トップへ  本棚へ



 14,たった一つの真実


 第一発見者ということで、俺たちは事情を聞かれた。
 とはいえ、夏月は喋れないから、俺が一人で事の発端から全てを語った。
 秋良の幽霊から、彼が死んでいることを聞かされ、叔父の犯罪を立証して欲しいと頼まれたこと。そのために、一番、手っ取り早い方法として死体探しを始めたこと──などなど。
 最初、秋良の幽霊のことを伏せていようかと思った。常識的に考えて幽霊なんてそんなこと、頭がおかしいと思われるだけだろう。
 もしかしたら少数の人々は、霊現象をわずかではあるが信じているかもしれない。だが、それを現実問題として受け止める奴はどれだけいるだろう。
 特に、警察という組織の中で周りの目を意識せざるを得ない環境下では、幽霊話なんて鵜呑みにできることではない。
 現に事情聴取にあたった刑事たちは俺の話を聞くうちに、呆れたような顔を見せた。
「君ねぇ、大人をからかうもんじゃないよ。正直に話してくれないかな?」
「嘘っていうのは目的があって、利点があるから人は嘘をつくんですよ」
 俺は睨まれても怯まずに見つめ返した。
「俺が今、嘘をつくことに何かメリットがありますか? 俺は目立ちたいわけじゃない。まして、頭がおかしいと思われたいわけでもない」
「そう思うのなら……何で、本当のことを話さないんだ?」
「本当のことですよ、全部。俺が嘘をつくことに利点はないんです。正直にことを語ることに利点があるんですよ」
「それは?」
「夏月が……彼女が十年前に言った、兄貴が殺されたという訴えが真実であったことを証明するためです。貴方たち、大人が妄想だと切り捨てた言葉が事実だったことをね」
 隣に座った夏月が俺の服を摘んだ。その手に俺は自分の手を重ねて、続けた。
「十年前に高宮秋良は叔父の手によって殺された。薬を飲まされていたから、実際にどういった手段で殺され、死体をどこに捨てられたのかも、わからなかった。気がつけば、秋良は幽霊として夏月の前にいた。夏月と秋良は直ぐに自分たちの置かれた状況を把握したそうです。それは簡単なこと。幽霊と生身の人間は触れあうことはできない」
 俺は刑事たちの背後に漂う秋良に目を向けた。
 心配そうにこちらを覗いている秋良は、
『誠人君。僕のことは黙っていていいよ。でないと、今度は誠人君が変な風に思われちゃう』
 と、言ってきた。
 俺は構わない、と首を振った。一人の刑事は薄気味悪そうに俺を見、その視線の先を辿った。勿論、その先には普通の人間の目には何もありはしない。
「……ああ、幽霊はね、人に憑依できるんですよ。意識を支配することはできませんが、一時的に身体を支配することができます。刑事さん、経験してみますか? そうすれば秋良の存在を感じ取ることができるはずだ」
 俺の提案に主に話を聞いている刑事は遠慮するよ、と答えた。
 信じてしまうから、遠慮するのか? それとも俺の妄想に付き合う気がないことを、遠慮すると言ったのか?
 俺は構わずに続けた。
「夏月は直ぐに周りの人たちに、秋良が殺されたという事実を訴えました。もう少し、年長だったら幽霊なんて現象を大人たちが決して認知しないことを理解していたかもしれない。そしたら、嘘八百並べて、叔父の罪を断罪できたんだ。でも、七つだった夏月は馬鹿正直に語った。今の俺と同じようにね」
 すっと一息吸う。憤りに声が震えそうになる。今は冷静にならなきゃいけない。そう、自分に言い聞かせる。
 ちゃんと、伝えなきゃいけない。
 誰か一人でもいい。夏月の心に刻まれた傷を知れ。
「ねぇ、単純に考えればわかりそうなものじゃないですか? 七つの子が、兄貴が殺された、と嘘をつく利点はどこにあるんです? 親が死んで、自分たちのことを決して快く思っていない叔父の下で暮らしていた秋良にとって、そして夏月にとって、味方は互いだけだった。その存在を否定するようなことをどうして言えるんですよ?」
 俺は立ち上がって、刑事たちのほうに身を乗り出した。
「あんたらは幽霊が見えない。だから、夏月の話は信じがたかった。それはわかるよ。でも、生身の夏月の言葉はあんたらの耳には届かなかったのか? 違うよな。ちゃんと聞こえたはずだ。聞こえて、嘘だと断定した。妄想だってね。嘘だと思ったんなら、その嘘を正そうとすれば良かったんだ。あんたらは夏月に兄貴が消えた理由をちゃんと納得できるような形で提示するべきだったんだ」
『……誠人君』
「秋良が消えたのは、叔父との仲が良くなかったから……家出? 叔父側の言い分だけを聞いて、何で夏月の言い分は聞かなかったんだ? 子供だからか? あんたらには理解できない現実離れしたことを話すからか? じゃあ、現実って何だ? 俺が秋良の死体を見つけたこと、これは現実じゃないのか?」
「……そう、興奮しないで」
 一人の刑事が落ち着け、という風に両手を下に下にと押さえるように動かした。
「……何なんだ、それは。落ち着いて話せばどうにかなるもんでもねぇだろ? 俺が話すことはただ一つだ。それは十年前の夏月が訴え続けてきたこと。どうして、わからない? 事実はただそれだけしかないんだってことに」
 この後、俺は黙秘した。これ以上、語ることは何もない。何度繰り返しても、俺が今ここで語れることは一つしかない。
 保護者ということで、電話連絡を受けた親父が迎えに来た。俺と夏月の手をつないで警察署を出、親父の前に立った。
「何があったの?」
「警察から話は聞いたんじゃないのか?」
「聞いたけど……あの人たちの言っていることはよくわからないよ」
「ことは単純だ。俺は死人に頼まれて、そいつの死体を探し見つけた。んで、事情聴取でことの発端から死体を見つけ出した過程までを親切丁寧に話してやったら、本当のことを話せだと」
「……そう。もしかして、彼女の知り合い?」
 親父が聞いているのは、俺に死体探しを頼んだ秋良のことだ。
「夏月の兄貴だよ。秋良って言うんだ。今、ちょうど、俺の左隣に立っている」
 そういうと親父はそちら側に視線を投げた。そして、微かに微笑んで問う。
「秋良君、誠人は君の役に立てたかい?」
『……見えないんだよね。それとも声は聞こえるの? 感じることはできるの?』
 戸惑い気味の秋良は俺と親父を交互に見やって聞いてきた。
「親父は見えないし聞こえない」
 だが、お袋と付き合って、俺や姉貴に受け継がれた能力を知っているから、秋良の存在を受け入れる器は持っている。
「でも……君の言葉は誠人が伝えてくれる。ねぇ、秋良君、誠人は君の役に立ったかい?」
『はい、とても』
 秋良はうんうん、と頷いた。俺は一応、親父に通訳する。変な気分だ。
「そう、それは良かったね」
 親父は一言だけ口にした。それは秋良への返答だったようにも取れるし、俺に向けられているようにも聞こえた。
「今日は、これからどうする?」
 親父の問いかけに俺は夏月と秋良を振り返った。このまま二人をあの家に帰すのは忍びなかった。
「二人を家に泊めてもいいか?」
「構わないよ」


 翌日からの数日、俺は夏月とも秋良とも接触できなかった。
 秋良の死体が発見され、叔父が犯人として捕まったことで夏月の周りは騒然としていた。
 マスコミは勿論のこと、近所の連中が彼女の家を出入りしていた。夏月が訴えてきたことが事実であったことに、驚き、それを信じてやれなかったことへの罪滅ぼしのつもりか、葬式などの手配は全て彼らが手配してくれたようだ。
 俺はその日、学校を早退して秋良の葬式を遠くから眺めていた。
 粛々と行われる儀式を、夏月は無表情に見守っていた。
 無表情でも、決して無感情ではないことを知っている俺は夏月が何を思っているのだろうと考えた。
 痛み、悲しみ……夏月にとってそんなものはこの十年のあいだ、ずっと感じていたことだ。今、新たに感じているものは何だろう?
 秋良との別離を思って辛さに耐えているだろうか?
 それとも、喜んでいるだろうか? 秋良をやっと解放できることに……。
 もし後者なら、俺としても役に立ててよかったと思う。でも、前者だったなら……側に行ってその手を握ってやりたい。
 夏月が真っ直ぐ前を見て、背筋を伸ばして歩いていけるように。支えてやることができたなら……。




前へ  目次へ  次へ