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 53,突撃インタビュー その三 〜眠れない夜〜


 昼食を終えるとグレースはルーを伴い、ミーナの雑貨屋へと押しかけた。
「というわけで、嬢さんを暫く預かって欲しいんだ」
 そこで、グレースはミーナに拝み倒す。
「私は構わないのだけれど。レイ様は本当によろしいと言われたの?」
「あー、何だか、不安そうにはしていたけど。でも、嬢さんが乗り気だし」
 雑貨屋の店内を物色しているルーを、ミーナ越しに見やってグレースは肩を竦めた。
「その後は、嬢さんのことオレに任すって。何にしても、ここはもう嬢さんの気の済むようにさせるしかないわけだろ?」
「そうね。私は全然構わないわ。ルーちゃんを預かって、それで女の子らしくなる方法を教えればいいのね?」
 ミーナはグレースに自分の役割を確認する。
「まあ、……そういうことになるのか?」
 逆に問い返されて、ミーナは困った顔を見せた。
「と、とにかく、よろしく、頼む。何かあったら、オレに言ってくれて構わない。そしたら、オレが若様に連絡を取るから。オレは仕事に戻るけど」
「わかったわ。お仕事、気をつけてね」
 雑貨屋を後にするグレースにそう言って、ミーナはルーの元へと向かいながら思う。
(どうして、レイ様もグレースもルーちゃんを女の子らしくすることに不安を覚えているのかしら? ちょっと元気がありすぎる気がするけれど……外見が男の子っぽく見えるだけで、まるっきり男の子というわけじゃないと思うのだけど)
「ルーちゃん。ちょっと、お着替えしましょう」
「え、何で?」
「女の子っぽくなりたいのなら、まずは形から入ってみるのも良いと思うの」
 ルーの格好はいつもと同じ大き目のシャツに半ズボンだ。
「そっかー。俺、スカート持っていないから」
 生贄事件のときに買ってもらった服は、大事にしまってある。というより、ルーはその存在を忘れていた。
「私の古着になるけれど、貸してあげるから着てみましょう?」
「はーい」
 部屋へと歩き出すミーナの後をルーはついていった。彼女がクローゼットの奥から引っ張り出してきたのはシンプルな膝丈のワンピース。
「どうかしら?」
 ルーに服を着せて、ミーナは少女に問いかける。
「わー、これ着ると女の子みたいだね、俺。先生に見せたら、可愛いって言ってくれるかな?」
 自分が女の子だということをルーは忘れているらしい。ミーナは苦笑しながら言った。
「勿論よ。それより、ルーちゃん、女の子は「俺」とは言わないわ。注意しましょう」
「あ、そっかー」
「それじゃあ、今日は私と一緒に店番しましょうね」
「うん、わかった」
 ニッコリと笑うルーは、それだけ見れば可愛らしい少女に見えた。


「……不味い」
 レイテはかまどから焼き上げたスポンジケーキを取り出し、一口味見してみる。ベチョリとした、スポンジケーキとしてはありえない食感が舌の上に広がって、不味さが募る。
「……くっ。よりにもよって、ルーがいないときに、またヒドイ失敗を」
 ルーが自分のために女の子修行すると言うのなら、己も何かしら、それに応えなければとレイテは思った。それで、彼としては苦手としている菓子作りに挑戦してみることにした。ルーが女の子らしく帰ってきたあかつきには、ケーキで祝ってやろうと思ったが、初っ端から大失敗だ。
「だから、菓子作りは苦手なのですよ」
 敗因はわかっている。目分量で材料を量ったせいだ。料理なら大まかな目分量でも、それなりのものができる。しかし、菓子は分量を一つ間違えるだけで、とんでもない代物ができてしまう。
「大体、やることなすこと、細かい作業ばかりで面倒だというのに、分量ぐらい適当でもいいでしょう」
 レイテは独り言が馬鹿らしいと思いつつ、毒づく。
 分量を量るという作業も面倒なら、粉をふるうとか、型にバターを塗るとか、細かい作業行程が多すぎる。それなのに、一つ失敗したら全てが台無しだ。
「誰が、片付けるのですよ、これ」
 レイテはテーブルの上の不味いケーキの慣れはてを目にして、思わず頭を抱えた。


「いらっしゃいませー」
 ルーは入ってきたお客にピョコリとお辞儀をする。中年の婦人客は見慣れない店員に驚いたように目を見開いた。
「いらっしゃい、マーラさん。今日は何をお探しですか?」
 ミーナがルーの隣で接客用の笑顔を見せて、尋ねた。呆気に取られた婦人はルーとミーナを見比べた後、目線でミーナに問いかけた。
「もしかして、このお嬢ちゃんは……若様のところの?」
 ルーの赤毛に赤い瞳は街の住人には珍しかった。
「ええ、レイ様のお弟子さんのルーちゃんよ。事情があって、暫くこちらに預かることになったの」
「まあ、そうなの」
「えっと、俺……じゃなかった、オイラ、ルーです。よろしくね?」
 少女は愛らしい接客笑顔を見せた。その後ろでミーナは自分の耳を疑った。
(オイラ?)
「……ルーちゃん、女の子は「オイラ」なんて言わないわ」
「うーんと、じゃあ「ワシ」?」
 少女は肩越しにミーナを振り返ると、首を傾げた。
「……いえ、それもちょっと、違うわね」
「拙者?」
「…………いえ。あの。どこから出てきたの? 拙者って」
「ニャンニャン仮面参上っていう本で、ニャンニャン仮面が自分のことをそう言うの。拙者はって」
「そ、そう。でも、ルーちゃんは女の子でしょう? 女の子らしい言い方ってあると思うの」
「女の子……お姫様風に、わたくし?」
「普通に「私」で良いと思うわ」
「そっかー。私、わたいぃぃぃぃ!」
 突如、奇妙な雄叫びを上げる少女にミーナと客の婦人はギョッと目を剥いた。奇声を発生させたルーは口を手の平で覆ってしゃがみこんでいる。
「ど、どうしたの? ルーちゃんっ!」
「じだがんだのぉ」
 発音は意味不明だが、状況から察するに舌を噛んだと言ったのだろう。
「まあ、大変。暫く、お喋りは控えてましょうね」
 ミーナの提案にルーは赤い瞳を涙で滲ませながら、コクコクと頷いた。
 ルーをカウンター内の椅子に座らせて、ミーナは改めて婦人の接客を勤める。
「何をお探しですか?」
「粉ミルクが欲しいのよ」
「粉ミルクですね。ちょっとお待ちください」
 婦人の注文にミーナは商品棚から粉ミルクを取ってくる。
「もしかして、お孫さんが遊びに来ているのかしら?」
「そうなの、子供を連れて娘が帰ってきているのよ。旦那と別れるなんて、言い出して」
「えっ?」
「聞いてよ、ミーナちゃん。娘の旦那ってば、娘が家に帰ってきている間に他の女を連れ込んでいるのよ」
「……まあ、そんな」
「男って嫌よね。ちょっと、目を離したら、直ぐ、別の女に目移りするんだから」
「……で、でも、そんな人たちばかりじゃないし。何か、誤解があったのでは?」
 フォローするようなミーナの発言に、婦人はキッパリと首を振った。
「ミーナちゃん、男に夢を見ていたら駄目よ。男はね、根本的に女好きなの。結婚したからって、お嫁さん一筋ってわけじゃないのよ。うちの旦那もそうだったし、アタシの父親もお祖父ちゃんも余所に女を作っていたわ」
「…………でも」
「駄目駄目。男を信じたら、馬鹿を見るわ。お嬢ちゃんもそう思うでしょ?」
「ほえっつっ」
 噛んだ舌を口の中からちょっとだけ出していた──ルーなりに舌を休めていた──少女はいきなり話を振られて、慌てて首を振る。
「そ、そんなことないよ。先生は俺が一番好きだって言ってくれたから。浮気なんてするはずない」
 痛む舌でレイテの名誉のために、告げる。
(他の男の人と、先生は違うんだからっ!)
「アラアラ。でもね、お嬢ちゃん。若様はおモテになるんだから、若様にその気がなくても女のほうが放っておかないわ。それに、迫られたら、若様だってねぇ」
「……マーラさん」
「私だって、もう少し若ければ若様に迫ったわよ。ミーナちゃんだって、好きなんでしょう? 若様が」
「あの、それとこれとは……」
「お嬢ちゃんも、若様の弟子だからって安心していたら駄目よ。浮気されたくなかったら、首輪をつけておくぐらいの用心をしていなくっちゃ」
 婦人はカラカラと笑って言った。彼女なりの冗談ではあったのだろうと思うが、そこまで察することができなかったルーとミーナは店を出て行く婦人を呆然と見送った。


 ミーナに借りた寝間着は裾まである白のネグリジェ。フリルがついたそれは何だか、絵本に描かれていたお姫様のドレスのようで、ルーは少し嬉しくなった。
(何だか、女の子みたいだ。俺……じゃなかった、私)
 レイテにこの姿を見せたら、喜んでくれるだろうか? そう想像すると、ルーはレイテと離れて過ごす初めての夜だということに気がついた。
(先生、どうしてるかな。ちゃんと、ご飯食べたかな? 先生ってば、時々、本に夢中になってご飯の用意するの忘れちゃうから……大丈夫かな)
 ふと、表情を曇らせるルーにミーナが声を掛ける。
「ルーちゃん。髪がまだ、濡れたままだわ。拭いてあげる」
 ベッドに腰掛けたルーの側にやって来たミーナは、タオルで少女の赤毛から水分を取る。
「綺麗な赤い髪ね。伸ばす気はないの?」
「先生、長い髪が好きだって言っていたから、伸ばそうと思っているんだ。女の子っぽく見えると思うし。でも、先生、赤色が嫌いなんだって……」
「そうなの?」
「今はそんなに嫌いじゃないって言っていたけど……やっぱり、嫌われないように伸ばさないほうがいいかな?」
「ルーちゃんは、本当にレイ様が好きなのね」
「うん。大好きだよ。少し、意地悪だけどね。でも、優しいの」
 ルーはクスリと笑って、膝を抱えた。
「先生、今頃どうしてるかな〜?」


「んじゃ、食事に出てくるスッよ。暫く、頼みますスッ」
 グレースは自警団事務所に居残っている年長の隊員たちに、留守番を頼んで事務所を出る。
 すっかり暗くなった街中を見回しながら、グレースは空腹に鳴く腹を撫でる。
「腹減った。……晩飯はどうするかな。若様のところには、朝行ったからな。さすがに、一日に何度もは押しかけられないし……」
 かといって、財布の中身を考えると外食は難しい。
「ミーナんところに行ってみるか」
 面倒見が良い幼馴染みは、最近、グレースが餓えていると食べ物を分けてくれる。
(……いい女だよな、本当に。嬢さんのことがなければ、若様とのこと応援してやるんだが)
 グレースはミーナの家へと足を向けた。
 店の前に来たところで、グレースは明かりが消えた店内を窺う白い影に気付いた。
(泥棒か?)
 腰の剣に手を伸ばしながら、グレースは足音を忍ばせて近づく。一階の店舗は明かりが消えているが、二階の住居部分である窓からこぼれる明かりがやがて、白い人影の横顔を明らかにした。
「若様っ?」
「……グレースさん」
 振り返ったその美貌はややばつが悪そうに歪んでいた。
「こんなところで、何やっているスッよ?」
「えっと、それはですね……」
 レイテはグレースから目線を逸らしながら、指をもじもじとさせる。
「……もしかして、嬢さんが心配で様子見に来たスッか?」
「いや……そんなことは……」
「若様、子離れできてない親スッか?」
「だって、あの子がっ!」
 反論するように声を荒げたレイテは、直ぐに我に返って口を塞ぐ。これではグレースの言葉を裏付けるだけだ。コホン、とわざとらしい咳払いで取り繕って、レイテは静かに続けた。
「……グレースさん。知っていますか?」
「は? 何スッか?」
「今日、お菓子のレシピを見ていたのですがね」
 脈絡のない問いかけに、グレースは目を瞬かせた。
「菓子……何でまた。嬢さんにせがまれたわけではないでしょ?」
 グレースの弟子入りの際に、レイテはルーにケーキを作ってやるという約束をした。しかし、菓子作りが苦手なレイテは幾つか挑戦したものの、失敗した。そこでレイテは「ケーキです」と言って、ホットケーキを出すという苦肉の策に出た。
 これはルーの顰蹙を買ったが、石のようなクッキーなどが出されるに従い、少女はレイテに菓子を作ってくれるようにねだるのは止めた次第だった。
「ルーが僕のために女の子らしくなると言うのなら、僕もあの子に何かしてあげなければと思いましてね。それで……まあ、色々と……」
 一瞬、言葉を濁したレイテにグレースは小首を傾げる。
「……ありまして。レシピ本をもう一度、読み直してみたのですよ。そこで気がついたのですが、材料にお酒を使用するというのが、意外に多くありまして」
「…………酒」
「そう。別にね、わざわざ作るまでもなく、お酒入りのお菓子があるでしょう。チョコレートの中にお酒を入れた……」
「……………………ああ」
「まあ、一つ二つ、誤って口に入れたところであの子の酒乱が出るとは思いませんよ。ただ、何も知らないミーナさんが、ルーにねだられてお酒などを用意してしまったらと、余計なことを心配しながら、早めに眠りについたらですね」
「……………………」
「……フラリスの街が壊滅しているなんて、悪夢を見まして」
 フフフッと乾いた声で、頬を引きつらせるレイテにグレースは一気に青ざめた。
「それ、笑えないスッよ!」
 バッと身を翻し、雑貨屋の扉に飛びつこうとするグレースの耳に突如、絹を切り裂くような悲鳴…………ではなく、弦楽器をかき鳴らすような耳障りな声が飛び込んできた。

「ビィェェェェェェェェン」

 レイテとグレースは顔を見合わせると同時に、移動魔法を発動させる。そうして、声がした部屋へと駆けつけてみれば案の定、ルーが騒いでいた。
「ルーっ! どうしたのですかっ? お酒など飲んでいないでしょうねっ? 言っておきますが、空飛ぶ豚なんていませんからねっ!」
「嬢さんっ! 大丈夫スッか? 正気スッか! 頼みますから、街を壊すのだけは止めてくださいスッよ!」
 それぞれに、おかしなことを口走りながら現れた闖入者に、ミーナは唖然と口を開ける。その彼女の側で泣いていたルーはレイテの姿を見つけると、ベッドから飛び降りて抱きついてきた。
「先生っ! 浮気しちゃ嫌ですっ!」
「────はぁっ?」


「……というわけなんです」
 店の客に男は信用しないほうがいい、という話を聞かされたのだと、ミーナの説明を受けて、レイテとグレースは心に思う。
 なんて話してくれたんだ、人騒がせな、と。
「ううううっ、浮気しないでぇ!」
 いまだに泣き続けるルーにレイテはため息を吐いた。
「ルー、僕は浮気なんてしませんよ」
「でもぉ」
「そんなに心配なら、見張っていなさい」
「だけど、修行が……」
「ルー、君は君のままで良いのですよ。今夜、君と離れて、僕は気付きました。君がいないと僕は落ち着いて眠れません」
 レイテの告白にルーの涙はピタリと止まった。
「……先生。そんなに俺のことを?」
(先生は、俺がいないと眠れないほど、俺のことが好きなんだっ!)
 短絡的思想に走り、ルーは頬を赤く染める。
「ええ。もう……君の姿が見えないと、僕は……」
 顔を伏せ、憂いに満ちた美貌でレイテは囁いた。
(君が何かやらかしていないかと、不安で心配で。だって、君ほど行動に信頼が置けない人はいないでしょう?)
「だから、僕の目の届くところにいてください。一緒に城に帰りましょう?」
(僕の心の平穏と安眠のために……)
 レイテとルーは、互いに心に思っていることは別次元のものでありながら、会話を成立させた。
「はい、先生がそう言うなら、俺、今のままでいます。先生と一緒に帰ります」
「ええ。一緒に帰りましょう」
 抱きついてくるルーを抱えあげて、レイテはそっと微笑む。
「それでは、ミーナさん。今回の返礼はいずれ、機会を見て。今日はこれで失礼させて頂きます」
「あ、はあ……」
 呆気に取られたまま首肯するミーナに、一礼したレイテとルーの姿はもう消えていた。
 ミーナは答えを求めるように、幼馴染みを振り返った。
「えっと、つまり……何だ。……あの二人は、ラブラブってわけで……」
「…………そう」
(……そんな気はしていたけれど)
 ルーが恋敵であるはずの自分を無邪気に慕ってくるので、ミーナとしてはレイテへの恋愛感情を表に出すことをいつの間にか控えていた。
(やっぱり、そうなのよね……)
 目を伏せて黙り込むミーナにグレースは何と声を掛けたらよいのか、わからなかった。しかし、盛大に鳴る腹に空腹を思い出して、彼は幼馴染みに話しかけた。
「あのさ……」
「……何?」
 自分を慰めようとしているのだろうか? ミーナはグレースを見上げた。そういえば、レイテのところから帰ってきた彼はレイテとルーのアツアツぶりを語っていた。
 それは彼なりに遠まわしに、レイテのことは諦めろ、というサインだったのかもしれない。
 不器用な幼馴染みの優しさに、微かな期待を込めたミーナに対し、グレースは言った。
「…………飯、食わしてくれ」


「ルー、君のためにケーキを作ってみたのですが、食べませんか?」
 城に帰ってきたレイテはルーを部屋へと連れて行く前に、ふと思い当たって台所へと進路を変える。
「ケーキ? 俺のためにですか?」
「ええ。君が僕のために努力しようとしてくれたわけですから、僕も何かしようと思いまして。それでケーキを作ってみました」
「ホットケーキ?」
「いえ、ちゃんとしたケーキですよ」
「本当ですか?」
 台所のドアを開けると、テーブルの上には生クリームでデコレーションされたケーキが載っていた。
「わー、美味しそうっ! 食べていいんですか?」
「ええ、もう。全部食べてください。君を思って作ったケーキですからね」
「はい、勿論っ!」
 嬉々としてテーブルに着いたルーは数分後、滂沱の涙を流し始めた。
 それが歓喜の涙ではないことを知っているレイテは、心の中で嘆息を吐きながら呟いた。
(…………どうやら、生クリームでは誤魔化せなかったみたいですね)

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