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 16,後日談 殺トカゲ事件


 折れそうな細い指先をこちらに突きつけて、ルーが告げた。
「犯人はあなたです、先生」
「…………」
 いきなりの展開に戸惑うより先に、レイテは呆れた。
(また、この子は……探偵小説に影響されて……)
 世間の一般常識を学ばせようと買い込んだ恋愛小説や探偵小説は最初の目論見を外れ、ルーの行動にはおかしな影響ばかりが目に付いてきた。
 童話のお姫様を女々しいと言っては、今日から自分は男になると宣言しだす子であるから、これは予測可能なことではあった。しかし、もう十七歳にもなったのだから、と期待してみれば何のことはない成長率はゼロといったわけだ。
 これはやはり、養い親である自分の責任なのだろうか?
 思わず額に手を当て、ため息を吐き出すレイテにルーが唇を尖らせた。
「先生、聞いていますかっ?」
「あー? 何ですってー? 僕が犯人ー?」
 脱力感からつい声がだらけた調子で伸びてしまった。そんなレイテをルーは赤い瞳で睨む。
「そうです、あなたが犯人ですっ!」
 ルーはやり直すように、再び指をレイテに対し突きつけてくる。この場合、付き合ってやったほうがよいのだろうか?
 レイテは真剣に悩んだ。
「何の?」
「ピクルルちゃん殺害犯です」
「…………殺害?」
 聞き捨てならないことを言い出した弟子に、レイテは眉をひそめる。
(でも、あれは……)
「事件は二時間前に発覚しました」
 ルーはレイテのことなどお構いなしに語りだした。
「俺が罰から菜園の草むしりをしていたときです」
 また具現化魔法を失敗し、それだけならともかく、室内を滅茶苦茶にしてしまったがためにレイテの怒りを買ったルーは城の地下にレイテが魔法で作り上げた空間に広がる菜園の草むしりを命じられた。
 好きで魔法を失敗したわけじゃないのに、とふてくされて、ルーはがむしゃらに草をむしり取っていった。
 そのときであった。
「俺は菜園の片隅に盛り上げられた土の山を発見しました」
(それ……お墓です)
「事件の臭いを嗅ぎ取った俺は早速、慎重に土を掘り返したんです」
(余計なことを……)
「そこで俺は無残に殺害された、白トカゲのピクルルちゃんの遺体を発見しました」
 ルーは、赤い瞳を曇らせ、沈痛な面持ちで顔を伏せた。
(…………完全に役どころにハマり込んでいますね、この子)
 呆れ顔丸出しのレイテに気付かずに、ルーは続けた。
「俺はピクルルちゃんの仇を取るべく、推理しました」
(推理するまでもないと思うのですけれど)
 何しろ、この城にはレイテとルーの二人しか住んでいないのだ。白と黒の答えしかないのなら、二人のうちのどちらかが黒である。
(そんな推理に二時間も掛けたのですか?)
「まず、ピクルルちゃんが行方不明になった三日前、俺はピクルルちゃん失踪直前まで、ピクルルちゃんと共にいました。このことから、俺が犯人だと疑われてもしょうがない」
(誰も疑っていませんけれど?)
「しかし、俺は自分が犯人ではないことを読者に宣言します」
(宣言されても、困るでしょう。……って、読者って何なのですか?)
 どうやらルーが読んだ探偵小説は、作家から読者への挑戦状なるものが含まれた本格推理小説だったらしい。
「そこで怪しいのは先生、あなたです」
 再々度、指を突きつけてくるルーにレイテは小首を傾げた。
「あの日、台所から消えたピクルルちゃん。台所のドアは閉まり、唯一換気口という穴だけが出入り口でした」
「いや、だってドアは鍵が掛かっていなかったわけでしょう」
 レイテはどう付き合ったものか、と迷いながら指摘する。
「ええ。しかし、俺はドアの前のテーブルで寝ていました。ドアが開けば気付きます」
(寝相がひたすら悪く、ベッドから転げ落ちても寝ているような子が?)
「だから、換気口からの出入り以外に外に出る術はない。よって、唯一、換気口から出入りできるピクルルちゃんが自らその穴を通って、自然界へと帰っていったのだと俺は思っていました」
(昔話の締めみたいに、めでたし、めでたしで終われば良いものを)
「しかし、それは犯人のミスリードだったんです」
 ミステリー用語まで持ち出してきたルーは、キッとレイテを睨んだ。
「侵入不可の密室、消えたピクルルちゃん、様々な謎を残しながら解決したかに見えたこの失踪事件は、全てあなたがピクルルちゃん殺害を俺に知られないように仕組んだものだったんです」
(密室ではないでしょう?)
「まず、犯行の動機から解き明かしていきましょう」
 ルーは自分の顎を撫で、完全に探偵に成りきって語る。
「あなたは大事な弟子である俺がピクルルちゃんに夢中になっているのが許せなかった。つまりは嫉妬です」
(あの日まで、僕は白トカゲを買ったことさえ忘れていたのですけれど)
「あなたはピクルルちゃんから俺を取り戻すべく、ピクルルちゃん殺害を企みます。そこで俺がピクルルちゃんを台所に連れて行った後をつけ、俺が居眠りしてしまった隙に台所からピクルルちゃんを連れ去った」
「……密室なのでしょう?」
「それが密室など関係ない人種がいます。それは魔法使いです」
「ほう……それはどういった理由から」
 ここに来てレイテはルーの茶番に付き合ってやることにした。


「魔法使いが使う移動魔法は、距離や時間をゼロにしてどこにでも飛べます。あなたは偉大なる魔法使いと称されるほど、魔法に長けていらっしゃる」
 ルーは無意識のうちに、喋り言葉まで探偵調になっていた。喋っているうちに、自分が名探偵であることを信じて疑わない。
「お褒め頂き光栄ですね」
 レイテがニッコリと微笑んだ。
「ふふ、そう余裕を持っていられるのも今のうちです。もう、あなたの犯罪は名探偵であるルビィ・ブラッドによって暴かれたのですから。さあ、白状しなさい、レイテ・アンドリュー、あなたがピクルルちゃんを殺害し、菜園に死体を埋めましたね」
「素晴らしい推理です。感服いたします。認めましょう」
 あっさりと白状してきたレイテに、ルーはいよいよ対決だと、覚悟を決める。
 狡猾な犯人ならば犯行を白状したように見せて、煙に巻こうとする。だが、その手に引っ掛からないのが、真の名探偵だ。
「やはり……先生はピクルルちゃんに嫉妬してしまうほど、俺が大好きなんですね? きっと、俺に菜園の草むしりを命じたのはあなたの愛情に気付かない俺へのあてつけだったんだ。でも、安心してください、先生。俺は先生がピクルルちゃんを殺した殺トカゲ犯でも、その罪を許します……だから、草むしりは……」
 なかったことに、と続けかけたルーの言葉をレイテが遮って、最後まで言わせなかった。
「ありがとう、君はなんと出来た弟子なのでしょう。しかし、早合点してもらっては困ります。僕が認めるのは、ピクルルちゃんの遺体を埋めたという推理だけです」
「何ですって? まだシラをきるつもりですか、先生っ!」
「シラをきるも何も。名探偵ルビィ・ブラッド、ここで君に解決して頂きたい事件があります。それはこの殺トカゲ事件を解決するにあたり、重要な事件です」
「……いまさら、事件の真相が変わるとは思いませんけど。まあ、いいでしょう、話してみてください」
 絶対に誤魔化されるものかと、心に決めながら、ルーはレイテの話を促す。
「はい、それは墓荒らし事件です」
「墓荒らし?」
「ええ。死者を冒涜する許されざる犯罪です。是非とも、名探偵、あなたに事件を解決して頂きたい」
「わかりました。この名探偵ルビィ・ブラッドが鮮やかに事件を解決して差し上げましょう」
 ルーは胸を叩いて請け負った。
「よろしくお願いします。では、事件の発端から話しましょうか。それは遡ること、三日前です。僕のところに弟子がやってきました。何やら泣いて慌てている弟子をなだめて話を聞きだしますと、祭りの屋台で買った白トカゲのピクルルちゃんが消えたと言うのです。ちゃんと探しましたか、と問うと、隅々まで探したと言います。使っていないかまどの中も覗きこみ、食器棚は皿も一枚一枚取り除いて探し、使っていない鍋の中もまた蓋を開けて調べたと言います」
「…………はあ」
「ドアは閉じられており、トカゲのピクルルちゃんには開閉は不可能でした。そこで僕は唯一の穴といいますか、換気口に目をつけました。そこからなら大トカゲのピクルルちゃんでも出入りが可能です」
「…………はあ」
「僕と弟子はその換気口からピクルルちゃんは自然界に帰っていったのだろう、と決め付けました。密室から消えた以上、それが一番ふさわしい答えだった。しかし、弟子を風呂に行かせ、夕食の準備に取り掛かった僕は五十時間じっくりことこと煮込んでいたスープの大鍋の中で、茹で上がって死亡しているピクルルちゃんを見つけました」
「えええっ?」
 ルーは思わず叫び声を上げた。そんなこと、知らない。
「そう、まさに驚愕の事実です。美味しいスープの匂いにつられたピクルルちゃんは自らその身を鍋の中に落としてしまったのです。何と言う悲劇的な事故でしょう。密室からピクルルちゃんは消えていなかったのです。まあ、そんなことは些細なことです。重要なのは墓荒らしですよ、墓荒らし!」
 レイテは語気を荒げ、あわあわと口を開閉させるルーを黙殺して続けた。
「僕は弟子の悲しみを思い、ピクルルちゃんとの綺麗な思い出をそのまま残すべく、秘密裏にピクルルちゃんの遺体を菜園に埋葬しました。しかし、この二時間前、その墓が誰かの手によって荒らされていました。これは何たることでしょう。安らかなるピクルルちゃんの眠りを妨げ、しかも…………何ですか?」
 レイテの目がスッと細くなった。半眼で目の前に立つ、ルーを見据える。
「嫉妬から? 僕がピクルルちゃんを殺した?」
「う、ご、ごめんなさい」
 ルーはレイテからそろりと一歩、距離を取った。だが、冷たいレイテの視線は追いかけてくる。
「名探偵ルビィ・ブラッド。僕を殺トカゲ犯などと呼ばわる馬鹿を……ピクルルちゃんの墓を荒らした馬鹿を僕の前に連れてきてくださいませんかね?」
 ひと睨みされただけで、石化してしまいそうなレイテの視線から目を逸らしつつ、
「ううううっ、ごめんなさい、許してください。俺です。俺が墓荒らしの犯人です」
 ルーはソロソロと手を上げて自首した。
 こうして、殺トカゲ事件は墓荒らし事件となり探偵が犯人という結末で解決を迎えた。
 この後、草むしりの上に一ヶ月のおやつ抜きをレイテから通告されたルーが枕を濡らしたことは語るまでもない。

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