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 ― 3 ―


 こういう場合、本日はお日柄もよろしくと言うべきなんだろうか。
 空はよく澄んで青く晴れ渡っていた。
 外出日和と言ってよいほどの晴天で、何となく計画が上手く行きそうな予感に胸が躍る。
 集合場所の玄関ホールには、既に二人の騎士団長にディアマン様がいた。
 一応、今日は公式な外出ではないから、皆、騎士服は着ていない。
 オレもそれなりの紳士に見えるよう三つ揃えのスーツを着てみたんだが……驚くほど似合わない自分に軽くショックを受けた。
 ……いつも詰襟(つめえり)タイプの騎士服に身を包んでいるから、違う格好をした自分に違和感があった。
 それはオレに限らず、ヴェール団長も同じことが言えて、この人も似合っていない。
 顔立ちがいいから何でも似合いそうな印象なんだが、いつも黒の騎士服を着て、漆黒のマントを羽織っているヴェール団長は、やはり詰襟の騎士服のイメージが強すぎて、ジャケット姿が妙に浮いている。そうして、シャツのタイが上手く結べないのか、何度もいじくった挙句、面倒になったのか、タイをポケットにしまった。
 よくよく考えたら、何でヴェール団長は平騎士の制服を着ているんだろう?
 一応、騎士団長は他の騎士と区別するために騎士服の型が違う。ブランシュ団長が身に付けているスーツタイプの騎士服の色違いを着るはずなんだが――もしや、タイが結べないからとか?
 ヴェール団長の場合、それがあり得そうだ……。
 ブランシュ団長はと言うと、白い手袋を身につけてはいないことに目が行ったが――いつもの騎士団長服とそんなにデザインが変わらないスーツ姿故に、この人は何を着ても似合うんじゃないだろうかというくらい、違和感なく様になっていた。
 ディアマン様も焦げ茶色の落ち着いた色合いのスーツ姿で、大人の風格ばっちりだ。
 スーツが似合うのは……人間としての質か? 思わず、そう勘繰ってしまう。己のガキっぽさを知るだけに、それが真実のように思えて、ますます落ち込む。
「――皆、揃っているわね」
 その声に振り返ると、姉さんとローズが大階段を下りて来るところだった。
 ローズはいつもの制服と違って、中流階級辺りの令嬢が着ているような、赤みが強いオレンジ色の前合わせのジャケットに同色のロングスカートという装いだ。
 ジャケットの襟元は大きく開いていて、下に着ているクリーム色のフリルブラウスが見えている。ジャケットのボタン部分や襟や袖に、濃い茶色のリボンがラインとして使われており、それがアクセントになって、明るい色合いなのに派手さは抑えられ、上品な印象だ。ペチコートは布製か、スカートのボリュームもほどほどで、お姫様というより、お嬢様っぽい雰囲気だ。
 ……自分で言っていて、よくわからない差だが……まあ、割と似合っているという感じということで、軽く聞き流して欲しい。
 結局、女王に復帰してもローズは地球で過ごしていた頃の、学校の制服とやらを着ていた。
 ローズが言うところ、動きやすいし、気合いが入るとのことだ。
 ハッキリ言って、ローズが着ている制服の短いスカートはこちらの男たちには刺激が強すぎて、まあ色々あったんだが――それについては、今語る必要ないだろう。
 編み上げのロングブーツの靴底を大理石の床に打ち鳴らして、ローズは元気よく闊歩(かっぽ)してくる。
 その後ろを静々と着いてくる姉さんも、いつもの堅苦しいお仕着せの黒のドレスではなかった。
 姉さんの目の色と同じ、菫色の落ち着いた色合いのワンピースの上に、同色の上着。乳白色の広い襟の淵に小さな花のコサージュを飾っている。髪も侍女として勤めている時は、一つに纏めているのを解いて、緩く肩に垂らしていた。
 姉さんが持つ柔らかな雰囲気が最大限に発揮されている。
 俺たちの前に辿り着くと、ローズは姉さんの腕に自分の腕を絡めて、こちらを見上げてきた。
 二人仲よく腕を組んでいる姿は、親子と言うより仲のいい姉妹に見える。ローズの華やかさは、姉さんの清楚さを殺すことなく、逆に引き立たせる感じで、悪くない。
「何だか、いつもの格好と違うから、新鮮ね」
 きょろきょろと視線を彷徨わせて、ローズはオレたちを眺め回した。
 ブランシュ団長、ディアマン様を見て、
「うんうん、男の人はやっぱりスーツよね」
 と、声を弾ませる。
 そうして、ヴェール団長とオレを見て、ローズの茶色の瞳は途端にがっかりしたような色を浮かべた。
 ローズ……お前、正直だな。っていうか、正直過ぎるだろ。
 確かに、オレとヴェール団長はスーツが似合っているというより、無理矢理着ているという感じだよ。着こなせていないさ。自分でも自覚していたことだけれど、思わず不貞腐れそうになる。
 そこへ、ブランシュ団長が一歩前へ出て、ローズの手を取る。
「ローズも、今日は一段と可愛いね。見立てはグリシーヌかい?」
 ブランシュ団長がローズを眺めて、頬を傾ければ、姉さんは頷いた。
「はい、僭越(せんえつ)ながら。私がコーディネートいたしました」
「こっちの格好ってよくわからないから、お母さん……グリシーヌにお願いしたの。割といい感じだと思わない?」
 ローズはロングスカートをつまみ上げる。
「とてもよく似合っているよ。グリシーヌの見立てのセンスは、素晴らしいね。明るい色で、ローズらしさを引き立てている。そう思わないかい? ――ディアマン」
「ええ、そうですね。とてもよくお似合いです、ローズ様」
 ブランシュ団長の言葉を受けて朗らかに微笑みながら、ディアマン様が輪に加わる。
「ありがとう、でも、お手柄はグリシーヌよ」
 ……何だ、このコンビは。
 一見すると、ローズは自賛しているように聞こえるし、ブランシュ団長もローズばかりを誉めているように見えて、さりげなく、姉さんを持ち上げている。さらに自然と、ディアマン様を会話に参加させているじゃないか。
 ……凄いな。オレはそこまで気が利かない。
 何となく、二人に任せていれば、今日の計画は大成功すること、間違い無しという気がしてくる。
 まあ、オレとヴェール団長は端から期待されていないだろう。姉さんたちから今回の作戦を誤魔化すための要員だ。
「グリシーヌも今日は髪を下ろしたんだね、似合うよ」
 さらりとブランシュ団長が褒める。本当に凄いな、この人。弟のオレだって、面と向かって褒めることに照れを感じるというのに。
「ローズ様が……その……」
 普段、褒められ慣れていない姉さんは恥ずかしそうに頬を染める。初々しい乙女のようだ。
「グリシーヌは絶対に髪を下ろした方が似合うもの。ねぇ、ディアマンもそう思うでしょ?」
「はい、よくお似合いですよ。あちらを思い出しますね」
「あちらでは髪を下ろしていましたからね」
 ディアマン様の言葉に、姉さんははにかむように微笑む。割と自然に笑みを返すのは、気心が知れているからだろう。
 ……いい感じだよな。
 やっぱり、姉さんにはディアマン様が似合うと思う。オレは心の中で拳を握った。
「こっちでも髪を下ろしていればいいのに。洋服だって、お仕事着なのかもしれないけれど、もう少し明るい色を着た方がいいわ。グリシーヌには優しい色が合うはずよ」
「ですが、私はローズ様の侍女ですから」
 思い出したようにキリっと背筋を伸ばす姉さんには、さっきまでの乙女な風情は欠片にもなかった。
 ローズの侍女として使命感に燃えている姿が――ああ……。
 そういう姉さんも良いと思うけど、「ローズ命」的なところを見せつけられると、弟として寂しい。
「あまり、役目に畏まらないで、自然でいいんだよ」
 生真面目な表情を見せる姉さんに、ブランシュ団長が笑いかける。
「どこかの騎士も、堅苦しくてね。二人とも、もう少し柔軟に、ローズに接してくれていいんだよ? それを騎士だ、侍女だと。それが君たちらしいと言えば、らしいけれど」
 ブランシュ団長の意味ありげな視線がディアマン様と姉さんに向けられる。
「私はローズ様の騎士ですから」
「お父さんとお母さん、二人して同じことを言っている」
 ローズが呆れたように、眉を下げる。くすくすと忍び笑いをもらして、ブランシュ団長が口を開く。
「まったく、君たちは似た者夫婦と言うか。真面目だね――だからこそ、ローズを君たちに預けたのだけれど。あまり堅苦しいと、ローズとて息が詰まってしまうよ。まだ、彼女はこちらの世界には不慣れなんだからね。両親に対する甘えを許してあげて欲しいな」
「――それは、しかし……」
「君たちにもそれぞれ考えがあるのだろうから、強くは言わないけれど。そうだな、今日に限っては騎士や侍女としてではなく、僕たちに付き合って欲しい。今日のローズは女王として外に出るわけではないのだから、あまり人の目を引かないよう、気を付けてね」
 ブランシュ団長が堅苦しさを出すディアマン様に釘を刺す。
 今日の外出は、建前上で言えばローズの市街見学。いわゆる、お忍びだ。城下町に買い物に出かける予定だった。
 本当の目的は姉さんとディアマン様のお見合いデート。
 二人をくっつけるのが最終目的だが、姉さんたちには、ローズにこの国の物価の相場を学ばせるという話で通っている。真面目な二人は、それを一片も疑っていない。
「……と言われましても……」
 どうしたらよいのでしょう? と、姉さんは頬に手を当て、困ったように首を傾げた。
 悩むようなことなんて、何一つとしてないような気がするんだが……。
 普通に町に出て、買い物を楽しめばいいだけの話だ。
 ローズや団長たちが周りに「星」や「太陽」、「月」と、バレさえしなければいい。よもや女王が城下町にいるなんて誰も思いやしないんだから。
 なのに、難問にぶち当たったかのような顔を姉さんとディアマン様は揃って見せた。
 この二人……本当に、真面目すぎる。
「どうしたらって――簡単よ。お母さんとお父さんは夫婦。で、私とブランシュは……まあ、その恋人? そして、ヴェールとアメティストが禁断の恋人というそんな感じの設定で、トリプルデートを装うの。これなら自然に、人ごみにまぎれられるはずよね?」
 そう、意気揚々とローズが提言する。
 姉さんとディアマン様をくっつけるという作戦に頭を支配されているらしいローズは、自分が何を言っているのか、わかっていないんだろう。そう思う。
 だって、どう考えても……最後の設定は、思いっきり間違えているだろ? というか、悪目立ちするだろっ?




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