― 12 ― 「ディアマン、警察局への警備要請についての詳しい話は二人で詰めよう。グリシーヌ、僕の執務室にお茶を頼むよ。ヴェールとアメティストは、ローズを部屋へ送って。ローズ、詳しいことが決まれば君に報告するから、今日はもう休んでいいよ」 ブランシュ団長が不思議と有無を言わせぬ口調で、オレたちに指示を出してきた。 「わかりました」 そそくさと部屋を出て行く姉さんに、ローズはちょっとだけ眉をひそめた後、何か言いたげにブランシュ団長を振り返った。 そこへ返された笑顔に、ローズは何か感じるものがあったらしい。オレとヴェール団長の腕を掴むと、部屋を出て行く。 廊下に出た途端、ローズの肩に白い小鳥が止まっているのが目に入ってきた。 《白鳳》――ブランシュ団長の魔法の鳥だ。その鳥が、閉じられたドア向こうの会話をこちらに伝えてくる。 「今回の失敗で、ローズは君たちのことを諦めると思うかい?」 ブランシュ団長の発言にローズとオレは目を 何だ? これはまるで、オレたちの計画がディアマン様にバレているみたいな……。 オレは足から力が抜けていくような気がした。 「……どうでしょうか。諦めてくだされば、よいと思います」 そうして、返えされたディアマン様の答えに、呻いた。 それはつまり、ディアマン様には姉さんと結婚する気がないということか。それを伝えるために、ブランシュ団長はオレたちにこの会話を聞かせているのか? 混乱がオレを襲う。 「それにしても、ブランシュ様はお人が悪い。ローズ様の計画を逆手に取るなど……」 「どういうこと?」 ローズが思わず扉の取っ手に手を掛け、今にも向こうに乗り込んで行こうとする。それをヴェール団長が後ろから羽交い締めにして、引き止めた。 ……ああ、猪と化したローズを止めるために、ヴェール団長はこっち側に付かされたんだなと、呆然とする頭の端で、どうでもいいことに納得する。 さすが、騎士団長だ。猪化したローズをなんとか留めている。 そんなオレたちを余所に、部屋の会話は続いていた。 「ローズには、外を見て欲しかったからね」 ブランシュ団長の笑みを含んだ声に、ぴたりとローズの動きが止まった。大きな瞳をパチパチと瞬かせる。 「……私?」 戸惑うローズの声に被さるよう、部屋の中の話し声が届く。ディアマン様の落ち着いた声音は僅かに憂いを含んでいた。 「ローズ様はこのヴィエルジュの女王に相応しくあろうと、実に勉強熱心でいらっしゃいます。教師陣も感心しておられました」 「ローズは真面目だからね。違う世界に生きてきた彼女に、この国の――こちらの歴史を知るには時間はいくらあっても足りないだろうね」 「……ええ。グリシーヌ殿も心配しておられました。夜も遅くまで、歴史書を開いているご様子だと。このままでは睡眠不足で倒れられるのではないかと」 「ローズは正義感が強すぎる。女王として生きることを決めたからには、全部を背負わなければいけないと思っている。勿論、彼女は僕たちを信用してくれているけれど、その信頼を預けるに値するだけの自分でいなければならないと、考える。ただ甘えることを彼女は許さないだろう。真っ直ぐで、真面目だからね――そういうところは、君たち両親に似てしまったのかな?」 ブランシュ団長はディアマン様の重々しい声音を断ち切って、からかうように言った。 小さく笑う声音で一度否定して、 「ローズ様は元から、そういうお方でした。だからこそ、知識が足りないご自分が許せないのでしょう」 ディアマン様がハッキリと言う。 売られた ……つまり。 「けれど、ローズにはこの国の今を見て欲しいと僕は思うよ。過去も大事だけれど、歴史書の中に現在のこの国の姿は描かれていない。ローズが変えようとしている国は、本の中には存在しないから」 室内の会話を必死に読み解こうとしているオレを前に、ローズがこちらを振り返った。 「お父さんたちのこと、最初に持ち出したのはブランシュだったの。アメティストがグリシーヌのことを気にしているのなら、憂いを払って上げたいって。勿論、私だってお父さんとお母さんが結婚すればいいと思っていたけれど……ハッキリ言って、そこまで考えている余裕なんてなかった」 そう言って、ローズは俯いた。自分のことに手一杯になっていたことに気づいて、落ち込んでいるのか。そんなローズの後頭部をヴェール団長が ローズは、女王に相応しい自分でなければならないと思っていたんだろう。 宝石店で、遊んでいていいのかしら? と、気にしていたのは、まだ女王としての自分に自信がなかったからに違いない。 この国を変えたいと思いながら、だけどローズは記憶を失くしたことによって、この国のことを知らずにいる。 歴史や現状、何一つ知らない。 それが、今までの女王となんら変わらないことだと知れば、その穴を埋めるために、勉強して……割り当てられた時間だけじゃ足りなくて、睡眠時間を削ったのだろう。 それは姉さんやディアマン様、そして誰よりも聡いブランシュ団長を気遣わせるほどに――。 だから、計画は練られた。 姉さんとディアマン様のために動くように持ちかけて、その実態はローズを外へと連れ出すため。 ……誘拐事件も仕組まれたものだったのだろうか。偶然か。 ディアマン様がローズの活躍を見たかったと、心底悔しがっていたことや、その話を姉さんが大々的に広げていたことからして、芝居だったということはないだろう。 やっぱり、この国の裏側は 貴族主義に命を狙われたことに寄って、その思想に危機感を持っているから、早くこの国を変えなければとローズは焦った。 その焦りは本をめくることに現われたわけだが。 王宮の中で勉強してばかりでは、ローズ自身が知りたいことが、ローズがすべきだと考えることが見えてこない。 そのことをローズに気付かせるために、オレたちは本来の目的とは違うことを吹きこまれ、ブランシュ団長の手のひらの上で…………。 おっ、踊らされたわけだっ! 「――な、何気に……腹黒い気がするのは、気のせい?」 ローズがオレと同じ答えに行きついたらしく、頬を引きつらせた。 確かに、言葉で語るより自分で感じて考えた方がいいだろうとは思う。ブランシュ団長はどちらかというと、答えをポンと差し出すより、正しい答えに導く方向で動くことが多い。 ローズがこちら側に戻ってきたばかりのときに、何も語らないまま孤児院に連れて行った時もそうだ。 回りくどい分、裏で計画が練られれば、腹黒いと言われても仕方がない。 「というか、何で腹黒計画を私たちにバラしているの?」 ローズが首を傾げたところで、室内のブランシュ団長が笑った。 「それで、実際のところはどうなんだい? グリシーヌと結婚する予定は? もしローズが君たちのことを諦めていないようなら、断念させてよいものか。君の本音を聞きたいな」 ……ここに来て、わかった。多分、オレが巻き込まれたのはこれを聞かせるためだ。 ブランシュ団長が《白鳳》を通じて、この会話を聞かせたいのは、ローズじゃなくオレだ。 「私に聞かずとも、ブランシュ様は既にご理解されていると思いますが」 「僕が何でもお見通しかと言われると、そうでもないよ。僕だって人間だ。判断を見誤ることもあるだろう。今回の件だって、ローズを怒らせないとは言い切れないからね」 ――怒っているわよ、と。 ドアのこちら側でローズは唇を尖らせた。ローズの隣でびくりとヴェール団長が肩を揺らす。 もしや、ヴェール団長も最初から一枚噛んでいたのか? 真偽を確かめようと思うより先に、部屋の中の会話が気になる。 「グリシーヌ殿は良いパートナーです。王宮でのお役が御免となった暁には、共に余生を過ごすに最良の相手だと私は思っています」 「話も合いそうだね」 公園での盛り上がりをブランシュ団長が笑えば、ディアマン様の声は慌てた。 「あの、あれは……その」 その様子を耳にする限り、ローズ談議は無意識の産物だったらしい。 「傍から見ていても君たちはお似合いだと思うよ」 「ありがとうございます」 「でも、君たちは現在において、今以上の関係を進展させる気はないんだね?」 ブランシュ団長の確認するような問いかけに、 「はい。――結婚はできません」 きっぱりと、ディアマン様は断言した。 |