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 47,彼の思惑


「ドラゴンだなんて……そんな」
 ガランの正体にグレースは戸惑った。
 人外のものに人としての道理を求めることが、可能なのか? そこに疎通しうる意志があっても、根本的に違うルールの元に生きているのだ。
 そんな彼にライラについての責任を問うこと自体、意味がないように思えてしまうのは間違いだろうか。
 ドラゴンが……ガランが何を思っているのか、わからない。
 それと同じように、自分たちがライラやピィに対しての非道をガランに責めることも、彼には理解できないことなのではないだろうか?
 命の重さはきっと同じはずで、昔の人間がガランに対して行った行為もまた非道なものであるのなら……誰を責めればよいのだろう?
「……何で、ドラゴンが……?」
「<破壊巨神>の核は魔力の桁が大きければ大きいほど、その威力は絶大なものになる。一介の魔法使いを核にするより、僕や彼のように魔力が桁外れな者を核に据えたほうが、一回でより大きな効果を望めるでしょう」
「それで……こいつを」
「人並みの魔力であるのなら、他の誰でも良かったのだと思います。しかし、それ以上の魔力を求めたとき、人の中に見つけた僕は結界の内側にこもっていましたし、既に不死である僕を魂転換の魔法によって<人形>化することは不可能と判断されたのでしょう」
「若様を<人形>に……?」
「あくまで可能性の問題ですがね。魔力レベルが高い者と聞いて、直ぐに思い浮かぶのは僕だったと思いますよ。ならば、僕を<破壊巨神>の核にしようと考える輩もいたでしょう。ドラゴンの魂を<人形>に移して、核にするという計画を打ち立てるくらいですからね」
「…………」
「とりあえず、可能性の話はここで終わりにして、事実からわかることを推測していきましょう」
 レイテはガランに視線を向ける。
「ドラゴンであるが故に、<破壊巨神>の核として選ばれたあなたは、人間によって捕獲されてしまった。そして、魂転換の魔法を実行され、<人形>の身体に移された。しかし、ここであなたは魂転換の魔法に成功してしまった。本来なら失敗して、あなたは自我も記憶も失うはずだったのに」
 やはり、人ではなくドラゴンであるからなのか? レイテにもわからない。
「そこであなたが核になることを受諾することはありえない。当然、あなたの存在はハルヴェンランドにとっては内側に爆弾を抱くようなものでしょう。彼らはあなたを部屋ごと封印し、あなたは眠り続けることとなった。地震のエネルギーが結界の魔力を上回り、封印を破壊するそのときまで」
 ガランは身体を床に横たえたまま、レイテの推理を聞いていた。
 その表情は無表情で、何を考えているのかまるっきりつかめない。グレースはガランに対する感情を決めかねていた。
 ハッキリと、敵と認識できているときは、迷うことなどなかった。しかし、今のガランはこちらに敵対する意志もみせない。壊れた身体を投げ出して、それこそ、捨てられた<人形>だ。


「目覚めたあなたは遺跡に残された資料で<破壊巨神>の存在などを知ったのでしょうね」
 古代文字ならば、人語を解するドラゴンも解読は可能だっただろう。
 元々、古代文字は人が作った文字ではないという。もしかしたら、ドラゴンが仲間同士の連絡用に作られた文字ではないかと。
 本当のところはわからないが、ガランに関する資料だけ廃棄されていたことから、ガランが古代文字を理解できたのは間違いない。
 レイテは淡々と言葉を紡いでいく。まるで、その場にいて目撃したかのように。
「まずは最初の殺人について、考えてみました。あなたにとって人間は憎い存在だ。遺跡に入り込んだトレジャーハンターたちと遭遇したとき、恨みの感情ままに彼らを殺したのかと思いました。でも、それは違いますね?」
 レイテの問いかけにガランは無言を通した。
 代わりにグレースがレイテに応えた。
「若様……それはどういうことスッか?」
「生き残った者がいたことです。復讐が目的なら、関わった人間を一人一人殺していっても構わない。確かに、<破壊巨神>を使えば一度に人類を殲滅することも可能です。<破壊巨神>を修復する──そのために、彼は激情を抑えて、ライラさんを利用し僕をおびき出そうした──それは表向きですが──でも、あの事件を僕が知ったのは偶然であって、その計画が実際に僕の耳に入るのに掛かる時間は本当のところ、一年も二年も掛かる可能性があった」
「…………」
「不自然でしょう? 彼には街を一つ殲滅する力がある。戦争兵器として作り変えられた身体はそれが可能なだけの能力を有している。そこで、僕が考えるのは、あなたは魔法をまだ使いきれなかった。故に、あなたは殺すという目的もないのに彼らを殺してしまった。そうではありませんか?」
 目覚めたばかりのガランは、自分の体内に刻まれた魔法陣による戦闘方法を把握できていなかった。トレジャーハンターたちと対峙したとき、ガランは脅かすことで彼らを遺跡から排除しようとしただけではないのだろうか? それがレイテの推理だ。
 ガランの意図とは別に、魔力は魔法を構成し殺人が実行された……。
「遺跡を出たあなたは経過した時間と魔法戦争の結末をその目で確かめた。そして、<破壊巨神>を利用しようとしたところ、魔法陣が壊れて使えない事実を知った」
「…………先生、こいつが<破壊巨神>を使おうとしたのって……」
 ルーはレイテを見上げた。
 ガランが成そうとしていたこと、それは昨年の夏にレイテがしようとしていたことと一緒だと、少女は気付いたようだ。
「ええ、その通り。……自殺ですよ」
 レイテはそっと目を伏せた。ガランがもう一人の自分かもしれないと思ったとき、この可能性に気付いた。
「自殺って、どういうことスッ?」
 グレースは、既に了解しきったレイテとルーを交互に見比べ問いかけてきた。
「僕の心臓に刻まれた不死の魔法陣は僕自身の魔力では傷つけることはできません。それには魔法陣に込められた魔力が僕のそれを凌駕しているからです。そして、彼の身体に刻まれた魔法陣もまた……強固な結界に守られているのでしょう」
「結界……?」
 訝しげに、眉をひそめるグレースにレイテは目を向けた。
「魔法陣を保護する目的で構成されたものです。戦争兵器である以上、危険地域に送り出されるのは必至。そこで折角、作り上げた<人形>が壊されてしまっては元も子もない。ですが、結界で魔法陣を保護していれば、魔法陣が壊れない限り修復される」
 グレースはハッと気付いてガランを見た。
 微かに感じていた違和感は青年の身体に開いた穴だ。切り落とされた腕も、自ら爆破して砕いた腕も元通りになっていた。それはこちらが目を離した少しの間に。
 だが、今ボロボロになったガランの身体は修復されている気配がない。
「自分では壊せないものを、あなたは<破壊巨神>の魔力増幅によって壊そうとした。あなたは魔法使いではないから、あの遺跡で得られる魔法知識では解呪する術を得ることはできなかった。しかし、壊す方法はあなたが目を覚ました地震によって、知った」
「確か……込められた魔力が外的から与えられる力より強いことが条件って……」
 遺跡の中でレイテが言っていたことをグレースは唇に乗せた。
「その通りです」
 レイテはコクリと頷いた。
「彼の魔力では彼自身を壊せなかった。ハルヴェンランドにとっては最終兵器となる存在ですからね。結界には大多数の魔法使いの魔力が込められているでしょう」
 ガランの魔力すら上回るそれは、レイテでも解呪するという方法でしか壊せない。
「ですが、<破壊巨神>は壊れていて使えない。修復しようにも、あなたにその知識はない。困ったあなたは不死の魔法使いの噂を聞いて、僕を利用しようとした。でも、肝心の僕は結界を張った城の内側にいて、僕とほぼ同レベルのあなたの魔力では壊せなかった」
 ガランがレイテの不死の魔法陣に傷をつけた。それは驚愕の事実だったが、壊すに至らなかった。最初から、知っていたのだろう。
(僕を殺せないことを……)
 それでもガランが心臓を狙って攻撃してきたのは、レイテが本物であるかを確認するためだ。
「そうして、あなたは僕を外へと引きずり出す策を練った。悪評が広まり人々の間に僕に対する不満が募れば、人々は僕の城へと詰め掛ける。そうなれば、僕としても外に出らざるを得ない。そう考えた。それは時間の掛かる計画ですが、あなたが願う魂の解放には僕という存在が必要不可欠だった」
「…………」
「僕としてはあなたの魂の解放に協力は惜しみません。でも、あなたはドラゴンであるが故に、人である僕に協力を求めることはできなかった。あくまでも、自分の支配下で屈服させる形で、僕を動かす必要があった。それがあなたのプライドで、人間たちへの復讐を捨てる最低条件だったのですね」
 レイテに頭を下げることを選ぶのなら、ガランは人間という種族全てに対して復讐を実行していただろう。
 だが、プライドがそれを許さない。プライドを保持しようとするからこそ、ガランはレイテを支配下に置こうと計画する。それが生贄事件に端を発した一連の騒動の全てだ。
「復讐という言葉をあえて使ったのも、僕たちの危機感を仰ぐため。そうして、僕らは見事にあなたの手の平の上で踊らされた」
 ガランの計画の一端に気がついたとき、レイテとしてはできれば自分のほうで主導権を握りたかった。<破壊巨神>を修復することは危険が大きすぎた。
(時間を掛ければ、魂転換の魔法の解呪も可能だった)
 ガランの自由を奪い、魔法を解呪できれば……そう計画し、ガランとの対決に出たレイテだったが、ルーが人質にされたことで、こちら側の動きは封じられてしまった。
 ここまでの結果を見れば、九割方ガランの勝利といったところだろう。
(最後の一割は……)
「………………そんな。プライドのために?」
 グレースが呆然と呟く。
 プライドのために、ライラやピィは犠牲になったのか?
 復讐という感情に支配された行動のほうが理解できた。しかし……。
「グレースさん、間違ってはいけません。彼にプライドがあったからこそ、人間への復讐は回避されるに至ったのです」
「…………何だか、わけわからないスッ。オレには理解できないスよ」
「お前ら人間に理解されたくねぇーよ」
 ガランが投げやりに言った。
 この誇りを理解して貰おうとは思わない。理解して欲しくもない。たかだか、人間風情に──それがガランの言い分だろう。
「………………………………………………………………」
 長い沈黙が続いていた。グレースは自分を納得させるように、理解しようと努めているようだ。
 レイテとルーはそんな彼を見つめ、ガランは最後のときを待つように目を瞑っていた。
 その沈黙が破られたのは唐突だった。
 微かに続いていた振動が激しくなった。微震に慣れてしまったために、ルーやグレースは<破壊巨神>を揺さぶり続けている振動の正体を忘れていた。
 うねるような大揺れに、グレースは背中から転げ、ルーもまたボールのように跳ね上がる。レイテは浮遊魔法を構成し、足場を独自に作ると少女を再び抱え上げた。
 振動し、上下左右に揺れ動く<破壊巨神>の内側を、支えを失ったガランの身体は翻弄され転がっていく。壁にぶつかり、跳ね上がるたびに、四肢が折れ曲がり破損していく。
「先生っ?」
「若様っ、これはっ?」
 床に必死に張り付いたグレースはレイテを見上げ、この現象について問う。
「暴走ですよ」
「暴走……暴走って、ええっ?」
 レイテの胸でルーは絶叫する。
 <破壊巨神>によって増幅された魔力はガランが自らの身体を破壊するために使ったのではなかったのか?
「……嘘っ! じゃあ……」
 回避されたと思っていた危機はまだ……。

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