19,美少女と美女? 自警団の詰め所のドアをくぐったレイテの目に飛び込んできたのは、どぎついピンク。ヒラヒラのフリルが、やたらと沢山付いたワンピースが事務所内に数枚吊らされている。 「取りあえず、五着用意できました。大変でしたよ、若頭に合うサイズを探すのは」 自分の苦労を誇らしげに語る団員にグレースは黙れ、と一喝した後、レイテをなんとも言いがたい顔で見返った。 「……まあ、若様と同じ作戦スッよ」 「……グレースさんが着るのですか?」 ハッキリ言って悪趣味とも言えるピンクのワンピースを? この長身で筋骨隆々とまではいかないが、がっしりした体躯の男が着るのか? 「……団長であるオレが陣頭指揮をとらんと駄目でしょ」 「はあ」 「言いたいことはわかるスッよ。似合わないってのは」 「似合う似合わない以前に、美人?」 レイテはいかにも男面のグレースをもの言いたげな視線で見上げた。グレースは一瞬、言葉に詰まりながらも胸を張った。 「………………だ、大丈夫スッ! 九十五人も美人がいれば五人ぐらいブ男が混じっていても誤魔化せますって」 いや、余計に目立つだろう、とレイテは思うのだが。 「……しょうがないですね。その辺りのフォローは僕がしてあげますよ、グレースさん」 「フォロー?」 「僕が相手の気を引いて上げます。僕の美貌なら、あなたたち五人の存在を目隠しするのにあまりあるでしょう」 「……若様って意外とナルシストスッね」 「そうですか?」 レイテは小首を傾げて笑う。 「まあ、そんなことはどうでもよいことですよ、グレースさん。それで、生贄の選出はもう決まっているのでしたね」 「ああ、町長の娘を筆頭に一応、百人かき集めましたスよ。全く、嫌な仕事スッ」 渋面を作ってグレースは息を吐いた。 詰め所の端から椅子を持ってきて、レイテに勧める。 「そうですね。見捨てるつもりはないと言っても、命の保証はされていないのですから。親御さんたちはさぞかし、お辛いことでしょう」 「町長も災難ですよ。やっと娘の結婚話が元の鞘に収まったと思ったら、この生贄話なんスから。しかも、屋敷は焼かれてしまった。町長という立場上、百人の娘を犠牲にしても街を守らなければならない。その選択を下した以上、自分の娘を選ばないというわけにもいかないときたもんです」 グレースは肩を竦め、首を振った。 「元の鞘?」 「ライラ……町長の娘の名前スッよ。このライラ、隣の街の大富豪と結婚が決まっていたんスが、何をとち狂ったのか流れ者の男を好きになりましてね。駆け落ちするだの、言い出す始末で」 「……それで?」 「町長の強い反対にライラも諦めたようスッよ。それが落ち着いて、後は一月後の結婚式を待つだけというときになって、これだ。元々も髪が薄かったが、今回の件で完全にハゲてしまいましたよ、町長」 「それはお気の毒ですね」 レイテは息をひそめた。女性だけではなく、男にとっても髪は命だ。 「話を元に戻しますが、あなたたち五人が身代わりになる娘さんは、もう決まっているのですか?」 「年の幼い者を優先的に外しました」 「では、もう一人、外してください。僕の弟子が百人のうちの一人に入ります」 「弟子って……この頃、若様の後をくっついている赤髪の坊主ですか?」 「ルーと言います。一応、女の子なのですが」 「女の……」 「とても、そのようには見えないでしょうね。今、変身中です。顔立ちはそう悪くないので、着飾れば美少女に見えなくもないと思いますよ」 「弟子ってことは、その子も魔法が使えるんスか?」 「まあ、少し。相手が魔法使いというのならば、あの子でも役に立てると思いますよ。グレースさんを始め、他の生贄の皆さんは魔法の実態を知らない。それで取り乱してしまう可能性もなきにしもあらず。その際、魔法を知っているルーは、少なくとも冷静に動ける。パニックになっている皆さんはルーに任せて、僕はそのレイテ・アンドリューを相手にしましょう」 もうレイテの中では完全に筋書きはできていた。 とりあえず、生贄に混じり、偽者のレイテ・アンドリューの顔を拝んだら、強制的に他の生贄の娘たちを移動魔法で街に送り返す。この際、娘たちをルーに任せておけば、まあ、安心だろう。 そうして、後は偽者をたこ殴りにしてやる。 もう二度と、その口でレイテ・アンドリューの名を騙れないように生爪を剥ぐが如く、歯を全部抜いてやろうか? それとも声帯を潰すか? 舌を切ってやるのも良い案かもしれない。 「フフフフフッ」 薄く笑うレイテの声に、グレースの腕に、鳥肌が立った。 本能で察する不気味さが、透明な声に宿っていたのだろう。 「先生っ! いますか?」 バンと音を鳴らして、自警団詰め所のドアが開いた。そこに飛び込んできたのは赤い人影。 クルクルとカールして、両耳のサイドを白いリボンで結んだ赤い髪。白い肌を頬紅でピンクに染め、それに合わせたピンクの口紅で飾った唇。けれど、それが甘ったらしく感じることがないのは、炎のような赤い瞳のせいか。 少女は髪の色に合わせたのか、赤い膝丈のワンピースを着ていた。大きな襟の淵には白いレースの飾り。ダラリとした袖口もレースで飾られている。ふんわりと膨らんだスカートの裾からは白のフリルが見える。そこから伸びた足には赤のハイソックス。こちらも、履き口の周りを白のレースが飾っている。靴も赤の革靴で、紐で結ぶタイプものだ。 全身が赤尽くめ。でも、それが似合っているのは、やはり赤い瞳だからか。 まるで、人形だ。グレースは赤い少女に対して、そう思った。少女の服装は思いっきり、生活観を無視していた。 眉をひそめる団長を眺めて、レイテは少女へと視線を移した。 「先生っ?」 赤い少女は詰め所内をキョロキョロと見回すと、悠然と椅子に腰掛けたレイテを見つけ、パタパタと駆け寄ってくる。 この間、室内の自警団のメンバーは全く、目に入っていないようだ。 「先生っ! 着替えてきました。どうですか? 俺、可愛いですか?」 赤い少女は、レイテの前でクルリと一回転してみせた。 ふわりと揺れるスカートの裾から白い素足が見えて、グレースが慌てて目を逸らすのがレイテの視界の端にあった。 「ええ、可愛いですよ。見違えました。変われば変わるものですね」 レイテは少女の姿を上から下まで眺めた。服装の効果もあるだろうが、これでルーを男と見間違うものはいないだろう。 レイテの褒め言葉に、ルーは「えへへ」と嬉しそうに笑った。 「髪はつけ毛ですか?」 「カツラです」 ルーは頭に手をやると、スポッとカツラを取り外した。赤い髪はそのままだが、ようやくうなじに掛かろうかというほど髪は短い。 ヘアースタイルが一変しただけで、人形のような愛らしい少女は、レイテの目の前から消えうせた。 「…………………は、儚い幻でしたね」 レイテは深いため息を吐いた。どんなに外見が変わっても、ルーの中身はまだ少女にはなりきれていない。 「……ルー、女の子の格好をしてみてどうですか?」 レイテはルーの頭にカツラをガシッと被せ直して問いかけた。 「うーん、何だかスカートの中がスースーします。先生みたいに、下に短パン穿いてもいいですか?」 「君、乙女にあるまじき発言をしますね」 そんなことを言い出していたら、一生、スカートなんて穿けないのではないか? レイテは軽い頭痛を覚えた。そんなところから、教育をし直さなければならないのだろうか。 「れ、レイ様……」 ルーに遅れること三分、ミーナが肩で息をしながらやって来ては、レイテの顔色を伺った。 「あ、あの……如何でしょうか、ルーちゃんは」 少年のような外見のルーをどうしたら女の子らしく見せられるのか、と悩んだ末に、ミーナは雑貨屋の向かいにある洋品店の店頭に飾ってあった人間と変わらない等身大の人形を目にし、素材をどうにかするより、とにかく飾ってしまおうと考えた。 結果、衣装はちょっとばかり派手になってしまったが、中々可愛くできあがったのではないか、とミーナは自画自賛。後は、これがレイテのお眼鏡に適うかどうか。 レイテはミーナに優しく微笑んだ。 「ありがとうございます、ミーナさん。大変可愛らしく仕上げてくれて。これなら、美少女と言っても通じるでしょう。……口を開かなければね」 「それ、俺に黙っていろってことですか?」 ふくれ面を見せるルーに、レイテは薄く笑って答えた。 「その通りです。君、頭が良くなりましたね」 「………………ヒドイ」 「グレースさんには紹介がまだでしたね。僕の弟子のルビィ・ブラッドです。ルーと呼んでやってください。ルー、こちらはグレースさん。フラリスの街の自警団をこの若さで束ねていらっしゃる方です。ご挨拶しなさい」 「初めまして、ルーです」 勢いよくお辞儀したルーの頭からカツラがぶっ飛んだ。床に落ちたカツラは茹でたタコの様だ。 「…………」 「…………」 「…………」 「ルーちゃん……やっぱり、ヘッドドレスをつけましょう」 ミーナがあたふたとカツラを拾い上げると、ルーの頭にカツラを被せ、ヘッドドレスを利用してカツラを固定させた。ヘッドドレスの細いリボンは顎の下で結ぶ。これなら、余程のことがない限り、カツラが外れるということはないだろう。 「な、何だか、威勢のいい嬢さんスッね」 グレースが褒め言葉を探して出てきたのはそれだった。 女の子に対する言葉としては、ちょっと間違えている風ではあるが、ルーに対しておしとやかだとか、可愛い、と言った言葉が適していないのは事実だろう。 レイテは本当に、とため息を吐きながらグレースに同意した。 「……勢いだけはあるのですけれどね」 |