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 13,美しき虚偽の犠牲


「王である貴方が、先代国王殺害――王宮襲撃、果てはアルデリア姫誘拐に関与しているはずがない」
 地下牢で、シエナとアルデリアを前に、ユージンは言い切った。
 緑色の瞳は真っ直ぐにシエナを貫く。
「すべてはフレムデテーネのためです。だから、私は貴方の罪を背負います」
 彼の言動に迷いや恐れなど、感じられない。だからこそ、苛立ちがシエナの声を荒げさせた。
「――わかっているのかっ? その罪を背負うということは死刑なんだぞっ!」
 シエナが傷を負ったことで動けない間に、ユージンは三年前の王宮襲撃の真相を暴露(ばくろ)していた。しかし、そこに語られるべきシエナの名を伏せて。
 ユージンを腹心の部下として傍に置いていた以上、シエナの関与を疑われても仕方がなかった。
 だが、毎夜、部屋の外へと響くほどにアルデリアの喪失に泣いていたシエナを、それが演技だったと疑う者はいなかったようだ。
 よって、ユージンが首謀とされ、彼の処遇は斬罪刑と決まった。その決定に、シエナが口を挟むには、遅すぎた。
 長く床(とこ)に就いていたシエナが、アルデリアの手を借りて、ようやく自由に動き回れる頃には、ユージンの処刑はもう数刻と迫っていた。
 夜が明けて、暫くすれば処刑は執行される手はずになっている。
 残された時間は少ないというのに、どこまでもユージンの表情は穏やかだった。海が凪いでいるようだ。彼は完全に、死を受け入れていた。
「お前は――フレムデテーネのために死ぬんだな?」
 ユージンの心を動かせないことを悟って、シエナは確認した。
 シエナがアルデリアの後を追って死を選んだように、ユージンは祖国のために自らの死を捧げようとしている。
 馬鹿だと言いたかった。けれど、彼がそうまでして、祖国を解放としようとする経緯をシエナもアッコールトの王となって知った。
 玉座簒奪は、アッコールトへの復讐の一環。支配者を嘲笑うための意趣返しでしかなかった。
 あの復讐劇が実行され、本当に玉座を手に入れるまでは――。
 けれど、王になってシエナが王宮の実権を握れば、フレムデテーネに対するアッコールトの圧制は、シエナが知っている以上に酷く、目に余るものがあった。
 一部の貴族がフレムデテーネから搾取される宝石を懐に仕舞うため、奴隷たちに規定以上の働きを強制していた。またある者は、フレムデテーネに供給されるべき食料を横流し、金に替えて私服を肥やしていた。
 護衛官は武官としての役割を求められていたので、復讐に心囚われていた頃はそんな現実があるなど、シエナもユージンも思ってもいなかった。
 だが、知った以上は見過ごせるはずもない。
 シエナは王となり、ユージンはその手足となって、フレムデテーネを解放するために、動きだした。この三年で、フレムデテーネに対する処遇は多少改善されたが、解放にはまだ遠い。
 そこへ、シエナが死んで監視の目が緩めば、再び私服を肥やさんとする不貞な輩が現れるだろう。
 その動きを封じるためには、アッコールトの王という重石が必要だと、ユージンは感じたらしい。
 実際、アッコールトがフレムデテーネへの支配をスッパリと手を切ってしまっては、そのまま別の国がフレムデテーネを属国にするのが目に見えている。
 他国に支配されないだけの国力を作らなければ、幾ら宝石鉱山で財を作れるとしても、それはそのまま他国に流れて行くだけだ。
 自らの国力だけで養えれば、宝石鉱山で得た金で、傭兵などを雇い軍備を整えることで、自国防衛が叶う。それが実現するには、一年や二年では無理だろう。
 それまでは、シエナが監視しなければならない。
 王であるシエナだけが、他国を牽制(けんせい)しフレムデテーネを守れるのだとすれば、シエナを生かすために、ユージンはシエナの罪を背負う。
 シエナがアルデリアをその手に取り戻そうとするならば、代償は必要だ。アルデリアがどれだけ口裏を合わせようとしても、三年の空白を納得する形で説明するのは難しいから。
「――俺がアルデリアを選んだからか……」
 ユージンの胸倉を掴んでいた手をシエナは解く。
 この手は、この命は、祖国を取り戻すことより、守ることより、アルデリアを選んでしまった。
「二つを共に選べれば、苦労はありませんけれど……ね」
 唇を噛んだシエナを見つめ、フッと息を吐いて、ユージンは笑う。
「お二人をそのまま放置することも考えました。私を斬るより、自らを斬ったシエナ様の意向を遵守じゅんしゅすることも考えました。……ですが、私はやはり、フレムデテーネを選びます」
 金の瞳をシエナが返せば、ユージンは言った。
「……シエナ様、これは丁度良い機会なのです。私が復讐を語れば、アッコールトはフレムデテーネに対しての仕打ちを認めなければならないでしょう。公けになった今なら、シエナ様の――王の一言でフレムデテーネは解放されます」
 フレムデテーネへの支配の形を変えることができるのだと、ユージンは告げた。
 アルデリアが戻れば、仮初の王などと軽視されることもなく、シエナの発言力が増すのは目に見えていた。
 そのために、アルデリアとシエナを生かしたのだと、言いたいらしい。
「侵略の罪があったから、アッコールトは罰を受けたのだと? 過ちを認め、贖罪をしようと言うわけか、この俺が……」
 クッと喉の奥で、シエナは笑った。
 復讐の名の元に、罰を与えた張本人が言うには、滑稽すぎるセリフだ。
「その慈悲を請うために、反逆者は最後の最後で、姫様とシエナ様を生かすことを決めたのです。貴方はご自身が生かされた意味を、語ればいい」
 それが、シエナの罪を肩代わりするユージンが偽りで固めた筋書きの顛末だった。
 ユージンの言葉の前にシエナは唇を噛んだ。
 そうして、仲間の死の上で自分は何事もなかったふりをして、生き続けろということか。今度は、涙を流すことすら許されず……。
「…………重たいものを背負わせてくれる」
 苦々しく吐き捨てるシエナに、ユージンは穏やかな声音で告げると、
「当然です。これは罰なのですから。アルデリア姫――」
 シエナに肩を貸し、彼を支えるアルデリアへと視線を差し向けた。
「貴方にも同じものを背負って頂きます。勝手に死ぬことは許しません。天命尽きるそのときまで、フレムデテーネに贖罪しょくざいを」
 ヒタリと見据えてくるユージンの瞳に、気圧され震えるアルデリアを今度はシエナが支えた。
 朦朧もうろうとした意識の淵で、アルデリアの姿を見つけたとき、シエナは素直に愛を語った。夢だと思っていたからかもしれない。
 徐々に、意識が明確になっていけば、アルデリアをきつく抱きしめ、二度と手放さないと誓った。アルデリアもまた、シエナと共にあることを誓ってくれた。
 肩に置いたシエナの手に、アルデリアが節くれだった荒れた手を重ねてくる。
 汚れた手のひらのことをアルデリアは包み隠さず、シエナに話してくれた。
 現実から逃避するためにダリアという名の殺し屋を内側に飼い、彼女に身を預けていたこと。その間に、重ねた殺人の数々。話に聞けば、ダリアが殺した者たちは、世間的にもあまり評判の良い人間ではなかったようだが、それでも殺人は殺人に違いない。
 彼女が犯した罪も、シエナが犯した罪も、何一つとして許されてはいない。これからも、簡単に罪が許されるとは思わない。
 そうして今また、背負うものはあまりにも重い運命。
 それでも、共に在れるのならば――。
「償って生きるわ。どんなに過酷な道でも――私、生きるから……償って、生きるから」
 貴方の分まで――嗚咽に声を枯らし、青い瞳から涙をこぼしながらアルデリアは誓った。
「俺たちは最期の瞬間まで、フレムデテーネのために生きてやる」
 シエナもユージンを見据えて、頷いた。
 ユージンが命を賭して願うことならば、叶えよう。
 例え、それがどれだけ辛く苦しい道でも、託された想いはかって、シエナの胸にもあったものならば。
 ――二人で、いばらの道も歩いて行こう。
 決意を見せるこちらを見返してきて、ユージンは言った。
「誰一人として、あの国の人間を……いいえ、あの国の人間だけではなく、二度と戦火によって人が死ぬことは許しません。一人でも多くの人間を生かし続けてください。シエナ様、アルデリア姫――お二人の命尽きても、子々孫々に渡って――どうか、敵味方を問わず、誰もが平和に暮らせる世を……」
 ――作ってください、と。
 ユージンは頭を垂れた。
 そのために、死ぬのなら惜しくないと、小さくなった肩が語っていた。


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