家を出た。免許を取って、一人で公道を走るのは初めてなんで緊張したが、秋良から教えてもらっていた道筋に進路を取ると、目の前にでかい家が見えてきた。
 ポツリポツリと田園風景の中に立ち並ぶ家々。その数が少ないので間違ってはいないと思うが……でかいな、この家。
 昔風の日本家屋といった佇まいのそれを前に立っていると、フワフワと秋良が飛んできた。
『おはよう、誠人君』
「おはよう、……なあ、ここってお前んち?」
『うん、そうだよ』
「もしかして、お前んちって金持ち?」
 財産相続を巡って殺人が起こっているのだ。俺が想像するよりも、遺産の桁が違うかもしれない。
『お祖父ちゃんの代まで農家をやっていたから、土地を持っていたけど』
「その土地は?」
『父さんと叔父さんで分けた。それでその土地にショッピングセンター建設が計画に上がって、売ったよ。叔父さんはそれで借金を返済したね……まだ完済してないみたいだけど。父さんは僕と夏月の進学資金にって僕たちの名義で貯金してくれて。それは……財産として、どうなっているのかな? 弁護士さんが処理してくれているんで、僕にはよくわからない。でも、そんなにお金持ちって感じじゃないよ。家だって、大きいけど古いし』
 でもな、敷地の広さは半端じゃない。学校のグランドぐらいはありそうな。表に見える家屋の向こうにもまた別の屋根が見える。
「離れとか、あるのか?」
 問いかけた俺に、秋良はそちらに顔を向けながら、答えた。
『あっちは僕ら家族が住んでいた家だよ。二世帯住宅って言うの? こっちの本宅にお祖父ちゃんやお祖母ちゃんが住んでいたんだ。今は叔父さんが住んでいる』
 都会なら、二世帯住宅って言ったら一軒家に二つの家族が住む住居を言う。こちらでは完全に独立した家で二つの家族が敷地内を共有しているのか。果たして、それを二世帯住宅と呼ぶのか、俺にもわからないけど。
『それに本宅も大きいけど、その半分は農具をしまうような倉庫だから』
 秋良は苦笑した。それから、俺を見て目をパチパチさせる。
『それより、誠人君。その格好は何? 山に登るって格好には見えないけど』
 秋良が指摘する俺の服装は、いかにもファション雑誌でモデルが着ているような外出着だ。姉貴に言わせたらブランド物らしいのだが、俺にはわからない。ただ、カジュアルとは言いがたいこの服装が場違いなのは自覚している。
「引越しの荷物、まだ片付けてなくて……とりあえず、手近なダンボールの中から引っ張り出してきたんだよ。昨日まで着ていたのはまとめて洗濯しちまって……」
 のんきにコーヒーなどを啜っていたら、約束の時間が近づいているのに気がついて慌てて着替えようとしたところ、引越しの荷物のなかで唯一開封していた普段着は全部、洗濯機の中だった。
 苦虫を噛み潰す俺の前に、秋良に遅れて夏月が小走りにやって来た。その姿を見て、俺もまた目を瞬かせる。
 …………学校指定のジャージじゃん。色が微妙な緑っていうのが、ちょっとキツイ。ライトグリーンといえば、聞こえはいいけど。要するに雨蛙色だ。
「……夏月の服装も、ちょっと問題じゃないか?」
『だって、汚れてもいい格好って言ったら、これでしょ? 動きやすいし』
「……そりゃ、汚れることを前提にしたらジャージっていう選択は有りだろうが。何で、学校指定? いや、まあ、俺も人のこと言えないけど」
 他人の目なんて関係ないという、無関心ぶりにもほどがあるような。せっかくの美貌が勿体ない。
 なるほど、姉貴の気持ちが少しわかった。こんなに美人なんだ。さらに綺麗に飾ってやりたくなる。
『……変?』
 秋良が小首を傾げる。夏月も俺たちの会話が耳に入ったのか、自分の格好を見下ろした。
「もしかして、これ選んだのはお前なのか?」
『うん。大抵、夏月の洋服は僕が選ぶよ。だって、夏月ってばそういうのに無頓着なんだもの。休日はもっぱらスエットの上下なんだよ。これって悲しすぎない?』
 と秋良は言うが、学校指定のジャージを選ぶ秋良のセンスも俺にはヤバイ感じがするんだが。っていうか、うちの姉貴は休日まるまる、パジャマだったりするけどな。
「まあ、いいや。とりあえず、車に乗って」
 俺は夏月のために助手席のドアを開けた。


 一時間弱、車を走らせると目的の山が目の前に迫ってきた。上へと登る車道は一本。それを暫く走っていると、[私有地につき関係者以外立ち入り禁止]という立て看板が置かれてあった。
「母親の実家ってここからまだ、登るわけ?」
『そんなに登らないよ』
「じゃあ、ここに車を止めて歩くか」
 エンジンを止めてキーを引き抜く。後部座席に置いていたバッグを取って、車から降りる。
「今日はその実家とその周辺をざっと見るだけにしておこう。地形を確認して、この山に死体を埋めた可能性をもう少し考えてみるからさ。闇雲に探してもしょうがないし」
 俺たちは看板を跨いで山を登る。私有地だからだろうか、途中から車道はアスファルトではなくコンクリート舗装になっていた。暫く歩いていると、道が右手側に折れて家屋が見えた。
 古い日本家屋だ。長い間、誰も住んでいないというのがわかる荒れた庭先。さび付いたプレハブ倉庫。果樹園農家だったというから、そこで収穫物を選別とかして、出荷していたんだろう。
 家のほうは木製の雨戸で戸締りされているが、その雨戸自体が長年の吹きさらしにひび割れて、表面がたわんでいる。
 玄関へと周ると、ガラスの引き戸があった。ガラスは見事に割れている。台風などの被害を受けたのかもしれない。
 俺は用意していた軍手を嵌めた。夏月にも一組、与える。
「怪我するといけないから」
 夏月は素直に受け取った。
 あの日、俺の胸で泣いてから割合、俺の言葉を秋良を介せずにも聞き入れてくれるようになった。ちょっとは心を開いてくれたってことか。でも、相変わらず、笑顔は見せてくれないし、声も聞かせてくれないけど。
 割れたガラスの間から手を差し込んで、鍵を探る。ねじ込み式の古い奴だ。がたつく戸に蹴りを入れながら開ける。雨戸が締め切ってあるので、家の中は暗い。懐中電灯を取り出して、スイッチを入れる。
 ポウッと灯る円形の明かりの中に人影が現れて、俺は一瞬、ギクリとした。それは他でもない秋良だ。
「お前な、状況が状況だから、前に出るなっ!」
 死人なんぞ、見慣れたはずの俺だが、怖いものがないわけじゃない。
『ごめんごめん』
 秋良は謝って、夏月の肩先に居場所を定めた。
「土足で上がるけど、いいよな?」
 土間から上がり口に靴を乗せて、俺は一人ごちる。板の間がギシッと足元できしんだ。
「…………」
『誠人君、どうかした?』
「いや、床板が抜けないだろうかと、ちょっと心配になっただけだ」
 言いながら、この不安定な床の状況はどれぐらい前からだろう、と考える。十年前もそうだったのなら、この家の中に死体を隠したというのは無い気がする。
 ボロボロになった障子。それを開けると畳の部屋があった。懐中電灯の明かりでぐるりと室内を見回すと、古い昔風の家具が点在している。そちらに歩いていくと靴の下、湿気でふやけた畳の感触が気色悪い。かび臭い匂いも鼻についてくる。
 じっくり見聞するのは止めておこう。こんなところに長くいたら肺をやられてしまう。とりあえず、ざっと家の中を見て回る。死体が隠せそうな場所に、幾つか見当をつけて俺は夏月を連れて外に出た。
『もういいの?』
 秋良は直ぐにでも自分の死体を見つけ出せしてくれると、期待でもしていたのか、名残惜しそうに家のほうを振り返った。
「ああ、とりあえず死体が隠せそうな場所は押入れの天井裏、床下ぐらいだと思う」
『天井裏か……床下』
「天井裏はないだろうな。台風なんかで屋根がぶっ飛んだら駄目だろ。まあ、そこまで考えたかってところに疑問があるが。床下だった場合、そこに穴を掘って埋めれば例え、家屋が倒壊しても見つかる心配はないだろ?」
『なるほど。……じゃあ、床下を掘ってみる?』
「……いや、まだ、床下に埋まっているってわけじゃねぇし。周りをもう少し見てみようぜ。倉庫とかも怪しいし、家の裏側とかも」
 焦る秋良を制して、俺は倉庫へと歩き出す。そちらの扉は鉄製でなかなか開かない。割れた窓から中を覗くと、死体の隠し場に適しているとは言いがたい。ここは無しと考えていいだろう。
 家をぐるりと回って裏手に出る。勝手口らしい入り口の側に井戸があった。
 とあるホラー映画の一場面が脳裏を過ぎる。
 ちょっと躊躇しながら、足を進める。井戸の淵に手を掛けて中を覗くと、拍子抜けることに井戸は枯れて中には何もなかった。入り込んだ落ち葉が底に積もっているが、その下に何か隠されている様子はない。
 また、家の裏手の雑木林の手前にこんもりと土を盛ったような箇所があった。俺はバックからガーデニング用の小さなスコップを取り出す。それを土に突きたて、掘り返した。長い年月、雨風によって固められた土は掘りにくい。それでもザクザクと土をほぐして掘り進めると手ごたえがあった。
 そこからは手で土を掻き出す。見つけたのは土に汚れた白い欠片。
 骨か? ごくりと息を飲み込んだところで、秋良が唐突に声を上げた。
『あっ……』
「どうした?」
 自分の死体に何かしら感じるものがあったのか? 振り返った俺に秋良は若干、腰を引かせた。どうやら、脅迫するような形相らしい、今の俺は。
「……どうした?」
 顔の筋肉を弛緩させるように心がけて、問い直す。
『それ……ゴンタのお墓だよ』
「……ゴンタ?」
 頭の中で権田、権太、ごんた、ゴンタと変換が行われる。
 人の名前にしては昔風だし、第一に死体遺棄されたものでなければこんなところに人の骨なんてあるはずがない。
 ……オチが読めた。
『ここで飼っていた犬だよ。母さんの里帰りでついてきた二歳か、三歳の夏だったかな? 老衰で死んじゃった犬のゴンタをお祖父ちゃんたちと埋めたんだ。そのお墓』
「もっと早く言えっ!」




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