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 22,解決編


「ライラ?」
 グレースは二人組みのうちの一方、金髪巻き毛の美女が、町長の娘であることに驚いたように声を上げた。
「あなたも顔を見せなさい。もう茶番は終わりです」
 レイテが水色の瞳でライラの傍らに立つ、黒衣に身を包み、黒い布で覆面をした男を睨み付けた。その男が顔にかかった布を外すと、下からは造りものめいた秀麗な顔が現れた。
 背中まで伸びたストレートの黒髪。卵形の顔にバランスよく並んだ切れ長の瞳は漆黒。
 すらりと伸びた肢体は、レイテと比べても遜色のない完璧さで、ルーは思わずレイテと見比べてしまった。
 指先に持った黒の布をハラリと落として、黒の青年はレイテに問いかけた。
「お前、何様のつもりで俺に命令してるわけ?」
「そういうあなたこそ、何故、レイテ・アンドリューを名乗るのですか?」
 問いを問いで返して、レイテは青年が落とした布に目をやった。突如、炎が立ち上り、布は黒い灰を残して一瞬で燃えてしまった。
 グレースは目を丸くするが、ルーはレイテの仕業だと見抜く。
「あなたは魔法を使えるようですが、僕も使えます。魔法を使えるということで優位性を保とうとするなら、よしておきなさい。恥をかきますよ」
「へぇ、それで? お前こそ、たかが魔法が使えるって程度で、俺に説教するわけ? 自分が相手にしている奴がどんなものかも見極めていない段階で偉ぶるのは賢くないぜ」
「あなたのほうこそ」
「……お前、むかつく」
「あなたの計画を邪魔してしまった本人ですからね。好かれるとは始めから思っていません。第一に、あなたの感情一つで動かせるほど、僕は易くない」
「アハハ、それ、この馬鹿女のことを言ってるわけ? そりゃそうだ。男の言葉一つで騙されて自分の家を燃やしちまうんだもんなぁ」
 青年はライラから距離を取った。
 突然、一人放り出された彼女はオロオロと視線を彷徨わせる。レイテはその姿を一瞥し、青年へ目を向けた。
「彼女に同情する気は、僕にはありませんがね。あなたの言葉を僕の意として話すのは止めてください。不愉快です」
「何でぇ〜? もう、お前はさぁ、全部をお見通しなわけなんだろう? だったら、馬鹿だと思うだろう? この女」
 ケラケラと笑う青年にいくつもの氷の矢が飛んだ。青年の周りを一周する形で、矢は舞台を突き刺す。
「あなたが彼女を貶めようと僕には関係ありません。ですが、それを僕の言葉のように語るのは止めるように言いましたでしょう」
 レイテは青年を見据えた。ルーだったらその視線に石化してしまうところだが、青年は薄く笑って受け止める。
「怖い顔するなよ、せっかくの美人が台無しだぜ?」
「あなたと違いまして、僕は笑顔を振舞わなくても美人なのですよ」
 レイテは半眼で冷たく告げた。
「ホント、むかつくな、お前」
「何度も言わせないでください。あなたに好かれる気は僕にはありません」
「へいへい。じゃあ、お前の口からこの女の馬鹿さを言ってやってくれよ。そこの二人に説明しなけりゃならんのだろう? それに馬鹿女自身、自分がやったことに対してわかってないみたいでさぁ」
 漆黒の瞳で横目に、ライラを見やった青年はフンと鼻を鳴らした。
「……もうここまで頭悪いと、殺したくなるよな」
 青年の周りに突き刺さった氷の矢が、細かく砕け氷の礫となってライラを襲う。レイテが視線をそちらに流して、魔法を構成した。
 ライラに襲い掛かる氷の礫は寸前で水蒸気と化して消えた。狙われたライラは驚いて床に座り込んだ。
 青年は舌打ちして、レイテを睨む。
「罪を誘った張本人が裁きを下すなど言語道断です。僕の目の前でそんな真似が実行できるなど思わないでください」
 低く押し殺した声でレイテが言った。青年は降参というように両手を上げた。だが、その顔は薄く笑っている。
「じゃあ、お前が裁判官? なら、まずは罪状から言ってくれよ」
「あなたの罪はそちらの娘さん、ライラさんを利用したことです」
「利用って何よ?」
「あなたは恋仲になったライラさんに恐らくは借金でもあると言ったのでしょう。そのせいで命が危ない、金の工面をしてくれないかと」
「そう聞くと、結婚詐欺みたいだな」
「あなたは結婚詐欺よりも質が悪い。あなたのために、ライラさんは意にそぐわぬ結婚を望んだのですからね」
「若様、それって……」
 グレースが二人の会話に割り込む。レイテは客席の彼を振り返って頷いた。
「そう、ライラさんが大富豪との結婚に望んだのは恋人のためですよ。彼と別れたように見せかけ、父親の説得に折れたという形で、壊れた縁談を元に戻した」
「…………ライラ、お前」
「そこまで、強くあなたのことを思っていた彼女に、あなたはまた嘘を重ねた。結婚などしなくてもいい、借金を返済できて、二人でいられる良い方法を思いついた、と」
「な、何スか? その方法って」
「人身売買ですよ」
「……つまり、生贄事件のでっち上げスか?」
「その通りです。まず、レイテ・アンドリューの名を騙り生贄の要求をしました。しかし、これは誰も受け入れなかった。当然言えば当然でしょう。本物と判別できる証拠は何も無いのですから」
「それで町長の家を燃やしたんですか、本物と見せかけるためにっ!」
 ルーはレイテの言を引き取って叫んだ。
「そういうことになります。最も、実際に家を燃やしたのはライラさんでしょう」
「ライラがっ? でも、あの火は普通じゃなかったスッよ! あれは魔法スッ」
「彼女は彼から魔法を習ったのでしょう」
 レイテの指摘に対して青年は薄く笑ったまま、顔色一つ変えない。
「燃えた後に残されていたテーブル。その裏に結界魔法の魔法陣が記されていました。あのように実際に書き記す行為は初心者です。あなたはどうやら、魔法陣を省略して魔法を発動できる上級レベルの腕前のようですから、実行犯はライラさんということになります。指示したのは他でもなくあなたでしょうが」
 セリフの後半、レイテは青年を見据えて断定した。
「ヒドイっ!」
 レイテの名前を騙っただけでも許せないのに、レイテの仕業と見せかけるために魔法を悪用するなんて。
 しかも、自分を好きでいる女の人を利用するなんて。
 ルーは黒の青年をギッと睨み付けた。その視線に気がついた青年はスッと目を細める。
 ギンっ! と耳元で空気が鳴った。ルーはギョッと目を剥く。今のは風の魔法?
(こいつ、今、俺を狙ったっ!)
 レイテが魔法で庇ってくれたらしい。青年は再び舌打ちした。
「むかつくなっ、ホント」
「僕の大事な宝石に手を触れないでください。汚れます」
「何? お前、そんなガキがいいの? 趣味悪っ!」
「罵倒したところで、痛くも痒くもありませんよ。あなたに僕の高尚な趣味が理解できるとは思えませんからね」
「人のこと馬鹿にしてくれてるけどさぁ、お前、それで全部解決した気?」
「何ですか?」
「その女を俺が騙して、全てを仕組んだ。生贄を買い手に売りつけて手に入れるはずだった金が、俺の目的? 本気でそんなこと思ってんの?」
「…………」
 眉をひそめるレイテに青年は笑った。
「別に金なんて関係ないぜ。借金なんてあるかよ」
「そんなっ? 借金を返せないと殺されるって言うから、私はっ!」
 ずっと黙っていたライラが悲鳴染みた声を上げる。そんな彼女をうるさそうに青年は振り返った。
「何? 全部俺のせいだって言うわけ? 人に責任転嫁してんじゃねぇよ。確かに俺は嘘をついたかもしれないがさぁ、実際に家を燃やしたのはお前だぜぇ」
「……私は」
「騙されたから被害者だっての? だから、お前は馬鹿だって言うの。被害者なら何をしてもいいわけ? 許されるわけ? 被害者は被害者だから同情されるんだよ。加害者に回った時点で、お前は俺のことを非難できる立場じゃねぇっうの」
 ライラを指差し、断罪する青年にグレースが叫んだ。
「お前がそれを言えた義理かっ!」
 メリメリメリッと床に据え付けられた座席が、音を立てて軋んだ。ビックリしてそちらに目をやるルーの視界に、ガタガタと揺れる椅子。目を見張ると、床から引き剥がされた座席がグレースに襲い掛かる。
「なっ!」
 危ないと、息を呑むルー。瞬間、危機に直面したグレースの前で椅子は弾けとんだ。
「先生っ!」
「……わ、若様?」
 ルーの言葉を受けて、グレースが舞台を仰いだ。二人の声に頷いて応えるレイテが、守ってくれたのだと知る。


「……あなたは」
 レイテは黒の青年を振り返った。しかし、一瞬前までその場にいた青年の姿が、レイテの視界から忽然と消えていた。
「────?」
 どこに消えた? 青年の気配を探るレイテの背後で声が聞こえた。
「お前がレイテ・アンドリュー?」
(……陽動っ?)
 グレースへの攻撃はレイテの注意を逸らすためのものだったらしい。無防備に背後をとられて、レイテは自分の失態を知る。慌てて結界魔法を構成しようとしたところで、青年が問いかけてきた。
「なあ、お前、死なないってホント?」
(どうして、それを?)
 振り返りかけたところへ胸を貫く衝撃。ミーナから借りた服の上着を突き抜いて現れたのは氷の剣。赤く染まったそのガラスのように透明で鋭利に尖った氷の刃を見下ろして、レイテは肺に溢れた血を吐いた。
(…………くっ! 馬鹿なっ)
 鮮血が散った。

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