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 2,薔薇姫の帰還


 青と翠の二対の双眸(そうぼう)が私を振り返る。
 年上の二人の男に――しかも、かなりの美形――見据えられたら、普通の女子高生なら怯むでしょう。
 実際、混乱していたさっきまでの私なら、何も言えずに口を(つぐ)んだと思うわ。
 だって、全く状況が見えないんだもの。
 でもね、一旦、私が私を取り戻したら、状況がどうであれ引かないわ。
 気の強さは、男になんて負けないの。
 この派手な顔立ちのせいで、何度となく同性には男に()びているなんて因縁をつけられた。
 遊んでいそうな外見のせいで、馴れ馴れしく近寄ってくる男たちもいた。
 だから、そんな相手に負けないように、いつの間にか私は気の強い女になっていた。
 剣道や空手をかじったのも――とはいえ、教室に通ったのは三日だけで、殆ど基礎(きそ)も何もできてはいないけど。習っていたと言えば、相手は結構、びびるみたい――私の強気の原因かもしれないわね。
 何にしても、人を置き去りして勝手に話を進めないでくれる?
 憤然(ふんぜん)と、足を肩幅に開いて立ち上がった。
「大体、アンタたちは何なの? 何よ、その恰好。コスプレ?」
 正装に見える恰好までは許すとして、マントはないでしょ?
 それによく目を凝らせば、二人の腰には長剣が佩かせてある。
 繊細な細工が施された鞘は作りものだと思うけれど、本物だったら銃刀法違反よ。
 何にしても、こんな恰好で街中を歩いていたら頭の中身を疑われるのは必至だ。
 これが映画やドラマの衣装っていうのなら、納得するけれど。
 我が町に、そんなロケがやって来ているなんて情報はない。女子高生の情報ネットワークは結構、その手の話題には敏感なのよ。
「――コス……何だって?」
 魔王男が睫毛を瞬かせる。長くて黒い睫毛は、目元を強調して美形をより印象付けていた。
「コスチュームプレイ。あちらの世界で、特別な格好をして楽しむ遊びのことを言うんだよ」
 眉をひそめる魔王に、金髪王子が解説した。
 あちらの世界って、いわゆるコスプレ好きさんたちの、そっちのことを言っているのよね? 何だか、その表現にちょっと引っかかるわ。
 何で、コスプレしている本人が別次元の話をしているみたいな態度なわけ?
「はあ?」
 まだよくわからないという顔の魔王男に、金髪王子は私の方に白い手袋に包んだ手のひらを差し向けて言った。
「つまるところ、今の彼女みたいな」
「何で、私なのっ!」
 どうして、私が突っ込まれるのよ?
「ああ、その恰好はありえないな」
 魔王男の翡翠の瞳が私を上から下へと眺めると、眉をひそめた。
 何よ、その顔。
 私はれっきとした十六歳の女子高生よ――そりゃ、年より上に見られる顔立ちだけど――制服姿は、コスプレなんかじゃない。
 古典的なセーラー服とは言い難いけれど、セーラーカラーを取り込んだデザインのジャケットにミニ丈のスカートは結構、女子には人気だ。
 制服目当てで学校を選んだ(つわもの)もいるくらいよ。
 名門の私立女子高で、学力レベルもそれなりにあるから、私も入るのに苦労したわ。
 まあ、私の場合は過保護過ぎるお父さんが、共学は絶対駄目だ! と、反対したからなんだけど――それに、さっきも語った通り、男子が馴れ馴れしく寄って来るから自衛のために。
 そうして、苦労して手に入れた制服は私も結構、気に入っているの。難癖をつけられるのは、気持ちよくないわ。
 顔を顰める私に、金髪王子が苦笑を返してきた。
「ローズ、この世界では君の方がコスプレイヤーなんだよ」
「だから、私はローズじゃないわ。第一に、こちらの世界って何よ? まるで、別世界にいるみたいな話し方をしないでくれる?」
「――こいつ、馬鹿じゃねぇか? 絶対に、ローズじゃねぇって」
 声を荒げた私をうるさいと言いたげに、魔王男は片耳を塞ぎながら、金髪王子に話しかける。
 こちらに気を使うつもりは毛頭ないらしく、声を潜める様子もなく、私の耳に苛立ち交じりの声が突き刺さった。
 反対に王子は、私に気遣うような視線を投げかけながら、魔王男を宥めるような声音で柔らかく告げた。
「仕方がないさ。巻き戻しの魔法で退化した記憶に、ローズの記憶がどれだけ残っているか――最悪、何も残っていないかもしれないってことは、もう何度も確認し合ったことだよ?」
 諭すような話しぶりに、反抗するように魔王男は舌を鳴らす。
「それを差し引いてもだな、この女にあのローズの面影はないぜ」
「女の子はこれから綺麗になっていくんだよ。きっと、二、三年後には僕らが知っているローズになるよ。第一に、この勝ち気な性格は間違いなくローズのものだと思うよ」
 金髪王子の説得に圧されるように、魔王男は再び私に視線を戻してきた。
 伸びた前髪の間で、翡翠の瞳が一瞬だけ哀しげに揺れた。
 ――何で、そんな目をするの?
 胸の奥で心臓がキュっと締め付けられた。
 何だか、捨てられた子犬みたいな目だ。自分を拾ってくれる人を待ちわびるように、この人は「ローズ」って人を求めている。
 そう思うと、金髪王子が私を「ローズ」と勝手に間違っているとはいえ、申し訳ないような気になってきた。
 売られた喧嘩は買う方だけど、別に私は自分から好き好んで喧嘩をするわけじゃないのよ。
「……私、ローズじゃないわ」
 さっきまでの勢いを失くしたことを自覚しながら、私は声を喉の奥から絞り出して、否定した。
「私は真姫(まき)っていうの。勝手に間違わないで……」
 そう名乗った私の前に、金髪王子が立つとこちらの手を取った。
(まこと)なる姫――その名前はね、あちらの世界に君を送り出すとき、僕たちがつけた名前なんだよ」
 恭しく私の手に口づけを落として、金髪王子は顔を上げた。

「お帰り――我らが薔薇姫」




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