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 第二章 午前九時



  
,この子、誰の子?


「何、それ」
 二度寝して、ようやく定時に起きてきたクレインは、食堂のテーブルに置かれたかごの中で、すやすやと眠っている物体を目にしてドリィに問いかけた。
 ドリィは一瞬、冗談だと思って笑いかけたが、クレインのひどく真剣な顔つきに絶句した。
「何って……赤ちゃん」
「一号の子供?」
「……クレインさん、朝のやり取り忘れたの?」
「……朝?」
 首を捻って暫く、クレインはじっとドリィを見つめてきた。
「あれ、夢じゃなかったのか」
「赤ちゃんが実際に目の前にいるのに、夢だと信じてしまうクレインさんがよくわからないよ」
「……飯は」
 ドリィの言葉を無視してクレインは食卓に着いた。
 この人は、本当に寝起きは駄目だな、とドリィはため息を吐いて、用意していた朝食を食卓に並べる。
「あ、これ、朝刊……」
 いつものごとく、新聞を差し出すとクレインはテーブルにそれを広げてドリィが作った朝食を平らげる。隻腕のクレインが食べやすいようにと、朝はサンドイッチとカップに注いだスープだ。
「クレインさん……この赤ちゃんだけど」
「やっぱり、アンタの子なの」
 横目でドリィを見やってクレインが問う。ドリィは顔を真っ赤にして首を振った。
「違うってば。僕の子供じゃないよ」
「……まあ、そうだろうね。一号の子だったらアンタを名指しにしてくるだろうよ」
「えーと、その論理でいけばクレインさんがやっぱりこの子の親ってことにならない?」
「それはない。名指しの件はこの店の前に置かれていたという、状況から言ったことだ。この店は店主の俺と従業員一号しかいない」
「……ドリィだよ」
 名前を名乗るが、クレインは瞬き一つしただけで終わった。
「店の前に赤ん坊を置いた人物は俺と一号のどちらかに子供を預ける気だった。ここで、赤ん坊が一号の子供だったら置き手紙の宛名はアンタだ」
「だから……」
「だが、置き手紙の宛名は俺になっていた。しかし、俺には身に覚えがない。だとすれば、赤ん坊を置いた人間は、俺たちにはまったくかかわりのない人間だということだ。ならばアンタより俺のほうが認知度があるわけだから、宛名が俺になるのは当然だろ」
 筋が通っているような、通っていないような。
 何だか、言い含められた感じで、釈然としない様子のドリィは首を傾げる。
「……それはクレインさんがこの子の親じゃないと決定付けることにはならない気がするのだけど」
 何だか、責任逃れの言い訳のように聞こえて、ドリィは非難がましい目線をクレインに送ってしまった。それに気がついた店主は嫌そうに顔を顰める。
「アンタ、どうしても俺をこの子の親にしたいわけ?」
「……そういうわけじゃないけれど」
「マジで俺じゃない。アンタも王宮に上がってみるといいよ。もう美形揃いでさ、目が肥えちまって、女に妥協しなくなるから」
「それって……」
「面食いになっちまったってこと。大体、俺の相棒だった王子様ときたらすげぇ美形なのよ。それと毎日顔をつき合わせていろよ。何だか、いい女って定義だけじゃ済まなくなんのよ、これが。性格もよくって、最上級の美人じゃないとオトそうっていう気概が湧いてこないんだな」
「……そんなに、綺麗な人たちがいるの?」
 確かに国王やエバンス家の当主はこの世の存在と思えないほど、綺麗だった。付き添っていた宮廷騎士や宮廷魔法師の護衛も華麗な美貌の持ち主ばかりだった。
 クレインも鋭い目つきと悪巧みを企んでいそうな薄笑いさえなければ、素材は悪くない。元宮廷騎士と肩書きもあって、年頃の女性はクレインに憧れている。が、直接、クレインにアタックする勇気がないらしく、ドリィを仲介しては会話をするような関係なので、クレインには彼女らに可愛がられているのはドリィだと受け取られているわけだ。自分に向けられる感情には鈍いらしい。
「いるね、綺麗、可愛い、かっこいい、渋い、右を見ても左を見ても美形揃いだ。王宮だけじゃなく、七家の御仁方も美形揃いだよ。エバンスの若殿様はその中でも筆頭だが、この手のクラスがゴロゴロだ」
「……凄いのね」
 純粋に感心してから、ドリィは赤ん坊に目をやる。
「……クレインさんの子供じゃなかったら、誰の子供なのかしら?」
「捨てた奴の子だろ?」
 何の感慨もなく断言してくれたクレインに、ドリィはため息をついた。







  
,捨てられた理由


「それは、そうなのだろうけれど。……それって、ちょっと嫌だな」
「何が?」
「だって……親が子を捨てるなんて。そんなの間違っているよ」
「そうかね?」
 普通は同意するところだと思っていたところへ、疑問形で返されてドリィは絶句した。
「…………」
「自分に養育能力がないことを、早々に判断したのは天晴れな決断だと思うが」
「でも、だからって、こんな小さな子を捨てていいの?」
「まあ、捨てる場所に問題があるわな。俺に養育能力があると思ってんのかね? ちゃんとした施設に預けりゃいいだろうに。エバンスの若殿様は最近、その手の施設を充実させるようにと関係各所に通達したって話だし、施設自体はそんなに劣悪な環境ってわけでもないからな」
「そういう問題じゃないでしょうっ?」
 思わず声を荒げるドリィを、クレインは冷静な視線で見つめ返した。
「あのね、世の中には我が子を殺す親もいるわけ。それは最低なことでしょ? まだ生かして捨てる分には救いがあると思うけど」
「クレインさんの基準が最低すぎるよっ! 確かに殺されるよりは良いと思うけれど、それだってちゃんと子供を育てる親に比べたら最低だよっ!」
「その通りだと思うけどね。何が正しいか、その定義なんてあやふやなもんだよ。アンタ、自分の持論を押し付ける前に、親が子供を捨てるに至った経緯だとか、ちゃんと考えた?」
「……どんな理由があっても、やっぱり子供を捨てちゃいけないと思うよ、僕は」
 俯いて声を吐き出すドリィを、クレインは眺めやって言う。
「それがアンタの理由ってわけね…………なるほど」
 何かに納得するようにクレインは頷いた。そして、テーブルに片手を着いて立ち上がる。
「……強制的に巻き込まれた経緯は好きじゃないけど、いいよ、お望み通りに動いてやろうじゃん」
「えっ?」
「俺に動いて欲しいんでしょ、アンタは」
「あ、うん……この子の親を見つけてくれるの?」
「それが一号の望みならね」
 じっとドリィを見据える視線は、すべてを見透かすように細められている。
 切れ長の瞳は視線の一つにも迫力がある。気圧されそうになりながらもドリィはクレインを見上げた。
「……お願いだよ、赤ちゃんの親を見つけてあげて。でないと、この子がかわいそうだよ」
 子供にとって親といることが何よりも幸せなはずだと、ドリィは信じていた。
「まあ、俺の能力をもってしたら、そう難しくはないでしょ。ただし、俺は捜査のために店を空けることになるから店番を頼むし、その子供の面倒も見てよ」
「あ、うん。それなら大丈夫。任せて」
 軽く請け負うドリィにクレインは片目を眇めた。
 十九歳の少年が赤ん坊の面倒を見るというのは日常的ではない。微かな違和感を覚えたとき、クレインはあることを思い出した。
「そういえば、アンタ、そのくらいの子供の甥っ子がいるんだったね。確か、貴族の坊ちゃんと駆け落ちしたっていう姉さんが、最近子供を産んだとか。昨日の休みもその姉さんのところに行ってたんだろ。三つ東向こうの町に住んでんだっけ?」
「うん……そうだよ」
「じゃあ、子守りはお手の物だろ?」
「お手の物っていうほどでもないけれど、オムツの替え方とか、ミルクの作り方とか姉さんから叩き込まれたよ」
「ミルク……ああ、色々、道具が必要でしょ、それは店のを使ってもいいよ」
「あ、それなら大丈夫だよ」
「ん?」
「赤ちゃんと一緒に荷物が置いてあったよ。それにオムツの替えだとか、ミルクビンとか入っていたから」
「子供の名前とかは書いてないの?」
「えっ、あ、それは……なかったみたいだよ」
 少し考えるような間を置いて、ドリィは首を横に振った。
「ふーん、何か子供の素性がつかめる手掛りはないの? ああ、その子って男なの? 女なの?」
 何気ない口調で問いかけるクレインにドリィは感心した。
「……よくそんな疑問が浮かぶね」
「その子の正体が知りたいと思うなら、大抵、この手の疑問は浮かぶでしょ? それでどっち?」
「男の子だよ」
「……そう」
 クレインは黙って顎を撫でた。暫くして、台所を出て店のほうに向かう。ドリィは赤ん坊が入ったかごを抱えて追いかけた。







  
,親を捜せ!


「それで、どうやって赤ん坊の親を探すの?」
 店が開店していることを示すプレートを入り口のガラス部分、外から見えるところにぶら下げるクレインの背中にドリィは問いかけた。
「俺を名指ししてきたってことは、俺の名前が知れ渡っている範囲の人間の仕業だね。わざわざ、王都からこっちにやって来たとは考えにくいから、この一年で俺と知り合った奴の中に犯人がいて間違いないだろね。昔馴染みのガキたちはもうデカイし」
「犯人っていうのは……」
「で、ハッキリしているのはここ三ヶ月近くの間に子供を生んだ女か、その相手……もしくは」
「……もしくは?」
 問い返すドリィに言葉を返さず、クレインはドアを開けた。
 開いたドアの向こうに顔を見せたのは人のよさそうな青年だ。
 薄茶色の髪に明るい緑の瞳。年は今年で二十四歳──国王と同じ年だという──彼はクレインとドリィに笑顔で挨拶してきた。
「おはようございます、クレインさん、ドリィさん」
「おはようさん」
「おはようございます、アレフ管理官」
 この青年がこの町の治安管理官であるアレフ・アドレイズだ。
 何でもエバンス家の当主クライの幼馴染みだとか。片田舎になればなるほど、統治者の目はなかなか届かない。そこで、治安管理官は最も信頼される者が選ばれるのが常だった。
「何かお変わりはありませんか? 通りをこちらに来ました途中、クレインさんのところで朝、何か騒動があったとか」
「ああ、クレインさんが寝ぼけて、植木鉢を道路に投げつけたの」
「アンタがドアベルをうるさく鳴らしたのが、事の発端でしょうが」
 軽く睨みつけて、クレインはドリィを振り返った。
「……大丈夫ですか?」
 やや険悪な雰囲気にアレフがそっと声を挟む。
「ああ、大丈夫よ。ちゃんと寝たから」
「道路掃除、ちゃんとしましたから大丈夫ですよ」
「……はあ」
 的外れな二人の返答にアレフは困惑顔を返す。
「管理人さんはいつものやつを買いに来たんだろ」
 クレインはカウンターに積んだ新聞を一部、アレフに差し出した。
「管理官ですが……」
「同じでしょ?」
「何やら微妙に違うような。できれば名前で呼んでください。アレフ・アドレイズです」
「それは多分、無理だね。耳で聞く分には理解できるんだけど、いざ、名前を呼ぼうとすると度忘れしちゃうんだ。管理人さんで勘弁して」
「僕なんて従業員一号だよ」
 ドリィが情けなさそうに呟くのにいたって、アレフは諦めることにした。
「……はあ」
 クレインから新聞を受け取って料金を払う。全国区と南西区中心の二つの新聞だ。田舎町にいるとなかなか、中央の情報が入ってこないので毎朝、魔法便で送られてくる新聞を購入するようにしていた。
「何か目に付くような事件は…………あの、それは」
 新聞に目をやって顔を上げたアレフはそこで、ドリィが抱いている物体に目をする。最初は人形かと思った。店の新しい売り物だろうと。しかし、その柔らかで弾力がありそうな、でも、突けば破れてしまいそうな肌の感じは人形にはないものだろう。
「お二人のお子さんですか……」
 問いかけて、きょとんとしたクレインとドリィの顔に、アレフは首を傾げた。
「……管理人さんも大概に天然なんだね」
「へっ?」
「アレフ管理官、僕ら男だよ」
「……あっ! いや、言い間違いです、はい」
 アレフは慌てて言い訳した。毎日、新聞を買いに来ておいて、二人が子供を産む兆候なんてなかったのは知っているし、間違いなく二人が男性であることを知っていた。何をどうしたら、男が子供を産めるというのか。
「いや……あの、お二人のうちのどちらかのお子さんかと……」
 言って、それもまた変だと気付く。二人はそれぞれ独身だし、ここ数ヶ月の間に赤ん坊の存在が見え隠れすることなんてなかった。
「……あの、その子は……」
「朝、店の前に置かれていたの……」
「いわゆる、捨て子だな」







  
,焦る管理官


 淡々と言い捨てるクレインの冷静さに、そうですか、と流しかけてアレフはギョッと目を見張る。
「──ナンデスって?」
 声が裏返る。あわあわ、と手を泳がせて新聞を取り落とす。慌てて拾い上げながら、右へ左へとせわしなく視線をそよがせる。
「た、た、大変じゃないですか、そんな、捨て子だなんてっ! ど、どうしましょう」
「管理人さん……焦りすぎ」
 ハア、とこれ見よがしのため息をついて、クレインはアレフの胸を手の甲で軽く叩いた。
「心配しなくても、子供の親は見つけるよ。ただ、俺一人だとちょっと時間が掛かるから、管理人さんも協力してくれると助かるんだけどね」
「……クレインさんが、子供を見つけてくださるのですか」
「子供じゃなくて、子供の親ね。……管理人さん、もう少し落ち着きなよ」
 エバンスの若殿様とはまったく違う人種だな、とクレインはアレフに対して思う。
 エバンス家の若き当主クライは、六年前に十四歳で当主の座についた。
 その若さに異を唱えた彼の叔父が、当主の座をクライから奪おうと内乱を起こしたが、クライは自ら陣頭指揮の立ち、内乱を瞬く間に収めた。それだけでも彼の統治者としての能力値の高さがうかがい知れるが、クライはこの国で最強の剣士でもあった。
 宮廷騎士団の各部隊の隊長ですら、クライの前には数秒で敗れてしまう。それでいてあの男でも惚れ惚れと見入ってしまう美貌。完璧すぎるクライに比べて、彼の幼馴染みのアレフは人が良いという点を除けば、やや頼りない感が否めない。
 でも、それはこの町の治安管理官としては功を奏していた。
 アレフは決して、偉ぶらず町の住民たちと気軽に挨拶を交わし、既に昔からの旧知のように馴染んでいる。それでいて、少しおっちょこちょいというか、天然ボケというか、その抜けたところが町の人間たちにしてみれば、自分たちがアレフを助けてやらねば、という気にさせるらしい。
 クライがそこまで計算してアレフを管理官に選んだとしたら、やはり、あなどれないご当主様だ。
 アレフの下で結成された自警団も毎夜のパトロールを欠かすことなく、エイーナの町は至って平穏な毎日を送っている。
 それはちょっとクレインには退屈でもあるが、自らトラブルを願うほどでもない。それならば、片腕を失っても騎士を続けていただろう。
「勿論、これは本来、管理人さんが処理すべきものかもしれないけどね」
 視線を投げてきたクレインに、アレフは首を振った。
「いえ、私には。このような事例に対処したことがありませんから……クレインさんにご指導いただければ」
「ご指導って言われてもね。騎士団でも捨て子の処置なんてやったことないよ。子殺しの事件とか、親殺しの事件とかは何度も扱ったけどね」
 さらりと、聞き捨てならないことを言う。
 この田舎町では、ここ何十年も殺人事件は起きていない。平和な町だからということで、アレフも治安管理官になることを承諾したくらいだ。でなければ、逆にクライの足を引っ張りかねない。
 絶句するアレフを目に留め、クレインはドリィを振り返った。
 少年はクレインが生きてきた世界が自分の住んでいる平和な町とは違うことにショックを受けているかのように、やや青い顔で立ち尽くしている。そんな少年を見やって、まあ、しょうがないだろね、とクレインは思う。
 この町はぬるま湯のようだ。
 退屈でしょうがないけれど、穏やかでいつまでも浸っていられる。これが冷水だったり、熱湯だったりしたら、長湯はできない。ドリィにはこのぬるさが普通なのだろう。
 だから、子を捨てた親を否定できる。
 順当な素直さと世間の一般常識で非難する。
 でも、世の中の広さを知ってしまったクレインは、ドリィのような考え方はもうできない。
 親に虐げられた子供たちを見てきた。その子供にとって、親は要らないものだった。実際に親の横暴さに耐えかねて、親を殺した子供だっていた。
 世界はドリィが思うほど清くはないし、優しくない。
 最も、クレインはそれをこまごまと少年に説明してやる気もなかった。
 世の中がすべて綺麗だと思いたいなら思っているといい。いずれ、身をもって知るときが来るだろう。
 もしかしたら、一生知らずにいられるかもしれない。
 それは少年の運だ。
「一号、店番を頼むね」
 ドリィに一言、言い置いて、クレインは店を出る。アレフが後を追いかけてくる。
「それで……私はどのように動けばよいのでしょう?」
「とりあえず、俺の片腕になってよ」
「あ、はい。それはもう」
 クレインのヒラヒラと泳ぐシャツの右袖を見やって、アレフは神妙な面持ちで頷いた。
 真面目なその顔つきにクレインは薄く笑った。
 昔の相棒は何を考えているのかわからない、無口でその超絶美形が勿体ないほど無表情な男だった。でも、経験から、こちらの考えは言葉にしなくてもわかってくれていた。
 それをアレフに求めるのは無理な相談だろう。
 クレインは自分が失くしたものが片腕だけではないことを実感したが、未練だな、と一言呟いて、思考を切り替える。







  
,捜査開始


「まずは、この町でここ三ヶ月間に男の赤ん坊を産んだと思われる女を捜して、その子供の所在を確認することだね」
「この町の女性の仕業ですか?」
「そう決め付けないの。とりあえず、とっかかれるところから、調べようってだけさ。まあ、外堀から埋めていくって感じだね。最後に、言い逃れができる穴があったら意味がない」
 クレインはスッと目を細める。その眼差しは、もう何歩も先を見据えているようだ。
「……もしかして、クレインさんは何かしら、見当がついているのですか?」
 問いかけたアレフをクレインは横目で振り返る。
「まあ、……店先に赤ん坊を置いたとされる人物には見当がついているよ。そいつが何のために俺を巻き込んだのかもね」
「誰なのです? 何のためですか?」
「最初の質問はまだ確定するまでは言えない。二番目の質問は他でもない、赤ん坊の親を見つけるためだ」
「……え? 親が子供を捨てたのではないのですか?」
「店の前に捨てたのは親じゃないね……。子供の親が、俺を名指しにしてくる理由がない。子供を厄介払いしたいなら、隣町にある孤児院の前にでも置いておけばいい。何で、俺の店なのさ? 嫌がらせの可能性は否定できない……騎士をやっていたからね。恨みも買っているよ……けど、それだって俺が子供を孤児院に預けてしまえば終わりだ」
「……はあ」
「ならば、別の意図があると考えたほうが道は開きやすい。つまり、子供を置いたのは第三者だとね」
「例えば?」
「借金取りが子供の親の元へ取り立てに行ったら、親はいなくて子供だけが残されていた。子供がいれば、親が戻ってくると思って一度は預かってみたが、親は現れない。子供が負担になってきた借金取りは、子供を捨てることを考える。そこで俺の存在を思い出す。元騎士をしていて厄介ごとを好むような俺だ。捨て子を捨て子と考えず、良心から親を見つけ出そうとするかもしれない……」
「なるほど、それでクレインさんの元に」
「まあ、これは推測だよ。多分、事情は似たようなもんだろうね」
 クレインは細い肩を竦めた。
「とにかく、子供の親を見つければ事情は次第にわかると思うよ」
「わかりました。それではまず母親を捜すことにしましょう。治安管理官事務所に戻りますれば、町の住人票がありますから、ある程度まで絞れるはずです」
「じゃあ、管理人さんはそっちを調べてよ」
 管理官事務所の方へと足を向けたアレフの背中に、クレインが言った。
「え、私がですか? クレインさんは……」
 反対側へと、もう既に歩き始めているクレインは肩越しに振り返った。
「俺は俺で散歩をかねて調べ物。一時間ぐらいしたらそっちに行くよ。ああ、それでできれば昨日の夜、夜間勤務についていた自警団の奴を集めといてくれる?」
「何故ですか?」
「夜に不審者を見なかったか、聞きたいの。じゃ、よろしくね」
 ヒラリと左手を振って、スタスタとクレインは歩き出す。迷いのない足取りの、その背中にアレフは一つ頷いて、自分もまた歩き出した。



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