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 ― 4 ―


「禁断の恋人たちって、どうするんだ?」
 ヴェール団長が眉間に皺を寄せて、ローズに訊く。
「別に、そんなに難しいことじゃないわ。例えば、腕を組んでみたりとか」
 ローズに言われて、ヴェール団長の翡翠の瞳がちらりとオレを見る。
 助言を熟考(じゅっこう)するような間を数秒置くと、眉間に刻まれた皺が一層深まった。そして、刺々しい剣呑としたオーラを団長は纏い、叫んだ。
「――――嫌だっ! 何で俺が、男と腕を組まなきゃならないんだっ!」
 団長、即座に却下してください。……オレも嫌だ。
「しょうがないわね。じゃあ、ヴェールが女装したら? そうしたら腕を組まなくても、恋人に見えるわよ」
「――――俺じゃなくて、アメティストが女装してもいいだろ?」
 再び熟考するような間を置いて――どうして、団長は悩むんだ?
 納得できれば女装するのか?
 というか、オレに話を振らないでほしい。一介の騎士の場合、上司に命令されると拒否権はないんだから。
 ローズの目がオレに向く。しばらくオレを眺めた後、ローズはすっと視線を横に逸らした。
「――アメティストは駄目よ」
 今の間は何だ? 何が駄目なんだっ?
 明らかに何か、結論付けられた気がするぞ。別に女装なんてしたくはないが、女装する前から否定されるのは何気に傷つく。
 ……そんなにオレは女装に不向きか。
「それにヴェールは意外と似合いそうよ?」
 確かに団長の端正な顔立ちは女装させがいがあるだろう。そういうことか、ローズ。
 ヴェール団長は一瞬、褒められたと勘違いしたのかも知れない。
「……そ、そんなことはないだろう。きっと、ブランシュの方がもっとすごい美人になれるぞ、俺はまだまだだ」
 少しだけ嬉しそうに声を響かせて、謙遜(けんそん)した。女装した場合の話ではなく、女装することを求められている現状を忘れているんじゃないだろうか、この人。
「ブランシュは駄目よ」
 しかし、ローズは即座に却下した。
「何でだ?」
「だって、ブランシュの場合きっと似合いすぎて、私の乙女としてのプライドが砕かれる気がするものっ!」
 ローズは冗談じゃないと激しく首を振った。その言葉を受けて、オレとヴェール団長はブランシュ団長に視線を投げた。
 こちらに小首を傾げて微笑む柔和なその美貌は――なるほど、ローズお前の負けだ。
 もう立ち振る舞いから、完全に女に見られそうだ。ブランシュ団長の完璧さは、男が女装しているなんて、きっと誰にも見抜けないくらいの美女を演じることだろう。
 ……確かに男に負けたら、女としての立場がないな。
 ヴェール団長の場合、鋭い印象が女装しても残っていて、完全に女になりきれない――って、それを外に出そうとするか、ローズ。
 お前、どんなに恐ろしい女なんだっ! 本人が望んでいるのならともかく、ハッキリ言ってそれは恥晒しの何ものでもないだろっ?
 仮にも「月」の騎士を女装男子として、見世物にするつもりかっ?
 オレと同じ結論に至ったらしいヴェール団長がグワッと口を開いて、咆えるようにローズに噛みついた。
「――――嫌だっ! 何で俺が女装しなきゃならないんだっ!」
「……じょ、冗談に決まっているじゃない」
 ローズがヴェール団長の剣幕に、ちょっとだけ引き気味になりながら言うけれど……あの口調は、冗談というより後先考えていなかったんだろう。
「まあ、こんな感じで砕けてね」
 ヴェール団長が放つ殺伐としたオーラに、ここは地獄か? と、錯覚しそうな雰囲気の中で、どこまでも泰然と、余裕をぶちかましてくれるブランシュ団長が、爽やかな笑顔を姉さんたちに差し向けた。
「なるほど、わかりました」
「――最善を尽くします」
 揃って真面目に頷く時点で、二人とも固いし、わかっていない気がするんだが……。
「そうと決まれば、出発進行よ!」
 ローズが場の雰囲気を払拭し、とりなすように明るく声を張り上げた。
 何がどう決まったのかよくわからないままに、オレたちは城の玄関先に横付けされた馬車に乗り込む。
 一応、お忍びなので箱馬車は何の変哲もないものだ。いつもなら、オレとディアマン様辺りが護衛としてそれぞれ馬で馬車と並走する形をとるが、今日は一緒に乗り込むのでサイズが大きい。
 ヴェール団長が真っ先に乗り込んで、続いてブランシュ団長の手を借りて、ローズが乗り込む。その後、ブランシュ団長が乗り込めば、ディアマン様が姉さんに手を貸す。
「アメティスト、君も乗りなさい」
 姉さんの後に乗り込んで詰めるように姉さんの横に腰かける。
 三人掛けの椅子が向かい合っている馬車内で、真正面にローズの顔を見つけてオレは自分の失敗に気がついた。
 察しがいい奴は、オレの失敗がどんなものか、この時点でおわかりだろう――って、オレは誰に語りかけているんだか……。
 ローズの両脇には当然ながら、「太陽」と「月」の騎士が固めている。
 それはいい……その並びは、何一つとして間違っていない。
 問題は、反対側だ。
 オレの向かいがローズということは――そう。
 オレの右隣に姉さんが座り、左隣に最後に乗り込んできたディアマン様が腰を下ろす――ということは、今日の計画の主役の二人の間に、オレが壁の如く割り込んでいるわけで。
 ……向かいの三対の視線が痛い。
 違う、違うぞ。
 断じて、二人の邪魔をしようなんて思ったわけじゃない。
 シスコンだ、何だと言われているが――ローズがオレみたいな奴を地球では「シスコン」と言うのだと教えてくれた。
 何でも、女兄弟に対して独占欲が強い兄弟の執着の一種を「シスターコンプレックス」というらしい。
 心当たりがまったくないわけじゃないが、たった一人の家族に執着するのは……変か?
 オレはただ、姉さんに幸せになって欲しいだけだ。
 だから、姉さんを苛める奴らから守りたかった。姉さんを養えるように士官学校に入った。……そんなオレの決心を、ことごとくローズが踏みつけにしてくれたわけだが。
 今も姉さんの幸せを願ってやまない。そして、姉さんの結婚相手にはディアマン様がいいと思っている。
 決して――わざとじゃないんだっ! 信じてくれっ!
 余りに痛い視線を前に、オレは魂で訴えた。
 いや、三人は責めているわけじゃないんだろうが、責められているような気がするんだ。これはオレの良心の呵責かっ?
「ディアマン、アメティストの顔色が悪いから、席を替わってあげてくれないかな」
 半分泣きそうになっているオレに、ブランシュ団長が気を回してくれた。
「えっ?」
「普段、馬車に乗り慣れていないんだろう。それに僕たちの手前、緊張しているのかも知れないね。外の景色を眺めて、気を紛らわせることができるように、窓際の君と入れ代ってあげて欲しい」
「――ああ、なるほど。わかりました」
 ディアマン様と席を入れ代ってから、ホッと胸を撫で下ろす。目線でブランシュ団長に礼をすると、小さく笑って返してくれた。
 ……いい人だよな。本当に、気が利くよ。
 だからこそ、見捨てられたら最後、立ち直れそうになくて、怖いんだが……。
 こめかみに冷や汗を垂らしていると、ディアマン様が気遣うような視線を投げてきた。
 ――大丈夫です、と。視線を返して、瞳で語る。
 ……ああ、この人もいい人だ。義兄さんと呼びたい。
 オレは決意も新たに、今日の計画を成功させることを胸に誓った。




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