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 13,君と生きよう


 レイテは雪竜の死体に向き直り、細い指で中空に魔法陣を書き記す。
「先生、それは?」
 ルーはレイテの背中に尋ねた。魔法陣の構成から、それが結界魔法であることはわかったが、レイテの意図するところまでは理解できなかった。
「誰も彼の屍を汚さないように。自然に朽ち果てれば、転生できると言われていますから」
「転生……ドラゴンも生まれ変わるんですか?」
「魂を持つ者は全て、輪廻転生の宿命の中にありますよ。ただ、罪を犯したものは地獄へと突き落とされるとのことですね」
(ああ、そうか。だとしたら……死んだら地獄に落ちるのか、僕は。それだったらこの世で生きているほうが良いなぁ)
 レイテはのんきにそんなことを考える。その背後でルーは神妙な面持ちで雪竜を見上げた。
「生まれ変わっても、やっぱり、ドラゴンとして?」
(それだったら、可哀想だな。生まれ変わってもまた人間が主流の世界だったら……)
 またいやみ嫌われ虐げられるのだろう――と、同情する心の声が、レイテへと流れ込んでくる。
「……器がどのように選ばれるのかは、わかりませんが。中に宿る魂は間違いなく彼のもので……君のものなのですよ」
 ――例え、どのような姿に変わっても。
 レイテは慰めるように、ルーへと語りかけた。


 ややあって、こちらをじっと見つめてくるレイテの視線に気付いて、ルーは小首を傾げた。
「どうかしました?」
「いえ。ルーが死んだ後はゴキブリもナメクジも殺せないなと思いまして。それがルーの転生じゃないとは言い切れませんからね」
「……ゴキ」
 もうちょっとマシな生物を例えにあげてほしい、とルーはレイテを睨んだ。
「何にしても一件、落着です。帰りましょうか、ルー。僕らの城へ」
 ルーは、差し出されたレイテの手を取って頷いた。


 セラは雪竜退治にレイテが関わったことを、秘密にすると誓って街へ帰っていった。彼女を移動魔法で街の近くまで送った後、ルーはレイテの手から魔法実験室の鍵をひったくった。
「先生、この部屋は永久に閉じさせてもらいますからねっ!」
 水色の視線が、鍵がなくなった手から、ルーへと移動する。
「俺の目が赤いうちは、白くなってもっ! この部屋へは先生を入れません。先生が死んだら俺の帰る場所がなくなってしまう。約束しましたよね? 生まれ変わる俺を待っていてくれるって。だから、この部屋の鍵は俺が没収します」
 ルーの強気な物言いに、いつもなら分厚い本が顔面に飛んできそうなところだが、レイテは微かに息をつくと頷いた。
「仕方ありませんね。しかし、中にあるアイテムは出して置いてください。安心して、死の魔法に使うものではありませんから」
「それならいいですけど」
 部屋に入り、壁に立てかけてあった魔法の杖を抱えたところで、ルーはあることに気がついた。


 静かに押し殺された声が、響いた。
「……先生、あのセーターは誰が編んだんですか?」
 レイテは声の主を振り返り、その視線の睨みつけるような眼光の鋭さに、思わず顔を引きつらせた。
「……え? 何のことです……」
 そこはかとなく視線を逸らして、レイテはどう言い訳したものかと考える。
 雪竜が住む山で、レイテからセーターを受け取ったときの、ルーの反応を今になって思い出す。どうやら、弟子は気づかなくていいことに、気づいてしまったらしい。
「誤魔化そうとしても駄目です。よくよく考えたら、食料は自給自足できているって言っても服やその他のものはどっから調達するんです?」
「えー、それはですね……」
「城の外に遊びに行ったんですね? 俺がこの馬鹿っ広い城を、真面目に掃除しているときに、先生はっ一人でっ!」
「……いや、その、あの……」
「で、誰にセーターを編んでもらったんですか? ……女の人?」
 鬼気迫る表情で追求してくるルーに、恐れをなしたレイテは告白した。
「僕が出入りしている雑貨屋さんの娘さんに……」
「綺麗な子なんですか?」
「いや、まあ看板娘ではありますから……」
「綺麗な子なんですね?」
「いや、まあ、君とはちょっとタイプが違う感じです……はい。でも、僕にとってはルーが一番可愛いですよ?」
「誤魔化されませんっ!」
 ぴしゃりと言い切るルーの語気の激しさに、レイテは思わず首を縮めた。
「先生は俺のことが好きだって言ったんだから、一番、可愛く見えるのは当然です」
「……その理論は、ちょっと間違っているように思いますが?」
「どうしてです? 俺にとっては先生が一番に見えますよ」
「だって君は僕以外の男なんて知らないじゃないですか」
「うっ!」
 言葉に詰まったルーに、レイテはこれを好機と見定めて立て続けに言った。
「それに何です? 他人に嫉妬する前に、自分のことを省みなさい。そんな男のような格好をしている君を女の子と認識するのが、どれほど労力を使うか。僕は男ですよ? 綺麗な美人を見ればまあ、ちょっと気持ちがよろめくこともあります」
「浮気だっ!」
「違いますっ! ただ、セーターを編んでもらったお礼に、街でのお祭りの際にダンスのパートナーになってあげただけです」
「お祭り?」
「一年の始まりを祝って街全体でダンスパーティーをするのです。屋台なんかが一杯出て、花火が打ち上げられて」
「花火?」
「火薬を空に飛ばして弾けさせるのです。それが夜空に花を咲かせたように広がるのですよ」
「うわーっ、楽しそう。見てみたいなー」
 ルーはうっとりと目を細めた。やはり、ルーには色恋よりそちらの方が重要視される問題なのだろう。最初に怒り出したのも、レイテが一人で遊びに行っていたからだ。
「……来年のお祭りは一緒に行きませんか?」
 そっと尋ねたレイテに、ルーはパァと顔色を輝かせた。
「本当ですか?」
「ええ。それとも僕とでは嫌ですか?」
「そんなことありませんっ! 先生と行きます。行きたいです。絶対に。約束ですよ?」
「ええ」
「嘘ついたら針千本、飲ませますからね」
「そんな罰を考えなくても、約束は守りますよ」
 そう言って、レイテは自分自身の言葉に思う。
 一緒に行こう。一緒に生きようと約束したように、春も夏も秋も冬も。どんな季節も、いつまでも。
 巡る季節も障害にはならない。奇跡を起こして、再び巡り合って。長い時間も苦にならないほど、幸せになろう。君と生きよう。
「絶対に一緒ですからね。嘘つきは大っ嫌いですよ?」
 念を押すルーにレイテは約束します、と微笑んだ。
 ルーが満足げに頷いたところで、今度はレイテがあることを思い出した。


「そういえば……ルー」
「何ですか?」
 魔法の杖を抱えて部屋を出て行きかけたルーは、レイテを振り返る。
「テスト、まだでしたね」
「テスト?」
 何のことかと首を傾げる。ややあって、昨晩のレイテとのやり取りを思い出した。
「ああっ!」
 ルーは魔法の杖を放り出して頭を抱えた。徹夜して丸暗記した知識が完璧に失せているではないか。
(あんなに苦労して覚えたのにっ!)
「夕食が終わったらテストしましょうか」
「……本気ですか?」
 今日、あんなにドタバタしたのに?
「約束は約束です。だって、ルーは嘘をつかれるのが嫌いなのでしょう?」
「嫌いですけど」
「大丈夫。明日が来るまでの今日は、約束した昨日の明日です。時間はまだあります」
「…………先生」
 ルーは呻いた。しかし、レイテはニッコリ笑って言ってきた。
「そうですね、この際ですから罰ゲームを決めましょう。五十点以下なら、菜園の草むしり及び、家畜の身体を洗ってあげてください。あまり、不潔にしていますと病気になってしまいますからね」
「俺一人で?」
「君以外に誰がいると言うのですか?」
「アハハハハハッ」
 ルーは半ば、自棄になって笑った。
 もしかしたら、レイテの愛情表現は好きな子をイジメるという幼児のそれではないだろうか? と思いながら。
 翌日、レイテとの関係がいまひとつ進展していない現実に不満を抱きながら、牧場の家畜を追うルーの姿があった…………。



                                   「白の物語 完」

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