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 52,突撃インタビュー その二 〜理想と現実〜


「……………………」
「さて、グレースさん。質問は何でしたでしょう?」
「あ、はい、あの好きな異性のタイプを教えてくださいスッよ」
 グレースは床に転がったルーをなるだけ視界に入れないようにして、今見たことをなかったことにしよう、と心に決める。
「好みのタイプと言われましてもね」
 レイテは唇を結んで考え込む。細い顎に当てた手の甲は赤く腫れ上がっているが、レイテは痛い顔一つ見せることなく続けた。
「人として、どうかと思うような人は嫌いですよ。公衆の場で他人に迷惑を掛ける人、他人に対して思いやりを持てない人は嫌ですね」
「あー、それはオレも同じスッね。他には?」
「そうですね、あまりうるさくない人が……ああ、こう口うるさい、説教くさいというのではなく──むしろ、そちらは好ましい──騒々しくない人が良いですかね」
「物静かな感じってことスッか?」
「そうですね。あまり多くは語らず、要所で決めると言った感じの……」
 ふと、思い至ったようにレイテとグレースは床に転がったルーに目を向けた。
「……あくまで、理想の話ですね」
「そうスッね。理想の話スッね……」
 顔を見合わせた二人は無言で視線をそらした。
 理想と現実の大きな違いに、知らずにため息が漏れる。
「他には……?」
「理想で言えば、包容力のある、真面目で一途な人なんて良いですね」
「一途ってところは嬢さんにも、当てはまるんじゃないスッか?」
「……まあ、そうかもしれませんね」
 単に、世間知らずなだけなのかもしれないが。それでも、自分のため生まれ変わっても会いに来ると言ってくれたルーの言葉は、レイテに希望を与えてくれた。
 自由を犠牲にして、自分の側に居続けることを選んだルーは一途に思ってくれていると言えるかもしれない。ときに、その愛情表現が子供染みて騒々しく、はた迷惑なものであっても。
 レイテはしのび笑う。
「外見とかに注文は? えーと、髪は長いのがいいスッか? それとも短いの?」
 グレースはメモに記されていた問いを口にする。情報誌を発行する者から、レイテの好みのタイプについては特に細かく聞いてくるように言われていた。
 レイテはフラリスの街の女性たちが密かに恋焦がれている相手である。その彼の眼中にどうすれば入ることができるのか、知りたい女性たちは山ほどいる。その情報を提供することが、第一だ。
「外見ですか? そうですね……髪は長いほうが何となく大人の女性という感じがして、良いですね。ちなみに、グレースさんは?」
「オレはどっちでもいいスッね。じゃあ、スタイルは? 細め、太め?」
「僕自身がどちらかと言いますと、細めですからね。絵的なことを考えると、細めの方ですか。でも、肉付きの良い健康的な方も好きですよ。ただ、太りすぎは不健康でいけませんね。病気は甘く見たらいけません」
「ふむふむ、若様は髪が長くて、健康的な細めの女性が好きっと」
「そう言ってしまうと、何だか、他の男性方の好みと変わらない気がしますね」
 レイテは苦笑した。
「僕はあまり外見にこだわりませんよ。外見の好みはと聞かれれば、綺麗な方を思い浮かべてしまいますが、それはあくまで外側の問題です。内側に宝石のように輝きを持っている人もいるでしょう」
「内面の問題ってことスッか?」
「どれだけ綺麗な顔をしていても、内面が汚れていては自然と表情は暗いもの、陰鬱なもの、冷たいものになってしまいます」
「それ……」
 若様のことですか? と問いかけて、グレースは理性で言葉を飲み込んだ。
(そんなこと言ってみろ、殺される。間違いなく、殺される)
 超絶美形でありながら、性格にはやや問題がある師匠は、ときに冷たい表情を見せることもある。
「……何か?」
 今まさに水色の瞳を冷たく光らせて、レイテはグレースを横目に見た。
「い、いや……何でもないスッよ。こ、こうしてみると若様の理想って、何だかミーナに当てはまる気がするスッね」
「ミーナさん……ああ、言われればそうですね」
 落ち着いた物腰のミーナは確かに、レイテの理想を体現した姿かもしれない。
 実際に、好意を寄せられているのをレイテは好ましく思っていた頃もある。フラリスの街の住人の中では付き合いやすい人間の筆頭に上がるだろう。
 小奇麗な顔立ちも、その性格からにじみ出た品の良さがあり、今ではルーにも姉的存在になりつつある。それは包容力の現れか。
(……嬢さんがいなかったら、ミーナにも脈ありってことか)
 幼馴染みのミーナがレイテに恋心を抱いているのは知っていた。しかし、それが叶わないこともまたグレースは確信していた。
 例え、理想の女性としてミーナが告白してきても、レイテは間違いなくルーを選ぶだろう。
(……思うようにはいかないものだな)
 そうグレースが息を吐いたところで、床からルーが起き上がった。
 たんこぶが第三者の目にも明らかな頭を撫でて、少女はレイテに向かって言った。
「先生。俺、ちょっとお泊りしてきます」
「…………は?」
 何だ、それは? もしかして、別居宣言か?
 目を丸くするレイテ同様に、グレースもまた驚く。
「お泊りって、君……どこに行くつもりなのですか?」
「ミーナお姉さんのところ」
「……ミーナの?」
 何で、そこで彼女の名前が出てくるのか? もしかして、今しがたの会話を聞いていてのか? それで嫉妬から……って、泊まりに行くっていうことは、そういうことじゃないだろう?
 グレースは暴走しがちな思考を前に、冷静になるよう自分に言い聞かす。
「何しに行くつもりですか?」
「……修行です」
「…………えっと、君の思考回路がわかりません。解説をお願いします」
 レイテは顔を顰め、言った。
「だって、先生、ミーナお姉さんみたいな人が好きなんでしょう? だから、ミーナお姉さんみたいになるんです」
(それは無理でしょう)
(間違いなく、無理だ)
 レイテとグレースは、それぞれ心の中でルーの決意を一蹴する。
「ルー、君はミーナさんとは違う人間ですから、彼女のようになろうとして、なれるものではありませんよ」
「でも、先生にもっともっと好きになって貰いたいんです。そうすれば、もっと俺に優しくしてくれるでしょう?」
「僕は何も君が嫌いで意地悪をしているわけではありませんよ。君の養い親として、世間の厳しさを教えようと、あえて意地悪をしているのです。これは愛の鞭。君を愛すればこその仕打ちです」
(何故だろう。愛という言葉が物凄く薄ら寒く聞こえるのは……)
 グレースは美しき二人の師弟愛から目をそらす。
「じゃあ、俺、今のままでもいいですか?」
「それは……少しくらい女の子らしくなって欲しいとは思いますが」
(無理でしょう? それをこの子に望むのは……)
「先生のためなら、何でもするよ。だから、修行するの」
「……そう言っても、ミーナさんにご迷惑でしょう」
「ミーナお姉さん、いつでも遊びに来ていいって言っていました。先生、いいでしょう?」
「どうします、グレースさん。ミーナさんにルーを預けても良いと思いますか?」
 レイテはグレースに答えを求める。
「ミーナなら大丈夫だと思うスッよ。……そうスッね、嬢さんが行くって言うなら、いいんじゃないスッか?」
「そう思いますか?」
「……何か、心配でも?」
「いえ、そんなことはないのですけど……」
 レイテは微かに笑うとルーへと向き直り、その頭を撫でた。そうして、魔法でたんこぶの治療をして、言った。
「では、頑張って女の子らしくなってください」
「はーい。頑張ります。任せてください、俺、きっと女の子らしくなって見せるよ」
 聞く者にとってはとてつもなく不安を感じさせる能天気な声で、ルーは軽く請け負った。


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