トップへ  本棚へ




 34,古代遺跡の街角


 銀髪に水色の瞳の麗人が、スタスタと歩いていく。
 注目するな、と言うほうが無理な外貌の人影に続くのが、やたらと長身の茶髪青年と赤毛の少年──少女なのだが、第三者の目には少年にしか見えない。その二人の足取りは銀髪青年のそれとは比べ物にならないほど、フラフラとしている。
 赤毛の少女が、街路の側溝にはまりかけるのを茶髪青年は慌てて、止めた。しかし、少女を持ち上げたところで、力尽きてバタリと二人揃って道路に転がった。
 一区画ばかり先を歩いていた銀髪青年は、二人の連れがついてこないことに気付いて、舞い戻ってきた。
「二人とも、こんなところで寝ていたら、他の通行人の方々の迷惑ですよ。さっさと起き上がりなさい」
(鬼スッ……。若様は鬼スッよ……)
 茶髪の青年──グレースは石畳の上に顔を伏せた姿勢のまま、最近、そうかな? と思っていたことを再確認した。
 魔法文字の暗記テストは、二人とも見るも無残な結果だった。とりあえず、覚えやすい文字を集中的に覚えたルーとグレースに対し、レイテは複雑な文字ばかりをテストに出してきた。
 グレースは十点にも満たず、ルーは何とか四十点は取れたものの、最低ラインの五十点には届かなかった。そして、二人は一週間の食事抜きを宣告された。
 タダでさえ、人の何倍も食べるグレースは三日も食事を抜けば死亡する──と、本人は思っている──その危機感から、師匠に慈悲を乞う。
 しょうがないですねぇ、と言いながらレイテは再テストを約束してくれた。結果、二日寝ずに勉強したルーとグレースはなんとか五十点を確保し、食事にありつけた。やっと、一息ついてホッとしかけているところへ、レイテは無情にも言い放った。
「それでは、これからドリアスの街に出掛けましょうか」と。
 そうして、一睡も出来ないまま、今に至る。
「若様……二時間でいいスよ。寝かしてください」
 そう訴えるグレースの傍らで、ルーはもう寝息を立てている。
「しょうがないですね。宿を取りますから、ルーを背負ってついてきてください」
 レイテは通りを眺め、宿の看板を見つけるとそちらに歩いていく。グレースはよろめきながら、ルーを背負いあげてレイテの後を追いかけた。


 二時間キッカリに目が覚めた。自警団に務めるようになって、短い睡眠時間でも疲れが取れる体質になったのは良いことか、どうか。とはいえ、意識が完全に覚醒しているかと言えば、それも怪しい。
 眠気眼をこすりながら、身体を起こしたグレースはベッドの上を見た。それぞれ、個別に部屋を取ろうとしたレイテに自分は床で眠るからと、ルーにベッドを譲っていた。
「嬢さん……そろそろ、起きるスよ。若様との約束の時間……」
 ベッドの上からはルーの姿が消えていた。もう起きて、レイテのところに行ったのだろうか? 割と人の気配には敏感な方だと思っていたが……グレースは小首を傾げた。
 寝癖頭を直しつつ、部屋を出ようとしたところ、自分以外、誰もいないはずの室内から声が聞こえた。
「チョコレートケーキ〜、チーズケーキ〜、シフォンケーキ〜」
 呻くような、歌うようなその声に、グレースはバッと背後を振り返る。安い宿の一室はベッドと小さなテーブルに椅子が一脚、置かれているだけ。
 誰もいるはずがない……。
 しかし、グレースはふと思い当たって、ベッドが寄せられた壁の隙間を覗き込んでみた。そこには半ば予測通り、ベッドから転げ落ちたらしいルーが僅かな隙間にはまり込んで眠っていた。
「…………嬢さん」
 隙間の幅は、グレースが手の平を一杯に広げた時の親指と人差し指の幅よりちょっとあるくらいだろうか。華奢なルーなら落ちるのもありだろうが……。
(っていうか、どうやって落ちるスッか?)
 普通に寝返りを打った場合、壁に肩がつかえて落ちることはないと思うのだが?
 グレースはベッドを手前に引っ張って、隙間からルーを引きずり出す。
「起きるスよ、嬢さん。若様がお待ちスッよ」
 あんまりレイテを待たせたら……。
 グレースにはようやく、レイテの本質が見えてきた。
 フラリスの街に普通に出入りし、金持ちの坊ちゃんを演じていた愛想の良さは、外面だ。内面は結構、怖い。身内には厳しいタイプだ。
 弟子になったことで、グレースもまた身内と認識されたようである。
「嬢さん、……嬢さんってば。若様が、ケーキを作って待っているスよ」
 ここ数日でスッカリ把握してしまったルーの性格に、グレースはそんなデタラメを口にする。
 案の定、ルーの目はパッチリと見開かれ、「ケーキっ!」と叫んで、少女は飛び起きた。立ち上がる際、グレースの顎をその後頭部で強打して。
 ズキズキズキと痛む頭と顎をそれぞれ撫でながら、宿の一階の食堂に下りてきたルーとグレースは、食堂の一角がやたらと華やいでいるのを目撃する。その中心にいるのはレイテだ。食堂全体が華麗なその美貌に目を奪われている。
「うー」
 グレースの傍らでルーは低く呻くと、大股で食堂を横切っていく。そして、レイテの周りを群がる女性たちの間を割り込んで、レイテの横に陣取り、レイテの片腕にギュッとしがみ付く。まるで、自分のものだと主張するように。
(……はあ。こういうところは、しっかりと女の子しているスッね)
 これじゃあ、ミーナの立ち入る隙なんてないだろう。グレースはレイテに片想いしている幼馴染みの恋路にため息を吐く。
(若様も……行動ではそう見えないスが。ちゃんと、嬢さんのことを想って……)
 いるのだろう、多分。
 ……踵落しは決める、鉄拳を与える、おやつ抜きなどの非道な行為に走っているが……。
(うん……。まあ……。人の恋路なんて……それぞれスッから)
 グレースは迷路にはまりそうな思考を断ち切って、二人の元に向かう。
 テーブルの周りに椅子をどこからか持ち込んで、レイテの周りを取り囲んでいるのは女学生か。皆、ルーと同年代らしい幼さが垣間見られる。だから、こうも行動的に出られるのか。
 フラリスの街ではレイテは高嶺の花として、遠くから焦がれるだけの存在であったが。
 その少女たちは突然、現れたルーに目を丸くする。ルーは彼女らに対して赤い瞳で睨んだ。
 レイテは剣呑な雰囲気をまるで解せずに、ルーに目を向け尋ねた。
「疲れはとれましたか、ルー」
「はい。もう、絶好調です」
 ルーは言葉を裏付けるように、レイテにニッと笑って見せる。
「それは良かった。……グレースさんも、そんなところに突っ立っていないで、こちらにいらっしゃい。食事を取りましょう」
「え、あ、はい……」
 グレースは頷いては見せたものの、レイテの周りに群がった者たちが邪魔で近づけない。ルーのように少女らの間を分け入っていく気概もない。これが悪漢相手であったなら、躊躇もしないが。
「ああ……」
 レイテはグレースの状況をつぶさに把握して、キラキラ笑顔を少女たちに差し向けた。
「待っていた連れが来ましたので、皆さん、僕はこれで失礼します。ルー、グレースさん、僕らは席を変わりましょう」
 席を立ったレイテはルーを連れて、輪の中から出てきた。
 呆気に取られる少女たちを置いて、レイテは食堂の給仕をしている者に声を掛けて、席を用意してもらう。三人は食堂の片隅の席に暫くして腰を落ち着けた。
「良かったスッか?」
 グレースは背中に感じる視線の数々に声を潜めて、レイテに尋ねた。
「何が?」
 改めて手渡された食堂のメニューに目を落としながら、レイテは聞き返す。
「えっと……何か、心証悪くしていないスッか?」
「グレースさんが?」
「いえ、若様スッよ」
「ああ……彼女らとは、長くお付き合いするつもりもありませんからね。愛想はほどほどで構いません。フラリスの街の皆さんでしたら、僕ももう少し気を使いますがね」
 レイテは外面の好さを付き合う人間によって使い分けているらしい。
 やはり、自分は身内の認識されているのか。本音を見せてくるレイテにグレースは笑った。
「それにしても、モテモテスッね」
「意図的に好意を持ってもらうように、仕掛けましたからね。隙を見せなければ、本来は誰も僕に近づいてはきませんよ」
 確かに、この超絶美貌の青年は近寄りがたい雰囲気をかもし出している。
 フラリスの街の女性たちがレイテに対して焦がれるだけに終わっているのは、レイテのほうから近づいてくめのを拒むオーラを発していたからだろう。
(正体を知られないように……距離を取らざるを得なかったってわけスッか。付き合いが続く相手には少し柵を低くして……身内には)
 レイテの行動に納得しながら、グレースは引っ掛かった言葉に首を捻る。
「意図的?」
「あなたたちが休んでいる間、ボーっとしておくのも何でしたので、情報を集めてみることにしたのです。それで、彼女らにちょっと声を掛けたのです」
「浮気じゃないんですね?」
 ルーがキッと鋭い視線で、レイテを見上げた。
「……浮気って、君ねぇ。そういう心配をするのでしたら、僕の側から離れないで監視していてください。連れがいれば、好き好んで僕なんかに近づいてくる人なんていませんからね」
 と、レイテは言うが、ルーの少年のような外見では虫よけにはならないだろう。あの人形のような赤いワンピースを着ていたときなら、ともかくも。
「はい」
 グレースの思考など余所に、ルーは生真面目に頷いて、レイテはそれを満足そうに見つめた。それから、ルーのほうにメニューを預けながら、レイテは言った。
「ああ、見てください。ここの食堂はデザートメニューが充実していますね。ケーキの種類の豊富なこと」
「ケーキっ?」
 ルーはメニューを引ったくり、真剣な眼差しで覗き込む。
「どれ食べよう」
 あーでもない、こーでもない、と悩む弟子に師匠はあっさりと言った。
「確か、君は一生、おやつ抜きでしたね」
 レイテの一言に隣を振り返ったルーは赤い瞳から大量の涙を垂れ流した。
「あうぅぅぅっ、ゲーギィ〜」
「まあ……、デザートとおやつは別物ということで。洟をかみなさい。洟を」
 目からだけでなく、鼻からも大量の水を流し始めたルーにレイテは折れた。
 主導権はいつもレイテが握っているようで、その実、涙を武器にしたときはルーのほうが強いらしい。
(……やっぱ、入り込めそうにないスね)
 幼馴染みのミーナには、別の男を見つけるように忠告すべきだろう。全てのことが終わって、街へ帰ったら。それを考えると気が重いが。
「情報ってあの男のことスッか?」
 グレースはシャツの胸ポケットから大事にしまっていた手配書を引っ張り出して、テーブルの上に置く。
「それもあります。誰か、この街で彼を目撃したことはないかと、聞きましたが駄目ですね。この手配書は街のあちらこちらにも張られているそうですが、彼の姿を見た者はいないとのことです」
「フラリスの街では大っぴらに歩いていたスッから、コソコソしているっていう感じでもないと思うスよ。手配書だって、実際に出回るようになったのは重傷者が意識を取り戻してからのここ二週間ばかりの間スッ」
 生贄事件が終わって、ライラの自殺に呆然としていた時に回ってきた手配書。ドリアスの街に使いを出して、帰ってきた団員から報告を聞くや、グレースは自警団の皆を何とか説得し、暇を貰ってフラリスの街を旅立った。
「ええ。彼はこの街ではそう表立った行動は取っていないと考えるのが妥当でしょう」
 レイテはルーからメニューを取り上げ、グレースに差し出しながら言った。グレースはメニューをざっと眺めて、腹持ちの良さそうなものを八品ばかり選ぶ。
 それぞれが食べるものを決めたところで、給仕を呼び料理を注文する。
「ということは、やはり、奴の目的は遺跡スッか?」
「そう考えて間違いないでしょう。目的もなしに、遺跡に立ち寄ったとは考えられない。ここが、彼の行動の出発点で、フラリスの街は僕に接触するための通過点であった……勿論、僕らが知らないだけで彼は他にも行動を起こしているのかもしれませんが」
 レイテの言葉に、グレースも頷いた。
 フラリスの街の生贄事件は、人々にレイテへの印象を悪くするために企てられた行動の一端でしかない。それがたまたま、レイテがフラリスの街に出入りしていたことで、大事に至らずに済んだ。
 しかし、フラリスの街であの黒の青年が事件を起こしたのは偶然でしかない。恐らくは自分に好意を見せてきたライラを、手駒として使えると判断してのことだったのだろう。
 使えないと判断していれば、そのまま過ぎ去り、別の街で何かを起こしていた。
「それで遺跡についても聞いてみたのですが」
「何か、わかったスか?」
「特には。何でも半年ほど前に地震が起こったことで、遺跡への入り口が見つかったということです」
「地震……ああ、うちの街でも若干、被害が出たスよ。オレも寝ていたベッドから落ちて、額を切ったスよ」
「俺なんて毎朝、頭にたんこぶができているよ」
 ルーが自慢にならないことで、無意味に胸を張った。
「先生、もしかして俺が寝ている間に地震があったりしているんですか?」
「……さあ、どうでしょうね」
 自らベッドから転げ落ちているとは、微塵にも疑っていないのか? 寝相が悪いルーは落ちた後もどうにかして、ベッドに這い上がっているらしい。
 レイテとグレースは目を見合わせ、視線をそらした。
 酒癖の悪さに寝相の悪さ、これが年頃の女の子の在り方かと、思えば自然と現実から目を逸らしたくなったのだ。
 ゴホン、とわざとらしい咳払いで、グレースは場を誤魔化す。レイテもまた何事もなかったように続けた。
「街の地下と言いましても、実際は街の外れに遺跡はあるそうです。発見当初は、遺跡を観光名所にしようという働きがあったらしいのですが、グレースさんがお話してくれた殺人事件が起こってからは街の人間さえ、近寄らないとのことですよ」
 そこまで言ったところで、料理が運ばれてきた。厨房にいる人間全員を担ぎ出してきて、テーブルの上に並べられた大量の皿に、レイテはそれだけでお腹が一杯になった気がした。
「いただきますスッ」
 パンと両手を合わせて言うや、グレースは瞬く間に三つの皿を空にした。ルーはといえば、料理をそっちのけでケーキを頬張る。
「甘い〜美味しい〜」
 幸せそうな嬉しそうなルーの笑顔を見て、レイテはつられて笑っていた。
 遺跡に向かうことで、感じていた緊張は解けた。一瞬、消えかけた食欲を取り戻して、レイテは言った。
「それでは、食事が終わりましたら当初の予定通り、遺跡の調査に向かいましょうか」

前へ  目次へ  次へ