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 18,魔法使いご一行


 フラリスの街へやって来たレイテは、ルーを連れていつもの雑貨屋に向かった。
 レイテがこの街を利用するようになって三年ばかりだ。その前は別の街を利用していた。長く利用していると、変わらない容貌にどうしても正体がばれてしまう可能性があったからだ。
 いつもの道筋を辿って雑貨屋に辿り着く。途中、燃えた町長の家を目にした。完全燃焼された屋敷の跡、丁度、居間に当たるだろうそこの部分、テーブルだけが綺麗に残っていた。恐らく、結界魔法で燃焼を防いだのであろう。そして、そのテーブルの上に脅迫状は置かれていたに違いない。
「後で、焼け跡を調べてみましょう。とりあえずはミーナさんの元に」
 ミーナというのは雑貨屋の看板娘だ。小奇麗な顔をした二十歳ぐらいの女性。どうやら彼女はレイテに気があるらしく、手編みのセーターなどを貰ったこともある。一時期、ルーはミーナに嫉妬していたようだが、レイテに連れられてこの街を利用し、彼女と知り合うとルーはすっかりミーナと意気投合してしまったようだ。
「……いらっしゃいませ」
 鈍痛に耐えるような低い声が、ドアをくぐったレイテとルーの耳に届いた。二人は思わず顔を見合わせ、声がしたカウンターの方に目をやった。
 そこには悲愴感を漂わせた店の主と看板娘がいた。
「こんにちは。お加減が悪いのですか?」
 レイテがそう尋ねる。その柔らかな声音に顔を上げた主人は、常連客で気前のいい、その端麗な容貌から、良いところのお坊ちゃんと推測しているレイテの姿を見て、身を乗り出してきた。
「おお、若様、よいところにおいでくださった。どうか、お助けくだせい」
 レイテは街の人間から若様と呼ばれていた。まさか、レイテ・アンドリューと本名を名乗れるはずもないレイテはそのままにしておいた。名前を聞いてきた者にはしょうがないのでレイと名乗っていた。
「何やら大変なことになっているようですね。僕でよければ相談にのりますよ?」
 レイテは人の良さそうな顔で言って、主人を眺め、看板娘のミーナに笑みを投げる。ポッとミーナの頬が赤くなるのを見て、ルーはレイテの上着の裾を引っ張った。
(俺以外の人には愛想がいいんだからっ!)
 レイテは後ろでむくれているルーの、相変わらず伝心魔法で垂れ流しの心など黙殺して、主人から一連の騒動の次第を聞いた。
 それはルーから、聞いたとおりであり、特に再確認するほどの内容ではなかった。新しい情報といえば、生贄に差し出される女性たちが決まったということ。
 町長の娘からミーナ、街でも美人と評判の女性たちが選ばれた。さすがに、百人となると頭数が揃わず、中にはまだ幼い子供もいるとのこと。
「ふむ、それは本当に大変ですね」
 気の毒そうに顔を顰めるレイテの美貌は、憂いを見事に表現する。
「何でしたら、僕が代わりましょうか?」
 レイテの申し出に一瞬、主人とミーナはポカンとした。
「いえね、そのレイテ・アンドリューが本物であるにせよ、偽者であるにせよ、接触しないことには真偽は確かめられない。まして、この馬鹿馬鹿しい生贄事件を終わらせるには事件を企んだ張本人に直接、会って説得しないことにはしょうがないでしょう」
「はあ……しかし、偽者?」
「まあ、その可能性もあるということですよ。この時代、魔法使いの存在自体が少なくはなりましたが、いないわけじゃない。それにね、人間は存在的に魔力を持っています。独学でも学べば魔法は使えますよ」
 レイテはそう言って、カウンターに指を走らせた。
「《氷よ》」
 そこに魔法陣を書き記すと、レイテはパフォーマンスの一環として呪文を唱えた。すると、コロンと手の平サイズの氷の塊が現れた。
「僕も趣味で魔法を習ったのです。ああ、あいにくと、そんなに使えはしないのですけれどね?」
 白く細い指先でチョイと氷を摘み上げると、レイテはニッコリ笑う。
「この子も使えますよ。ルー、氷をとかして見せなさい」
「え、はい」
 レイテから氷の塊を受け取ったルーは指先で氷に火の魔法陣を書き記す。
「《炎よ、燃え上がれ》」
 魔法陣が完成したところで、レイテに習って呪文を唱える。小さな炎が立ち上がり、氷の固まりはたちまち水蒸気になって消えたが……。
「わっ! アチアチ」
 まだ居残った火がルーの手を熱する。
「…………何をやっているのですか、君は。そういうときは熱を発生させるのですよ」
 レイテが手の平で炎を撫でると、それは消えた。ルーの赤くなった指先を同じように撫でて火傷を治す。
「まあ、こういった具合です。本物のレイテ・アンドリューなら、僕としても太刀打ちできませんけれど、偽者が相手となれば僕らでもどうにかできる相手かもしれません」
「偽者なんでしょうか?」
「魔法を習うに至って、レイテ・アンドリューのことを少し調べてみたことがあるのですけどね。彼がこちら側に関わってきたことはないのですよ。自ら、生贄を要求したことはないし、その姿を見た者もいない。まさに伝説と言ってよい人物です。これは他人が名前を騙っても真偽の判断はしにくいですよね?」
 本物が何を言っているんだか、とレイテの後ろでルーは思う。そこまでして、正体を隠さなければならないのかな?
 レイテは間違ったことさえしなければ、普通に優しい。
 まあ、根性は腐れていると思わないでもない。
 人をからかうし、嫌だって言うのに怖い話をするし……、無理難題を押し付けるし、愛の鞭と言っては叩いたりするけれど…………えっと、これって本当に優しいって言えるの? 
 ルーは常日頃のレイテの行動を思い返して、自分の中のレイテへの人物像に対し首を傾げた。
 でも、捨て子だった自分をここまで育ててくれたのは、他でもないレイテだ。
「それで娘と代わってくださるというのは?」
「はい。まあ、僕のこの容貌ならば、ちょっとそういう格好をすれば女性に見えるのではないかと思うわけですよ」
「私の身代わりですか?」
 ミーナが上目遣いにレイテを見上げた。彼女を見つめ返し、穏やかな笑みを浮かべたままレイテは小首を傾げる。
「嫌ですか? しかし、お助けしようにもレイテ・アンドリューと接触しなければ僕には何もできません。それでと思ったわけですが、やはり無理ですか?」
「いえ、とんでもないっ! 娘を助けてくださるというのであれば、願ったり適ったりです。しかし、若様は危険ではないんですか?」
「そうです、そんな……レイ様にもしものことがあったら」
「まあ、多少の危険はあるのでしょうね。レイテ・アンドリューが本物であったのなら。ただ、僕は今回の一連の騒ぎは彼の名を騙った偽者と思います。今さら、美女を百人も要求してくるなんておかしいでしょう?」
「はあ」
「大丈夫ですよ。それでは……服を貸して頂けますか? ミーナさんの古着でも大丈夫だと思うのですが」
 レイテは生贄に選ばれたというショックで、まだ頭が回りきれていない主人とその娘を説得した。ミーナは言われるままにレイテの服を用意しすることとなった。


「先生、綺麗です〜」
 とっておきの晴れ着だという服を手渡されたレイテはそれに身を包むと、髪が短いという部分を除けば、どこから見ても立派な女性だった。
 化粧もなしに、男が女に見えるというのは如何なものか? 
 店の主人は、年甲斐もなく、目の前に現れた美人に目をとろんとさせている。ミーナは自分よりも美女に化けてしまったレイテに、ちょっと複雑そうな表情だ。
 ルーは普段とは違うレイテに、やはり見とれてしまった。中身は根性腐れだとわかっているのに。
「まあ、当然ですね」
 ルーの褒め言葉に謙遜せずにレイテは頷いた。
 ロングスカートも普段はローブ姿のレイテには特に支障もない。さすがに素足は抵抗があったので、ズボンをスカートの下に穿いている。靴はロングブーツを履いているので、少しくらいスカートが捲れても大丈夫だ。
「さて、次は君ですよ、ルー」
 鏡で一通り自分の姿を眺めて、レイテはルーを振り返った。
「俺?」
 ルーはキョトンと自分を自分で指差す。
「君は正真正銘の女性ですが、ハッキリ言って女の子に見えません」
「ヒドイ」
 レイテを好きだと自覚してからは一応、髪などを伸ばそうとしてはいるのだ。
 しかし、どう見ても少年に見える原因は、やはり服装か。大きめのシャツに膝をむき出しにした半ズボン。今はちょっと寒い季節なので上からベストを着ている。それが胸を隠して、ルーを少年っぽく見せていた。
 ミーナは実はこのときまで、ルーを男の子だとばかり思っていた。さすがに、それを面と向かってルーに尋ねることははばかられた。
「だから、化けなければね。ミーナさん、ルーを可愛く飾ってやってください」
 そう言って、レイテはミーナに金貨が詰まった財布を預けた。
「え? こ、これは」
「お代はそちらから差し引いてください。なるだけ、可愛らしく、女の子に見えるようにお願いします」
 レイテはルーをミーナのほうに押しやった。
「幾らかかっても構いません。ルー、僕を悩殺するつもりで気合を入れて可愛くなりなさい。いいですね?」
「の、悩殺……」
 悩殺という言葉に、ルーがイメージしたのは身体の線もあらわな衣装や胸を強調するような、透け透けの衣装。
 そんなの俺に似合うわけないっ! あたふたと慌てるルーを余所に、レイテは店主に向かって言った。彼は自分が投げた言葉に、大して期待していたわけじゃない。ルーの混乱が見たかっただけだ。
「僕は燃えた町長の家を見てきます。もしかしたら、そこに偽者の証拠があるかもしれません」
「偽者の証拠……ですか?」
「あまり期待できませんが。それに街の方々の様子も気になります。自警団の方もむざむざと生贄を差し出す気はないのでしょう?」
「はあ……若頭のグレースが何やら考えているようです」
 店主は頭を掻きながら答えた。
「それは当然です。幾ら、街を守るためといっても、誰かを犠牲にしていいわけありませんからね。では、グレースさんともこれからのことを相談してきましょう」
 レイテはそう言うと雑貨屋を後にした。


 雑貨屋へと向かった道筋を、逆に辿っていく。
 途中すれ違う人達が振り返る。それに気付いて、レイテはこの格好では目立ちすぎかと心配した。元の格好でも目立たないわけはないが、少なくとも見慣れた男装だったなら、あれは誰だ? ということにはならないだろう。
 まあ、レイテほどのレベルの美人に、そう気安く声を掛けられる度胸を持った人間などあまりいない。それに、この街は自警団がしっかりしているので、困るような展開はないだろう。
 レイテは町長の燃えた屋敷跡にやって来た。
 まだ微かに熱と焦げた臭いを感じる。水浸しの焼け跡周辺に、借り物の服が汚れないように、レイテはロングスカートの裾をわずかに持ち上げた。そうして、さらに焼け跡に近づこうとしたところ、何者かに肩を掴まれ止められた。
「危ないよ、別嬪さん。アンタにゃ、こんな汚らしい場所は似合わんよ。良かったら、そこでお茶でも飲まないかい」
 振り返った先には、二十歳ぐらいのガタイのいい長身の青年。茶髪に茶色の瞳、負けん気の強そうないかにも男という顔立ちの彼は、クッと唇の片端に力を込めて笑う。
「こんにちは。グレースさん。もしかして、今のが世に言う、ナンパですか」
 レイテは微笑んで会釈をした。この青年がフラリスの街の自警団団長グレースだった。
 自警団の若き団長は、ん? というように眉を顰めた。
「俺と、どこかで会ったことあるのかい、別嬪さん。こんな美人を忘れるなんて、幾ら鶏並みの俺の脳味噌でも絶対ありえねぇと思うんだが」
「僕ですよ、レイです」
「レイって……若様っ?」
 目を丸くしてグレースは驚いた。そして、レイテの肩を掴んでいた手を慌てて離す。
「何て格好してなさっているんスッか、若様」
 口調を改めるグレースの微妙な丁寧語は、普段口にしなれていないせいか、やたらと「スッ」の部分に力がこもって聞こえる。それがグレース独特のイントネーションに発展していた。
「これはミーナさんの代わりに生贄を務められましたら、と思いまして」
 レイテは雑貨屋での会話をグレースに説明した。
「ミーナの代わりって……そりゃ、その格好なら美人の生贄に選ばれて当然だが。若様が何でそこまでしなさるんスか? これは俺たちの街の問題です」
「でも、困っているお友達を見捨てるというのは、人としての道理にそぐいません。僕は皆さんをお助けしたいと思っています」
「……お友達。ミーナにしてみれば、若様にそう言われるのはキツイスッよ。それよりなにより、若様に何かあったらそれこそ大変だ。若様はこの街の商業人たちにすれば極上のお得意様なんスから」
 レイテは金払いのよい上客だった。それゆえに、グレースも微妙な丁寧語で敬意を示してくれていた。
 前払いで金貨の詰まった財布をポンと出す客をそうそう悪い客と見なす商人もいないだろう。
 単に、金銭感覚が成り立ってないと言ってしまえばそれまでだが、ツケなどに頼らない客は商売人にしてみれば一番、ありがたいはずだった。
 レイテとしては悪鬼として見られるよりは、多少胡散臭く思われても、人間として見てもらいたいと、良い客を演じてきた。
 そして、ここでも上質の笑顔でグレースに応じる。
「でも、だからこそ、この街のお役に立ちたいのですよ、僕は。僕などのように素性のわからない客を相手にしてくださっているのですから」
 レイテは、彼自身の思惑通り金持ちの坊ちゃん、という認識で通っていた。
 金持ちの坊ちゃんが牛を──城の牧場で飼っている家畜だ。さすがに自分で潰すのは気が引けるので肉屋に買ってもらっている。そこで別の牛の肉などを買う──丸々一頭売りに来たりはしないだろう。
 色々、レイテの背景を探ろうとする動きがないわけではない。牛泥棒と思われても仕方がないのだ。でも、この街の住人の大半は、レイテを好意的に受け入れてくれた。
 レイテの正体が知られてないからという理由もあるだろうが。
 ルーを拾うまではずっと一人で、たまに街に下りても遠巻きに見られて、声を掛けてくる者などいなかった。
 しかし、ミーナやグレースはまるで昔からの知り合いのように、街をさまよっていたレイテに声を掛けてくれた。
 それだけで、自分がどれだけ嬉しかったのか。二人は知るよしもないだろうけれど。
 グレースたちに対する親近感を、レイテは笑顔に上乗せする。
「でも、ミーナの代わりになったって、どうなるわけでもないでしょ。そりゃ、俺たちはむざむざと皆を生贄に差し出すつもりはないスッよ。でも、それはやっぱり俺たちの問題だ。若様を巻き込むわけにはいかないスッよ」
「それがですねぇ、君たちだけの問題というわけでもないのですよ」
 何しろ、生贄を要求してきたのは、自分の名前を騙った者なのだ。
「は?」
「いえ、僕はこれでも魔法使いでしてね」
「魔法、使えるんスか?」
 この金持ち坊ちゃんは、一体何者なんだ? グレースは絶世の美女になりきったレイテを見下ろす。
 疑問交じりの彼の視線を受けて、レイテは艶然と微笑んだ。
「一応、魔法使いの端くれとしましては、このような魔法の使い方は許せないのですよ」
 レイテは焼け跡を水色の瞳で振り返った。そして、再びスカートの裾を持ち上げると憤然と焼け跡へと踏み込んでいく。
「わっ、若様っ! 危ないですって」
 グレースが慌ててレイテを追いかけてきた。
 レイテは焼け残ったテーブルを見下ろし、腰をかがめてテーブルの裏を覗き込みながら話す。
「…………魔法の力は危険です。九百年前の魔法戦争は、そのよい証拠でしょう。あの戦争で人々が築き上げた文明は一瞬で灰になり、人は魔法の力を恐れました。でもね、魔法自体は悪い力じゃないのですよ。それは人を助けることができる救いの力にもなりえる。力はね、使う側によって善にも悪にもなります。僕はこの魔法の力を悪用する者を許せません」
「……若様」
 ゆっくりと立ち上がって、レイテはグレースを振り返った。
「だからね、グレースさん。例え、あなたが僕の行動を止めようとしても、無駄です。僕は僕の正義にのっとり、今回の事件の犯人を捕まえますよ」
「相手はあのレイテ・アンドリュースッよ。不死の魔法使い。若様がどれだけの魔法が使えるかわかりませんがね? 無謀でしょ」
「……ですが、グレースさんもレイテ・アンドリューを相手にしても引くつもりはないのでしょう?」
「街の人間の安全を守るために、オレたち自警団があるんスからね。街の安全のために生贄を差し出して、それで終わりなんてわけにはいかんスッよ。生贄もオレらの街の住人だ。見捨てるわけにはいかんでしょ」
「ならば、共闘しませんか?」
「……どうなっても知りませんよ?」
「心配は要りません」
 キッパリとレイテは反論を許さぬ強い口調で、言い切った。
 その声の強さに、グレースはもう何も言えなかった。普段は穏やかに微笑んで、おっとりとしている感じの若様なのだが。本当に同一人物か? と、グレースが戸惑っているのが、レイテにはわかった。
「それで、グレースさんはどのような作戦で動かれるおつもりなのですか?」
 グレースの心の動きを黙殺して、レイテは無邪気な笑顔で問いかけた。
「うっ」
 グレースが言葉に詰まった。思わず、男らしい大きな手の平で、顔を覆う。そこへ駆け寄ってくる人影があった。
「若頭、用意ができましたっ!」
 それはグレースと同じ自警団の若者らしい。彼を振り返ってグレースはわかった、と返事を返すと、レイテを横目で見る。
「若様、一緒に詰め所に来てくれますか?」
「はい、勿論」
 ニッコリと頷いてレイテは、頭を掻きながら歩いていくグレースの後を追った。

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