7,告白の儀は虚偽に満ち 暗殺に失敗したのは、逸る気持ちがあったからか。 捕らえられた牢の中で、ダリアは唇を噛む。 標的に依頼されたのは、ユージンという、昔、国王直轄のエリート集団であった護衛隊に所属し、シエナの片腕であった青年。 あの惨劇の現場に居合わせた彼もまた、シエナに通じていたのだろう。 今現在は新王となったシエナの腹心の部下として、王宮で幅を利かせているらしい。その辺りが面白くなくて、何者かが暗殺を依頼してきた。 王宮から放り出されて、貴族や有力者たちの陰険な腹の中身をダリアは知った。 ……ユージン。 緑色の瞳が穏やかそうに見えた彼の腹も黒く、シエナと共にアルデリアを裏切った。 そのことを思い出せば、ダリアは計画も練らずに突っ走ってしまったのだ。 ユージンを殺せば、シエナの身の回りは慌ただしくなるだろう。そうすれば、暗殺の機会が訪れるのでは? と先走り、そんな勢いだけでは当然の如く、護衛官であったユージンを仕留めることはできず、反対に呆気なく捕まってしまった。 冷たい石壁に背中を預けて、ダリアは己の浅はかさに自嘲していると、石床を蹴る靴音が耳に届いた。 ダリアを閉じ込めている鉄格子の向こう、微かな光りが揺らいだ。 暗がりの中に立った人影が、誰であるか。その黄金色の瞳を見れば、直ぐにわかった。 シエナ――と。 まるでその名前自体が宝物のように、過去、愚かなアルデリアが呼んでいたかつての婚約者。今はダリアが復讐を果たすべき相手。 漆黒の髪に、闇の中でひときわ輝く、月のような黄金色の瞳の青年の姿を目に留めて、ダリアの身体の内側に、雷で撃たれたような戦慄が走るのを実感した。 自分の中で押さえ切れない何かが暴れだしそうな予感に震え、ダリアは唇を噛んで、何とかその場に己が身を縫い付けた。 「――生きていたか」 声が地下牢の石壁に反響して、冷ややかに響く。 酷く冷静で抑揚のない声音に、ダリアは喉の奥から叫んだ。 「私はお前を殺すまで――死なないわ」 睨めば、秀麗な面差しの中で薄い唇が歪んで笑う。 ダリアの決心を笑い飛ばすような嘲笑に、何かが切れた。 床を蹴り、シエナへと駆け寄る寸前、彼女の両手首を繋いでいた鎖がピンと張って、動きが止められた。 鎖に引っ張られた上半身が、軸足を中心にして半回転する。バランスを失い崩れた上体は冷たい床に肩をぶつける格好となった。 強かに打ちつけた激痛に、ダリアが呻けば、頭上から笑い声が響いた。 「――私を殺したいと、仰られるか。姫?」 顔を上げれば、鉄格子の扉を開けてシエナが入ってくるところだった。石を敷いた床に靴音を響かせて近づくと、床に横たわった鎖を持ち上げた。 釣り上げられた魚のように、ダリアの上体は引っ張られる。 強制的に起こされたダリアは、膝を付いた姿勢でシエナを見上げた。 シエナと共に同行していたユージンが掲げた明かり。それを受けて煌めく金の瞳は、ダリアを前に細くなる。 「当たり前でしょう、貴方が私に何をしたのか、忘れたとは言わせないわっ!」 瞳に見つめられただけで熱くなるのは、きっと胸に刻んだ復讐の誓いのせいだろう。 アルデリアの意識は心の奥底。目覚めてはいない。 仇を前にして、興奮してしまう己の未熟さに舌打ちしながら、ダリアは真っ直ぐにシエナを見上げた。 (私はこの男を――殺すの) 三年間、それだけを誓いに生きてきた。 だから、揺らいではいけない。目を逸らしてはいけない。 「私が貴方にしたことに、責められる言われはないように思いますが」 小首を傾げるシエナに、ダリアは頭が沸騰しそうな怒りを覚えた。 この男にとって、婚約者のアルデリアを裏切ることも、王や王妃を殺したことも、玉座を簒奪したことも。 責めを負うようなことは何一つもない、些事であると言うのか。 彼の行いで、アルデリアが惨めに泣いたことも。その後の境遇も。 知らぬ、存ぜぬ――と。やり過ごせると思っているというのか。 噛み付くように、口を開きかけたダリアを牽制するよう、シエナの冷徹な声が割り込んだ。 「では、姫君に問いましょう。貴方のお父上が我々に施した行いは、制裁に値しない細事であったと?」 「――何?」 「貴方は私ばかりを責めるが、そちらに非がなかったと誰が証言なさる?」 虚を突かれた一瞬、シエナの右手がダリアの両手首を掴み、左手が反駁を封じるかのように顎を覆う。 大きな手が、指先が、ダリアの顔を強引に上向かせる。間近に迫った黄金色の瞳がこちらを覗く。 「罪は私だけにあると仰せられるが、姫。貴方は、私の何を知っています?」 ――裏切り者だと、叫びたくとも顎に食い込んだ指が許さない。 ダリアはシエナをきつく睨むことで、答えとした。 「お教えしましょうか、姫。貴方のお父上は、私の――俺の父を、母を、姉を殺した殺戮者なんですよ」 ギリッと、奥歯を噛み締めて、シエナは吐き出した。ダリアは、その告白に青い瞳を見張る。 「フレムデテーネという国をご存知か」 シエナの左手が緩んだ。口内に溜まっていた息を吐き出しつつ、ダリアは呟いた。 「……フレム…デテーネ……」 少し前までは知らなかった国の名前。だけど、顔馴染みが教えてくれたその国は十年以上前にアッコールトに滅ぼされたという……。 「アッコールトに侵略され、滅んだ国の名前です。俺はその国で生きていた。小さくて、決して豊かではない国でしたけれど、平和で穏やかだったその国で――俺やユージンは生きていたんですよ」 シエナの瞳がチラリと振り返れば、過去、穏やかそうに見えた青年は、鉄格子の向こうから冷たい表情でダリアを見下ろしていた。 「俺たちだけではない、何万という人間が生きていた国を、貴方の国が奪った。そこに罪はないと、仰せになるか」 「それは……」 ダリアは言葉を探すように喘いだ。 顔馴染みのリリィが娼婦にまで堕ちたことを思い返せば、シエナやユージンが楽に暮らせていたと、想像するのは楽観的過ぎるだろう。 「しかも、かの国がフレムデテーネに侵攻した理由は何だと思われます? 石ですよ」 「……石……?」 「そう、フレムデテーネに見つかった宝石鉱山を貴方のお父上は欲した。他でもなく、己が娘に与えるために。姫――俺たちの家族は貴方のせいで死んだっ!」 「――嘘よっ!」 ダリアは反射的に叫んでいた。 これは戯言だ。こちらを惑わそうとする策略だ。 牙を剥こうとするダリアを危険視するからこそ、骨抜きにしようと企んで、根も葉もない狂言で迷わすための嘘だ。 愛していると甘い言葉を囁いて、アルデリアを騙したように。 今もまた、シエナは偽りを吐いている。 平然と人を裏切り、父を、母を殺した彼の言葉のどこに真実があるという? 「嘘よっ!」 ダリアは声の限りに咆えた。 (私まで――騙されては駄目) 揺さぶられる心に、ダリアは言い聞かせる。自分がいなくなれば、アルデリアを支えるものはなくなってしまう。 「下層の世界を知らず、王宮の奥で大事に育てられた姫君に、俺の言葉が嘘であるなんて、どうしてわかるっ?」 応酬するように、シエナも咆えた。 ギラギラと燃える金の瞳が、ダリアを見据え打ちのめす。 「肉が焼ける臭いを知っているかっ? 生きながらに焼かれた人間の悲鳴をっ! 嬲られ殺された女たちの悲鳴を聞いたことがあるかっ! 貴方のお父上はっ、あの男はっ、たかが石のためにフレムデテーネを――俺の家族を殺したっ!」 力のままに押し倒され、ダリアは床に転がった。 打ち付けた背中に走る激痛。歪む視界にシエナが圧し掛かってくる。 握り締めた拳を床に打ちつけて、 「それでも、罪は俺にあるのかっ?」 シエナはダリアに罪を問う。 金の瞳からこぼれてくる涙を受け止めて、彼女は真実を求めた。 「…………嘘よ」 |