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 51,突撃インタビュー


「お邪魔しますスッ、おはようスッ、朝飯食わしてくださいスッ」
 朝食時、突如現れたグレースに、食卓についていたレイテとルーはもう驚きはしなかった。
 ガランとの対決後、グレースは帰郷直前にレイテに移動魔法を教えてくれ、とせがんだ。
 そこで、教えてやったところ、簡単に習得してしまった彼は、生活費がピンチになるとレイテの城に食事をたかりに──グレースの言い分だと、遊びに来たということだが──来る。
「またですか……?」
 レイテはため息を吐いた。
 いきなり来られると、食事の用意も何もしていないので困る。第一に、グレースの食べる量は半端ではない。それらを用意するのに最低一時間は欲しいところだが、自警団の仕事を抜け出してきているグレースに時間の猶予はなく、結局、手軽にできるパスタ料理に終始してしまう。
「グレースさん、せめて予告して頂けると嬉しいのですけれど」
 レイテは早速、大鍋に水を入れて、魔法で沸騰させる。そこへ大量のパスタを入れて、暫く待つこと数分。茹で上がったそれを水切りしオリーブオイルをまぶす。
 フライパンを熱している間にタマネギとにんにく、赤唐辛子にトマトを刻み、油を引いて炒める。でき上がったトマトソースにパスタを絡め、レイテはそれを皿に盛りテーブルに置いた。
「そうすれば、もっと手の込んだ料理を出して上げられるのですけれどね」
「いやいや、これで十分スよ。いただきますスッ!」
 目の前の料理に満面の笑みを浮かべると、グレースは早速とばかりパスタを片付けにかかる。
 レイテは再度ため息を吐いて、スープを器に盛る。
「ありがとうスッ! あー、もう、若様は本当に気が利くスッね。オレの嫁さんになってくれないスッか?」
「その手の冗談は、二度目になると面白くありませんよ。第一に、僕を口説くより、誰かお相手はいないのですか?」
「うーん、今のところは。ああ、そうスッ。若様に聞きたいことがあったスッよ。インタビュー、いいスッか?」
「……インタビュー?」
「はい。今度、フラリスの街の情報を中心にした新聞を発行することになったスッよ。防犯情報とか、新しくできた店の情報とか。……新聞と言うより、情報誌に近いスッが。それの特集記事で若様のことを取り上げようってことになったスッよ」
「何で僕なのです?」
 レイテは嫌そうに、眉根に皺を寄せた。
 詮索の結果、レイテ・アンドリュー本人だとバレてしまう可能性がある。
「だって、若様は街の英雄じゃないスッか。生贄事件を解決してくれたのは、若様だって街の人間はもう子供まで知っているスッよ」
「……あなたの手柄にしておけば良かったのに」
「それは無理スッよ」
 生贄が解放された広場でルーが、皆にレイテが助けてくれたことを、大々的に宣言している。
「若様のことを皆が知りたがっているスッよ。協力してくださいスッ」
「嫌だと言いましたら?」
「どうしましょ?」
 グレースが不安げな目でレイテを見上げてきた。
「何故、僕に聞くのですか?」
「若様へのインタビューは任せとけって、言ってきたスッよ。で、仕事も代わってきたスッよ」
「グレースさん、嘘ついたら、針千本だよ〜」
 ルーがグレースの目をヒタリと見据えて言った。世間知らずの少女は、それを実行しそうで怖い。
「若様、協力してくださいスッよ。インタビューっても、大したことないスッから」
「どんなことを聞きたいのですか?」
「好きな色とか、好きな食べ物とか、初恋の相手とか、好みのタイプ、嫌いなタイプとか……」
 グレースは胸ポケットからメモ帳を取り出すと、インタビューをする内容を口にする。
「そんなことを聞いて、どうするのですか?」
「うーん。知らなくても困らない情報だと思うスッけど。でも、何だか親近感がわくんじゃないスッかね? 例えば、同じ色を好きだったりしたら」
「そういうものでしょうか?」
 レイテは今一つ納得しかねるように、小首を傾げた。
「でも、先生。俺もそれは知りたいです。先生の好きなものって、聞いたことない」
 ルーが身を乗り出すに至って、レイテはしょうがないですね、と息を吐いた。
「わかりました。僕の正体に差支えがある内容には拒否しますが、それに触れない程度には答えてあげますよ。とりあえず、食事を終えてしまいましょう」


「まず、第一問。初恋の相手は?」
 グレースの問いに、レイテは少し考える間を置いた。
「そうですね。初恋と言えば、薬師のクスリさんでしょうか」
「……クリス?」
「クスリさんです」
「女の人スッよね?」
「はい、それは勿論。僕はこれでも、男ですから恋愛対象は女性限定です」
「そう……スッよね。ええと、そのクスリさんとは?」
「病気がちだった僕が出入りしていたお医者様のところで、薬を作っていた薬師の方です。彼女が作ってくださった薬が、僕の命を繋いでいたと言っても過言ではありませんでしたから、彼女には敬意を抱いていました。それが初恋ですかね」
「…………ちなみに、それは若様が幾つの頃スッか?」
「七つのときですね」
「先生ってば、何歳から病気だったの?」
「確か、記憶するところでは六つのときから血を吐いていました」
「………………それは」
 絶句したグレースとルーを交互に見やり、レイテは言った。
「つまり、クスリさんはそれだけ、僕にとってかけがえのない方だったわけですよ」
「なるほど……」
「それなら……許してもいいかな」
 ルーがポツリと呟く。
(……何を?)
「ついでに、嬢さんの初恋も聞いていいスッか? 編集する奴にカットされるかも知れないスッが」
「俺っ?」
「あ、嬢さんの場合は若様スッか!」
「ううん、違うよ。俺の初恋の人はニャンニャン仮面だよ」
「………………はっ?」
「子供向けの小説の主人公です。猫の仮面を被った正義の味方ですよ」
 目を丸くするグレースにレイテは解説を入れてやった。
 ルーがレイテに対して、好きだと自覚したのは雪竜の一件があってのことだ。それ以前のルーは、自分は男になるのだと信じていたし、レイテは容赦のない鬼師匠だった。
「そう、悪い奴をバッサバッサとやっつけるんだ。カッコいいんだよ」
 興奮気味に腕を振り回すルーに、グレースは頬を引きつらせた。
「……そうスッか。ニャンニャン仮面……」
「うん。もう、ニャンニャン仮面のお婿さんになろうって、思ったくらい好きだったんだ」
「…………へぇ」
 相槌にグレースは困った。小説の登場人物相手に、そこまで思い入れできるものなのだろうか? グレースはあまり本を読まないので、ルーの感覚を理解しかねた。
 第一に、お婿さんって何だ? 嬢さんは女の子で──一時期、男になると言っていた時期もあったそうなのだが──ニャンニャン仮面とやらも一応、男なのだろう? 
「ところで、グレースさんの初恋は? 僕らの話だけを聞いて、ご自身のことは語らないなんてことはないですよね?」
 レイテの問いかけに、グレースは救われた気分で顔を上げる。
「あ、オレ、スッか? オレは……ミーナが初恋の相手スッね」
「えー、グレースさん、ミーナお姉さんが好きだったの?」
「幼なじみと言う話でしたね。それで、ミーナさんを?」
 出てきた名前の意外さに、レイテとルーは目を丸くする。
 フラリスの街の雑貨屋の看板娘は、気立てが良くて小奇麗な顔をした女性だ。レイテもルーも、彼女には好印象を抱いていた。
「学校に通っていた頃、母親が弁当を作り損ねた日があったスッよ。そのとき、ミーナが自分の弁当を分けてくれまして、ああ、いい女だなー、と思いましたね。それが初恋……いや、その前に隣のカシスさんが初恋だったか?」
 待てよ、と首を捻るグレースに、レイテは問う。
「カシスさんとは?」
「隣に住んでいた姉さんスッ。料理作りが好きな人で、よく作った料理を分けてくれたスッよ。それで、この人の婿になったら、毎日料理が食えるだろうなーって思って、それが初恋……いやいや、その前に確かハハロアさんが」
「ハハロアさん?」
「フラリスの街で菓子店を営んでいる女の人スッ。お袋の友人で、オレがガキの頃、味見してくれって、よく家に菓子を持ってきてくれて」
「あなたの場合、恋愛感情は食べ物に付随するのですね」
「ん?」
 本人は自覚がないのか、グレースは小首を傾げた。


「次の質問スッよ。好きな色と嫌いな色を教えてくださいスッ」
「好きな色は白ですね。何ものにも染まっていない純白」
 レイテはキッパリと言いきった。予想通りの答えに、グレースは頷いた。
「じゃあ、嫌いな色は?」
「昔のことになりますが……赤が嫌いでした」
「赤っ?」
 ルーは声を荒げ、赤毛頭を抱えた。
「…………どうして、赤が嫌いで?」
 レイテに嫌われたくない一心からか、必死に赤毛頭を隠そうとしているルーを横目に、グレースが、声をひそめるように問いかけてくる。
「やはり、吐血ですね。自分の血を見るたびに、もう何と言いますか、憎らしくて。この世から全ての赤を消し去りたいと思ったことをありましたね。あー、今はそんなに赤は嫌いじゃありませんよ?」
 グシャグシャと髪をかき乱す弟子に、レイテは優しく告げた。
 この世で一番嫌いだと思っていた色が、今はとても尊い色に感じている。
「……でも」
 赤い瞳に涙を滲ませながら、ルーはレイテの表情を伺った。
「大丈夫。君のことを嫌いになったりしませんから。それに言いましたでしょう。昔のことだと……今はとても綺麗な色だと思っていますよ」
 赤毛を撫でつけ、髪を整えてやりながら、レイテは笑う。
(本当に、僕の価値観すら覆してしまって……)
 赤ん坊のルーを拾ったとき、その命の欠片のような赤い瞳に抱いたのは嫌悪感ではなかった。
「本当ですか?」
「本当ですよ」
「良かった」
 ホッと息を吐く、ルーにグレースが笑いかける。
「良かったスね、嬢さん。ちなみに、嬢さんの好きな色、嫌いな色は何スか?」
「えーとね、好きな色は先生と同じ白かな。先生の色だよね。嫌いな色は、黒。真っ黒って怖いよ。グレースさんは?」
「オレは嫌いな色はないスッよ。好きな色はオレンジですかね」
「それはどうして?」
「だって、美味そうでしょ」
「…………結局、そこに行き着くわけですね」


「それじゃあ、好きな食べ物と嫌いな食べ物を教えてくださいスッ」
「好きなのはケーキ。甘くて、美味しいよね。後、お酒も美味しかった〜」
「……………………」
「……………………」
「好き嫌いはしません。全ての恵みに感謝して、食べることを信条としています」
 一瞬の沈黙の後、ルーの発言を無視する形で、レイテは告げた。
 グレースはコクリと頷いて、メモに書き記す。
「グレースさんは勿論、好き嫌いなんてありませんよね」
「勿論スッ」
「やっぱり」
「ねぇ、グレースさん。この前、グレースさんがくれたお酒、また買ってきて……」
「さあ、次の質問スッよ!」
「はい、何です。何でも聞いてくださいっ!」
 レイテとグレースはルーの声を掻き消すように叫んだ。


「ズバリ聞きます。好きな異性のタイプは?」
「えー、そんなー、照れちゃうよ。本人が目の前にいるのに」
 顔を真っ赤にして、ルーは恥ずかしそうに目を伏せた。
「…………」
 いつの間にか、ルーがインタビューの取材対象になっているようだ。あくまで、ルーはおまけなのだが。
「嬢さんは若様が好きってことで……。じゃあ、嬢さんから見て、若様ってどんな人スッか?」
「うーん、優しいと思う。捨て子の俺を拾って育ててくれて、面倒見てくれたしね。後、強いし、綺麗だよ。でも、ちょっと意地悪かな。テスト問題とか、わざと難しい問題出してさぁ、ズルイと思わない。ああいうの、なんて言うのかな、根性腐れ? グレースさんもそう思うでしょ?」
 レイテが隣にいるのを忘れているのではないだろうか? ルーが無邪気に、グレースに同意を求めてきた。
(何でオレに聞くスッよ? っていうか、凄く笑っているスッよ、若様ってば)
 キラキラと、目も眩むばかりの笑顔を浮かべるレイテが怖い。
 そのレイテはゆっくりと右手を持ち上げると、握った拳をルーの脳天に叩き落した。弟子は白目を剥いて、椅子から転げ落ちた。

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