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 4,二人の騎士


 長いテーブルが――片側に十人ぐらい並んで座れるんじゃないかと思うくらい――中央に置かれた食堂は、南側にある窓から差し込む光で、室内の広さにも関わらず、隅々まで明るかった。
 高い天井には、昨日の洋室に見たようなクリスタルが煌く豪奢なシャンデリアが吊るされているけれど――そもそもあんな高い所にどうやって明かりをつけるのかしら? やっぱり、電気? ――灯りが点いている様子はない。
 広々とした空間に、陶器の食器がこすれ合うカチカチとした音が響いていた。
 メイド服と思しき服を着た女の子が――私と同じ年代ぐらいの――制服に着替え身支度を整えた私の前に朝食を並べてくれた。
 良かった。金髪王子と、魔王男だけってわけじゃなかったのね。
 きっと彼女か、他の誰か女の子が私の部屋のカーテンを開けてくれたのよね?
 とりあえず、金髪王子と魔王男に寝顔を見られた可能性はこれで否定できそう。
 起き抜けの顔を見られたという事実は、いかんとも否定しがたいけれど。
 ホッと息を吐きつつ、私は女の子を観察した。
 健康的に日焼けした小麦色の肌、その頬にはそばかすが散っている。けれど、それがチャームポイントになっていて、可愛いと思う。
 黒色の丸っこい目は微かに伏せられ、私の皿にスープを注ぐという行為に全神経を集中している感じ。それが終わると、面を上げて「よろしいでしょうか?」と確認するように私を見た。
 食堂を満たす静寂さに声を上げるのが憚られて、私は笑顔で彼女に応えた。
 こういう場では男の人が給仕するのが普通だと思うのだけれど、気を利かせてくれたのかしら?
(――ねぇ、私と友達になってくれない?)
 そう目で訴えるけれど、女の子は他の二人の皿にスープを注ぐと、黙礼して去って行った。
(待って、置いていかないで。私一人じゃ心細いの――)
 一心に念を送ってみるけれど、彼女の背中には届かない。ああ、振られてしまったわ。
 ため息を吐きつつ、テーブルに目を戻す。
 主賓席というか、上座に私が座って、右に――南側の窓を背に――金髪王子、左に――北側に――魔王男が席についていた。二人はそれぞれ、昨日見た白と黒の服を着ていた。それがこの人たちの一種の制服なんだろうと、私は推測した。
 二十席はあるだろうテーブルの一方に、私たちは集っている。
 何たる空間の無駄――思わず、皮肉めいた思考が脳裏を過る。
「とりあえず、朝食を済ませようか、ローズ」
 金髪王子がそう微笑みかけてくる傍、私の視界を黒い影が過った。
 びくりと目を動かせば、魔王男がバスケットからパンをとるや否や、口へと放り込んでいた。
 何なの、この人。私のことは無視?
 一応、主賓席の私にもう少し気を配ってくれてもいいんじゃないの? ――さっき無視したことを根に持っているのなら、器が小さい男だわ。
 金髪王子の気配りの十分の一でも、この魔王男にくれてやりたい。
 自分が置かれている状況がわからないから、私の意識はいつになく着火点が低い。
 とはいえ、あんまりかしずかれていても気後れしちゃう。
 魔王男に対する怒りで、私の中に張りつめていた緊張は解れた。
 そうね、腹が減っては戦が出来ぬとか言うし――別段、喧嘩する気はないけれど――頭に血を回さなきゃ、ちゃんと物事を考えられそうにないし。
 私は金髪王子に視線を返して、頷いた。
 女の子が食卓に並べたバスケットには、焼き立てらしいパンが一杯だった。香ばしい匂いに昨日から何も食べていないお腹が、空腹を主張していた。
 グウッと、お腹の虫が鳴き出す前に、餌を上げなきゃね。
「頂きます」
「どうぞ、召し上がれ。お代わりは幾らでもあるから、遠慮しないでね」
「……ありがとう」
 そんなに食べる方じゃない――と思う――けれど、王子の気配りが何となく嬉しい。
 今の状況は、全くもって理解不能だけれど。
 金髪王子がいてくれて、甲斐甲斐しく気を配ってくれるおかげで、途方に暮れずに済んでいることは、考えようによってはラッキーね。
 下手したら、ご飯にもあり付けなかったかもしれないもの。
 なるだけ悲観的にならないよう、前向き思考を心掛ける。
 考えなければならないことは山ほどある。今は落ち込んでなんかいられない。
 気を取り直してバスケットに手を伸ばせば、中身は空っぽ。山盛りにあったパンはすべて魔王男のお腹の中に収まっていた。
 絶句する私の前で、金髪王子はニッコリと笑いながら、ゆらりと立ち上がると、テーブルに片手をついて身を乗り出し、口を開いた。
「――ヴェール」
 穏やかな笑顔に反して、冷たい瞳が目の前の男を見据え凍える声が吐き出された瞬間、魔王男の顔と来たら見ものだった。
 私は、金髪王子を怒らせないでおこうと、心に刻んだ。

                   * * *

 朝食が終えると――パンやスープは美味しかった。味覚も普通にあることで、やっぱり夢だと言い張るのは難しくなってきた――金髪王子は、昨日の洋室に私を案内した。
 この夢のような非現実の始まりとして、私が目覚めた長椅子に、再び私を腰掛けさせると、金髪王子は向かい側に椅子を置いて座った。
 魔王男は部屋の片隅、壁に背中を預けてちょっと不貞腐れ気味だ。
 金髪王子に、「午後のおやつは抜きだ」と言われたことが、そんなにショックなのかしら?
 見た目ほどに、中身は大人ではないらしい。もしかしたら、私と同じで年より大人っぽく見えていて、実年齢はずっと下かも?
 もしそうならば、今は成長期の食べざかりなのかもしれない。
 あの大食いっぷりから見れば、おやつも魔王男にしてみれば大事な栄養摂取なのかも。今後の展開次第では、おやつ抜きを撤回するよう金髪王子に口添えしてげてもいいわ。
 何だか、お姉さんになった気分でいると、現実に引き戻す声が私の耳に届いた。
 声に目を向けると、
「何から、説明した方がいいかな?」
 頬を傾けるようにして、金髪王子は私を見つめていた。
 青い瞳は何でも答える用意があるみたい。
 まず確認すべきことはやっぱり、
「ここは私が今まで住んでいた世界とは……」
「違うね」
 尻すぼみになった私の問いかけの先回りをして、金髪王子は首を横に振った。
 それから金髪王子はブランシュ・ソレイユ・ブレゥーと名乗った。魔王男はヴェール・リュンヌ・ノワール。
 ブランシュは二十歳で、ヴェールは三つ下の十七歳――私より一つ年上だった。
 そうして私の本当の名前は、ローズ・エトワール・ルージュというらしい。
 この世界は「星界」と呼ばれ、十二の国がある。その一つ、ヴィエルジュという国が現在、私がいるところ。
 ヴィエルジュという国は議会が――貴族や有力者の集まりみたいなもの? ――選出した「(エトワール)」と呼ばれる女王が治める国家。
 何でもこの国の守護神が麗しき乙女であるという伝説から、「星」には女が選ばれるのだと言う。
 そして、選ばれる女性は強大な魔力を持っている者で、その強い魔力で国を災厄から守り治めるらしい――その女王を補佐するのが「太陽(ソレイユ)」と「(リュンヌ)」と呼ばれる二人の騎士であり、女王の夫。
 女王が国の代表だけれど、世襲制ではないとのこと。あくまで、選ばれた女性が王になる。
 だから、金髪王子が私のことを「薔薇姫」と呼んだのは、一種の親愛の情を込めた愛称で、この国には「姫」と呼ばれる立場の人間は存在しない。当然、「王子」や「王」もいない。
 いるのは「星」――女王だけだ。
 それにしても、議会が王を決めるって、何だかよくわからないシステムね。総理大臣を決めるようなもの? そこに民意はどれだけ反映しているのかしら。
 それでもって、私がその「星」の女王候補で、ブランシュが「太陽」の騎士、ヴェールが「月」の騎士だっていう。
 女王候補という、曖昧さは「星」が――つまり私のことらしいんだけど――ある事件に巻き込まれて行方不明となっている――世間では表向き、何も語られずにいるとのことなんだけど――からだ。
 まだ、私が行方不明になった「ローズ・エトワール・ルージュ」と証明されたわけではないから、あくまで候補という形になるとのこと。
 とはいえ、行方不明と騒いでいるのは、「ローズ」の行方を知らない議会側の話らしい。
「君がローズだってことは、僕らが保証するよ。時が来れば、議会も君のことを認めるさ」
 と、金髪王子――ブランシュは軽く請け負ったけれど。
 そんなことはどうでもいい。むしろ、認められたら困るわよ。
 私が最も気になっているのは、
「――夫ってどういうこと?」




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