35,プレゼントの秘密 「一つ、確認しておきますが。今朝方、渡した物の使い方はわかっていますよね」 街外れの遺跡へと向かいながら、唐突にレイテは言った。そして、肩越しにルーとグレースを振り返る。二人は水色の視線を受けて立ち止まり、目を瞬かせた。 「…………もしかして、わかっていないのですか?」 キョトンとしている二人に、レイテは顔を引きつらせた。 「プレゼントじゃないんですか?」 ルーは服の袖を捲って腕を出した。細い腕には、赤い石や青い石の飾りがついた腕輪がきらめいている。 グレースも同じように、赤い石や青い石の飾りが鞘と柄に取り付けられた自分の剣を腰の帯剣ベルトから外した。 「この剣が何か?」 「…………本当にわからないのですか?」 レイテはこめかみ辺りを指で押さえながら、再度問いかけた。 二人は朝、レイテから貰った贈り物をしげしげと見つめる。 ルーはレイテからのプレゼントということで、嬉々として身に付けたし、グレースは自警団の団長である自分が持つには、ちょっと華美な装飾に抵抗を覚えたが、レイテが絶対に持っていなさい、ときつく睨んだので黙って受け取った次第だ。 「一見、飾りに見えますがその赤い石、青い石は魔法石ですよ」 レイテは盛大なため息をこれみよがしに吐き出した。 「魔法石って、あの?」 ルーは驚いた。杖についていた魔法石は拳大の大きさだった。しかし、腕輪や剣に飾られた石は親指ほどの大きさしかない。この大きさで本来の働きがこなせるのだろうか? 「杖を持って歩くというのは、行動が制限されてしまいますからね。身に付けやすいように加工してみたのです」 「先生が作ってくれたんですか?」 ルーは腕輪の台座に石をはめ込むレイテの姿を想像して、目を丸くした。 「フラリスの街の鍛冶屋さんに頼みました。君らが徹夜でテスト勉強をしている間にね」 「じゃあ、これ……」 「杖の代わりになります。ただ、石の大きさが大きさですからね。魔法陣の構成に若干、時間が掛かってしまいます。なるべく、その時間差を縮めるべく、赤い石を選びましたがそれでは耐久性に問題が出てきます。だから、青い石も混ぜました」 「えっと……魔法石っていうと……」 グレースはレイテから受けた講義の内容を反芻する。 「確か、魔法陣を書くという行為を省略してくれるスッよね」 「ええ、とはいえ、構成しようとする魔法陣をイメージできていなければ駄目です。しかし、二人とも、徹夜で魔法書を読んで、ある程度の魔法文字や魔法陣図式は頭に入っていますよね?」 まさか、忘れたとは言いませんよね? と、ニッコリ微笑んでくるレイテに二人の弟子は、一瞬、呆然とした後、慌ててコクコクと頷いた。 「では、ここでテストしましょうか」 レイテは辺りを見回した。 街外れのそこは、野原の中に人が踏み込んで作られたような道があるだけ。見渡せば所々に痩せた木が立っている。道のちょっと先に少し緩やかな丘が見えるが、丘というより土の山だ。一応、そこがレイテたちの目的地であった。地震で隆起したそこに遺跡の入り口が顔を出しているという。 「この先の遺跡に入るに当たって、危険はないと思いますがね。何事も用心です。二人の実力のほどを確かめさせてもらいます」 「……本気ですか?」 二人とも顔色を青くする。確かに、徹夜である程度の魔法文字を覚えたが、レイテのことだ。わざと的を外した問題を出してくるかもしれない。それで再び、一週間の食事抜きなんて宣告されたら……立ち直れない。 「心配しなくても、簡単なテストですよ。僕が今から攻撃します。そうですね。火の魔法で。二人はその攻撃を防ぎなさい」 「防げばいいスッか?」 ゴクリと息を飲み込んで、グレースはレイテを見つめ返す。本当にそれだけか? 疑るグレースの視線を前に、レイテは優雅に微笑んだ。 「簡単でしょう? ただし、忠告しておきます。僕の魔力を考えるなら、ただ結界魔法を張るだけで防げると考えたら大間違いです」 「ええっ?」 「まあ、わかりやすいように、呪文を唱えてあげます。呪文が聞こえたら、魔法攻撃が来るというわけです。反撃できるようなら、反撃してくれても構いません」 「反撃って……」 戸惑うグレースにレイテは微笑む。 その顔はやれるものなら、やってみなさいと、はなから反撃などできるはずない。そう確信している顔だった。 「では、行きますよ?」 「いきなりっ?」 「問答無用。《飛べよ、火の鳥》」 レイテの突き出した手の平から、翼を広げた鳥の形をした炎が現れたかと思うと、高く舞い上がった。そして、一直線に急降下してくる。 ルーとグレースはその火の鳥の、まるで本物のような翼の動きに見とれ、間近に迫って我に返る。 ルーは頭を抱えて座り込み、グレースはバックステップで寸前のところを避けた。すれ違った際、火の鳥の熱がシャツ越しでも感じられた。触れたら火傷は間違いない。 (若様ってば、本気スッ) 魔法陣を構成する際──レイテの場合は頭の中で──火の魔法陣に熱の魔法文字を加えれば、炎に対しても熱量を調節できる。火傷しないような炎を作り出すことなど、レイテには造作もないことだが、それを実行しないということは。 (遊びじゃない) グレースは剣を握る手に力を込めた。 「避けていたら、テストの意味がないでしょう?」 空中を旋回した火の鳥は、レイテの前に降り立って消えた。 「心の準備が」 ルーは頭を抱えたまま、レイテを振り返り、言い訳を述べた。 「こちらの都合を考えての危機的状況など、あるはずないでしょう?」 「でもっ!」 「叫んでいる暇があったら、魔法を構成しなさい。《散れ、火の華》」 再度、レイテが魔法呪文を唱える。すると、まるで花弁のように火の粉が舞い散る。 「うわっ、うわっ」 ルーは右へ左へとステップし、落ちてくる火の粉を避ける。 「だから、……避けないでくださいよ」 レイテは顔を半分、手の平で覆った。 「そんなこと言われても、身体が動いちゃうんです」 「ならば、これでどうですか? 《火炎の檻》」 ルーの周りを五本の炎の柱が取り囲む。それは雪竜退治の折に見せた魔法だった。身体を少しでも動かせば炎に巻かれてしまう。 「そんなっ?」 「ルー、僕の弟子であるならば、この炎の檻から逃れる術を君は知っているはずです。自分を信じなさい」 レイテは熱で陽炎のように揺らぐ弟子の影に言った。そして、広げた手の平をまるで何かを掴むように閉じる。 白い指の動きに重なるように、炎の包囲網が狭まるのをルーは目にした。 「先生っ!」 「大丈夫、自分を信じて。ホラ、魔法を」 優しげな声音にルーは戸惑いながらも魔法を構成した。 「嬢さんっ!」 グレースは炎の檻が収縮し、一本の太い火柱に変わるのを見て叫んだ。飛び出しかけたグレースを止めたのはレイテの声だった。 「グレースさん、邪魔しないでください」 「でもっ!」 冷静なレイテの声に、グレースはムッと来て振り返った。すると、レイテの白い立ち姿の前に、空間が揺らいで突如、現れたのは赤毛の少女だった。 「えっ?」 グレースはルーを飲み込んだはずの火柱を振り返り、また首を元に戻して、レイテに抱きつくルーの姿を確認しては、火柱を振り返った。 「……本当は結界魔法の能力値を知りたかったのですがね」 レイテの声に火柱が消える。グレースの目に映るのは野原の殺風景な景色だけ。 「駄目ですか?」 「まあ、危機的状況で今のように魔法が使えるのなら合格としましょう」 微かに笑いを含んだレイテの声に、グレースは師弟コンビに目を向ける。 「あの、若様? 嬢さん?」 「何ですか、グレースさん」 「今……何が」 小首を傾げるグレースにレイテは「ああ」と頷き、説明してくれた。 「移動魔法で脱出したのですよ。先程も言いました通り、結界魔法のレベルを知りたかったのですがね。防ぐより、安全地帯に逃げると言うのは中々、賢い選択ですから、良しとしましょう」 やや呆れた様子ながらも、レイテは自分にしがみ付くルーの頭を優しく撫でた。 「えへへ」 (ああ……安全地帯って……) グレースは最初、レイテが何を指して安全地帯と言ったのかわからなかった。しかし、レイテが魔法攻撃を仕掛けるのなら、一番安全な場所はレイテの懐に他ならない。自分の身に魔法攻撃を仕掛けられるはずもない。まあ、瞬時に避けることも可能ではあるだろうが。 それに、レイテ自身としてはルーに下手にうろちょろとされるより、自分の手が届く範囲にいてくれた方が安心だった。そこでルーがレイテの側が一番、安全だと認識しているのを確認できただけでも、このテストにそれなりの意味はあったのだ。 「さて……」 レイテは一歩、こちらに踏み出してくるグレースを鋭い視線で止めた。 グレースもまた、ルーと同じように安全地帯に身を置くことで、魔法攻撃から逃れようとしたのだが。 「あなた、僕に抱きつくつもりですね?」 冷たい視線に晒されて、グレースは口ごもる。 「うっ」 「止めてください。僕は男ですよ。例え、どんな状況下に陥ろうと男に抱きつかれて嬉しいと思いますか?」 「いや……それは」 嬉しくないだろう。そんなことはわかりきっている。レイテもグレースもノーマルだ。 気まぐれで女装に走っても、精神は純然たる男である。グレースだって男であるレイテを──レイテの場合、男には見えないし、顔はどんな女性よりもグレースの好みをついていた。しかも、家事万能。本当に女だったなら、冗談ではなく嫁に貰いたいと思うが──やはり、男である。抱きしめたところで、嬉しくも何ともない。 しかし、レイテの魔法攻撃から命を守ろうとするのなら、この場合、小さなことにこだわってなどいられない。 「あなただって男を抱きしめて、何の得があります?」 (得はないスッが……命は) 「というわけで、行きますよ。《火蛇の舌》」 放たれた魔法は餌を狙う蛇の舌のように、グレースの足元に伸びてきた。絡め取ろうとする炎の舌に、グレースは地面を蹴って横に飛んだ。 空中でバランスを崩しながらも、受身を取って地面に転がり衝撃を和らげる。 「何度も言いますが、避けたらテストの意味がないでしょう?」 (そんなこと言われても……) 今まで条件反射で対応してきたグレースであるから、反射的に身体が動いてしまうのは仕方がないと言ってしまえば、それまでだが。 「《炎の散弾》」 火の玉が途中で弾け、無数になって襲ってくる。ルーに向けて放った《火の華》は舞い散る花のように緩やかな動きだったが、今回のそれは避けている暇などないスピードで襲ってくる。 「手加減なしスッか?」 ルーと自分の対応の違いに、グレースは悲鳴を上げた。 「あなたの身体能力に合わせてのことですよ」 レイテは静かに言い放つ。本来なら、避けられるはずもないその攻撃をグレースは手にした剣を振り回し剣の風圧で、炎を叩き消した。 「グレースさん、魔法を使うのですよ。《火炎の槍》」 まだ炎の散弾にてこずっているグレースに、レイテはグレースの身長ほどありそうな火で作られた槍を投げつけた。 「──────っ!」 迫り来る槍にグレースは目を見開いた。その火力を見れば、剣の風圧で消火するなど無理だ。それでもって、槍を避けたとしても他の炎が身を焼く。ここは、レイテが言うように魔法に頼るしかない。 (結界魔法を) 二日、徹夜で頭の中にねじ込んだ魔法文字が脳裏にズラズラと並ぶ。その中から魔法陣を構成するにふさわしい文字を選んで、魔法陣を思い描く。 握った剣の柄にはめ込まれた魔法石が瞬時に魔法を構成して、見えない楯は火炎の槍を受け止めた。…………受け止めたが。 (力負けしているスッよ──っ!) グレースは火炎の槍の勢いに押されるのを実感した。ギリギリで魔法を抑えているが、結界魔法を突き破られるのは時間の問題に思う。 「くっ!」 奥歯を噛んで、グレースは自分の中の魔力を魔法へと流す。しかし、能力の差は歴然としている。 「ただ、受け止めるだけでは駄目ですよ」 「ならばっ!」 グレースは新たに魔法を構成した。火勢が衰えるのを手応えとして感じ取った彼は剣を一閃させた。火炎の槍がグレースの剣の一撃によって、消滅する。 ルーは素人と言ってよいグレースがまぐれにしても、レイテの魔法を打ち負かしたことに驚いた。 「凄い、グレースさん。何をしたの?」 ハアハアハアとグレースは肩で息をつく。魔力のコントロールがまだ完全ではないので、少し使いすぎた感がある。フゥと大きく息を吐いて、呼吸を整えルーの質問に答えた。 「えっと、結界魔法に水の魔法文字を加えてみたスッよ。その後、剣に水をまとうような形で魔法を構成したスッ」 「水?」 「火と水は相殺関係にあるっていう、若様の講義を思い出したスッ」 「よく覚えていましたね。本当に飲み込みの早いこと」 感心するレイテにグレースは冷や汗を流した。 相殺する力関係について思い出せなければ、間違いなくグレースは火炎の槍に貫かれていただろう。それを考えると恐ろしく、同時に素人に等しい自分相手に無茶なテストを仕掛けてくるレイテの怖さといったら。 「若様、もしもスッよ? もしも、オレが火と水の関係を思い出していなかったら、どうするつもりだったスッか? 今の魔法の勢いから見れば……」 とても無事に終われたとは思わない。ギリギリでレイテが魔法を無効化してくれた可能性もあるのだろうが。 「大丈夫ですよ、グレースさん。僕がヘマをすると思いますか?」 「じゃあ……」 「骨さえ残らないように焼き尽くしてしまえば、完全犯罪です。そのために火の魔法を選んだのですから」 ニッコリと笑って、レイテはグレースが弟子入りする際にルーとの勝負の折、口にした冗談ともつかない言葉を再度繰り返した。 「………………」 グレースはピシリと身体が凍りつく感覚を覚えた。 「さて、二人ともテストは合格です。今の感覚を忘れないで、危険があれば冷静に対処しなさいね。それでは、遺跡へと向かいましょうか」 レイテはルーの手を繋いで歩き出した。グレースが凍結から解けて、二人の後を追ったのは約五分後のことだった。 |